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新年も寒天作りで幕開けです

元日の天

長野県茅野市でテングサの煮込み作業を続けていまして、特段休みとかもなく新年を迎えております。まだ予定の1/3しか進んでませんが、あと1か月すれば煮込みは終わりです。深夜からの長時間に渡る作業工程ですが、無心に、無欲に、焦る気持ちも遮断し、1か月を過ごします。

 

元日の天出し風景

人数が今期は少ない中、庭の人たちも元日から頑張って天を出してくれています。通いの人は正月に家でいろいろしたいこともあるでしょうが。。建屋に泊まりの遠隔地従事者は、じっと部屋にいるよりは仕事をした方が良いとも思うでしょう。私自身これまでの数年間の中の休日(煮込みが休み)で、だいたいのところは行き尽くしましたので、油代もかかるし仕事してる方がそれだけ工程も進むということで結構なことです。

 

釜

バーナーの調子も良く早めの時間に沸騰しています。早めに煮込みが始められるのはありがたいことです。とはいえ煮込みといってもドンドンと草を放り込むわけでなく、ここで10分待つとか、ここでエアを放つ(コンプレッサーによる攪拌)とか決まりがあり、煮込み完了まで2時間ちょっとかかります。そして火を止め10数分待ってから全体のエア攪拌を念入りに行って、下に張り付いた草を上へ剥ぎ取り上げて、その日の工程は終わります。

 

煮込み終了後に夕方早めに寝て、今度は深夜11時から釜からバケットで舟の濾過装置へ煮汁と草を丸ごと移し、布のフィルター、竹の漏斗で濾して、下に溜まった液を容器(モロブタ)にポンプで移し、冷めたところで包丁で切断します。これを野外に出して(天出し)、凍結と融解をくり返して棒寒天(角寒天)が出来上がります。写真は漉した液を注入したのが冷めて固まったところを切る天切りの工程です。3:40〜5:30までかかります。

 

キース・ヘリング美術館

さて、クリスマスの頃に天気が悪くて休みとなり、夏の野良仕事の時にラジオでお勧めと聞いてチェックしていた、キース・ヘリング美術館に行って来ました。八ヶ岳山麓ですが山梨県になりますね。

 

キース・ヘリングの作品

キース・ヘリングのことは良くは知りませんでしたが、単純で敢えてわかりやすさを全面に出しながら、いろんなメッセージを描き込んだ作家のように思います。美術に長けた審美眼など全く持ち合わせておりませんが、素人目線ながら美術館に行くのは好きですね。

ここ茅野市での出張時期の部屋にいるときの時間の過ごし方(そんなに何時間もありませんが)はほとんどがスマホでの調べ物や、美術館博物館で撮影した写真を細部までじっくり眺めたりすること、あとはマップでドライブ旅行や登山の構想を練ることくらいです。通信の状態も良くないし、WiFiもなく夜に映画を楽しむこともできません。そもそもが夕方5時に就寝しますし。

 

蛇を戴く土偶

キース・ヘリングから富士見町に行き着いたので、そうだルバーブの専門産直店舗へ行ってみようと向かいましたが、閉店。ここは3回以上来た気がしますが、開いていた試しがありません。張り紙があって、月に5、6日しか営業してなくて。まるでお店としての体をなしてません。ちょうど関係者が出てきたのでどうなってるのか訊いてみましたが、経営が変わって、Googleマップとかもアクセスもできず、営業の告知ができないが仕方がないといった話。まあもう2度と来ないかなと思いました。ここだけで売っているのは確かルバーブのビールだったでしょうか。

その後、駅前の600円の日替わり定食が有名なお店で日替わり定食を食べ、それから思い立って井戸尻考古館へ行ってみました。

写真は髪がヘビになっている土偶です。

 

始祖女神像

こちらは始祖女神像という土偶。この2点をみるだけでも訪れる価値はありますが、その他にもたくさんの土器等の展示があり見応えがあります。

 

八ヶ岳昔の絵図

続いて隣にある民俗資料館も訪ねます。八ヶ岳についての古い絵図、良いですね。

 

代掻き作業機

代掻き作業機、代馬用です。なるほど原理は同じですが、輪で羽爪を括ることで強度を保持してますね。

 

除草下駄

除草下駄もありました。左側の下駄は除草機の回転器具が付いていて、滑らせることで回転、除草になり、草を沈め込む鉄板と合わせ2つの機能を持っています。なるほど。

 

籾摺り機

籾摺り機は初めて見ました。

 

元日の寒天建屋

元日の寒天建屋です。本日の作業が終わった後に。

 

軽トラin寒天工場

崖の上のハンパなスペースに軽トラを停めています。煮込みが続き発車の機会が減っています。黄色い目印棒よりもミラーがバックに下がると、崖から転落になります。祠が見守ってくださっているでしょうか。

頑張ろう、1月。

 

 

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長野県茅野市、冬の寒天生活となっています

南アルプス深部

11月の最終週から、今年も冬の寒天作りの生活に転換し、家を発っておよそ1か月が経とうとしています。仕事の流れは順調とは言い難く、天候の悪さ(雨で気温が下がらない)から煮込みの中断などもあり、寒天作りとしてはまだまだ始まったばかりです。

ということで、去年は最終日に至るまで1日の休みもなく作業が続きましたが、今年はここ茅野市を拠点に車でいろいろ気分転換の旅に出かける余裕ができています。別に焦っても仕方ありません。

ちょうど天気は良かった日ですが、これは天出し直後の天がいきなり悪天に当たってはまずく、数日後の雨天高温を見越しての煮込み中断になりました。

12月19日には、甲府方面から身延町方面へ向かい、自分にはお気に入りである富士山と南アルプスの間の山間地を走るという目的を叶える旅でした(身延線の走るルートです)。南アルプスでも北部の北岳とか甲斐駒・仙丈岳などは甲府市からアプローチするため、いまいる長野県やあるいは東京からも身近な山であると言えますが、南アルプスの奥深い南部の赤石・聖・光岳は静岡の北部山間部から入るため、とても近づき難い秘境感が強くあります。ここ身延、早川といった山梨県の南アルプス直下と言える地域であっても、手前の一連の低山が控えていて、赤石や光岳に直接向かえる土地ではありません。

早川町の南アルプスへ向かう道で野鳥の森という辺りで雰囲気を感じて来ました。ここは山あいの土地で、どんな産業で暮らしてるのかなと思いました。農業ができる土地にもなかなか思えません。

その後、身延から富士五湖方面へ向かうクネクネの道を登り詰め、本栖湖に着く手前の中ノ倉峠の小さな展望所で南アルプス方面を撮影したのが上の写真です。

3年前になりますが、この正反対の長野県飯田市から旧上村へ上って下栗の里として知られる山岳地帯で光岳方面を撮影しました。その時もゆずの実がなる天龍村とか、昔バイクで浜松から天竜川沿いに山道を北上し、長野と愛知の県境付近の無人駅の大嵐駅まで至りましたが、3年前は軽トラでここまで南下した後に十分満足し茅野の住まいに戻りました。

身延や早川といった南アルプス直下の地域ではいまリニア新幹線の工事が進められているようで、新幹線の工事との札を付けたダンプが何十台も連なって延々と道路を独占していました。静かな南アルプスの山あいの村はいま工事車両一色でした。地域住民にもストレスになるかというくらいの大規模な車列でしたね。

 

西湖からの富士山

富士五湖の辺りは以前も正月の休みだった時に訪れましたが、今回も身延から本栖湖にまで上がってきましたので、天気も良いしいろいろ走って来ました。子どもたちにも写真を送りますが、やはり富士山は眼前で大きく見応えがあるので、家族サービスでもあります。私自身は南アルプスをいろいろ撮影したかったですが、富士山のようには容易に接近できなくて。。

 

白糸の滝

白糸の滝に初めて訪れました。駐車料500円がかかりましたが、それでも見る価値ありますとチャットGPTが言うので行ってみました。

 

音消しの滝

こちらは近くの音消しの滝という滝で、富士山が後方にあって、景色としては綺麗でした。

 

霧ヶ峰からの北アルプス

ところで、12月18日は夜中からの天を作る作業の後、天を切って出す仕事が午前10時頃終わり、次の煮込みがないということで、それから近所のちょっとしたドライブに出ました。2年ぶりに霧ヶ峰を訪ね、北アルプスを確認しました。見えて良かった。いつまで経ってもあの大キレットを越える山行は叶わず、もう実行する機会はないでしょう。。

 

須藤康花美術館1

少し遡りますが先月11月30日も休みだったため、久々に松本を訪ねてみました。2年前に冬に松本市の美術館で特別展を行って観覧もした画家の須藤康花の美術館を訪ねました。毎週日曜日のみの開業で、その日はちょうど日曜日だったので。

2年前の時もブログに書きましたが、その特別展の時は画家の書き記した多くの文章が選び抜かれて絵に添えられていて、企画展の準備としてはかなり大がかりな作業だったと思います。絵と、同時に苦悶する画家の心で叫んだ言葉が相俟って、私には絵の鑑賞に相乗して良かったと思います。あの時に娘に買って送った画集はいまは品切れになってここでも買えなかったようなので、貴重な書籍を手にできたと思います。

病気と闘いながら絵を描き続け、30歳の若さで亡くなった康花さん。これからもずっと心に留めて振り返って行き続けたい人です。

 

須藤康花美術館2

日曜日のみの開館で、住宅地にある住宅を改築した展示館なのでわかりにくさがあるかと思いますが、一度訪れてほしい場所です。松本城の北の方です。

 

滝の湯

前後しますが、霧ヶ峰に行った時の帰りに、蓼科グランドホテル滝の湯へ行って来ました。以前も蓼科方面を走った時に寄ってもみましたが、休業中だったりして、最近になってリニューアルオープンとなったようでした。

遥か昔に信州大学の1年生の夏休みに、当時大阪の大学に通っていた幼なじみの健嗣君と一緒に住み込みで1か月ちょっと過ごしました。ルーム係という部署でしたが、内容は忘れました。覚えているのは、全国からリゾート地バイトということで学生たちが集まっていて、夜など大部屋に集まって、ワイワイ喋って過ごした時間ですね。なんか青春という感じで。

当時の常駐した場所まではさすがに立ち入りませんが、入ってすぐの売店で「滝の湯」の入った手拭いを記念に買って来ました。とにかく、懐かしい。

 

イイダヤ軒

こちら、松本駅前の立ち食い蕎麦屋のイイダヤ軒も懐かしいお店です。大学合格が決まって家族でアパート探しに広島から行ってここのホテルに泊まって、そしてそばを食べました。滝の湯と同じ45年ぶりですかね。朝食として開店の8時ちょうどに。ちなみに、道路挟んで向かいに駐車スペースがありますので停めてください。ただ松本駅の駐車場も何十分かまでは無料だったような。

この後は安曇野市に向かい、安曇野山岳美術館を訪ねました。常設コーナーには、懐かしく読んだ「黒部の山賊」の表紙を飾っていた畦地梅太郎の独特の絵が目を惹きます。そして企画展として、安曇野へ移住した女性が自ら栽培した稲や麦(ライ麦)の藁を使って作ったヒンメリが展示してあり興味深く見てきました。写真撮影不可ということで掲載はできませんが、DNAの二重螺旋を描いたような作品は興味深かったです。こういう吊り下げて飾る藁作品はヒンメリと言って、元は北欧のものでしたかね、本も買ったりしましたが、素材はあってもそのまま何も発展しないままで。。

2つの美術展巡りの休日になりました。

 

山賊焼き定食

松本ではランチに山賊焼きを食べねば、ということで事前に寒天仲間から仕入れた情報を元に、上高地方面へ向かう道にある松花というお店に入りました。なんと山賊焼きの量の多さ! 私は食べ切りますが、男性でも最近の人は残してしまうかもです。

 

山賊焼きラーメン

そして、山賊焼きをテーマにしたこの冬、ラーメンにも山賊焼きが。。地元の人気店テンホウ米沢店にて。霧ヶ峰へ向かう前の昼食にいただき、ちょうど餃子が半額の日だったので、今夜の部屋での飲み会用に3個仕入れました。テンホウは米沢店だと地元の寒天仲間からしっかり叩き込まれています。

 

麺とび六方

茅野市ではこちら「麺とび六方」という店も人気のようですが、工房から最も近くて気になっていたものの、これまで8年間行けずにいました。ジロー系というんでしょうか、いろいろしきたりがあって素人には敷居が高いですが、今回は連れがおり、何度目かだそうで、安心して入店しました(大丈夫です。安心して入れる店で、決して怒られたりしません)。初めての方はこちらで、の醤油ラーメンの麺が並、にんにくと野菜を大盛りでお願いしました。こちらも食の細い男には無理かもです。農家は一日4合の玄米を食べ、ですから、食の細い人は農家にはなれんでしょう。

 

ケンちゃんラーメン

こちらは岩手から長野へ向かう日に途中の山形市で娘と入ったケンちゃんラーメンです。

すごかったです。並び始めて食べ始めるまで何と2時間の行列です! 遠く関東ナンバーの車もあり、待った待ったです。10年くらい前に下の小学生の子ども2人と山形市のプールのジャバに行く前に入ったことがありましたが、ここまでではなかったです。専用の駐車場も当時はありません。長女は今回初めてでした。

ちょうど長女のメールをスマホでimap設定に変更し、これまでの送信メールを消失させず、復活させて、他のMacBookやiPadで送信メールも全て手元に置けるように苦戦してました。行列の間に完了できましたが。。

以上、観光や食べ物の話題に終始しましたが、こうした時間も無駄ではなく、エネルギー蓄積になっているはずですね。長野の寒天作りが即岩手の農業に直結はしませんが、何かしらの充電期間になってますし、こちらの仲間との付き合いも良い情報交換の機会です。

次回は寒天作りのことも紹介します。

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奥羽の秋を満喫(熊バトルも)

三ツ石山頂遠望

稲の脱穀が終わり、稲作の外作業が完了しホッとしています。10月は大変雨が多く、最終の亀の尾の脱穀は先週の本当に数少ない貴重な晴天を狙っての実行になりました。冬晴れするような地方でしたらいつまでも干して乾燥を続けることができるんですが、ここは日本海側気候の多雪地帯でそうはいきません。実際その日以降に冬型の気圧配置が続き連日の雨模様になっていて、現在までハセに残せば余計に厳しい状況になったと思います。多少水分が高めでしたので、送風機を使って補助的に水分を下げています。これは大事な工程で、来年の秋まで品質を保つために重要です。その後、色彩選別をお願いしていて、その農家の作業が終わる11月上旬に作業が行える予定です。現在も玄米白米共に出荷はできるまでになっていますが、できれば色選にかけたお米の出荷がお勧めになります。

カメムシは近年増加傾向で、殺虫剤を使用しない農家には悩ましい現実です。解決するには色選を導入するしかありません。農協等の大型施設で少量多品種の色選受け入れは断られることがほとんどで、有機農家でも高額な設備ですが小型の色選機の導入が増えています。

さて9月・10月は大変な繁忙期で作業は隙間がなくみっちり続くのですが、どうしても紅葉登山がやりたくて、まだ稲刈りも始まったばかりの時期でしたが、9月30日に三ツ石山に登って来ました。あまりにも紅葉で有名な山ですが、時期が早いんですよね。もう2週間でも遅れてくれればもう少し楽なんですが、午前中で下山できるという行程ですので、行って来ました。多くの客で駐車場が満杯になるため、平日に限られます。雫石観光協会の情報とかを参考にし、天気との兼ね合いで、多分ベストの日に行けたのではないかと思います。写真は山頂手前の岩の小山から山頂を撮りました。楽園ですね。。素晴らしかったです。

 

三ツ石から岩手山

そして山頂から真東に位置する岩手山です。いま現在は岩手山も中腹付近まで雪化粧をしています。

 

三ツ石山頂

これが山頂の標識になりますかね。平日ですが、さすがの名勝地、人は多かったです。

 

三ツ石のりんどう

りんどうが咲いています。エゾ系ですね。山にりんどうはよく咲いていますが、どれも背が低く、1段とか1.5段の花ですね。いまわれわれが栽培している花が5段以上になるようなりんどうは野生では存在しないということですね。

 

三ツ石登山ゲート

三ツ石山登山口のゲートです。この手前に駐車場がありますが、私が到着した午前6時台の時間帯では既にゲートに一番近いスペースは満車で、3分くらい歩いた次の駐車場に停めました。このゲートからはしばらくは舗装路を歩き、そこから山道になり、全体で登り2時間、下り1時間半という感じでしょうか。初心者でも楽勝コースですので、人気もあります。確かに山頂の眺めは素晴らしいの一言でした。

 

栗駒山遠望

一度山に行くと、すぐにもう一度次の山に行きたくなります。三ツ石と並んで岩手で紅葉の山といえば栗駒です。ここも午前中で完了できる行程の山なので、せっかく岩手にいますし、登って来ました。10月10日でした。去年は割と近くの焼石岳に登りましたが、ここは一応日帰りコースで、昼食持参(といってもコンビニしか開いていないですが)での山行になります。途中から見上げた栗駒山です。三ツ石以上に混んでいました。

 

栗駒山頂より

頂上からの南斜面の眺め。きれいではありますが、2日遅かったかな。

 

栗駒山中腹

山腹の辺りはベストの見頃で、本当にこうした景色を見ながらの歩きは楽しいです。

 

真昼岳奥羽の山並み

さて、一方、こちらは地元沢内の真昼岳登山の様子です。これは9月1日に行きました。こういう地元の山は登山客もいないし、熊とか何かあった時のことを考えると、特に初めての山は一人で行くのは勇気が入ります。私はまだ未経験でしたが、秋田の知人が、「自分の先祖は岩手奥州の地からこの辺りを辿って秋田に移動し角館に行き着いて定住したらしく、その行程の景観を山から遠望してみたい」という気持ちを持っていて、じゃ行こうということになって、この機会に4人で登って来ました。半日ではちょっと無理で弁当持参しての山行です。山頂から見た奥羽のど真ん中の山々。。これに何か神々しい故郷感のような憧れの感覚を持って、30年近く前になりますが、沢内へ移住して来ました。

家からの真昼岳この前の冬の出張帰りにドライブした紀伊半島の山々、南方熊楠が闊歩した南紀の山々も同じようなイメージがありましたね。

山に住むわけでなく、山里に暮らすのですが、このような山々を有した山麓で暮らすことに喜びを何となくですが感じております。家からも真昼だけのてっぺんが見えます。300m下ると、もう見えません。

 

真昼岳山頂

真昼岳の山頂です。

 

真昼岳山頂神社

山頂には小屋があって、神社になっていました。ここでお昼を食べました。いろいろ現地に来て考えてみると、どうもここは秋田の人の地元の山だったのでは、と畑と思いました。この神社も秋田の方の地元町で建てたようです(大仙市でしたか。花火大会で有名な大曲がりの辺りです)。岩手の沢内には真昼温泉という温泉もあるし、家からもてっぺんだけが見えますが、ただ、どちらかといえば秋田側に開けた地形のようだし、秋田側からの方が楽に登れるようでした。ここに秋田の人に大回りして来てもらったのは、考えてみれば申し訳なかった気もします。

 

飛竜の滝

登り始めてすぐの飛竜の滝です。筋が綺麗でした。誰一人出会うことのないひっそりした山旅。。三ツ石や、特に栗駒は大渋滞でした。登りと下りの客のすれ違いが大変です。まあ超有名な紅葉の山に、一度来てみて良かったとは思います。ここ地元の真昼岳付近も紅葉は綺麗でしょう。静かな紅葉狩りが楽しめることは予想できますが、紅葉の時期は実りの時期で、熊たちの活動も、この9月1日の時よりも激しく活発になっていることでしょう。いまはもう紅葉もこちら里の方に降りて来ていますので真昼岳ももう冬景色になりかけているでしょう。山は一人でと決めており、こうして4人で話をしながら歩くなんてもうないかもしれません。貴重な山行でした。

一人で山に行くのがなぜ良いかは簡単な理由でです。紅葉など見頃がタイトな時期で、しかも天気との兼ね合いがあり、さらには混雑する駐車場を回避する意味で、農家である自分は平日にさっと行けることが最大にメリットですから。

 

兎平2012年10月15日

2012年10月15日に同じ出発点から、真昼岳まで行かず途中の兎平まで、家族で登りました。小学校が土日何かの行事で、翌月曜日が代休になり、平日の登山でした。もちろん人がいるわけもないし、兎平の山頂でラーメンを食べようとカセットガスコンロで湯を沸かしていた時に、バッタリ熊が現れて驚きました。秋田側からやって来ましたね。すぐに体を反転し逃げ去りましたが5〜6m先という感じだったでしょうかね。いまは秋田や岩手では死亡事故も起きています。この2012年の頃は熊もまだそれほど多くもなくて凶暴化した個体もいなかったのでしょう。ザックに3歳の子を入れて歩きました。背景の紅葉が綺麗です。奥に見えるのは真昼岳?でしょうか。

 

西和賀自然素材製品1

前にも紹介したことがある町内の茅葺き屋根の古民家「ツキザワの家」で西和賀の自然素材を使った雑貨の展示会があって、見に行ってきました。もともとあけび蔓の篭などを地元のお婆さんたちが作っていて(沢内の若畑地区)、そのあけびやくるみ皮、山ぶどう蔓を使った製品は当園のHPでも紹介し、受注もしていました。しかしその後、冬場にストーブで暖を取りながらの編み作業は農閑期でもあり続けられたものの、夏場に山に入り素材を収集する作業をする人がなかなか不足していまして、結局素材が足りないということで、やめてしまったわけではないけれど、HPとかで販売することは終了していました。

ところが、最近、写真家でさまざまな自然や文化に根ざした活動を行っている瀬川強さんが、沢内の貝沢地区に植物素材の豊富な区域の管理を取得されて、この場所を中心にいろんな加工品に活かせる植物資源を収集しようという活動を立ち上げました(西和賀自然素材研究会:NSK)。こうして雑貨に似合った素材を集めながら、以前からの篭はもちろんですが、いろんな製品を作る人も集まって、こうして展示会が行われたというものです。

 

西和賀自然素材製品2

木の皮を使ってコースターなどの手作り品ですね。

 

西和賀自然素材製品3

いろんな種類の雑貨が展示されていました。すべてを逐一撮影したわけではありませんが、その創作活動は刺激的で、いつか自分にも、とも思いますが、こういうセンスはなかなかなくて、婦人グループ活動が主体になると思います。私は農産物という素材の提供者という立場でしょうね。。

 

稲被害概要

さて、このほど稲扱きも終わって稲作も一段落ですが、ハセに掛けた稲をめぐっての熊ファミリーとの戦いは本当に激しかったです。毎日、20束落とされているという感じで、束の籾はすっからかんになっているわけではないので、元に戻します。稲を上手に口で扱いて籾をきれいに食べるということはできないんでしょう。もちろんあちこちにちに見られる糞には籾が大半を占めていて、食べてはいるんですが、籾はかなり残っていて、とはいえ、束でなくバラされた穂を1つ1つ集めて脱穀するということまでは手間上できませんで、減収にはなりました。途中ひとめぼれやササシグレなどは先に脱穀しましたので、その後は残った亀の尾がターゲットになるのは当然ですが、全部の稲がハセに掛かっていた時も、なぜか亀の尾が集中的に狙われた気がします。掛けていた位置がちょうど気に入った食事場所だったのかもしれませんが、いずれ亀の尾が好きだったようです。

 

稲被害詳細

栗駒へ登った日、日中当園の園地内の農道を親子3頭が歩いていたそうで、ちょっと驚きました。いままで昼間に農道や圃場内で見かけたことはなく、必ず私が寝静まるのを待って深夜に活動していると思っていましたし、それは間違いありません。ちょうど私がいない日に昼間に現れたということは? 「お母さん、今日は軽トラがないね。山にでも行ったんじゃないの。大丈夫だよ、庭の栗の実を食べに行こうよ」という話になったのかもしれません。実際死亡事故も起きていて笑い話やほのぼのした物語ではありえませんが、毎日稲は食べられていて、それもあって、先日の亀の尾までの脱穀の決行としました。稲扱きが遅くなればなるほど稲は減っていくし、逆に、経験上、遅くまで掛けたから15%まで下がりましたというものでもないのです。ハーベスタの脱穀作業も糞を踏み踏みの作業です。。

稲や栗はある程度仕方ないですが、こうして熊一家を多少は養っているんですからね。人身危害だけは遠慮して欲しいです。そうしてしまったら稲も来年はないし、人間側から報復がありますから。

 

親子の糞の違い

糞だらけの農道を歩いています。食べ物が少なくて空腹でもちゃんと出るんですね。左は子熊、右は母熊の糞です(10月21日)。子熊のは籾殻でできていますが、母熊の方は緑が混じっています。脱穀したわらを回収に来てくれた酪農家の人が、熊は食べるものがなくて牧草を食べている、と言っていました。そうか、それで緑色なんですね。子どもには稲をお食べ、と言い自分は多少食べもするが足りなくて草も食べているんでしょう。昼間は園地に出て来ないので別の場所で草を。熊が増えすぎたこともあるのでしょうが、かわいそうな話です。もっとも籾には脂肪がなく、どんぐりなどの木の実に脂肪は多いので、いくら米を食べても当面の空腹をしのぐだけなんですが。。

 

にんじんも被害に

にんじんも掘って食べていますが、あまり好きじゃなかったでしょうか。悪さしただけでした。サツマイモがまだ未収穫ですが、土の中なので気づかないですね。とにかく冬眠前のいまの熊には必死です。が、里にはもう稲もなく、食べるものもなくなって雪の時期を迎えます。

こうしてブログを書いている今日は10月29日ですが、熊に関して悲しい出来事がありました。アスファルトの車が行き交う道路の端に、子熊の手(足?)が切断されて落ちていたのです。手のひらを見れば小さくて明らかに子熊です。こちらに撮影した写真も掲載いたしますので関心ある方はご覧ください。雪国文化研究所の職員さんが見に来てくれて、いろいろ見聞した結果、オスの熊による共食いだろうということに落ち着きました。車で轢かれたという感じでもありません。残りの体もありません。親子3匹で歩いたうちの子熊の1匹なのかと思うと、ちょっとかわいそうでなりません。初夏の繁殖期にオスが子熊を殺すという話は聞いたことがありますが、いまの時期、これは明らかに冬眠前に空腹が限界になっての行為と思います。オスで体も大きく、メスよりも摂取量も多いのでしょう。もちろん母熊がこんなことをすることはありえません。他の動物で子熊を食べ切るなどもありえないです。タラノキ園のすぐ側の公道での昨日から今朝にかけての出来事でした。ネコ科のライオンなどは獲物をまず仕留めて、絶命させてから食べるそうですが、熊はそういうことができず、生きたまま食べ始めるらしいので、その苦痛は計り知れません。先日の北上市管内での2名の犠牲者は明らかに食用として人を狙ったみたいで、お悔やみを申し上げます。オス熊の登場でこうした事態になってくると一段階危険度が進みます。気をつけて作業もしたいし、飼い犬のセブも暗くなるまでに早めに家に入れてやるべきと思いました。

追記: 翌日10月30日に、ちょっとした地区の集まりがあり、犠牲になった子熊の話をしましたが、そこで、ある人が「子熊に手をかけたのは母熊かもしれない」と言い、意表をつかれました。子熊は2頭いましたが、限界の食糧不足で、季節も進みさらに食べれる物もなくなった。このままでは3頭とも冬を越せない。そこで2頭の子熊のうち弱っている方を犠牲にして食べることで、もう1頭の子熊と自分の2頭が生きながらえるべきではないか。母熊がそのような究極の決断をしたのではないか、という考えでした。折しも、最後の稲の脱穀をした直後でもあります。いよいよ食べ物がなくなった絶望感がそうさせたのかと思うと、もう少し稲を掛けていた方が良かったかなとも悔やまれもします。こんな事態は想像すらできませんでした。そして、その翌日から、強い霜も降りて氷点下の朝となり、昨日今日は熊の気配はなくなりました。よくテレビで見ます岩手大学の熊の先生も、都市部でなく確か山村部の場合でしょうか、食料がない時は逆に早く冬眠してしまえということも起きうる、と言っていました。10月29日の未明でしょうか。お腹に肉を入れて、里から去り、2頭で冬籠りに入ったかもしれません。

とはいえ、これも人間の想像です。手をかけたのがオスなのか、メスなのかはわかりませんが、飢饉の時のこういうバランスの取り方を野生は行って来続けたのでしょうね。

子熊の手は保管されています。よく熊の手は飾り物で見ますが、子熊の小さい手を見ることはあまりないと思うので、貴重な教育資料になるかもと思います。

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稲刈り開始、熊バトルも開始です

ササシグレ稲刈り

夏の天気が良かったことで、若干早めに稲刈りが進んでいます。ひとめぼれを刈り、次いでササシグレを刈り終えました。写真はササシグレです。今年は6月頃に寒い日があったためでしょうか、分げつが少ない(茎数が少ない)感じで、また茎が細いかなという感じもします。全国的に猛暑だったわけですが、こちらはちょうど良かったかと思います。当園は土地としてはやや不適の晩生品種を作付けしていますので、昨年や今年のような気温の高い傾向が今後も続いてくれたらありがたく思う次第です。南の方々には申し訳ありませんが。。

 

熊被害

そして、早速もう熊の被害が発生しています。山に面している田は毎年必ずやられるのですが、上の写真は山側の畦畔に立って撮影しています。山の方から踏み倒して侵入し、5〜6mくらいの場所に座って食べるようです。このように倒された稲もバインダーで起こしながら刈れるので刈れはしますが、実が付いていないわけです。。

 

ハセと熊撃退機

一昨年の2023年は初めての経験でしたが、田の中だけでなくハセに掛けた稲までもが被害に遭いました。今年も昨今の報道からその危険があり、微力ですが、役場から借りた撃退機を設置し、山に向けて音と光を放つ装置を作動しました。バッテリー節約のため夜間だけオンにします。すぐに慣れてしまうとは思いますがね。

なお、新米はいつからになるかのお問合せもいただいておりまして、当園では稲刈り自体が遅れる晩生種が多く、しかもその後にハセ掛け乾燥がありますから、いつも10月末からの出荷になります。今年は数日は早まりますが。。

そのため、去年はしなかったですが、一部早期脱穀米の出荷を予定しています。品種は既に刈り終わったササシグレで、水分が17%に下がった時点で一部脱穀し籾摺りして出荷をします(こちらのお米は年内を目処にお召し上がりください)。10月10日に玄米にできるよう計画していますが、天気次第ではあります。ササシグレのショッピングカートをそれまでに準備しますので、そちらからでも、あるいは直接メールやメールフォームからでも承りたく、よろしければどうぞお願いいたします。

なお、今年のお米ですが、昨今の米事情を考慮して、100円/kgほど改定させていただいて、800円/kgにさせていただきたく、どうか宜しくお願いいたします。一般の流通米の農家の仮渡し金が500円/kgと言われており、報道のように店頭価格800円/kgは避けられないと思うので、それに合わさせていただきます。とはいえ、諸資材や燃料費の高騰がありますので、便乗というわけではありません。どうかご理解をお願いいたします。それでも慣行栽培と同じ価格なのでいびつな状態ではありますが、昨年産の販売価格よりあまりにも高騰した設定にもできませんので、上記の額+送料という形で2025年産米はお願いしたく思います。

なお、カメムシ斑点米の被害が年々大きくなっていまして、これは農業新聞などでも盛んに伝えられている全国的な現象です。われわれは殺虫剤を使わないために、一般の農薬栽培米よりも被害は大きくなります。このため、現在、色彩選別機を導入する手配を進めています。残念ながらこの秋には手に入りそうもないですが、オークション等で使い古された機械(それでも70万くらいはします)を自前で運搬し設置するというのは将来的に見てもかなり危険な行為ですので、農機店に依頼をしている段階になります。今年の新米については、当面出荷時に手で除去する作業は行いますが、それは限界がありますため、この斑点米があることについては、どうかご了承をお願い申し上げます(斑点米がどうしても気になられる方は、どうか他の選別機を使われた農家さんのお米をお求めになってください)。なお、量の比較的まとまった亀の尾については当面今年は農協の色選委託をしたいと思いますが、農協出荷者が優先されるため遅れますし、断られるかも知れず、微妙なところです。このような事情があることから、有機栽培農家の間でも高額な色彩選別機を導入する人が増えています。最も小型のタイプで良いので、そういう機種をしっかりメーカーでも供給し、値段を下げて欲しいものです。

また、昨年から、年間を通してのお米の予約確保のご希望が多くなっておりまして、この秋から承らせていただきたく思います。これまではそのような希望がなかったし、通販の定期購入的な押し付けになっても良くないと思い、在庫がなくなったら、お客様の区別なく完売にしておりました。ただ、ご要望が多くなっておりますし、新規の未知の人よりもこれまで食べていただいた方を優先にすることは当然でもあります。もし年間のご希望がありましたら、メールでご連絡いただけたら、その量を確保し、次の出来秋まで途切れないようにお客様自身のペースに応じて出荷をしますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

天日乾燥の自然栽培米ですので、値段を見ての新規の方からの大量の注文や、また転売などが起きないようにとの意味も含めた予約のお願いになります。作付け規模も小さく何百キロの確保はできませんが、ご利用をいただけたら幸いです。既にそのご希望をいただいている方や、前から食べてただいている方にはもう少し収穫量の目処が付いた時点で改めて個別のメールでもご案内をさせていただきます。今年の新米も宜しくお願いいたします。

 

2023年のハセ稲被害

ちなみに2023年のハセ掛け乾燥中の記録です。朝起きてみるとハサ場が左のようになっていて、そばには中央のような籾だけしか入っていない糞(これには哀れさを感じます)、そしてハセと山の間にある既に収穫が終わって立ち入らなくなったりんどうの通路に束を持ち込んで、りんどうの影に隠れて食べていた現場です。夜中の犯行なのでこういう陰になるところに隠れなくても良いと思いますが、習性なんですね。

熊被害は深刻ですが、年間通してみると、カラスの方が害を及ぼしています。作業場は昼間シャッターを開けて田畑へ出ているのですが、ゴミ箱を荒らしたり、ビニールの包みを破ったり、石鹸を持ち去ったり、置いてあった黒にんにくを食べたり、もうやりたい放題で、できればカラスの方の駆除をお願いしたいところです。

 

緑肥にんにくソルゴー

秋はにんにくと小麦の作付けもあり、9月は猛烈に忙しい月になります。にんにくの予定地にはイネ科のソルガム(ソルゴー)を収穫直後に播種し覆土して栽培し、そして約1.2mまで生育した8月末にトラクターですき込んで、そして畝立てをし、マルチを張ってにんにくの植え付けをします。だいたい9月半ばから下旬が植え付け適期とされていますが、当園では切り花りんどうの秋彼岸用出荷とかち合うため、9月上旬までに植え付けするスケジュールになっています。そうすると、8月末までに写真のようにすき込みをする必要があり、冷涼積雪地でにんにくあるいは小麦の収穫時期が遅れる当地では、7月上旬に緑肥の種を播種しないと秋のにんにく植え付けに生育が間に合わず、綱渡りのようなスケジュールで緑肥栽培を行っています。今年はわりあい暑い夏だったので、何とか1.2mの生育が確保できました。

 

緑肥小麦クロタラリア

こちらは小麦予定地の緑肥栽培とすき込みの様子です。にんにくと異なり種子で播種する小麦ですので、緑肥(小麦の場合はマメ科のクロタラリアです)が1.2mまで十分に伸びたにすき込んだ後に2週間以上腐熟の期間をおいて、それから最終耕耘をして小麦の播種になります。小麦の播種は稲刈りと重なります。が、稲刈りは降雨により多少の水たまりが見られてもバインダーで強行刈り取りをすることができますので、晴れが続いた時は小麦の播種を優先し、まずはトラクターで耕耘して土がこなれたところで間髪を入れずに播種をします。

 

緑肥タラノキクロタラリア

こちらは緑肥栽培の少し珍しい例です。来春にタラノキを植える予定地ですが、土作りやチッソ補給と雑草繁茂の抑制を目指してクロタラリアを播種し、小麦圃場とかですき込み耕耘した時も、そのままに放置し、その後小麦畑の耕耘でトラクターを出した時に「倒す」作業をしました。時期が遅れたので2mくらいにまで伸びていて、花も咲いています。むりくりすき込んでも良かったのですが、まだ雑草は生えてきますので、かえってすき込まず、倒すだけにしてみました。ロータリーを地面まで下げて、回転をさせずただ踏み歩くだけです。トラクターのタイヤでも圧がかかります。これによりクロタラリアは倒れて、枯れてくれた状態で、全面を覆い尽くして雑草の余地を塞いでくれています。このまますき込まずに腐熟してもらい、来年タラノキを植えるときにすき込んで畝を作ってみたいと思います。緑肥をすき込まないでそのまま敷き草にする手法を、記事にも書きましたが来年のにんにく管理で行いたく、まずはこのタラノキ圃場の緑肥マルチングが雪解け後にどのように腐熟しているかを見てみたいですね。

 

小麦播種(アリーナ)

小麦畑では緑肥をすき込んだ後、耕耘後播種をしました。彼岸りんどうの出荷作業で追われて、それが一段落ついて間髪を入れずの作業です。稲刈りより前の作業です。

 

小麦発芽初日

小麦は9月24日に播種しましたが、9月29日に出芽を認めました。上の写真は発芽の当日の様子です。今年の秋は小麦の作付け面積を少し減らしました。そうそう大量に注文が来る品目ではなく、昨今はむしろ米への需要が高まっています。だからと言って小麦畑を田んぼにしようなどと安易に考えたところで、今度は稲の作業が手が回らなくなり、稲を掛けるハサ場も足りません。小麦もこの夏の収穫時では屋根のかかった乾燥場所が足りずに、いろいろ苦労しました。軽トラをしまったりりんどうの集荷トラックが集めに来る場所になっている小さな車庫まで小麦が占領したりしました。

小規模の天日干し小麦栽培というのはいろんな困難があります。乾燥がうまくいかないケース、自家貯蔵で出荷に対応するための貯蔵の湿度等の問題、赤カビ病の対策としての見回りや穂の抜き取り、等々さまざまです。製粉の需要に応えるための製粉所への委託と持ち帰りも時間がかかりますし、総じて米の方が楽ではあります。とはいえ、いろんな作目の振り分けでスケジュールをこなしていくのが農業の自然な姿で、常に仕事がなくなることがない効率性でもありますね。

 

小麦粉900g

その小麦ですが、収穫後に秋の製粉委託をしまして、現在在庫がございます。上のパッケージは安価なクリックポスト利用で総重量1kgまでの規制から、900gをジップロックに入れてちょうど1kgの状態で発送します。南部小麦、アリーナともにまだありますので、よろしければご利用ください。送料込みで1,000円で出荷しております。この場合はフスマを入れる余地がありませんが、全粒粉でご利用の場合はフスマを同梱する規格でのご注文をお願いいたします。何キロでも自由に対応できます。カートの規格にない時はメールでお知らせください。

 

オールナイトニッポン

最後に余談ですが、久保史緒里の「オールナイトニッポン」を聴いています。特に乃木坂のファンとかいうわけでなく、ただ、ふだん仕事中に聴いているIBCラジオの番宣の中で、自分は「イーグルスのファンで」というセリフがあって、え、若いのにイーグルス知ってんだと思って何となくラジコの聞き逃しで聴いたのが始まりでした。まもなく、「イーグルス」は球団の楽天のことでわれわれ世代がよく知るミュージシャンのイーグルスではありませんでしたが、何だか肌に合った感じで楽しく聞けた番組でしたので、去年のいま頃からでしたが、ずっと聴き続けています(冬の寒天出張の時は聴けません。。)。私も、広島カープのことはただ「カープ」と言うし「広島」などとは絶対呼びません。なので、ファンは「楽天」とも「楽天イーグルス」とも呼ばず「イーグルス」で正解なのだと思います。

その初めて聴いた回の時がたまたま仙台の放送局からの放送で、地元の宮城愛に溢れた特別感がとても良くて、仙台からの放送はテンションも高かったです。その時の好印象を引きずって聴き続けている気もします。そうしたご本人への親近感もありますが、特に周りのスタッフ(よく出てくる大塚さんとか)の力を結集した番組作りが素晴らしい仕事をしていると思えて、さすがプロたちの作る伝統の第一級の番組だと感じて聴いています。

その久保さんが乃木坂を卒業するという放送が9月17日の放送で告げられていました。2年前の夏のツアーが終わった時に引退を決意していたそうですが、それがすぐになされるのでなくて2年間続けてきた理由は、オールナイトニッポンの番組に対する愛着があったからだということでした。それの告白の場面では、泣きそうだよ、とも。。湿っぽくないトークを通したかったんでしょう。ガラスの向こうの女性スタッフたちも泣いていたようで、スタジオからの臨場感が伝わって、その時はりんどう収穫作業中でしたが何だか胸が熱くなりました。突然の報告でしたしね。

この番組では久保さんが自身の胸の内や性格の傾向を細かく語る場面が多く、いろいろ周りに気を遣い、くよくよしたり、思ったように話を伝えられない心のありようをいつも伝えてくれていたし、自分は打たれ弱い、との発言もありました。こうした内面の吐露と言いますか、そうした発言もラジオの魅力かもですね。テレビ番組はそういうプロセスじゃなくて出来上がった結果という感じでしょうか。。これから独り立ちですね。ついつい自分に置き換えてしまいますが、いわゆる脱サラをして会社組織から独立し、農家という1事業者として生きていくということに通じる決意表明でありますから、卒業後の頑張りに力強く応援したく思った次第です。東北仲間ですし、仙台はいま子どもたちの関係でずいぶん身近にもなっていますしね。この夏に10時間の単独の登山をしながら、その独立の決意を確かめたそうです。ちなみに、この夏秋に行った登山について、また稿を改めて記載したいと思います。

水曜日深夜の放送を翌日か翌々日の日中ですが、ラジコで楽しみに聴いていました。乃木坂のグループ卒業と同時に11月の最終週がラジオでもラストになるようで、ちょうど長野に行っている時期ですが、まだテングサの煮込みの深夜作業は始まっていないので、聞き逃しででも聴きたいと思います。

農作業はラジオを聴きながらやっています(機械作業以外の時です)。以前、NHKで平日午前のワイド番組で「すっぴん」というとても企画力の濃いすぐれた放送をやっていた時はそちらを聴いていましたが、残念ながらそれが終了した後は地元民放局のIBCラジオで午前と午後のワイド生番組を聞いています。いまのNHKラジオでは残念ですが「すっぴん」より魅力がありませんので。。。そしてワイド番組後の中央の局からの提供番組の時間帯に、水曜日の乃木坂オールナイトニッポンや、土曜日朝のNHK「山カフェ」や金曜夜の「飛ぶ教室」、日曜日FM「かけるクラシック」といった番組を聞き逃しで聴いております。夜に暗くなって作業場に戻ってからは「Nらじ」や「ベストオブクラシック」で楽しんだり、夜9時からはテレビの配信でiPadでニュースを見ながら聞きながら選別作業をしております。

最後の品種、亀の尾の稲刈りが始まっています。天気を見ながらあと5日で終えたいと思います。そうしたらすぐにササシグレの早期脱穀になります。どうぞ新米も宜しくお願いします。

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小麦の準備ができました

南部小麦の刈り取り

小麦の出荷準備が終わりました。昨年一昨年と7月に停滞した梅雨前線の影響で刈り取りもその後の乾燥も難儀しましたが、今年は一転して7月に晴天高温の日が続き、1週間程度遅れ気味だった登熟もグングン挽回し、南部小麦でほぼ例年並み、アリーナでは例年より1週間早くに刈り取りを行うことができました(水分24%程度での刈り取り)。今期は播種の条間をこれまでの50cmから40cmにしてみたところ、生育が良く、昨年晩秋に好天が続いて年内の生育が良かったことも大きいですが、一番多く穫れたのではと思います。反面、やや離れたタラノキ園地になっている圃場群の一角に作付けした南部小麦は雪腐れの影響があり、ほとんど皆無の状態でした。雪腐れに強い南部小麦で雪腐れとはよほど条件が悪かったのでしょうか。稲作と違って小麦の場合は、全くダメ、皆無、という事態が起こり得ます。播種後の大雨で発芽不良になることもありますし、水捌けの悪いところもダメです。豪雪地では雪による病害も大きいです。町内で唯一小麦栽培仲間だった人がいましたが、昨年の夏の収穫直前にイノシシの被害に遭って収穫を断念し、以後今期は作付けもやめておりました。残念です。

 

アリーナの刈り取り

そういう険しい小麦栽培の作付けを続けているのは、希望していただける消費者の方がいらっしゃることと、また、経済効率だけを考えれば全部田んぼにした方が良いでしょうが、ハセ掛けの稲作ではそもそも作業力として増反は無理だし、仮に全部田でやれたとしても売り切れる保証はありません(昨今の状況なら売り切ることができるかもしれませんが)。限られた労力で農作業を回していくには、作業が一気に重ならないように分散していくことですので、夏の麦刈り、秋の稲刈り、と分けることは身の丈に合った農業の仕方になります。

またアリーナ小麦という貴重な品種を持っていることから、これは作り続けて絶やさないようにしたいものです。同時に南部とアリーナは刈り取り時期が1週間以上違うので(アリーナは晩生です)、労力分散の意味でも好都合です。

 

小麦の脱穀作業

小麦の天日乾燥栽培では、屋根のある施設内での乾燥が必須になります。当園の乾燥ハウスはそれほど広くなく、現状の30アールが限界です。3間(5.4m)の狭い間口のハウス内に3列のハセを組んでいるために、自分で束を掛けるのに歩いて行くスペースが狭く、またその地面には段ボールが敷かれにんにくが干されているので、非常に歩きづらいです。収穫時のハセ掛けの時、入り口に運搬車を停めて、そこから手で持って奥に進んでパイプに掛けていきます。

乾燥が終わって脱穀する時は、今度は束を外してもう一度運搬車の上に乾燥した束を運んで、それから手に取ってハウスの外に置いたハーベスタに投入して脱穀します。稲の場合は野外のハサ場なのでハーベスタがハセのそばに移動しながら脱穀でき、いちいち束を手で持ってハーベスタに移動することはありません。

このようないろいろ面倒な工程になるのが天日乾燥の小麦栽培になります。

 

南部小麦とアリーナの色の違い

南部小麦(右)とアリーナ(左)の差は一目瞭然で、穂の色が全然違うし、背丈もアリーナの方がずっと長いです。稲よりももちろん長いので、ハーベスタで扱く時は結束機のカバーを外して行います。ライ麦などもっと長くて大変です。基本、ライ麦はコンバインで刈って乾燥機で灯油乾燥させるのが現実的でしょう。いずれ天日乾燥はハウスで雨に当たらないとは言っても風がそうそう入り込んではこないため、乾燥は簡単ではありません。何度も水分計で計測しながらで、その点も乾燥機に放り込んで指定した水分に乾燥させるというコンバイン式とは異なる苦労があります。ただ脱穀のタイミングという面では、秋の稲の方がハラハラします。10月下旬の、何日か晴天が続いた後の、天気が崩れる直前というのがベストで、そこを逃すといろいろ大変な目に遭いますから、とても気を使います。脱穀のタイミング面は小麦の方が楽と言えましょうか。

 

小麦の選別

最後の仕上げは籾摺り機による小麦の選別作業です。ハーベスタで脱穀し取り込んだ麦は稲の籾と違って既に玄麦になっていますが、そこにはおびただしい量の茎とか穂の殻などが混じっていて(写真の左)、この不要物を籾摺り機で取り除くことができます。きれいに仕上がってきますが、今度秋に米の籾摺りを行う時にこの玄麦が機械に残っていて混ざってきます。完全に掃除することは不可能なので、しばらくは飯米で使って自分たちで麦ご飯を食べることになります。本当は小麦用に小さめの籾摺り機が欲しいでのですが。。ごく小さい籾摺り機はありますが、あまりに小さすぎて使えません。ごくわずかな10kgくらいの米に籾が混じっていて除去したいというような時には効力を発揮してくれますが。。

これで小麦の作業は終わりました。玄麦としては随時出荷が可能です。また現在収穫後の製粉の委託分の取りまとめ中です。9月の最初頃に出来上がる形で今月下旬に製粉所に出そうと思っていますので、製粉をご希望の方はどうぞ宜しくお願いいたします。南部小麦とアリーナの両方とも発注します。その後はご注文のあった方には取置きをして、残りは秋田のパン屋「カボチャ」さんに出荷します。取り置きをした玄麦は氷温で春まで貯蔵して、それから4月初めに春の製粉委託をします。なにせ15kg以上から製粉可能ということですので(これでもずいぶん小ロットで受けてくれてありがたいです)、ある程度まとまらないと発注できないのです。

 

ササシグレ8月16日

稲の方ですが、お盆最中の8月16日のササシグレの様子です。今日8月20日はもう少しうっすらと黄味を帯びています。何とか、極端に弱いいもち病に罹らずに済んだようです。ササシグレやひとめぼれはこのように穂が揃ってきていますが、メインである亀の尾はまだ出たばかりです。よその南国ではもう早稲品種の稲刈りを行ったりしているようですが、こちらはまだ穂が出始め。。これほど暑いと言われる夏でもここはやはり冷涼地で、そう簡単には温暖化しないようです。例年よりは温暖なのですがね。

 

サルナシ8月16日

使わないハサ場に這わせたサルナシが実を付けています。こういう実がなる植物を育てるのはとても楽しく、山里ならではの暮らしの醍醐味ですね。

 

ブルナッチ天球図

お盆の15日。ずっと切花りんどうの出荷で遅くまでの作業が続いてへとへとですが、今日くらいは休息をと盛岡へ出かけてきました。もちろん買い物なども兼ねてですが。県立博物館で岩手と天文についての展示を行っていて(「星にねがいを〜宇宙(そら)といわての年代記」)、それが17日日曜日までの開催だったので、混雑がありそうな土日を避けると15日金曜日しかありません。りんどうは春の低温による生育の遅れと7月の高温での開花抑制が重なって、開花が遅れました。しかし市場の需要というのはカレンダーで決まるので、8月10日以降はもう花屋さんも仕入れが済んで、あとは価格が下がります。今年はふだんならお盆りんどう品種の収穫が終わっている8月15日もまだ畑にはありましたが、値段も下がっているし、りんどうも1日くらいは待ってくれるので、出かけた次第です。上の写真は、企画展コーナーのケースの外から斜めの角度で撮影するしかない写真を、Photoshopで変形させて正面向きに再現してみたものです。

岩手出身の田中舘愛橘(たなかだてあいきつ)という人は知りませんでしたが、とても重要人物で、国際会議でキュリー夫人とかと一緒に写っている写真も展示されており、また岩手では「Z項」で有名な木村榮の指導者にあたる偉人らしいです。何といっても岩手には水沢VLBI観測所があります。ここには大きい電波望遠鏡や宇宙科学館という見学施設、Z項の木村氏の展示館もあり、岩手の子どもなら必ず一度は訪れている場所です。現在のここのトップである本間希樹氏はブラックホールの写真を世界で初めて撮影した天文学者として脚光を浴びましたし、ラジオのこども科学相談の解説者としても知られていますね。

 

水沢VLBI

電波望遠鏡、でかいです。ちょうどこの時にレール上をこの巨大な望遠鏡がヒューンと動いて移動するのを見ることができて、それも感動的でした。この後は確か水沢のかっぱ寿司に行ったと記憶しています。子どもたちが成長した現在、こういうお出かけはなくなってしまい、寂しいことではありますね。

 

よだか

常設の自然史展示コーナーに「よだか」(ヨタカですかね)の剥製があるよとラジオで言っていたので、これも見てきました。思ったより小さくて鳩よりも少し小さいくらいです。夜に大きく裂けた口を開いて飛び回り、虫捕り網のような感じで虫を食べているのだそうです。剥製からは口の感じは分かりませんが。。ここ沢内にはいろんな鳥がいて、鳴き声は耳に覚えていても何の鳥かわからないということが結構あります。短く、スタッカートという感じででしょうか、よだかは「チョチョチョチョ」という声で聴けばすぐわかります。賢治の「よだかの星」の朗読会を雫石で行うという番組内で、この県立博物館の鳥博士と言われる方がよだかについて解説してくれていました。

この博物館へ行く前には、盛岡市内で映画「長崎〜閃光の影で」を観ました。私は広島市の生まれですが、同じ被爆地である長崎のことは地理も含めよくわかりませんでした。映画は実話に基づくストーリーのようでしたし、良かったと思いました。長崎市生まれの監督がじっくり年月をかけて構想し作った作品のようでした。ただ、少し残念だったのは登場人物の方言での言葉遣いが早口で聞き取りにくかったことです。録音機器による不明瞭さのせいがあったかもしれませんが、そこは配慮があっても良かったかと思います。仕方ないことだったかもしれませんが。。ちょうど8月上旬はりんどうの選別作業で夜遅くまで作業場にいます。昼は地元IBCラジオを聴きますが、夜はNHKを聴くことが多いです。戦後80年の戦争関連の番組もよく聴きました。北方や満州からの帰国時の旧ソ連兵との戦闘の体験実話や、女子学生が風船爆弾を作っていた話など、ただ単に聞きかじっていただけの話を体験談としてリアルに想像しながら聴取しました。特に満州からの帰還時に自分の幼い子どもを捨てて逃げたという話はあまりに酷でした。テレビでも番組は多くあったかもしれませんが、仕事中に見ることはできませんし、ラジオは私の貴重な情報源です。ただ、人物の顔がわからなかったりするのは仕方ないことですが。。

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にんにくの収穫が終わりました

にんにく乾燥中

7月になり一転して高温晴天が続き、むしろ雨が欲しい日々になっていますが、ちょうどにんにくを収穫した時も珍しく好天で、今年は助けられました。とはいえ、稲も生育が遅れ分げつも不足気味だったし、にんにくも小麦も1週間遅れでした。稲については現在は遅れを取り戻しています。にんにくはホワイト六片から収穫になりますが、7月8日からのスタートでちょうど例年より1週間遅れとなりました。

昨年(2023年度)、冬に長野へ寒天作りに出かけている間に杉の枝とかで詰まった水路から畑へと水が溢れ入水し、にんにくとその畑に植えた小麦の大半が枯死するという事故がありました。その結果貴重なタネとして維持していくべきにんにくの収量が大幅に減り、結果2024年秋に植え付けたりん片の数も少なくて小さかったことがありまして、今年は八木や八幡平などはほぼ出荷ができる量は確保できませんでした。

希少な在来品種と異なりホワイト六片については、不足した種を購入することができますので、購入種子を植え付けたことで、十分な収穫量を得ております。その出来は良いようです。八木や八幡平なども出荷はほとんどできないものの、今夏のにんにくの出来は割と良くて種にするにんにくは良いものを確保しておりますので、来年に向け期待をしているところです。来年産でやっと水害からの脱却ができます。

また、昨年秋に「最上赤」を入手し、少量ですが出荷が可能です。また数年前から植え付けを続けていた「富良野」(美瑛地区産)が出来がとても良く、種に良いものを回すこともできましたし、それより小さめのもので恐縮ですが、出荷用も少量準備しております。富良野については、トウ立ちが100%八幡平と同様の形で見られたことと、にんにくの形も八幡平っぽい丸みを帯びた形で、ほとんど区別はつかない感じです。

上の写真左の最上赤は、まだ初めての収穫で特徴も掴みきれておりませんが、山形県産の割と名の知れた品種になります。

ちなみに、にんにくの乾燥法はとても気を遣う大事な工程になりますが、今年は段ボール乾燥を行ってみました。切り花りんどうを出荷するときに業者さんから500枚とかの配送をしてもらうのですが、そのときにお願いし、箱ではなく厚手の段ボール紙をいただいて、ハウス内に2枚敷き、その上になるべく重なり合わないようににんにくを並べます。段ボールの材質がにんにく乾燥に何か効果的な働きをしているかもしれないという説があり試してみました。1品種だけならそのままゴロゴロと並べば良いですが、品種や産地で10種以上に区別して栽培しているので、混ざり合わないよう、ネット袋に入れてから並べました。上部の空間には小麦が掛かっていますので、直接の日光は避けられます。とはいえ、今年は以上な高温晴天続きで、乾燥には良かったですが、高温の障害が出ないように扇風機をかけながらでした。穀物の乾燥もですが、温度と風の両方が伴うことが大事です。

 

ホワイト六片主要品種

当園でまず主力になるホワイト六片ですが、今年に限っては先に述べた事情により農協購買で佐藤政行種苗さんから仕入れたホワイト六片(ニューホワイト六片と記載された「白玉王」系統)を主に出荷をいたします。新しい現代の品種になりますが、実は当園では数年前より、前回のブログでも記載いたしました青森県の山下一夫氏よりイモグサレセンチュウに侵されない生長点培養のにんにくを購入し、種として植え付けております。それら優良種子は畑も旧来の場所とは変えて土壌病害に侵されないにんにくの生産に切り替えているいまは途上の過程です。にんにくの種子は結構お金もかかりますので、いろんな品種を少しずつ購入して種にのみ使い増やしていくという時間のかかる計画になります。特に培養されたにんにくというのは手間もかかりますし、市販の種用にんにくよりもかなり高額になりますから。

昨年の不慮の水害がなければ今年から全面的に山下氏による優良種苗のみで販売分も賄える出荷状況になれたのですが、事故があったために量が減ってしまい、また追加で山下氏から購入しましたし、当面必要で多めの購入が可能なホワイト六片については上記の市販のものを購入しました。山下氏以外からの購入種苗は病害に侵されているかも、というように伝わっては語弊がありますが、ただそれらは土壌病害の可能性はゼロではありませんし、新しいクリーンな圃場にセンチュウを持ち込むことになっては大変なことですので、山下氏以外からの購入は旧圃場に植えており、今年の秋に種としては植え付けをしません。当園としては今後今年の秋から100%生長点培養による安全なにんにくのみを植え付けて、そのにんにくを種としてだけでなく全量出荷用に仕向けます。センチュウ病害が持ち込まれることはありません。青森等のにんにくの産地では、残念ながらイモグサレセンチュウを根治することができません。それで毎年土壌消毒を行って作付けをしているようですが、畑からセンチュウをゼロにすることはできません。それににんにく専業ですから、これまでにんにくを作付けしたことのない新たな畑をヘクタール単位で準備するということもできません。センチュウ害をゼロにするには、生長点培養によるにんにくりん片を入手し、それをこれまでにんにくを作付けしていなかった圃場に植え付けをするという以外にありません。当園ではまだそれが可能ですので、そのような道を歩んでいきたいと思います。これは本当に大切なことなので、ご家庭でにんにくの種子の購入される場合には十分なご検討をなさることが必要です。

その中で、上の写真ですが「福地ホワイト六片」のまさに原産地である「苫米地」地区のにんにくと、私がいま岩手県で生産しているということから、苫米地を含めた旧福地村(現・三戸郡南部町)より伝播し岩手の紫波町で引き継がれていた「紫波」系が、当園のこれからの主力になる系統になります。それ以外にも福地村や田子町などで植えられていた「元祖系統」(これは系統としては地区の混ざりがあります)や、青森から岩手に入ってすぐの「大野」系統もあります。当面これらをいただいた時の状態で他と混ぜずに区別して植え付けていこうとは思います。

ただ今年のいま出荷できるホワイト六片は「白玉王系」(購入種苗)・「紫波系」・「元祖福地&田子系」の3系統になります。また「八木」は全量種に回すため出荷はできませず、八幡平はあと1kg残すのみになりました。また「最上赤」「富良野」が加わりましたので、今年は当面八幡平にんにくのページにカートを設置いたしました。冬の農閑期にいろいろ調査して富良野や最上赤のページも独立して作ります。

ちなみに八幡平にんにくもいろいろあり、私が盛岡農業高校から2009年秋に入手した「盛農系」と山下氏より入手した「西根系」「葛巻系」があり、さらに今年の秋には同氏より「軽米系」が加わる予定です。ただ、最初に私の入手した八幡平盛農系はたぶん西根(松尾)系になると思います。盛岡農業高校の先生が授業の一環として、また貴重な岩手在来のにんにくの種を絶えさせてはいけないという思いで八幡平地域から取り寄せて高校で栽培を続けた由来のものです。そのことが取材され岩手日報紙に掲載されたその記事を読み、高校へ出向いて先生とお話をし、200りん片分くらいだったかを分けてもらって植え付けをしました。現在はそれを山下氏に委託し生長点培養していただいたにんにくを種に新規圃場にて生産しております。

さらに、この秋には山下氏より、とても味が良いと思われた上海系統からの選抜と、旧南郷村(現在は八戸市に合併)のピンク系を少量導入することになっておりまして、これも楽しみの一つです。南郷は福地地域とも近いのですが、このピンクは寒地系のホワイト六片系統と異なり暖地系だそうです。もともとにんにくは中央アジアが原産地で、シベリアとかシルクロードとか、あるいは南西諸島とかを経由して日本に入って来たそうですが、暖地系寒地系がごちゃ混ぜになりながら各地に根付いて在来種になったということのようです。その後に、にんにくの名称にはその原産(日本の)の土地名と皮の色が入り、最初は「福地」のホワイト系(寒地系)ですという名称でしたが、県内で複数の系統がバラバラに作付けされて「福地」の名が消えたのかもしれませんね。むしろいまは福地からやや離れた田子町が青森の最も有名な産地になっています。田子は私が昨秋に購入した白玉王と言われる品種が多いようです。

いずれ当園では「ホワイト六片」として苫米地や紫波(岩手県)のものを、「八幡平」としては西根や葛巻、軽米を生産いたします。八木、最上赤はその通りで、「富良野」はむしろ「美瑛」だと山下氏は仰っています。南の品種である「南郷ピンク」「上海選抜」は味が良いということもあり、楽しみですね。この福地地方よりも冷涼である奥羽の里で暖地系にんにくがどう育つかどうかですが、暖地系は北国では無理とか、できても小さいとかいうような意味ではなく、その年々の気象によって暖地系寒地系各品種にりん片の分化の仕方に特性があるようで、りん片の数の多い少ないに品種の違いを見るべきかと山下さんは考えているようでした。

 

ソルガム

秋ににんにくを植える予定地です。小麦刈り取り後、すぐに緑肥ソルガムを蒔いて生育中です(山下氏はスダックスとクロタラリアの混播で、私も来年はそれも試してみたく思います。緑肥による土づくりと、花巻酵素さんの大豆粕を植え穴への局所施用、そして晩秋の米ぬか散布が施肥設計になります。加えて畝間にはライ麦の緑肥を蒔き(雪に強い緑肥用ライ麦のようです)、生育過程で刈り倒してにんにくの上に敷き草とするという手法を取り入れてみます。

 

下駄除草作業中

田んぼの方は出穂期を迎え、水と温度が必要な時期です。今日は雨が降っていますが、総じて旱魃傾向で、水路へは川から豊富に流れて来ますので、昼夜問わず、灌水は続けました。7月前半の時期に中干しを行いますが、中干し中の高温乾燥で、ヒビはもちろん入るのですが逆にいま現在の水を流し入れる時期に水が溜まってくれず、何度も大量に流し込むことになっています。何か所かの田では部分的に水が抜けない場所があって、そこを乾かそうとすることで他の全体が乾きすぎになってしまうということもあります。篤農家は「溝切り」を行うのですが、その機械は持っておりませんし、なかなかそこまでやって来なかったのが実情です。

中干しに入る直前に、除草下駄による除草を行いました。田がまだ柔らかい状態で下駄で通路を踏んで歩くことでピアノ線が雑草を埋め込んでくれるという仕組みです。大きな草にも効果があることでやる価値は大いにあるのですが、株間の方は踏み歩けないため、ここに根元がある草はいくらか先の通路に張り出した部分を踏み込めても、その後復活してしまうことはあります。完全なものではありません。

 

除草下駄

除草下駄です。岩手県内の金ヶ崎町の方が制作販売しているものを通販で買いました(10年くらい前になります)。写真に写る田の部分はたまたま水が来ていない箇所で、こういう所では草は埋め込めません。水があり田が柔らかいうちです。

 

中干し期の亀の尾

そして中干し中の亀の尾です。ここは生育が良い田ですが、ずっとにんにくと小麦を作っていた圃場のため、田に転換してチッソがいろいろ出て来ているのでしょう。そういう田はいもちの危険があり、ササシグレなどいもち耐性の弱い品種は植え付けられません。極晩生の亀の尾ですが、今年も去年に続いて気温が高いため、無事育ってくれると思います。お盆までに穂が出てくれればと願います。

いま現在はお盆需要期のりんどうの出荷に追われています。りんどうもにんにく等と同様に遅れていて、さらに7月の高温乾燥で開花が抑制されてもいて、本当なら今日明日で最大の出荷量を求められるのですが(8月8日金曜日のセリが最大の山場ですので)、出荷量のピークは+3日くらい遅れてしまうのではと思います。あと1週間りんどうに専念し、その後はにんにくの出荷作業に着手します。今年のにんにくも宜しくお願いします。

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田植えが終わり管理作業の日々

田植え後の亀の尾

5月の連休以後、農繁期に入っておりますが、5月は降雨続きの毎日で、土が乾かず耕耘作業にとても難儀した春になりました。とはいえ、田の方は、耕耘(田おこし)はこなれた土が求められる畑作りと違って、どうとでもなりますし、代かきや田植えは雨の中でもできますので特に支障はないのですが、切り花りんどうも栽培している当園では、去年まで水田だった圃場を春の5月にいきなり細かく砕土した畑にするという毎年の新植分床作り作業。。それは雪解けが遅く春も低温で雨の多い奥羽の山中ではいつも難事業で、6月第1週に苗が搬入される時期までにりんどう定植圃場の畝立てまでをやり終える課題に直面して、いつも憂鬱な気分になりがちです。。今年はまさにぬかるんだ畑作りになった年で、1週間くらい前までりんどう苗を植え付けていましたが、マルチの穴のボコボコの土をかき回して、そして通路のボコボコを手でほぐして、プラグ苗を土の隙間がない状態に密着して植え付けていくという、近年では状態の悪い中の作業になりました。こういう時に、ラジオとかで、県内平野部からの投稿で「畑におしめりの雨を待ってます」などの文言を聞くと、雨の多い当地ではイラッと来たりする、そんな、全体としてはいつものような5月でした。

 

除草機作業中

とはいえ、田植えも終わり、今年も量では亀の尾、ササシグレ、ひとめぼれの順に植え終えて、6月のいまは畦畔農道の草刈りと、水田の除草機をかける時期になっています。りんどうの芽かき草取り作業、タラノキの管理作業などの合間にですが、水田除草機で十分に除草をするためには、土を露出させて固くしてしまってはダメですので、深水にし、田面を柔らかく保ち、除草機もただ条間をまっすぐ一直線に進むのではなく、稲の株に接触するくらいジグザグに満遍なく動かして除草を行うことになります。この時期の稲は除草の回転器具が接触しても大丈夫で、植わっている稲ギリギリを攻める手法で分げつも誘引され、生育効果も上がると言えましょう。エンジン部分は背中に背負うタイプの刈り払い機で、ポールの先端にアタッチで取り付けるタイプの3条の水田除草機です。

 

亀の尾(6月27日)

西和賀町沢内の今年の稲の生育は遅れています(写真は6月27日)。関東以西(あるいは東北南部より南)で時折り「真夏日」のニュースを目にし、農家や評論家が猛暑による白濁米や減収を心配する声を報道したりしていますが、当地はなかなかそうした暖気の恩恵に預かる日は少なく、現在のところでは、さすがに今日は暑かったなという日も最高で28℃弱が1日あったかなと思います。うちの田に限らずですが分げつがなかなか進まず、現段階では茎数確保に不安があります。有機稲作のテキストなどで関東以西をモデルにした記述になるのでしょうが、例えば太い大苗2本植えで、といった推奨がこうした寒冷地ではあまり参考にならないことを痛感します。大きく太い苗ができればそれは良いことですが、苗作りの時期もまだ周囲には雪があり、地温自体が低く、まず芽出しまでの温度確保が最初の難関で、実際に出芽率も下がる傾向がありますし、薄まき推奨の苗箱作りは確かに危険です。結果、田植え後に目立つ欠株を長時間の手植え補植で補うような形を何度もくり返して来ており、毎年が気象との戦いの日々です。例外的に、昨年に関しては播種後に気温が高めで出芽も良かったですね。雪解けも早くて春のスタートが早く、作業的にも余裕を持って進められたし、夏も良い高温でお米も良く穫れました。その分、平年並みの遅めの消雪と冷涼傾向が続いた今年は厳しさを余計に感じるところです。りんどうの開花も遅れるのではという声が聞かれます。

稲の除草作業も終盤になってきました。除草機で掻き回して雑草を浮かせて退治する手法ですが、浮いた雑草が地面に再び着地しないように、浅水管理がセオリーの一般論に逆らって、深水を続け、かつ土を柔らかい状態にキープします。以前からの水田と、小麦やにんにくから転作した水田では雑草に違いがあり、やはり水田を長く続けている田はヒエやコナギが多いです。水面下の小さいコナギは除草機で浮かせてやれますが、水面から顔を出した雑草は除草機では取りきれず、手取りになります。手取り除草は厄介な作業ではありますが、重い除草機をジグザグに時間をかけて進ませる重労働の機械作業と比べて、どちらが楽とも言い切れません。気軽に毎日1時間手取りしよう、と空身で気軽な気持ちで田に入る時間を取りながら、雑草の多い箇所を集中的に歩いて、あと少しに迫った中干しまでの除草期間を乗り切りたいものです。一様に全部をくまなく作業するという除草機械的発想ではなく、草の多い箇所を選んで手取りするというやり方になります。100%を目指すことは不可能ですし、どう効率的に除草するか、でしょうか。

なお、いまは今年からの第6期中山間直接支払交付金の新年度に入り、役員としては役場に提出する書類作りにかなりの時間を取られています。いちばんは協定に入れる農地面積の確定ですが、それ以外にも面倒な書類がいっぱいあり、つくづく役所書類は苦手です。。朝からいきなり強い雨の日とかは諦めて1〜2時間PCに向かいもしましたが、目の前に迫る農作業を犠牲にもできず、夜間や朝食後とかに少しずつ小刻みにやるしかないのですが、本当にやることが多いです。消防の行事もあるし、りんどう関係の役員会やらいろんな集まりで、小規模農業経営者は本当にあれこれ多忙ですよね。全部一人でこなしますので。今夜も結局ブログ記事を書いてしまい、中山間事務は明日に先延ばしにしました。

 

南部小麦(6月27日)

南部小麦が色付いてきました。岩手の平野部ではいまはまさに刈り取り期で、晴天の今日などあちこちで刈り取っていることでしょう。西和賀は岩手の標準的地域に比べ2週間遅れます。消雪の遅さと春の低温が原因ですね。今回は40cm間隔で播種したことが良かったのでしょうか、昨年晩秋の好天が幸いしたのでしょうか、とても良い状態で、多収が見込まれます。とはいえ、いまは小麦の大敵である赤カビ病の発生時期です。こまめに圃場を歩き見回って、疑わしい状態の穂を見つけたら穂を切って圃場外へ持ち出して処分します。南部小麦の刈り取りは、例年ですと7月10日頃になります。実際は水分の%で判断します。水分が高い状態で刈り取ると、ハウスにハセ掛けをするわけですが、その後の乾燥が進みにくい嫌いがあります。しっかりとした乾燥(30%以下)を確認してからの刈り取りがベストですね。

 

にんにくとアリーナ(6月27日)

にんにく畑とアリーナ小麦の圃場です。にんにくは球の肥大に直結するトウ摘み(主に八幡平系)の時期を終え、あとは収穫適期を待つだけですが、どうやら今年は稲と同じく、またりんどうと同じく、遅れているようです。もっと暑くなって欲しいと願うばかりですが、これまでの遅れが急速に取り戻せることもないでしょう。なお、にんにくですが、今年の雪解け時の4月22日と、試験的に1か月後の5月22日にマルチを剥がしました。春から収穫期にかけて、にんにくの根域にマルチで高温の環境を作っていると、割れ、裂球を生じさせる可能性があるそうです。西和賀はにんにくの収穫時までに30℃超えしたりすることはあり得ませんが、念のためマルチを剥がしてみました。4月に剥がした2列はすぐに籾殻をリビングマルチとして施用しました。が、5月22日にマルチを剥がした残りの畝は、籾殻を持って来て散布する時間も取れず、そのままで収穫期を迎えます。使用する籾殻自体は残っているんですがね。雑草の具合にそれほど違いもなさそうなので、来年からはまだそう忙しくない4月に全部剥がして、すぐに籾殻でマルチングしてやることが作業手順の上でも効果的と思いました。あるいは前年の根雪直前に剥がしても同じかもしれませんが。

アリーナ小麦は極晩生で、南部小麦よりもさらに2週間後の刈り取りになります。こちらは強力の品種で、南部小麦と違い穂の色が白がかった茶色になり、とても背が高いです。背が高いことで、穂の長さも南部よりありまして、収量は多くなるありがたい品種です(スイス原産の小麦でパンに向く品種です)。

 

山下氏圃場

ビニールマルチを早めに剥がしてリビングマルチへ、とのサジェスチョンをくださったのは、青森県の野菜研究所という機関でにんにくの研究に携わっておられたにんにくの専門家山下一夫さんとの情報交換で教えていただいた農法になります。当園ではイモグサれセンチュウ害の出どころである青森県の産地からのホワイト六片種苗用の購入、あるいは八幡平系として岩手県内で種球として購入し植え付けたものに病害が既にあった気もします。にんにくにイモグサレセンチュウ被害を受けたという苦い経験がありまして、それをタネとしてりん片を植え付けることで、畑の土壌自身も、収穫される次のにんにく自身もセンチュウに感染させるという残念な状況に悩ませれていました(もちろん壊滅的な話ではなく一部のにんにくに被害が見られたということですが)。

この山下氏の手によって、センチュウ感染したにんにくであっても、その生長点付近を冬の時期に切り取って培養し、最初に得られるそのひょろひょろした状態のネギのような苗を春に植え付けて秋に1片のセンチュウフリーのにんにく片を確保し、そのりん片を購入する、あるいはその優良種子片を植えてもらって翌年に6片の球の状態のにんにくを作ってもらったものを購入するなどしています。そして当然畑もこれまでにんにくを植えたことのない圃場に移して新規ににんにく畑とし、センチュウやあるいは厄介なウイルスの元となるサビダニ被害もフリーであるにんにくの生産を、当園ではいま達成しようとしています。キロ単位で出荷する量をその優良種優良圃場で生産するには大変な時間もかかりました。昨年はさらにその優良にんにく増反の途上で、冬期の畑の冠水事故によって多くの優良にんにくが失われてしまったことも痛手でした。

上の写真はそのにんにく専門家の山下一夫氏の圃場に、田植え後の、そしてりんどうの新植苗の搬入をし植え付けがまさに始まる前の6月上旬に訪れて、圃場を見せてもらった時の圃場の様子です。上の写真ではマルチが見えますが、どの色のビニールマルチが畝内部を高温化させにくいかの試験だそうで温度計で計測していました。いちばん高温になったのが透明マルチと無マルチで、次いでシルバー(黒と同等)、白黒パンダマルチ(表が白で裏が黒)、そして最も地温が低かったのが草マルチだそうです。地温が高温になりすぎることで土中でのにんにくの割れ裂けが起こるらしく、やはりリビングマルチは地温の上がりすぎを抑制する優れた方式になります。

参考になるアドバイスがこの「緑肥の敷き詰め農法」というべき手順でした。写真奥に背が高く生えているのは緑肥作物です。私も小麦やにんにくでの休耕期間の7〜8月に緑肥を栽培しており、にんにく予定地は8月終わり、小麦予定地は9月初めにトラクターで耕耘してすき込んで、腐熟させ、にんにくや小麦を植え付ける、という工程を取り入れておりました。しかし、山下氏によれば、すき込みではなく、刈って、重ねて土の上に置く、という手法がミソになるようでした。これは自然農法の基本手法です。下手に耕耘したりするのでなく、刈った草を土の上に置く、それがリビングマルチとなりにんにくを保護するとともに、年数を重ねることでふかふかの土づくりに寄与してくれる。私など毎年小麦からにんにく、にんにくから小麦へと、緑肥を挟んで輪作しているものの、その都度耕耘をすることで、逆に、固い土壌を招いてしまっていたのではないか。。耕耘をやめて積み重ねた緑肥の上から植え穴を空けてにんにくのりん片を秋に植え付ける。そのことにより山下氏はふかふか土壌を獲得し、翌年の収穫時もにんにくの茎が抜き難くブチっと切れてしまったりすることなく、柔らかい土壌ですっと力を入れずともにんにくが抜けていく土づくりができるのであると。

山下氏は最初からビニールマルチなしで刈り敷き緑肥で通しておられますが、より気温の低い西和賀では、またにんにく以外に作目が多く雑草が取り切れないことも考慮すると、当園では秋の定植時には当園ではビニールマルチは必要です。当地では冬が早く来るためににんにく植え付けはとにかく早めにが鉄則になり、ホワイト六片など早く芽を出す品種は10月になってからの植え付けなどでは完全に遅い。10月になってから床作りをして植え付ければ雑草もそれほどではないでしょうが、9月最初などの時期に早く植え付けをすれば、やはり10月にはしっかり雑草は生えて来ます。9月の10日以降はりんどう彼岸出荷や、下旬になると稲刈りと小麦播種を迎えかなり多忙です。そのため9月最初ににんにく植えをするスケジュールでは植え付け時のマルチ使用は欠かせないですね。問題はそれをいつリビングマルチに切り替えていくかになりそうです。

にんにくは連作はダメだと思い込み、当園では小麦との輪作をしていましたが、山下氏の場合、にんにく収穫後にスダックス等ソルガム系のイネ科の緑肥を蒔いて植え付け前に刈り倒してそしてにんにくを植え付けるのですが、そこでスダックス栽培が挟まれることでにんにくの連作が絶妙に回避され、畑をにんにくに固定しても連作にはならない。耕耘してしまわずに、自然栽培流に耕耘をしないことでかえって柔らかい土づくりを実現させてしまってもいる。見事だなと思いました。小麦で私が真夏の休耕期にマメ科クロタラリアを緑肥栽培していることも連作回避により雪腐れ等の病害を防ぐ目的ですので、それはにんにくでも同等なようです。研究所の研究員の経歴の方ですから、有機栽培や自然栽培に興味が向いてのことではありません。図らずも自然栽培の良い部分に出会って、それを活用しているということです。なるほど、ですね。

激務が続いた5月が終わって、ちょうど軽トラで遠乗りがしたくてウズウズと鬱積していた折に、八戸近郊の山下氏の圃場を見学させていただいて、さらに時間を忘れて遅くまで長居をさせていただきましたが、有益な時間でした。

農業について突っ込んだ会話ができることは時間を忘れ喜びです。いま現在、小麦を作付けしている当園では県の農業普及員が赤カビ病の観察のためによく訪れてくれます。その度にいろんな対話ができることは、一人で田畑に閉じこもって作業する自分には良い刺激、情報を得る時間になります。小麦の担当者は水稲の担当者でもあるので、稲の話もします。有機のことは専門外ですので、逆に私からも有機の話をして知ってもらいます。いくら日々の草取りや諸々の作業で立て込んで押しまくられていても、対話は大事な時間ですね。

 

蕪嶋神社

八戸近郊の山下氏の圃場を後にして、せっかくなので、ウミネコの繁殖地「蕪島」に向かいました。家とは逆方向で、帰宅は遅くなることは承知の上ですが、蕪島は見ておきたい。長年の希望でした。夕方で既に神社への階段は閉鎖されていて残念でしたが、山下氏との懇談が続いたからなので、それは仕方もなく、でも、十分に蕪島を楽しめました。光景としても美しいですね。

 

蕪島のウミネコ

浜辺にはいっぱいのウミネコ。良いですね。八戸に春から初夏に来られる機会があったら、ぜひ蕪島を訪れてみてください。

 

モミジイチゴ果実

当園では野いちご、木いちごの植え付けをしています。大した面積ではないし、趣味の域を出るものでもありません。オレンジの美味しい実をならせるモミジイチゴは最も惹かれるいちごです。いちばん最初はどれがそれか、どこにあるかもわからずに、フリマサイトで苗を購入したりしましたが、モミジイチゴ自体を知った後は、近所で見つけたりして、それを庭に移植したりしています。最初にわからずに購入することは教科書代、勉強代で、そこから実物を知り探究がスタートするのです。そうして植え付けたモミジイチゴが実を着けてくれました。きれいないちごですよね。外国にもあるかどうかは不明ですが、日本国内では最高の野いちごと思います。いつか増殖して商品化したら良いのか、趣味の域にとどめておくべきか、将来性は未知数ですが、こうした行いができることのために、都会から脱サラし、農家になったのですから、農家冥利に尽きるとも言え、こうした手間に時間は余計にかかるとは言え、楽しい残業タイムを与えてくれる存在ですよね。だから、やっていられるのでしょう。農業カテゴリー自体の中に楽しみがなければ、やっていられないでしょう。あとは月に2日の軽トラお出かけとです。

ちなみに、ベリー類は、ブルーベリーやラズベリー、ブラックベリー、ハスカップ、カシス、クランベリーやコケモモなど西洋のものもありますが、草イチゴ、クマイチゴ、エビガライチゴ、ノウゴウイチゴ、バライチゴ、フユイチゴ、カジイチゴ、ナワシロイチゴ、ニガイチゴ、ホワイトピーチベリー(これは国籍不明)があります。木ではジューンベリーなどいまが食べ頃になっていて、庭でイチゴの実った姿を目にするのは楽しいものです。

 

Googleマップ
Screenshot

余談ですが、最近はPC等で一番よく楽しみに使っているのがGoogleマップです。中山間交付金申請でいまはアプリとしてはエクセルに最も向かっていますが、息抜きの「空想軽トラ旅」にGoogleマップは良き友です。たまたま家の近くをストリートビューで見てみたら、草刈り作業中の自分の姿が。。。小麦やタラノキの圃場を刈っております。いま現在、りんどうの早生品種の草取りと芽摘み作業が最優先で、この写真の圃場の草刈りはその後にすぐやりますから、もう少しお待ちくださいです。田んぼや小麦やその他広大な面積の草刈りと園芸品目の株の近辺の精密な草取り、そして田の除草とキリがありません。おいしくてボリュームもある定食の店はないかな、大雨が降って買い出しに出た時とかに、どういうスポットを訪れようかな、などついGoogleマップに逃げたりしながら、草との戦いと諸々の管理作業、そして地域の交付金のための事務作業をこなす日々が続いています。

 

天峰山・桂松院

先週のことですが、買い出しの用もあり盛岡へ出かけまして、その時、まあ命の洗濯と言って良いでしょうか、久々に盛岡からR455で岩泉方面への国道を走りました。天峰山・桂松院という地点をGoogleマップで見つけて、訪れてみまして、草の中、仏像と紫の衣を羽織った石仏さんの佇まいを見てきました。こういうあまり人々が訪れないスポットを見つけてさりげなく訪れるのが好きです。

 

天峰山から盛岡岩手山方面の眺望

天峰山というのは知りませんでしたが、R455から北へ入ったところに展望台がありました。外山という地域です。放送局の電波塔らしきものもありました。息抜き、は大事です。こうした場所を目指して走り、無心になる。こうして日々の激務も乗り越えられれば、です。

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2025年春、農作業スタートです

たらの芽栽培最盛期

ようやく雪が消えてきて、春作業がスタートしましたが、連日の雨続きでなかなか進みません。ただ雨が続いたおかげで雪が消えていったとも言えるので、これまでの雨は良かったのですが、これからはもういりません。これまでのメインの作業はたらの芽の収穫出荷でしたので、天候には左右されず進められました。最終盤を迎え、もう加温も控え気味にし、最後の数点の注文に応えるだけです。無事、できたものは完売しそうで、生鮮品生産としては心配だった無駄な売れ残りの廃棄等が出ずに良かったと思います。

とはいえ、たらの芽栽培は結構難易度は高いと思います。今期については、カビの発生を恐れるあまり、灌水を控えて経過させてしまったことが、駒木の乾燥を招き、気温の高い日に悪くしてしまう失敗がありました。換気により風通しを良くしつつも、新鮮な水を常に供給することが大事で、ビニールに開いていた穴からの漏水もあって、ちゃんと対策が必要と分かりながら、栽培期間中はビニールの細かい検証や交換もできず、修繕は生産終了後の課題になっています。

収穫が終わったら施設の細かい点検をして来年に備えたいものです。雨の日の仕事ですね。

 

たらの芽出荷荷姿

たらの芽をポケットマルシェというサイトに出品しています。米やにんにくと違い、収穫期を迎えたものはすぐに出荷しなければならない生鮮品目ですので、自分のサイトだけでは短期間に全部売り切ることはできません。その点、フリマサイトは多くのお客さんに見ていただけるのでありがたい存在です。たらの芽の場合、梱包が3cmの厚さで収まるために、クリックポストを使用します。写真のように専用の箱に折り目を付けて保護の薄いシートを敷いて300gを並べていき、梱包します。全国一律185円という安価なコストはありがたく、輸送に2日以上かかる点だけは生ものだけに心配ですが、到着後にすぐにザルやボウルで水にさらしてから冷蔵してもらえれば、シャキッと戻ります。

ゆうパックなど本格的な輸送形態を選択するならば、輸送コスト的にもっと大きいパッケージ(1kgとか)となりましょう。でも一般の家庭利用では300g程度が適量で、その価格帯にいきなり700〜1,000円の輸送コストを上乗せすることはできません。ここはやはりクリックポストの選択で進むしかないかと思っています。

山菜の豊富な土地柄である上に、もともと農閑期の仕事をということで始めたたらの芽栽培ですので、旬の畑の露路物や山の天然物と違い、促成栽培という選択になりました。天然物以外は食べる気がしないよ、というような意見もわかりますが、こうした促成栽培のたらの芽は色も緑が綺麗で柔らかく、お子さんも喜んで食べてもらえる品ではあります。

5月になればこの穂木の採取圃場であるタラノキ畑でも自然に芽吹いてきて、秋までに1枝から2本程度芽を仕立ててその2本の穂木を育てて伐採採取します。細い枝の場合は芽は1個だけにしますし、1本の枝の芽の数を調整して、太い枝が秋に得られるように努めます。芽かき作業ですね。で、その余分な芽を掻いて持ち帰り天ぷらにしたりしますが、それらは結構硬くてゴワゴワした感じです。自分の施設での栽培のたらの芽のハジキを期間中食べていますが、それに慣れてくると、むしろ柔らかい方が食べやすく思います。

旬の時期に深山に入って天然のたらの芽を採れば、日陰になっていることで、促成に近い感じにはなりますが、タラノキ園の木は日当たりが良いので野生的です。タラノキそのものは日光を好むのですが、柔らかい緑のたらの芽は日陰が良いのです。そうなれば、柔らかい天然の緑のたらの芽と促成栽培のたらの芽との差はあまりないということになります。

そんな収穫出荷の日々もあと数日で終わります。

 

風呂消毒と塩水選

並行して、稲の種籾の準備もこの時期の大きな仕事です。亀の尾やひとめぼれなど晩生品種を作付けていてかつ出芽機を使わないハウス内平置きの出芽法ですので、種まきは早めに行います。早い時期の田植えを計画しますのでそれからの逆算ですね。地区の中では一番早いと思います。まあ途中で追い越されてしまいますが。。

今年から農協の育苗センターで温湯消毒をしてくれなくなったため、自分の風呂で行いましたが、60℃にはなりませんで、やかんで沸騰させたお湯を足し足しして、何とか58℃を確保し15分浸漬しました。そしてすぐに塩水選を行い、あとはそのまま水に漬けて12日くらい。そしてハトムネ催芽機で芽出しをしてから播種します。

 

播種機

3月後半になるとハウスの除雪をしますが、雪が消えてハウスのビニール掛け、そして種籾の催芽、そして育苗の培土の準備が一致して初めて種まきができます。わが家は4月10日が種まき開始の日です。ハウス内の土を整地しますが、その前に昨年の麦や稲の脱穀の際に溜まっていたハーベスタから排出される殻などを綺麗に片付けてからです。平らにした地面にプール枠を組んで、ブルーシートを敷きます。作業場の2階から苗箱を下ろし、播種機をハウス内に設置して、土入れ・播種・覆土の作業がスタートします。

亀の尾が60枚、ササシグレが26枚、ひとめぼれが18枚、通常出荷はしませんがりんどうの廃園後翌年に作付けするいわてっこが今年1反歩で21枚、以上になりました。用意した亀の尾種籾が予定より少し足りず、多めに準備していたササシグレが少し増えました。ひとめぼれも需要はありますので7アール分1枚に作付けします。

ここは冷涼な地域です。有機稲作のセオリーで薄まきの大苗育苗を理想として播種を行って田植えしても、結果、分けつが暖地のようにはできません。ある程度厚く蒔き、1株当たりの植え付け本数を増やすことは、寒冷地という地理風土の必要な方法になります。そうしたこともあって亀の尾は種籾を多く使ったせいで箱の枚数がやや少ない結果になりましたが、その面積の中でしっかり穫れるよう努力いたします。

品種が増えるといろいろ面倒なのですが、現在どれも必要な品種と思い、なかなか数を減らせないでいます。いわてっこの方はともかくとして、亀の尾・ササシグレ・ひとめぼれから選択してお求めいただきたく思います。

以上のここまでは雪が残り雨が降っている時期でも進められる作業になります。

 

にんにくの目覚め

外の圃場に目を向けますと、4月17日に、大部分のにんにくが現れてきました。雪に押しつぶされてまだ呆然とした感じですが、これから一歩も二歩も他地域に遅れての再スタートですので、頑張って挽回してくれとエールを送るのみです。

 

アリーナ小麦の目覚め

同じ17日の小麦アリーナ畑です。ヨーロッパ由来で南部小麦よりは雪に弱いのですが、何とか生き残っていてくれました。まだ眠そうですし、株元に葉がいっぱい枯れていて、この枯れ葉の中からの復活を力強く遂げてほしいです。この枯れた部分を見越して播種時は厚まきにします。また秋の年内の生育が足りないで雪の覆われると雪腐れになりやすく、そのためにも早い時期の播種が必要です(9月中の播種)。

去年の晩秋は暖かい日が多くて、にんにくと小麦については大変ラッキーでした。いろんな品目を植えていると、何かが思わぬ恩恵を受けてくれたりするものです。水稲だけで、しかもコンバイン+乾燥機であれば、稲刈り後10月からの天気はもはや関係ありません。ハセ掛けのわれわれは稲刈り後の好天がとにかく必要ですし、同じく作付け直後のにんにくや小麦もお日様に助けられました。とはいえ、去年の秋がたまたまそうだったため、やっと他地域並みに育ったということですので、同じ岩手県内でも他の少雪地域の人たちはこのくらいの生育はいつも当たり前だよということになるわけでしょう。まあそれも寒冷積雪地の宿命で、それを何らかポジティブ要素に変えて生きていくしかありません。

なお、雪腐れ病に対処するために、小麦連作による障害を回避するという必要があり、そのためと、土作りやチッソの補給という面を併せてマメ科のクロタラリアを盛夏の休耕期間中に作付けし、小麦の播種前にすき込んでいます。その成果が確認されるのもこの雪解け時期になります。

 

ルバーブの株分け

一方、消雪後まもなく行うことの一つに、ルバーブの株分けがあります。近所の加工所でジャムにしてくれていますが、やはり赤いルバーブのジャムは綺麗で貴重です。赤いルバーブはいま入手が困難ですので、大事に増やしていきたい財産です。1株掘り上げてスコップで4個に分けます(写真は4つに切り分けたところ)。株分けをすればそれらは小さくなるので今年の収穫は控えなければならず、したがって、一気にではなく毎年少しずつの株分けになります。

 

乙部のイワテヤマナシ園

もう一つ春の作業に果樹の剪定と接木や挿し木の作業があります。去年4月に、寒天出張終了時に神戸大学から輸送したマメナシ台木にイワテヤマナシを接木しましたが、あまり成果が思わしくなく、多分台木自体を植え付けてすぐの接木だったせいもあったでしょうか、失敗した台木を掘り起こして盛岡市乙部の片山先生の圃場へ持って行き、プロの手によって台木を生かしてもらうこととしました。秋の時点で成功したかなと思われるものは私の園地でそのまま経過観察していますが、やはり幼木をこの多雪地帯で管理することは容易でないと思いました。細く小さい木の上に2mの雪がずしりとのしかかるので、いくら雪囲いをしても、テープで止めて固着したはずの接木部分が押されて曲がってしまったり。。むしろこういう豪雪地では挿し木などと同じくポットで管理して冬は作業場で管理し、何度か植え替えをし、3年くらい育ててから地植えする方が良いのでしょうか。小さい台木での接木育苗作業は雪のない盛岡に委ねることにして、当園ではすでにイワテヤマナシ成木が8本あるので、それらの一部を高接ぎで好みの品種に改変していく、あるいは一本まるごと別の木に改造していくという作業をメインにしたいと思っています。立派な成木に高接ぎを行えば、成功率も高く、また生育も早いです。雪による圧迫も地面から上に上がった空中のことなので回避できることになります。

たらの芽もですが、太い穂木(駒木)からは大きな芽が育ち、細い木からは小さな芽になります。太さが肝心なようです。イワテヤマナシは岩手特有の、岩手にだけ自生した、香ばしい匂いのする梨の実なので、これを活かし、いろんな産品に商品化したり、また果実のみの出荷販売もありですしね。まずは太い枝に理想の実をしっかりならせられるよう栽培管理に努力したいと思います。

 

玉泉寺

農業外では、久しぶりに地元のお寺「玉泉寺」(ぎょうくせんじ)に法事で出かけました。りっぱなお堂です。すばらしいです。仏教文化の高い芸術性を目の当たりにした気持ちです。こんな山奥の過疎の村にこのようなお寺があることは嬉しくなるし、誇りに思いますね。新興の住宅街とかでない太古からの暮らしの歴史を持つ山村であることを感じさせてくれるひとときでした。入植時にとても世話になった地元のおばあさんの3回忌でした。ご飯を食べながらご家族親戚の人たちと久しぶりにおばあさんの話や、四半世紀前の話でとても懐かしい時間を過ごしました。

そのおばあさんの土地を借りて農業を続けてきているし、そのうちの1枚の田を買っていまの住宅や作業場、ハウスなどがあります。都会育ちで農業のイロハも、また田舎で力強く生きていくためのすべをも持たない30そこそこの青年に、豊かな知識と技を伝授してくれたおばあさんでした。ポツンと一人でやって来て、しかも血縁もない豪雪の山村です。いまそれなりに暮らしが続いてこれたのも、このおばあさんの助けで生活の土台ができたからでしょう。車の運転ができないおばあさんと、その地元のお婆さんたちを乗せて、県内のいろんな場所を訪ねました。自分にとってそれらのドライブは岩手を知る発見の旅でもありました。ワゴンRの後ろの席をフラットにして、そこにばあさんたちが座っておしゃべりする様を見ながら温泉に行ったり、志和稲荷へ参拝に行ったり、バイキングにも行きましたしいろいろでした。

 

薪割り

さて、雪がある時期のもう一つの仕事は、薪の玉切りです。10年以上前にヤフオクで買った古いチェーンソーに頑張ってもらって、雪のあるうちに玉切りを行いました。薪割りは地面が出てからの作業で後回しですが。森林組合からの購入で3間の量ですが、今年のこのナラは地元産だそうで、県内他の木よりもとにかくここ奥羽の地で育った木は年輪が詰まってずしりと重い。切るのも苦戦し難儀でしたが、燃やすには火持ちも良くて、良い薪になるでしょう。

 

最近食べたランチから(大盛り系)

農閑期の間はいろいろ出かける用もあり、外出でランチする機会も割合ありました。寒天出張の時は3食デリバリー弁当でしたが、とにかく量が少なくて、もうご飯はいいからと結局おかずだけにしてもらって、ご飯は炊飯器で炊いて好きな量を食べていました。深夜からの長時間の勤務のため1日4食食べており、しかも酒を飲まない生活だったので、米も長野産コシヒカリを社長からもらって、自分の持ち込んだ玄米と交互に食べておりました。デリバリーのない4食目(夜食)はレトルトのカレーだったりしましたが、3食のデリバリーもおかずは少ないし病院食のようです。そういう体験をしていると、高級な意識高い系の上品なレストランよりも、大衆食堂の大盛り系に行きたくなってしまうのが人情ですね。

左は盛岡市の「田舎家」という食堂の看板メニューの唐揚げ定食です。ご飯はまあ普通盛りですが、唐揚げの量が結構多くて、お腹いっぱいになりました。人気のお店で早い時間帯でないとかなり並ぶのではと思います。右は西和賀から横手へ向かう途中にある「山内食堂」で、オモウマイ店とかいう番組で取り上げられて行列の店になりました。昔はなかったと思うので、この10年くらいにできたのでしょうか。ユーリンチーというメニューです。写真じゃ分かりにくいですが、2枚の写真ともかなりの肉の量です。これでご飯が大盛りだったら食べきれないでしょう。油淋鶏というのは初めて食べましたが、醤油の甘酢とネギがふんだんにかかった美味しい唐揚げ料理でした。

寒天からの帰りに仙台で娘と「北京餃子」という中華店に行き、また先日は息子と「中華飯店」という店にも行きまして、ずいぶん中華を食べて、寒天生活の食の70日を挽回した気持ちです。「北京餃子」は中華が各種安価に食べられていろいろ頼んでシェアして食べたりしましたし、「中華飯店」は値段は結構しましたがどれも大盛り系で、いちばんのおすすめは春巻きでした。日立システムズホールというコンサートホールのすぐそばにありますので、コンサートの前後に出かけられてはいかがでしょうか。去年の夏にはここでモーツァルトのピアノコンチェルト20番とマーラーの「巨人」を聴き、その後で一緒に聴いた子どもたちと中華飯店に寄ろうと思いつつ、結局コンサートが夜9時頃までかかったので閉店して入れませんでした。

余談ですが、コンサートでは、先日NHK教育で観たマーラーの第2番「復活」がすばらしかったです。指揮者はカーチュン・ウォンというシンガポール出身の若手ですが、リハの映像からして、表情も豊かで人間味に溢れ、とても好感の持てる指揮者でした。この「復活」は合唱を伴った壮大な交響曲ですが、これまでコンサート経験も、曲の映像を動画で観たこともなかったので、とても刺激的で新鮮な体験でした。演奏ももちろん素晴らしいの一言です。いまの時代、語弊はあるかもですが、ブルックナーやマーラーのような壮大なシンフォニーというのは時代にマッチしていないように常日頃、感じています。自分自身がブルックナーやマーラーしか聴かないような狭いタイプなので余計に阻害感を意識してしまうのかもしれません。

想像するに、20世紀のバーンスタインやテンシュテット、ひいてはフルトヴェングラーのような気迫のこもった熱い演奏というのはいまの流行りではないのかもしれませんね。コンサートの曲目を見ても、ドビュッシーやサンサーンスなど、一見王道ではないよという作曲家の演目も東北の山形や仙台でも頻繁に行われるメジャー曲目だし、シベリウスなんかも演奏機会が多いですね。ラフマニノフなども人気の演目です。もちろんドヴォルザークだったり、シューマンだったり、演奏会いっぱいあります。ただ、ブルックナーやマーラーとなると、ちょっと「引いてしまう」というのが時代のムードなのかと感じています。え、やるの、という。。去年なんかブルックナーの生誕200年のメモリアルイヤーだったんですがね。私の偏見やひがみなんだと思われてもいけませんが、クラシックのトーク番組(FMの音楽番組)とかを聴いていても、敬遠されてるかなみたいに感じる節がありますね。だいたい女性はブルックナーが嫌いという説もあります。大袈裟な感情の発露とか、壮大なクライマックスとか、そういうのじゃなくてね、いまの気分はもっと身近な身の回りの感覚にマッチした音楽が求められているんじゃないの? そういうようなご時世という気がしますね。

「全身全霊でマーラー楽曲の表現を追究したい」という感じのことを「復活」の演奏に当たってカーチュン・ウォンは語っていました。復活の合唱はラストの10分くらいかと思いますが、歌い出しは「よみがえる」、で始まります(復活する、です。auferstehen)。歌詞を検証した上ではありませんが「生きるために死ぬ」とか、「自分が息絶えてしまうことも、それが生の糧になる」という感じの詩になりますね。後の傑作「大地の歌」の集結部では、「自分がこの世にいなくなった後も、花々は永遠に咲き誇るのだ、永遠に」の言葉で静かに終わっていきます。現代の感覚としては特異かもしれませんが、しかし「全身全霊」というカーチュン・ウォン氏の言葉は、非現実的な大袈裟なドラマを語るのではない、いま風に表現しマーラーのメッセージの核心を言い当てた言葉遣いに思いました。

カーチュン・ウォンと日本フィルでマーラーのチクルスを進めているそうで、その一環としての放送でした。それならば、いつか数年以内に第8番を演奏することになるのでしょう。「復活」と同じオルガンのあるサントリーホールですね。その時はぜひ東京へ行かなくては、と思いましたね。いまは日の目を見ないかもしれない時代の周辺部の人たちが集結しますね、きっと。ブルックナーの大作第5番のコンサートが東京で最近あったと思いますが、私が情報を目にした時は完売していました。いるのです。ブルックナーやマーラーに心を打たれ、時代の気分が何であろうと何十年もひたすら愛好して来た、自分の生きる道はこれだと貫いて来た、いまはたまたま特殊な愛好家として辺境地?に暮らす人たちが。。

マーラー8番は東京時代の最後の頃にN響の特別演奏会を30年前に渋谷で体験してはおりますが、楽しみに次回のその時を待つことにします。稲刈りとかお盆や彼岸のりんどう需要期でないことを願います。

 

石割桜2025

盛岡へ出かけた4月18日、盛岡市の石割桜が満開でしたので、車を停め写真を撮りました。外国人観光客がいっぱいいました。西和賀町まではまだインバウンドは及んでいません。が、早晩われわれのこの山あいの雪国にもお客は来ることでしょう。地元の若い人たちにもそういう読みはあるでしょうし、新たな形態の宿泊業への進出も取り組んでいます。

石割桜を見た後に、せっかくなので映画の「教皇選挙」(コンクラーヴェ)を観て来ました。カトリック教会のこと、ひいてはキリスト教の文化歴史的側面について、日本人はなかなか理解ができていないと思います。私自身もたとえば哲学の勉強の中で西洋思想史の中でのキリスト教の持つ意義というのは大大テーマであるとはいえ、その本質的部分は何となく避けて通って来た気がします。でも、子どもたちに対しても、世界を股にかけた仕事をするようになってほしいし、そういう時にギリシャ神話やキリスト教文化のことを知っておいた方がよく、同時に自国の「古事記」の個々の話なども外国人に説明できるようであってほしい、などと言いはします。その通りでしょうが、なかなか。。

次の教皇を決めるのは枢機卿(すうききょうと呼ぶのが正しいらしいです)団の人たちで、バチカンに集まって教皇の選挙を何日もかけて決まるまで行う、という話ですね。そのことは知っています。教皇が選出された時は特別な色の煙で地元住民に知らせるとかも何かで憶えていました。映画だけでなく実際にいろいろ策略や陰謀とかもあったことでしょう。そういう世界史の一コマを子どもたちには知ってほしいものです。

雪が溶けたいま、映画を見たりする余裕ももうなさそうです。去年よりも雪解けが遅くて春作業は遅れています。稲の育苗だけは進めていますが、ちょっと気温が低くて、いつものことですが出芽にヤキモキの日々です。平置き出芽でみんな使うシルバーシートですが、寒冷地では天気の悪い時は「保冷」になって箱の温度を低くしてしまうため日中は外して夜に「毛布」のつもりで掛けてやります。こうして出芽を待っているうちに、出芽機で出芽した苗をハウスに並べる地元の農家に追い越されてしまうのでした。。

これからりんどうの春作業が待ち構えています。支柱を直し、肥料をやり、ネットを掛けて芽かきをする。廃園予定の圃場はいまのうちにマルチを剥がしておくし、新たに新植する圃場は溝を掘って排水を進め、5月にはこなれた畑で畝立てができるよう準備をする。りんどう作業は何週間もかけて、夏までに終わらせるような息の長い作業です。田んぼの仕事はそれに比べれば、田おこしも代かきも、田植えもまあ数日で終わる話であり、問題は植え終わった後からの除草作業です。

とはいえ田もりんどうも除草がメインの作業になるということは春の作業の形が一段落し終わってからの話で、それがおよそ6月初めまでの仕事になります。一方、秋に植え付けをしたにんにくと小麦は、もういまは形ができているので、収穫の7月までは除草がメインになります。一方で秋はにんにく小麦の仕込みの時期であり、かつ稲刈りやりんどうの収穫時期であるため、最大の繁忙期になります。

まずはいまこの春の「形にしていく」時期を乗り切りたいところです。

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カーナビは心の友、地図更新に苦戦

白山を遠方にドライブ中
長野への2か月出張の行き帰りの軽トラ旅は自分にとって特別なリフレッシュと気持ちの切り替えの期間になっています。秋に農業が終わったという節目と、冬の寒天作業が終わったという節目ですね(もちろん後者の方が解放感が絶大ですが)。先月の長野県茅野市からの帰り道は紀伊半島を1周し、大阪から北陸へ抜けて、山形仙台経由で帰宅する長旅となりました。ブログでも書きましたが伊勢神宮とか南方熊楠記念館への訪問、岡本太郎設計の太陽の塔の見学など、だけでなく走行した旅の全体が心に刻まれています。そして、その時のドライブの走行は、帰宅後にGoogleマップで辿り直してみると、正確には出ませんのでそれ以上の走行キロ数になりますがおよそ1,800kmになりました。写真は福井県の越前市付近で正面に見える雪山が多分白山であろうと思って車内から撮影しました。

その旅を支えてくれたのはカーナビになります。カーナビを友に、旅が成り立っているようなものです。昔オフロードバイクで旅をした時はもちろん地図だけが頼りで、「ツーリングマップル」をバイクの風防手前のスペースに挟んで、東京からおよそ東日本のほとんどは走行したと思います。

ナビに頼るようになったいまは地図はもっぱら部屋にいる時の画面での表示になりました。地図そのものは好きでして、GoogleマップはいまでもPCで最も多く使用するアプリだし、山のコース地図、国土地理院の地図も併用して楽しんでいます。山も登山口まで車で向かうため、Googleと地形図は両方不可欠ですね。

そんな現在のカーナビは2台目で、初代は5年で故障してしまいました。ポータブル式でダッシュボードに吸盤で粘着させるタイプですが、よく剥がれてごつんとぶつけていましたので、それが原因かと思います。GPSも受信しない時が多くあったりして、同じ後継機種の「ゴリラ」5インチを2022年2月に購入し、現在に至っています。ちょうど3年ですが粘着は良くて衝撃も加えていないので、まだまだ使い続けたいと思います。

 

SDカードへの書き込み

購入してからまる3年経ちますと、やはりカーナビの地図が古くなってきます。有料の地図更新があるというのは知っていましたが、結構高価で、機械が壊れるまで地図は我慢して使い切って買い換えるしかないかなと思っていましたが、検索してみると、いま現在5インチのカーナビそのものがどうやら製造が終わっているようなんですね(国産の製品としては)。考えてみればスマホをダッシュボードに設置すれば済むことで、わざわざカーナビに代金を払って使うのは需要が減って来たという傾向なのだと思います。しかも本体だけでなく地図そのものの維持更新にもお金がかかるわけです。馬鹿らしいことかもしれません。

現在は新製品がなくて、自分のと同じ3年前のモデルが倍近い値段で中古品でしょうか、Amazonとかにも載っています。そういうことであるならば、いずれはスマホに取って代わられるのかもしれないが、ここは最後の贅沢、奮発して地図更新をし、もう3年はいまのゴリラに頑張ってもらおうという決断をしました。この5インチのカーナビと共に長距離の旅を続けてきましたし、やはり見やすい、めんこいやつなのです。ギガやバッテリーの減りの心配もありません。この最後の贅沢に出費を許してくださいの気持ちです。スマホのGoogleマップで住所や電話番号を調べてからカーナビに入力するのは面倒ではありますが、まあそれも旅へ出る楽しみの儀式で、セルを回した後の暖機運転です。

ところが、その地図更新の手続きがこんなに大変な作業であったとは!

まずSDカードを買ってこなくてはなりませんが、そもそもダウンロードするためのPCがウィンドウズで、10以上でなければだめですと。スマホもダメ、Macには対応しておりません、と冷ややかな説明文章が目に飛び込みます。でもどうしても更新がしたかったので、近所の家に行ってみると、ウィンドウズ7だそうでがっかり、結果、20分くらいの事務所の知人にお邪魔することにしました。どうせコメリまで行ってSDカードを買ってこなければならず、簡単に近所ではすみません。最初16GB以上という記述を見て16GBを買いましたが、容量が足りず、32GBを買いに再びコメリへ走りました。要注意ですね。16GB以上、ですから32ないと入りませんね、確かに。実際使用可能領域は16や32よりは少ないですし。

いったんナビにSDカードを入れて更新するための機種情報を書き込んでから地図提供元である「ゼンリン」のサイトよりウィンドウズ専用の地図更新のためのアプリを使って、まずは購入代金11,880円を決済し、地図データをダウンロードします。サイトからまずPCへのダウンロードですが、これで80分はかかりました。途中オセンで買い物したりしましたが余裕で終わっていません。そしてやっとダウンロードが終わり、次のSDカードへの書き込みの段階に入ったところで、エラー表示が出て、書き込みができない、SDカードが壊れているなどのメッセージが出て、あっけなく終了。作業進行の説明をスマホで並行して読みながら、購入手続きとかダウンロード時間以外にも時間をかけてここまで来たのに、できませんでした?

翌日パナソニックの技術相談の窓口に電話で問い合わせました。技術系の人らしい口調で、丁寧に説明してくれましたが、結局その通りSDカードか、SDカードリーダー(USB端子に接続できるアダプター)の不具合だろうとの説明でした。USBを介してのアダプターでなく直接SDカードのスロットがあるPCでなければだめなのかと訊いたところ、スロット搭載機のPCでも同じエラーはありうるのでアダプターがダメとは限らない、との言葉に安堵を覚えました。あまりSDスロット搭載機は見ないので。。

昨日、お米を配達したり、注文していたトレッキングシューズを受け取りに行く用事もあり、盛岡のインターネットカフェに行ってみました。事前に電話で確認したところ、SDカードのアダプターもあるので自由に使って良いとのことで、再チャレンジの気持ちが沸き起こりました。

時間はそれなりにかかりましたが、ソフトクリームを久しぶりに2回食べ、ココアやエスプレッソも飲んだりして、時間は過ぎました。思えば、長野の寒天出張の初回の時はまだスマホを持っておらず、溜まり込んでいるであろうメールの確認に茅野市のネットカフェに行ったことがあり、その時の店にもソフトがあり食べました。車にナビは付いていたので、電話帳でカフェの電話番号を調べ、初代ナビに入力して慣れない茅野市のネットカフェに辿り着けました。ありがとう、心の友です。

前回、SDへの書き込みの段階で失敗したので、もし本当にSDカードが壊れていたらすぐ買いに走らなくては、コンビニでも売っているのだろうか、とか考えているうちに、PCへのダウンロードが終わり、ついにSDカードへの書き込み段階に移行して、作業は途切れずに続いています。もしかして一歩進んだ? SDカードは壊れていなかった? このまま進んでくれとの緊迫の時が過ぎていきます。

そして、ついにゴールです。あまりに嬉しくて、写真を撮りました。

 

 

カーナビ本体への書き込み

ネットカフェでは利用料が1,000円弱かかりました。でもソフトや飲み物を飲食した代金と思えば済むことですね。ソフトクリームもいま高いですから。良い経験です。その後は車に戻りSDカードをを挿入してナビ本体の地図データ書き換えの作業です。ところがこれもまた時間がかかります。登山靴の受け取りに石井スポーツのあるMOSSビルに向かって進行しながら、作業は続いていて、石井スポーツでゆっくりいろんな商品を見て時間も使い、靴を購入して車に戻ると、まだ続いています。駐車場でエンジンは止めてもキーはオンにしたままバッテリーを減らしての作業です。昨秋にバッテリーをより大きいタイプに新調していてよかったです。

ジュンク堂へ行って農業書など眺めて戻ってみたら、終了していました。

サイトからPCへのダウンロードで80分、PCからSDへの書き込みで40分、SDからナビへの更新で80分、という感じでしょうか。予習で頭に叩き込んでわかっている場合の時間でこれですから、説明を読みながらしどろもどろでやっていれば、それがおととい地元で失敗した時の私ですが、とてつもない時間を要します。結局トータルで1日仕事でした。黙ってスマホでナビをすればタダで努力も要らなかったんですがね。

 

前潟駅が地図に

盛岡からの帰り道、ナビに「前潟駅」が写っています。このカーナビを買った2022年にはまだこの駅はなかったことをウィキペディアの情報で確認して(前潟駅は2023年3月の開業)、最新状態への地図更新が無事完了したことが証明されました。震災があった2011年から7冬、盛岡の農業改良普及センターに土壌分析の仕事で通った時代にはこの駅はなくて、私が車を停めて電車に乗っていた1個手前の大釜駅の次が終点盛岡でした。盛岡の内丸(通勤していた普及センターのある場所)から盛岡駅までの徒歩区間にはホームセンターがなくて、帰宅時にホームセンターにどうしても寄らなくてはいけなかった時は、大釜で下車した後に、家と逆方向の盛岡寄りのこの前潟まで車で戻って、サンデーで買い物をして帰宅したものでした。いまもし同じ通勤をするとしたら、家から直接前潟駅に車で行ってから電車に乗ったことでしょう(無料駐車場はあるんでしょうか)。そして職場まで盛岡駅から徒歩で30分近くかかるので、運動には良いし、冬だからできたことですね。そして帰宅もまた遅くなり、それからたらの芽の作業をしたりしていたので、結構忙しかったです。いまは、寒天出張時はかなりハードな拘束の作業でしたが、終わってからのドライブと、帰宅後の確定申告などの事務作業、次いでたらの芽作業の専念で雪解けを待つ暮らしになっています。こういう農閑期時期だからこそ、カーナビ地図更新という作業もできたのでした。

いよいよ今日からたらの芽の収穫出荷が始まりました。カビや腐れなどにやられることなく多くの出荷をすべく努力します。

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雪深い早春のたらの芽栽培

たらの芽ふかし2025

寒い冬になっていますが、その中でも日中は春の気配も漂う季節になっています。今年も寒天製造の出張から帰宅して、たらの芽の促成栽培をスタートさせています。帰宅直後の頃は寒さも真冬本番で、真冬日が続いており、そんな気候の中で無理にふかし促成を始めても、時間ばかりかかって生育は遅く、逆に時間がかかりすぎることでカビにやられたりする危険も高まります。そこはじっと待ってからにすることとし、決算や確定申告、また春からのいろんな資材や種苗とかの検索や注文事務など、パソコンへ向かっての作業が主体となっていました。

たらの芽栽培としては、穂木を駒木に切断し、水に漬ける作業(樹液を出させてカビがつきにくくする意義と、発芽を促す催芽の意味があります)、水に漬けた駒木を圧力あるシャワー洗浄をし樹液を洗い流し、トレイに並べていく作業だけで、1日3時間くらいの軽作業です。収穫が始まるまではこんな感じです。

 

駒木トレイ

水に漬け終わった駒木をトレイに並べ、シャワー洗浄しました。あまりくっつけすぎて並べるとカビになりやすく、離れすぎると倒れます。だいたいこんな感じでトレイを埋めて、このまま栽培棚へ置きます。

 

穂木のテーブル電動鋸

秋のうちに採取しておいた穂木をこのテーブルカッターで駒木にします。2/3くらいは終わりました。あと1週間で手持ちの穂木は全部棚に入りますが、3段の棚全部使っても入り切らないので、残りは収穫で棚から出て行って空きスペースができるのを待ってからの伏せ込みになります。

全部伏せ込みが終わると、あとは収穫だけですが、こまめに棚を観察し、カビの発生はないか、温度や遮光の管理、水の交換は適切にしているか、日々チェックが欠かせません。日中の日差しがある日はビニールを開けて空気の入れ替えも大切な作業です。その時は扇風機で静かに風を送ったりもします。特に最上段は日光を多く受けやすく、遮光を掛けておかないと、芯の腹の部分が小さい膨らみのうちに葉が展葉する茎が出始めてしまい、結果小さなたらの芽になってしまうので、しっかりとお腹を膨らませるために暗く管理します。ダイオシートを使っていますが、日中晴れて来ても急激に気温が上がらないためにも遮光は大事なことです。

 

やまなし園3月上旬

やまなし園もまだまだ雪に覆われていて、ここは斜面のてっぺんで雪が溜まりにくい場所なんですが、まだ50cmくらいはあります。その他の田畑の平均でまだ1.3mといった感じでしょうか。近年は雪の量が少なめであったため、今年は多いように感じますが、10年くらい前など、4月1日の時点で1mくらいあった気がします。田畑の消雪も4月末の連休に突入してからという年もありました。この辺りが長野や新潟などの豪雪地帯と違う点で、関東よりも消雪の日が1か月も遅くなるのは、やはり最高最低の気温が全然こちらが低いことによるのでしょう。

 

作業舎への通路

問題は稲の籾を収納しているこの作業舎の冷蔵庫から籾を出して、籾摺り機のあるたらの芽栽培室の方へと搬送したいのですが、1mを超える雪の除雪に苦労しています。写真で見える作業場のシャッターが雪で開かず、除雪機が出せないでいました。やっと昨日シャッターをこじ開けて除雪を開始しましたが、歩いて硬く踏み固めたところとそうでない気温が上がって柔らかくなっているところとの差が大きくて、除雪機が真っ直ぐに進めないで苦戦しています。秋に籾摺りした玄米の在庫がほぼ底をつき、氷温貯蔵籾を早く玄米にして出荷を再開したいのですが。。

本当は秋のうちに全部籾摺りをしてその半分の玄米をこちら作業小屋の冷蔵庫に氷温貯蔵して、そのまま継続して出荷するようにしても良いのです。お客さんを待たせないで済むし、1回1回の出荷分玄米を雪山を越えて担いで運び出すことはできないわけじゃありません。籾摺りとなると全部を持ち出さないとダメなので、軽トラが入れるように除雪が必要なのです。もともと、秋に全部玄米にしてしまうのではなく籾での貯蔵で春に籾摺りした方が春以降の出荷分が鮮度も良く美味しいのでは、という考えで行ってきたことですが、実際のところ半年遅れで籾摺りした玄米が秋に籾摺りを行ったものより本当においしくて鮮度が良いのか、と言われればなかなかその差を実感できるものではありませんね。

農薬を使わない稲作ではどうしてもカメムシ斑点米の発生がありますので、農協の色彩選別機を使うことである程度除去することができます。そうなればむしろ秋のうちに全て玄米にして色選委託に出すことになりますので、それにより玄米品質を向上させることができて、かつ玄米をそのまま-1℃の氷温貯蔵米にすることももちろん継続します。いまの時期にお客さんも待たせません。次回作ではそのようにしてカメムシ害対策と品切れのない状態を維持することを遂行したいと思います。稲刈り直後の高水分の生出荷分だけは色選に出せませんが。。また通常の16%乾燥米とハウスでの15%乾燥米が色選装置で混じってしまうことはちょっと心配ですので、15%と16%の袋を分けて装置に入れるよう要望はいたします。

 

作業場通路除雪2025

昨日真っ直ぐに進めなかった除雪機はクローラーの左の軸のピンが切れてしまっていて、農機屋さんへ走り、そしてクローラーの回転軸のピンの穴とそれの外枠の穴を合わせるために、方向転換クラッチを微妙に切りながら軸を回転させ2つの穴を合わせ、まず折れたピンを叩き出し、新しいピンを差し込むためにさらに正確に穴位置を定め、ピンは何とか差し込めました。機体が傾いたことでオイルが漏れてしまい、エンジンオイルを補給し、再スタート。無事住宅の方から作業舎への通路を除雪することができました(やれやれです)。これで多分数日待てば雪が消えて軽トラをバックで入り口に着けて、氷温籾を運び出し、住宅の方の作業場部分に設置した籾摺り機で玄米にします。また、森林組合より薪を購入していますが、バックで入れるところまで入ってもらってユニックで写真の右側の山に薪を降ろしてもらえます。雪のあるうちにここで玉切りし、あとは地面が出てからゆっくり薪割りをします。

近々籾貯蔵在庫の籾摺りが行えますが、玄米が底をついているいま現在、米の価格が高騰していることもあり、「ポケットマルシェ」の方への出荷は注文に応じきれそうになく休止していました。自サイトの方はそのまま続けておりますが、やはり注目度が足りないせいか、そんなにサイトに直に注文が来るするわけではありません。有名サイトへの出品とは違いますね。価格は去年と据え置きで、社会で価格が高騰しているからといって、それに便乗して値上げをすることは、ちょっと恥ずかしい行為ですし、自分の経営上やむなくの値上げというのなら別ですが、今期はその理由もありません。ですので、慣行栽培のお米よりも販売価格が安くなってすらいます。といっても農協や米卸経由の店頭価格からどれくらい差し引かれて、秋に農家に精算額が入って所得が実際増すのか、その時は近所の農家に訊いてみたいと思います。価格を上げる要因はないと申しましたが、今度の秋に亀の尾のみになると思いますが色彩選別に委託を出すとなれば、その手数料分は価格に入れさせていただきたいと思います。キロ当たり数十円の値上げにはなりますが、それでより品質の良いお米を供給することができるならば、必要な工程となると思っています。

 

ハウス除雪着手2025

来月の今日辺りは種まきをしている時期です。除雪機が出せたので、ハウスと作業場の間の雪山の除雪にも手を付けました。水稲育苗ハウスの除雪はまず外周からです。反対側の側面は雪が少ないので、とにかくまずここを払うために、5回くらいかけて減らしていきました。

去年は猛暑の夏だったので、ここ奥羽の里はちょうど良い暑さで、亀の尾など、よく穫れました。先日までいた長野の人たちは、真夏は標高1,000mの茅野・原村付近でも平気で35度になるよ、とのことで、やはり東北の山間地は違うのかもしれません。気象庁のデータを見ても去年の沢内で8月6日にたった一度32.0°を観測し、それが最高です。前後に31.5℃とかは数日ありますが。。ちなみに長野県の原村の実測値は7月23日の33.5℃が最高でしたので、まあ35℃はちょっと大袈裟でしたが、32℃台は数日ありました。もっとも岩手県の北上市も結構高い数値を叩き出しており、原村よりもむしろ暑かったかもという感じです。それほどここ沢内は冷涼と言って良い地域と思います。広大な奥羽の山塊の醸し出す水蒸気や緑そのものがリビングマルチになって気温の上昇をマイルドに抑えてくれているのかもしれませんね。豪雪の影響は真夏までは持たないと思いますが。。