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2020年農作業が始まっています

2020年4月6日ハウス状況

雪消えが早く、これは滅多にないチャンスと、さあ何から手をつけようか、とまずはにんにくの草取りからかな、と思って作業を始めたところですが、突然の積雪で、もう一度冬景色に戻った4月6日の朝です。まあいつもの年はまだ1m近く雪があったりする時期ですから、そうそう思い通りにはいきません。

もっとも、一番最初の外の仕事は2つあるハウスのビニールを掛けることで、これは3月のうちに終了しています。1つは水稲育苗用のハウス。これは夏場はにんにくや小麦の乾燥、秋にはハセ掛け15%乾燥米のためのハウスになります。外の田畑の作業に手をつける前に、まず稲の育苗ができるための準備、そして奥に少し覗く農業機械の収納ハウスのビニール掛けが先立ちます。冬の間は右の作業舎に全ての機械をぎゅうぎゅうに収納しますが、それを奥のハウスに移すことで、作業場が使えるようになります。

あんまり積もらなきゃ良いなと思って昨夜は寝ましたが、まあこれくらいですんで良かったです。特に奥の農機ハウスは気温の上昇を防ぐためにザラザラした寒冷紗を掛けていて、これは雪を滑らせませんので、積もりすぎるとパイプをやられてしまいますから。。

 

2020年3月25日ハウス状況3月25日の水稲ハウスはこれくらいでした。3月になって一度ざっと除雪機で外側を少し払いましたが、中はそのままにしてました。右の建物のせいでハウスの中の右半分が極端に高いマブになり、その高い雪をスコップでハウスの中の全体に投げ散らかして均一にならした時の写真です。

明日は無理? 明後日ですか、雪が解けると、今回着手したまま昨日午後ストップしたにんにくの草取りの再開が筆頭です。休眠が浅く9月に植え付けるホワイト六片は、その分植え穴の雑草が多く、10月になってから植える休眠の深い八木や八幡平は、まだ芽も出ない代わりに、雑草も生えていません(去年のうちには生えなかったということです)。

春の籾摺りも先日終わりました。現在は、秋の籾摺り玄米の在庫がなくなって、-1度一定温で3か月籾で貯蔵した「氷温米」の出荷になっています。

 

 

タラノメ1kg

現在の屋内の作業としては、タラノメを出荷しています。収穫で取り去った後の水槽のスペースに新たに伏せ込む駒木を、昨日全て使い切り、あとは収穫で取り除くだけ、の段階になりました。これで収穫終わりのリミットが20日後、と目安ができました。盛岡市内の飲食店さんがメインの出荷先ですが、今年はコロナの影響で、去年よりは受注は少なく、この当園のHPおよびメルカリにも出品をしています。写真は1kg規格の分量で、これで1kgです。ちょうどいまは良い感じでボリューム感のあるサイズが多く収穫できています。メルカリでは300gがちょうどピッタリの「ゆうパケットプラス」が使えるので出品しているのですが、メルカリ以外には使えないようで、運送料とのバランスで1kg4,500円送料込みの規格がお求めやすいと思います。

タラノメ栽培は気温と湿度の管理が非常に微妙で、重要です。こちらのような豪雪地帯ではハウスでの営農は難しいので、面積の小さい栽培室で3段ベッドという環境ですので、段により差も出ますし気を使います。低温気味で長期間じっくりという形が良いものができます。しかしあまり長期にすぎると今度はカビの危険が増します。20日くらいがちょうど良い期間のようです。最初の頃は気温を上げて、芽の胴体が膨らんで来た頃からは低温にするのがコツかもしれませんね。とはいえ、出荷が進んでくると、収穫間近なものの隣に新しい駒木が並び置かれることになり、気温や、そして日照とかを生育ステージで区別することは不可能ですね。

これまでも何日かありましたが、寒い日が続いた後に突然あったかい日が訪れると、胴体が十分に育たないうちに茎葉のツノが出てしまい、ツノ部分が徒長して、ダメなものになってしまいます。いずれこれからの時期は伏せ込みに着手した2月とは違い基本の気温が高めになってくるので、できるだけ低温環境で育てる気持ちで管理するのが良いように思います。

飲食店様からの注文は今年はやむを得ない面もあり、一般の家庭でのご利用をいただけたらありがたく思います。お米のように貯蔵ができないタラノメは何とかその時に頑張って販売しないとですね。。

当園では写真のようにしっかりと茎葉を進ませてから収穫するようにしています。これは、それだけ自然のものに近づける意味もあり、また緑がより鮮やかになる点、そして食感や味覚の面でも茎や葉の部分が天ぷらにした時に美味しいという観点から行っています。子どもたちにとっては胴体のところはモサモサしていてあまり好きでないようで、胴体が小さくて葉がしっかりある方が好きだと言いますね。上述した、急にあったかくなって小さい胴体に葉がグンと伸びたものはハジキとしてうちで食べたり近所に配ったりしてますが、これは見た目が良くないというだけで、食べる分にはこっちが美味しかったりします。

 

メディアファイル

さて、寒天の出張が終わってタラノメの栽培出荷に移り、雪が消える前の期間は、昨年もでしたが時間に余裕があって、HPの見直しの時期になっています。こうした時間が持てるのも、雪国だからこそですし、逆に言えばガンガンと農作業そのものに取り組めない時期がある、という形の農業のスタイルを構築しなければならないということですね。切り花りんどうのようにいっぱい作って市場にどんどん出荷するということだけではない農業を伸ばすことが、いうまでもなく冬場の農業ということも含めて大事な課題になっています。

去年のこの時期は、旧来のサイトをレスポンシブにすることが課題で、その際に本編と投稿(ブログ)を同一のコンテンツ要素として構成することもできました(1年前までは間借りのブログでした)。今年はショッピングカートを改変し、クレジットカードが使える形にすることが課題でした。実際にクレジットを使うかどうかはお客さん次第ですが、とりあえず提供できる準備をするという課題です。カートや受注のメールのカスタマイズも容易ではなく、どうやったらここを変えられるんだろう、の連続です。とりあえず完璧じゃありませんが、古いCGIを使い続けることのマイナス面も指摘されていましたし、その点は脱却できたと思います。もっとも、ショッピングカートは常にいろんな脆弱性というものにさらされることのようで、気は抜けません。見た目も少し新しい印象にはなったようです。

ショッピングカートやクレジット代行契約など、なかなか一農家としてわからないことも多い中、関係機関に問い合わせても事例の情報があるわけでなく、HPの運営というのはいろいろと容易なことはないですね。数年前の宅配便の一斉値上げがあった時に痛感したことですが、宅配各社にとってネット販売の物流がアマゾンとか楽天、ヤフーといった大手に軸足が移ってしまったのだなあ、ということですね。農家が「独自ドメイン」を取って、自前のHPを立ち上げてクレジット機能まで含めて運営するという面倒なことをやるのではなく、アマゾンや楽天等大手モールに出店するという形にいっそう拍車がかかっているということのように思います。こんな裏通りにひっそりと個人商店を出すよりもショッピングモールに出す方が、だいたい集客量が桁違いだし、面倒な部分は人任せにできますので。

でも手数料が大変です。農協出荷だって手数料はいっぱいかかっていますが、りんどうは時期のものだし、その時期に大量に出荷します。自前で捌き切れる話ではありません。農協や市場のありがたさです。少量のものを多品目でネット販売する小規模農家には、楽天等への出店料金は大きな負担で、身の丈が出店に釣り合っていません。さらに、そうしたモールへの出品というのは、モノを売るという一点に特化されていることですから、ページのデザインとか中身のこだわりとか、そういうところはイマイチな感じです。こだわりはみんな持っているにしても、商品そのものの背景にあるような野良のライフスタイル、といったことを伝える場としては、場違いな気がします。そういうライフスタイルの提示は、トップページ以下、サイト全体で表現していくものだろうから、独自ドメインのサイトでやるしかないと感じるし、そう思って続けている次第です。そもそも農家の作るお米はそれぞれ百人百様だし、工業製品を品番で検索して安い順に並べるとかいうこととは何か違う気もします。

まあそんなことを考えながら、しかし集客力とか、宣伝面とかSEOだとかも無視できることじゃないし、お客さんの開拓は大事ですね。タラノメだって、もっと売れていけば、もっと規模も拡大したくなる。家族と離れて長野へ出張する必要もないわけです。今年の新型コロナの経験は、今年だけのことじゃなくて、もしかしたらネット社会を一層進める時代に踏み込むことにつながっていくだろうし、HPはより大事なツールになるかもしれませんね。いずれ大手モールへの出品では抜け落ちるのが、地域振興、農村生活の豊かさといった「情報発信」の側面であり、適切なカート運営と決済機能の充実といったことはその必然的な事務的手段として自分で向き合っていかねばならないという感じです。

サイトをリニューアルして、今回が初めての投稿になります。なお、1か月の一連のリニューアルの過程でこの1年間の投稿記事を失ってしまいました。その後最近の3か月分はなぜかもう1台あるMacBookからのアクセスでキャッシュのようなものを得ることができ、簡単に再構成できましたが、去年の3月から11月までは、もうありません。そのさらに前は別のブログのサイトなので、温存されています。失ったもの(本文テキスト)はもう取り戻せないでしょうかね。。この期間の写真だけはもちろんパソコンに入っているので、ギャラリーに掲げておりました。キャプションもつけていますので、どうかご覧いただけたら幸いです(右下の方です)。

商品のページが1商品1ページという扱いになったため、農産品の販売メニューからいったん「お米」「にんにく」のカテゴリーページへと移っていただいて、そこから個々の農産品のページへ進んでいただく形になります。あるいは、トップページの下の方には、すべての商品のアイコンを並べて直接飛んでいけるようにしております。1商品1ページになったため、情報の重複を減らす意味でもなるべく商品ページの数を減らして、バリエーション機能で多様性を出すようにしています。タラノメは、タラノメ1つしかないので1ページだけです。なのでメニューからカテゴリーではなく、直接商品のページへリンクいたしました。その中にバラ売り300gや送料込み1kgセット、白トレイの50gパックを選択していただく形にしています。

いままで1つの「お米」ページの中で「いわてっこ」や「ひとめぼれ」を併記していたため、並べて見比べながらのカート注文できていたのが、中身を伴わないカテゴリーページの段階で、あらかじめいわてっこなのかひとめぼれなのかを決定していただく、という形になり、これで良かったのか、疑問に思ったりもします。やっぱり別の品種が良かったという時は別ページへと移っていただかなければなりません。カートを埋め込みのリンクで付ける旧来風の方式であれば、中身のあるカテゴリーページ=米のページが1つでそこに数品種を盛り込めば良いのですが、この点が変更になりました。ただ、旧式であればページが長大になり、その中でいくつか品種ごとに分散しているカートの位置を探すことになり、一長一短なのかもしれません。

また、ヘッダー画像をPCとスマホで別のファイル指定することがどうしてもかないませんで、ヘッダーの見栄えはあまりよくありません。この辺りは来年の課題ですね。1年間はこのスタイルで続けていきますので、どうか宜しくお願いいたします。

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タラノメの出荷が始まりました

タラノメ上段

先週はやや寒い日が続きましたが、週末から現在にかけて暖かい日が続き、タラノメも一気に芽吹きが進んで、最初に伏せ込みを始めた上段からベッドからやっと出荷が始まりました。これからは収穫適期を迎えた駒木を施設から取り出して取り置きし、空いたスペースに次の駒木を伏せ込むという作業が続きます。出荷は注文に応じ、取り置きのものを出荷直前に裁断し出荷します。

 

ただ、現在、新型コロナのための自粛傾向により、盛岡市内の料理店さんもかなり大変なようです。タラノメの注文は確実に減るだろうし、いろんな売り方を考えなければなりませんね。。

 

タラノメ中段

こちらは中段のタラノメ。こちらも良い感じになってきてます。途切れることのないようななだらかな一定量の出荷が続いてくれて、しかも無事収穫したものが売れれば良いのですが。。適期の受注がうまくいかないことは生鮮品の販売のネックですね。。

 

タラノメ下段

最近伏せ込みが終わった下段はまだ芽吹いていません。これは多分4月近くになってからの出荷になるでしょうか。とりあえず全部スペースは埋め尽くしたので、一段落です。

 

タラノメの作業は1日がかりというわけではなく、時間はふんだんにあります。農閑期ではありますし、この機会にWordPressで昨年構築し直したHPにクレジット決済の機能を付けようという課題にいま取り組んでいるところです。

 

クレジットやコンビニの支払いはできないのかとお客さんからの問い合わせがあったことにもよりますが、いまの時代、郵貯やJAバンクへの振り込みでお願いするというのは、やはり時代遅れですよね。とはいえ、小規模農家がVISAやMASTERといったカード会社と契約をするというのは現実的ではありません。中小規模のネット事業者はクレジット決済代行会社と契約し、審査もあった上でですが仲介してもらう流れになります。それで商品代金の5%くらいを手数料として代行に支払って、お客さんは商品代金(+送料)のみの実費で済み、銀行振込のような手数料はかからずに、しかもすぐに買い物作業ができてしまいます。また、われわれ販売者の方も、代金の不払いというようなケースから逃れることができます。

 

小規模事業者向けのクレジット決済代行会社は探せばあります。ただ、問題は希望する代行会社と自分のサイトのショッピングカートがマッチしていないといけないという点です。私は長らくショッピングカートCGIのプログラムを、無料のものですがサイトよりダウンロードして、カスタマイズして使っていました(現在もまだそうです)。とても使いやすく満足しています。去年WordPressにサイトの本体を移植した時に、いろいろ本やWeb記事で学びましたが、WordPressはセキュリティに脆弱だという記載に多数出会いました。CGIであれば、WordPressの外に動かしているサーバーがあるし、仮にWordPress本体が何らかの攻撃に遭ったりしても、別のところだから大丈夫ではないか、と思っておりました。それにCGIはフォームのタグをカートを表示させたい箇所にぺたんと貼り付けるだけなので、1つのお米のページの中に、いわてっことひとめぼれの両方のカートを並べて設置することも可能でした。大量の記事の中にカートを好きなように散りばめることができます。

 

ただ、そのCGIプログラムそのものが提携しているカード代行との契約しかできない仕組みになっていて、そこは残念ながら小規模農家には明らかにマイナスになる相応の月額使用料が発生する会社になっていました。とはいえ、古いCGIを使い続けることにデメリットもあるよというアドバイスも最近受けて、やはりここは、自分の希望する決済代行会社と対応しているショッピングカートを導入し直そうと決心したところです。

 

この新しいショッピングのシステムを十分使いこなし、現状以上の表現が実現できるならば、その時には古いCGIとお別れすることにすれば良いのではないか、と思っています。もちろん新しいカートでも銀行振込の選択はできますし、よく利用してくださっているみなさんが全てカード決済に移行してくださるとも限りません。やってみないとわかりませんが。。

 

タラノメ屋根

さて、農業の方ですが、去年の夏のちょっとだけ作業が楽だった時に設置し直した新しい屋根のもと、日中の気温が以前より上がってくれて、より良い環境となりました。材料費はかかりましたが、透明なポリカ波板を2枚重ねにしています。雪の重みに耐えてもらうためです。前はパイプの上にコンパネを敷いていましたが、今回ポリカのみとしたことで、横の単管パイプの数を増やし、強度を高めました。晴れているときは光線が強すぎることもあり、稲の育苗で使うラブシートを上段のみに掛けて穏やかな遮光としています。

 

タラノメ穂木

奥の作業場から穂木を出して来ました。今年は実は穂木がやや少ないのです。前回も書きましたが、10月の長雨等で根腐れを起こしたのでしょう。隣は田で漏水もありますし、タラノメは湿害に弱いので転作田は注意すべきと資料には必ず書かれています。

 

現在、田と離れた別の区域にタラノキ圃場を移設する計画を構想しています。そちらが完成したときは現在の畑は掘り返して整地するので面積は変わりませんが。。

 

穂木がやや少ないことは新型コロナの影響がある現状では、まあ良しとしなければいけないことでしょうか。ちょうど送別会などで飲食店さんは賑わう時期で、そこにしっかりとタラノメを提供したかったのですが、どうなることか、全く不透明です。また、花き農家で現在花を出荷している方々も、単価が上がらないというような苦戦を強いられているのではないでしょうか?

 

インフルエンザと違って暖かくなったら活動が弱まるものではない、という報道もあるようで、長期化すればもちろん当園にとっても夏場のりんどうの需要にも影響が出ますし、不安は募りますね。農家の皆さんすべてがそうかもしれません。ただ、食べ物は食べますから、飲食店では需要が減っても、各個人個人の消費者の当面のタラノメの需要が減っているということではないでしょうし、いずれ、いろんな努力で乗り切っていくしかありません。

 

ブルーベリー挿し木

去年の4月頃に剪定したブルーベリー「アーリーブルー」の若い枝を挿して挿し木で育て、一冬経ったいま、ポットに移植しました。これをこのままもう1年育て来年の雪解け後に畑に定植したら良いのではないかと思っています。この春に植えつけても、次の冬の雪でバキバキに折られることでしょう。今度の冬も作業場で守ってから植え付けたいと思います。

 

餃子

高1の娘が休校で家に戻って来ています。ご飯の支度をしてくれて、助かっています。家内が遅番の日の夜に餃子を作りました。かなり上出来でした。私もこのようなおかずで晩酌することは、寒天出張の間はありえませんでしたから、楽しい夕食になりました。中には春雨が入っていて、これも美味しさをアップしてくれたと思います。信州大学の時、隣の部屋の東洋史専攻の同級生と手作り餃子会をしたことがありますが、その時に春雨を入れるのだと教わりました。何十年も経って、それが娘によって実現されたことは、喜ばしいことでした。今度は皮も手作りしてみたいと思います。そんなに難しいことではなさそうです。大きめの厚い皮で、数を少なめに作ってみたいところです。

 

クレジット代行に費用がかかるのは致し方ありませんが、ショッピングカートそのものにまた費用がかかるというのは現状の規模では避けたいところです。やはり希望するカード代行に対応したWordPressのプラグインの中からカートを選択して設置をやり遂げて、同時にセキュリティ面は常に意識を持って対策を取っていくこととしたいと思っています。

 

クレジット代行について岩手の農家さんはどのようにしているか、関係機関に問い合わせてみましたが、あまり事例がないとのことでした。ネット販売農家が少ないということではないと思います。推測ですが、アマゾンや楽天、ヤフーなどの巨大モールへの出店や、非農家の運営する農産物の販売サイトに自家産品を委託する、という方式が増えているのだと思います(決済に悩む必要などありません)。他方、IT業者は各地方都市にいるはずで、農家のサイト全体の運営を決済代行まで含めて業者さんに任せている例が多いのではと思います(独自ドメインの農家で)。農家自身が最先端の技術を得て、作業の全てに従事することはなかなか困難です。

 

WordPressは深い森であり、私のような初心者にとっては霧の中をさまよっているような手探りで進んでいるような感じです。作業が止まってしまうと、そこで何時間も停滞が起き、まあそんな時はタラノメ作業したりブログ記事を書いたりですが、そのうちに何かしら仄かな光が差して来て、ちょっとだけ前進し、ということのくり返しです。農家はもっと生産の方に集中し、面倒な技術的なことは専門家に任せておく方が効率的だ、という意見が大勢なのでしょう。ただ、苦労して作り続けたサイトには思い入れもあるし、こだわり感も深まっていくように感じます。雪が多い地域に暮らす農家だからこそ時間も取れるということもあります。自分でやれることには挑戦し続けたいと思います。ただ、やはり欲しいのは助言者、ですね。。農業の指導機関の中にこうした専門家を配置してくれて、県内農家からの技術的な相談に乗れる人がいても良いんじゃないかと思います。

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農作業スタートはタラノメから

タラノメの駒木並べ

暖冬と言われてますが、そこそこに寒かったり、雪も降り、時に吹雪いたり、と、別に春っぽいわけではなく、また長野県茅野市のような降り注ぐ陽光もなく、まあ冬、を過ごしています。タラノメ作業が中心ですが、肉体労働の日々を他の環境で過ごした疲れは確かにたまっていまして、すぐにパッと動けているわけではありません。

パソコンに向かっている時間は確かに長く、農園HPのことや農業面はもちろん、これからのお出かけ先の調べ物をしたり、りんどうや水稲・にんにく等の注文すべき資材関係の見直しをしたり、決算と申告の準備をしたり、家のMacBookがいつのまにかOSバージョンアップしてしまい使えないソフトが出てしまっているのをTime Machineで元のOSに戻す作業をしたり、子どもたちがハマっている「鬼滅の刃」を読んだりと、あっという間に時間は過ぎていきます。午後3時を過ぎると、帰宅する娘に合わせてそろそろ薪ストーブをつけておこうとか。。

出張中も最初の2年前の頃の、あと何日で終わるという切羽詰まったような感じはなくなってきて、それなりに長野の生活も体に身に付き始めているようですが、それでもやはり向こうは仮の生活、こちらが本当の生活であるに変わりなく、頼まれの仕事でない本来の暮らしに戻ったいま、いろいろ考え事もしたりしながら、農閑期は過ぎていきます。

青色申告も終わりました。農協で青色申告会に入っていて、日を決めて一人ずつ個別に相談を受けながら提出をし、農協の方で税理士さんを通じ税務署へ提出する流れです。私たちの多くはソリマチという一般的な農業用簿記ソフトを使って決算まで行っていますが、最終的にはその数字を国税庁HPの確定申告のサイトに打ち込んで得られる決算と申告の両方のデータを、USBに保存して農協へ持ち込みます。決算まではあまり問題もなく進みますが、確定申告の控除とかの方はどうも苦手で、毎年やってても覚えが悪いです。決算の方では、りんどう新植株のような育成中の資産を採花ができるようになって減価償却資産に挙げるときにミスが出やすく、貸借対照表に関わるつまづきどころです。

駒木切断機

さて、タラノキの穂木を駒木に切断する作業は、木屑まみれになるし、そんなに楽しい作業ではありませんが、毎日2バスケットずつ行うようにしています。防塵マスクをして行いますが、なぜかいつもこの作業をした後はフラフラして気分が悪くなり、風邪に似たような感覚に襲われるのです。あまり無理して一度に切断を進めすぎても、放置すれば切り口が乾いてしまうこともあり、日々伏せ込む分のみをコツコツと切るのが望ましいです。

その駒木はバスケットに入れたまま1日水槽に浸けて、樹液を洗い流します。水から上げるときにはジャブジャブと揺すって樹液を洗い流すようにして、そして最初の写真のように苗箱(トレイ)に並べ、さらに並べ終えた後にシャワーノズルで駒木をしっかりすすぎます。樹液が残ることで、大敵であるカビの原因になるのです。

並べた直後の駒木

それを箱に並べて施設内に伏せ込みますが、一気にガンガンと進めると、それらが収穫になるときに収穫作業・販売先共にオーバーフローになってしまいます。少しずつ、出荷に波を作らないように仕込んでいくのがコツですが、3段ある施設の棚の同じ段は似た進み方になり、次に下の段に映るときにちょっと差ができて、ここに嫌でも谷間が発生してしまいます。

広いハウスに延々と1段のベッドを延長していけるならば、もっと滑らかに出荷が連続するでしょうが。。。

写真は並べたての駒木です。温度と湿度の管理はこれから本当に大変ですが、順調にいけばこれから3週間で収穫期を迎えます。

出芽中のタラノメ

最初に伏せ込んだ駒木がようやく膨らんできました。あと1週間以内に収穫期になるでしょう。

カビが生えないように、去年から食用酢を適宜散布しています。今年はやや濃いめにして散布していました。いまは一斉の並べ作業ですが、これから収穫して駒木を取り去った後にはそのスペースに次の新しい駒木を置いていきます。このため、一度収穫が始まった後はいろんなステージの駒木が隣り合って並ぶことになり、その中から選んで酢をかけることはできないため、収穫直前の、もうカビは大丈夫という駒木にも酢はかかります。梱包輸送中のムレや痛みを防ぐため、これから出荷するタラノメに水をかけて洗浄することはできず、もしかしたら酢の匂いが残っていることもあるかもしれませんが、どうか宜しくお願いいたします。そのような報告はまだいただいておりませんが、到着後はざっと水洗いし、水気を与えていただいた上で、ビニール袋に入れてから冷蔵していただけたらと思います。

通常の市販のタラノメは、輸送および店頭の棚での常温での待機の日数がある関係で(切った瞬間から購入されて家庭の冷蔵庫に入るまでの間)、かなり若い段階で収穫しますが、完全に受注発送である当園の場合は出荷日のほぼ当日午前、あるいは余程都合が悪かった場合には前日夕方以降)に駒木から裁断し、即発送します。当園の品種「あすは」は緑色が綺麗なタラノメですし、お店で見られるものよりもやや展葉を進めさせてから出荷します。ボリューム感も得られまた緑色の範囲も多くなりますね。

去年の10月は台風19号で大雨災害が起きましたが、毎週のように台風が襲来し、19号の前にも千葉で大きく被害が出た年でした。稲刈りまでは順調だったものの、その後10月に入っての長雨はハセ掛け稲にも良くはなかったし、このタラノキ圃場も田んぼのすぐ下の漏水がある区域はかなり枯れてしまったりしました。夏の間ももっと頻繁に見回りをして、もっとしっかり明渠を掘り排水対策をすべきでした(今度は雪が解けたらすぐにします)。そのため今年は確保できた穂木が少なめになります。その分、苗箱にもギチギチに置かないようスペースにゆとりを持って並べています。空間を広く取り、酢の力も借りて少しでもカビを防いで、確保できた木はすべて無駄にしないように収穫に至らせたいものです。

また、今度はできたものがちゃんと売れるのかというような心配もあるわけで、コロナウイルスの影響が、これからいろんな分野で経済への打撃になっていくことが予想されます。外食が減れば、農業分野も影響は出そうですね。。

タラノメ促成栽培棚

タラノメ栽培ベッドはこんな感じです。全部は写っていませんが、横は3.6mで、奥行きは90cm×3段です。上の段の作業のためには踏み台が必要です。元々は2段でスタートしたのですが、場所が足りなくなり、間隔を狭めたりして何とか1段増設しました。ケーブルは3段それぞれにあるため3セットで、オレンジ色のサーモの真ん中にある装置で2ケーブルを1個にまとめ、それを上のサーモに接続しています。最下段は温度が上がりにくいため、ここは下のサーモ単独で、上よりも設定温度を上げています。最下段と地面の間には並べた苗箱の上に断熱材を敷き詰めています。

昨年の夏には、このタラノメ室の屋根の改装を行いました。これまでは単管パイプの骨組みの上にコンパネを敷いて(雪で潰されないようにと)、その上に波トタンを葺いていたために、光線が上から入らず暗かったのは否めません。コンパネが雨とかで腐っても来まして、トタンとともに取っ払い、透明なポリカ波板を耐雪にと2枚重ねにして骨組みの上に敷設しました。明るさも、気温も上がることとなりました。ただ、むしろ明るすぎるとタラノメが紫色になります。水稲育苗に使うラブシートも保温に使っていますが、かえって上段にはラブシートで穏やかな遮光をすることが保温効果に加え良いのかと思います。ハウスで栽培している人は遮光のため寒冷紗を使っています。もともとそんなに明るくなくてもタラノメはよく育つのです。

さて、平成最後の日にスマホを購入しまだ1年経ちませんが、残念ながら当地域では契約したauは電波が弱すぎて、現在ドコモに乗り換えるための準備を進めています。この方面の知識がまだ浅いため、時間もあるいまネット検索で勉強しつつ、ショップに赴いて聞きつつ、3月になるとどうやら違約金がなくなるということで、もう少ししたら行動に移したく思っています。auの専門技術者に来てもらって電波の検査をしてもらいましたが、結局電波自体を強くすることもできず、これからiPhoneの機種が進化したとしても変わらないよとのことで、「レスピレーター」で電波をスポット的に増幅してもらう対策しかしてもらえませんでした。

しかし、レスピレーターは5mしか電波増強効果がなく、広い畑を電源ごと腰にぶら下げて歩くわけにもいかず、あきらめました。。

基地局を通じてこちらにやってくる相手の声はそれなりに聞こえるのですが、こちらの声が相手に届かないことがよくありまして。。基地局からスマホへと来る電波の方よりも、この小さいスマホが基地局へ送り出す電波の力が小さいので、そうなるんだそうです。近所にauの基地局(鉄塔)は立ってるので安心してたのですが、その間に山が邪魔をしているんですね。それでその山にドコモの塔が立ってるので、ドコモは大丈夫です。この地区18軒のために立ってるようなものです。最初からドコモにすべきでしたが、わが家は4年前からBIGLOBEを使って光回線&プロバイダを契約していたので、auは系列が同じで有益なのでした。iPhone利用者はauが周りに多い気もしましたし(たまたま導入時にそうだっただけでしたが)。。ソフトバンクは電波はないようです。

そんなわけで、ちょうどこの3月がこの光回線の方の更新月に当たっているため、3月なら違約金がかからずにドコモの方の光へと契約を変更できるようです。他方、スマホの方は、上述のように3月から違約金が不要になるとのことで、両方とも違約金がかからないで乗り換えができそうです。ただし、auへの手持ちのiPhoneの機種残金の支払いがしっかり残ります。これを一気に払ってしまえば、ドコモでは機種代金はもうかかりませんね。補償とかも受けられませんが。。

新型肺炎が一向に沈静化しないどころか、よりひどくなっているようです。長野でも発生があったとか。気がかりなのは、今度中3になる息子の修学旅行です。4月に東京なんですが、どうなるでしょうか。。延期はやむを得ませんが、各地で同じ事態が起きるわけで、うまく調整ができなければ中止になってしまいますね。。

秋田市近郊に娘の望む大型のアスレチック施設があることを発見し、もう少し暖かくなったら出かけたいと検索しています。1日でも回り切れないかというほどの大型施設のようです。5月の連休だと施設関係はどこも混雑するし、アスレチックの順番待ちも面白くありません。ここ数年はハイキングをメインにしていて、今年は連休の1日を大槌町と山田町にまたがる「鯨山」(くじらやま)で過ごそうと決め、こちらも楽しみにしています。去年は五葉山に登りました。鯨山は600mの低山ですが、なんだか愛着が湧くんですよね。

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寒天出張が終わりました

万治の石仏

80日に及んだ長野県茅野市での寒天製造を終えて、昨夜2月10日に岩手に戻ってまいりました。

休みのないひたすら働きづめの日々でしたが(静岡農業研修2日と釜入れ休止による休み2日を除く)、ポツンと田畑で一人作業の農業とは違ったアクセントが付いた時期になったと気がします。これからは本業に邁進するのみですね。まずはたらの芽の生産からスタートし、お米やりんどう、にんにくの栽培につなげていきたいと思います。雪は50cm余りしかなく、春は早いのかもしれません。とはいえ、これまでの暖冬の反動で、寒い3月、4月になることは十分に想像されます。4月になって雪が降り続き、逆に雪がなかなか消えない、なんて、すごく多いにありそうなことです。暖冬=冷夏のイメージもありますし、まともな稲作ができるのだろうか。長野の寒天経営にとっては辛い暖冬でしたが、この先は農家に辛い気候が待ち構えているかもしれず、心配の種は尽きません。とりあえず当面暖かさが来てくれれば、たらの芽にとっては好条件です。

さて、いつも1回は長野で床屋に行くのですが、今回も諏訪市内にある安いお店に行って来て、その足で地元の方からの情報で「万治の石仏」を見て来ました。岡本太郎氏が絶賛し有名になったらしい石仏で、親しみをすら感じさせるその表情は心に訴える何かを感じさせられます。

 

石仏の由来

その石仏の由来です。

 

諏訪大社春宮

万治の石仏は諏訪大社春宮のそばにあり、春宮にまずお詣り(初詣ですね)をしてから石仏に向かいました。ちなみに神社の神様はいまの時期はこの春宮にいらっしゃり、夏ころでしたか、秋宮に移られるそうで、いまはここ春宮にお詣りをするのが良いそうですね。

 

菅野温泉

諏訪大社の近くには古くからの温泉がいくつかあり、これまでは児湯(こゆ)という湯に2度ばかり入りましたが、今回は菅野温泉という温泉に入って来ました(240円。石鹸等はなし)。昭和の風情が色濃く残る味わい深い温泉でした。

 

草の釜入れ

寒天の煮込み、天出しも今年は暖冬のため早く終わりました。現在はもう釜の火も消え、出された寒天の庭仕事と、庭の設備器具等の片づけが残るだけとなっています。今月末には全て終了して人員は解散となっていることでしょう。この釜の2人は夜の11時前に起きて夜通しかけて液を濾しもろぶたに注入する作業を行います。この草入れはお昼前後に行う作業です。われわれより圧倒的に長い時間の勤務となり、誰にでもできるものではありません。

 

さよなら北アルプス

昨日の朝、茅野の製造所を発ち、安曇野のサービスエリアから北アルプスを望みました。11月24日に松本入りしてから2か月半経ち、アルプスともお別れです。帰路は茅野から最寄りの諏訪インターから、長野市の先の信州中野インターまで高速を使いました。われわれ岩手からの旅人にとっては長野県は全般に都会です。建物も人も車も多く、どこも渋滞が激しいです。下道だけでは茅野から北進し長野県を通過するだけで1日仕事になってしまいます。このあと新潟県内でもところどころ渋滞はありましたが、小千谷の辺りからは立派なバイパスがあるので、長岡、新潟と快調に通過し、胎内の無料高速区間を乗り終えると、もう山形県です。新潟県が一番通過時間を要します。

山形に入ってしばらくして鶴岡の市街地はさすがに混雑がありましたが、その後最上川沿いは快調で、あとはナビが示す予定時間通りに進み、午後9時過ぎに帰宅しました。雪道も結構あったし、天カスの肥料袋40個を積んでたし四駆をかけて走り、それでリッター15kmの燃費は悪くありませんね。3年前の製造の軽トラは私には乗用車の乗り心地で走ってくれました。渋滞時のギアの入れ替えの面倒さはやむを得ないところでしたが。

これからたらの芽作業です。今日はまずはいくつかタラノキの駒木切断を行って、水に漬けました。これで栽培はスタートになります。明日はお米の出荷も再開させていただきます。今夜は久しぶりのWiFiでアマゾンの映画を家族で観たいと思います。

今年の農業も、どうぞ宜しくお願いいたします。

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もうじき農家に戻ります

天出し作業

寒天出張もあと1週間となりました。

 

家路へと旅立つ当日の感覚というのは独特のものがあります。昨日まで延々と続いた作業の日々がなんだか急に遠い日の記憶のように変わり、かといって自宅での生活はまだちょっとピンときていなくて、どっちつかずの浮遊感。私は自由だ、という感覚。

 

移動の間の短い期間のみの貴重な気分と言えるかもしれません。町に入り家が近づいてくると、もう以前の意識に戻りますから。

 

今年は暖冬で、何度か寒天の煮込みが休止となり、草を洗う業務ではなく慣れない庭仕事もやりました。暖かい日が続く中に煮立ての生の天出しをすると、寒天にならずダメになってしまうそうです。

 

この寒天作りで一番技術を要するのがモロブタに入った生天を取り出して改良台に載せる「天出し」作業でしょう。折らずに素早さも求められるこの作業は難しいです。

 

 

雪のため積む

吹雪もありました。沢内では日常茶飯事のフキもこちら寒天の里では一冬に1〜2度あるかないか。風が強い地方では寒天やそれを載せるムシロが飛んでいってしまいます。諏訪地方が産地なのはもともと風が弱いというせいもあります。

 

でも写真を撮った頃にはもう雪もへたってましたが。

 

 

シンビズム展

寒天作業に来ている画家の方の情報で、美術展にも行って来ました。茅野駅そばの市民会館です。アート的な要素は常に自分の農業に対する思いの中に位置付けていたいと感じています。この作品は会館の外庭にあるオブジェですが、この作家は田んぼもやられており、稲やその作業に創作の源泉をお持ちのようでした。「シンビズム展」という展示で信州の新しいアートの動向を表す造語のようです。

 

 

茅野駅前

茅野駅前です。松本から大学1年の夏休みに蓼科グランドホテル滝の湯でアルバイトした時もここで下車したし、東京時代に八ヶ岳登山に来た時もここの駅でした。冬に赤岳山頂付近でホワイトアウトに見舞われて頬に凍傷を追ったこともありましたね。とはいえあまりこの茅野駅の記憶はないんですよね。確か昔はMount8と駅舎にロゴマークがあったような。。ただこちらの方に訊いても知らないようで、私の記憶違いかもです。

 

夕方からはテレビを見て過ごすことが多いです。いま家にテレビを置いてなく、テレビ以外の生活を大事にしているのですが、こちらでは一人だし、最近は情報番組も多いので、まあ楽しんでいます。特に土曜日の「子ども博士」の番組は好きですね。地元局制作の特集番組は必ず観ています。

 

最近は記憶喪失の方の身元を視聴者からの連絡で探すという番組を興味深く観ました。中でも、幼少期の記憶はあるのだが、現在の身元がわからない記憶喪失者として保護されたという方の報道は、考えさせられることが多くありました。

 

本人は父母がなく叔母に育てられて、虐待も受け学校にも通っていなかったという記憶をお持ちなのですが、テレビを観た母親という方から連絡が入り、実際は親もあり、大学まで通ったそうです。そしてスタジオでその話を人ごとのようにご本人は聞いている。

 

素人が思う素朴な疑問ですが、一般常識や日本語も失われず、正常に流暢な日常会話はできる。ただ自分が何者かがわからない。「日本」や「ラーメン」「愛」は理解できていて、しかし自分が誰かだけがわからない。しかもそれでいて幼少期に過ごした部屋や自分を虐待した人物の顔が光景としてしっかり根付き自分の経験になっている。しかしそれは実は想像の産物だった。いったい「自己」とは何なのか、突きつけられた思いです。

 

視聴者からの連絡でカメラマンだった方もいましたが、ご自分では過去から現在まで全く記憶がないそうです。でも「カメラ」や「シャッター」はわかるはずですね。しかし職業上使っていたはずのカメラ関係の専門用語は記憶がないことになるでしょうか。それがわかると自己の自覚まであと一歩と思えますが、触れられていません。

 

そもそも一般の知識とはすべて自分の経験で獲得するものとも思えますが、学校や本とかで習った「寒天」は覚えていても、この製造所で獲得した「天切り」や「モロブタ」は自己の経験とあまりに密接なため忘れることになるのでしょうか。あるいは、なぜか私はこの青いモロブタのことを使用法まで含めて知っているが、私は寒天を作っていた人物だという記憶がない、ということになるんでしょうか。

 

イマヌエル・カントという人は、すべての認識の根源には統覚という自己の意識があると述べていますが、こうした根源的な統覚能力により、日常的な認識判断だけでなく、全く別の現実にない経験を脳内に構築することがあるのでしょうか。観念論的に。不思議な現象と思いますね。すべて自己の認識能力が知識を形成する以上は、大雑把に言って、自分の経歴に密着する知識と一般常識の知識とに線引きはできないように私には思えるのですが。。当たり前のことですが、痴呆という現象とは全く違いますね。

 

いずれにせよ、もし私がいま私の経歴だと信じていることが、周囲の100人から揃って一律に違うと告げられたなら、私は私の思い込みで自分の記憶を捏造していた、という思いに自分自身なるかもしれないですね。自分の過去も解釈の賜物という気もするし、自分の経歴の理解というのは、刻一刻と再構成されて自覚されているのではとも思います。

 

wifiのないギガ難民の暮らしももう少しです。こちらでは月末になるとギガ使用が次のステップにならないよう節約せざるを得ず、モバイル禁止で我慢です。

 

天カスを表面の乾いたところを剥ぎ取っては肥料袋に詰めていく作業をしつつ、積雪がないことを確認して軽トラの幌を張る作業のタイミングを図っています。

 

もう少し頑張って全うしたいと思います。

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冬仕事まだまだ続きます

水槽の草

寒天作りは正月も平常通り、三が日が過ぎたあたりでちょうど折り返し地点でした。現在40釜くらいが進んで、庭の寒天占有も3回転目に入っています。私は残すところ3週間余りとなり、210日頃に岩手に戻る予定です。

 

まだしばらくです。

 

この諏訪地方は角寒天製造が何軒かある産地であるわけですが、洗った草をこのように水槽に浸け、水の入れ替えを行う方式はこの製造所のみで、他は大きなミキサーのようなもので洗って、コンテナに入れた後は、これを水槽の中にバラで投入したりせずに、コンテナのままいくらか水に浸けた後は、そのまま釜へと送られるそうです。われわれのように一度カゴに入れた草を水槽に放ち、そしてまた水槽からカゴに詰めて釜に送るというやり方は二度手間だというのが定説だそうで。確かにその通りですね。

 

 

釜へ向かう草

ちなみに、乾燥した元の草を一晩水に浸けてから洗浄するため、洗浄機に入れる際に一度まずコンテナに入れて洗浄機に投入するので、実際は3度のコンテナ工程になります。

 

昔は、敢えて水の流れの中に漬けたりして、水流での水漬けを大事にしたそうです。水車で草を洗ったわけだし、その状態をできるだけ再現するために水槽への投入の手間は大事にしたいんですね。水槽でもただ浸けっぱなしではなく、水を落として、また満水にし、をくり返し、夜はホースで各水槽に配水して、新鮮な水を流しつつ水の流れを与えています。水を抜くことで、草に酸素も供給されることですね。

 

 

水槽タコ足シャッター開き

こういう余計と言われる手間が寒天の良い粘りや風味につながるという考えからの手順ですが、他社ではやらないそうで。。

 

こうした工程の導入は農業で行われるいろいろな想いや努力といったことにも繋がりますね。モノづくりの原動力と思います。

 

 

カスの山

また、この寒天製造に働きに来ている近隣の農家は、この草を煮た後の出がらしのカスを社長にトラックで運んでもらって畑で使っています。ほうれん草とかぶどうの農家ですが、寒天事業者にとっては処理に困る廃棄物でもあり、他方、農家にとってはミネラルや微量要素に富んだ有効な、肥料というより土壌改良材になるということです。

 

 

広げたカス

今年は私もにんにくに使用したいと思い、カスを空き地に1台1釜分下ろしてもらいました。これを広げて、乾燥した表面を削って肥料袋に集めて軽トラで岩手に搬送するという計画です。1釜、乾燥で500kg
の草が煮られたあとですから2t堆肥と同等の量です。残念ながら全部は到底軽トラには載りません。何百キロも走りますしね。

 

チッソやリン酸カリの補給を目的にするものではなく、寒天の目に見えないパワーをにんにくに注入したいと狙っております。

 

いずれ、こちらでの生活はあくまで副業だし、仮の姿ではあります。

 

今年の農業はこうしよう、帰ったら農閑期のうちに何をしよう、どこに行こうなどなど考える時間もたっぷりです。とはいえ、そういうとき肝心の子どもたちは学校行事満載で、思うように計画も立ちません。いつも思うことですが、行事による拘束が休日まで及んでいるため、なかなか家族としての私的なお出かけができなくなっています。イベントなどはいつの土日でも良いわけじゃありませんし。

 

学校行事のための送迎も当然のことして前提になっていますが、農家のように土日も関係なく、平日も遅くまで作業に当たっている者には送迎も重圧です。学校関係だけはなくて、農家の限られた時間でいろんなところに連れて行っていろんな経験をさせてやりたいし、コンサート、ミュージアム、山や海、動物園水族館、等々世界は豊かで広い。それが大半が学校の枠組だけで終わってしまうのは、考えてみれば残念なこと。。昔はこうじゃなかったとつぶやいたところで、そんな変わり者の父親の思いなど無関係に社会は進んでいきます。こういうことは当事者の子ども自身にも理解できないことです。

 


昔は学校から帰ると子どもたちで集まって野球や釣りをしたり、隠れんぼをしたり、友だちの家で漫画を描いたりしましたが、そういう子どもの発案で夕方や休日を過ごすことは希少となり、学校や社会が用意したメニューに従って子どもたちは行動します。少子化で近所に子どもも少ないし、地域社会によるお膳立てがないとダメなんですかね。。

 

他方では一国の大臣が妻の出産に伴い育児休暇を取るとか。。しかも満額の報酬が支払われるとか。。

 

農家としてはびっくりな話ですね。家族に子どもが生まれれば、その分いっそう働かなくてはいけないんじゃ? 家族が増えるんですから規模を縮小するわけにはいかないし、逆に少ない人数で現状以上の規模の仕事量で二重に多く働かなくてはダメですよね。。もちろん家族のために頑張るぞという張り合いがあるからですが。

 


旦那の育児休暇などとは真逆な中小農家の声はマイナーで、ごめんなさい、かき消されてしまうグチでしかないでしょうが。。

 

孤独な個人事業者はひっそり寡黙に、ひたすら冬仕事でテングサの重い草をすくい集め続けるのみです。

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伝統的寒天製造法

八ヶ岳博物館

明けましておめでとうございます。長野県茅野市の寒天工場の部屋(個室です)で正月を迎えています。

 

冬期間の短期決戦の仕事なので、クリスマスも正月も関係ありません。今日も普通に仕事を終えました。とはいえ今年は暖冬気味で休止期間があったことはお伝えしましたが、その際にもう半日の休みがあって、ちょっと気になっていた八ヶ岳博物館に行ってきました。

 

 

寒天設備

博物館では寒天についての展示があり、伝統的製造の各種道具が並べられていて興味深く見てきました。

 

いまでも私のいる工場では当たり前に現役で使っているものも多くありました。私は天草を洗うセクションにいますが、それは水車の仕事と呼ばれています。最初水を扱う場所ということで「水舎」といった意味かと思ってましたが、文字通り水車だったんですね。昔は水車で天草を洗っていたというわけでした。

 

 

釜

釜もありました。工場で稼働するのと全く同じです。1年目の赴任の時にいくつか写真を撮っており記事に上げておりましたが機会があればまた今回も撮影します。今年は釜を新調し、去年見られたような漏水は起こらないはずです。

 

 

改良ともろぶた

細かな器具です。右の台は「改良台」と書かれていて、よく写真でお見せしている寒天の載っている台です。なんでみんながカイリョウと呼んでいたのか納得しました。何からの改良なのかはわかりません。

 

 

天切り包丁

寒天の元の原液を流し込む「もろぶた」と角寒天に切る天切り包丁です。もろぶたはいまは青いプラスチックの箱になってます。

 

 

草洗いの木

これが水車で搗く石臼で、天草を入れ叩き、砂とかを取り除いたようです。水も混ざって行われたはずですね。いまは洗浄機で洗浄していますが、かなり砂は出ます。

 

 

釜の中

釜の底が見えるように桶を切ってありました。

 

ちなみに水は地下水で、大型のポンプで24時間汲み続けています。良い水が採取できない場所では寒天は作れません。

 

 

寒天製造法1

寒天製造の工程が書かれています。貴重なので掲載しますね。われわれの製法は天然寒天になります。

 

 

寒天製造法2

この地域がなぜ寒天作りに適しているかが書かれています。社長が言ってましたが、松本では暖かすぎ、軽井沢では寒すぎるのだそうです。

 

 

黒曜石

さて、2年前の赴任の時にも長和町の黒曜石の博物館を紹介しましたが、八ヶ岳一帯は黒曜石の産地であり、矢尻など武器の道具としてここから全国各地に運ばれたらしいです。

 

 

セキの高低差確認博物館の展示からですが、こちらは田んぼの用水路を掘った昔の人たちの様子の説明図です。沢内で聞いた話と同じだったので興味深く、掲載します。岩手でもこちら長野でも、水路(セキ)を作る時は松明を使って高低差を調整していたんですね。こちら茅野では、この明かりをこの前通行した杖突峠から見て平になる指示を与えたとか。

 

 

す取り

あったかくて釜で煮るのを止めた時、1度庭の仕事をやりました。改良に載ったほぼ完成に近いものを上の「す」に取る「す取り」作業です。寒天の載ったすを運搬車でハウスに運び、さらに乾燥を進ませて、完成します。

 

改良にはムシロ、新聞紙、白の寒冷紗、寒天の順になります。

 

 

りんご湯のニュース

夕方は早く終わりますので、地元のニュースを観ます。台風19号の話題を毎日目にします。長野市近郊のリンゴ農家さんには辛い年でした。今年の出来秋を期待して応援したいですね。

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懐かしの伊那谷〜木曽路ドライブ

  • 寒天出したて

寒天作業も準備が終わり天出しが本格化しています。煮汁をケースに流し込んだ後に棒状の形態に切り取り、庭に運び出してカイリョウと呼ばれる板に載せています。

 

後は夜これを積む、昼はこのように拡げる、のくり返しで2週間でスカスカの乾燥した棒寒天が出来上がります(最後はハウス内で乾燥させます)。最初はたっぷり水分を含み重いです。これを二人組で積んだり広げたり、伝統的製法の天日の寒天は大変な作業努力の上に成り立っているのです。

 

ただ、このところ暖かくて寒天製造には全く不向きな天候で、昨日は作業が休止となってしまいました。。

 

ということで、軽トラに乗って出かけて来ました。休みというのは基本的にないので、こういう機会でもないと、せっかく学生時代の思い出の地信州に来ているのに、どこにも出かけられずに終わってしまうことになりかねません。

 

期間が終わってからでは今度は宿泊のことを考えなくてはいけないし、タラノメ作業の着手が遅れてしまいます。こういうチャンスを逃す手はありません。

 

 

分杭峠

これまで2冬、期間が終わって帰るときに、あるいは今年来た時とかに、松本や長野方面は通行するなり立ち寄っています。日本海経由で新潟からなので。それで飯田伊那地方や木曽の方はこの数十年立ち寄れておりませんでした。

 

茅野から杖突峠を越えて簡単に伊那谷に入れます。伊那谷の谷底を走ってもあまり魅力を感じませんで、南アルプス側に並行する一段高いところを通る国道を南下しました。高遠から長谷、大鹿に至る国道152のルートです。

 

かつて東京にいた時もこのルートをバイクで走りました。険しい峠道を越えて大鹿村に入りますが、とっても狭いクネクネの峠道。これが国道かという山道で分杭峠に着き、大鹿村へ。

 

 

中央構造線の説明

大鹿に入ってすぐに中央構造線が露出しているという看板があり、下りてみました。鹿塩川のそばに西と東を分かつ線があるという。

 

 

中央構造線

確かに土の色も違いますね。ここが西日本と東日本の境界になるようです。

 

この後は、あまり写真は撮っていませんが飯田へ下って行きました。本当は大鹿の隣の上村まで行きたかったのですが、大鹿と上村の境になる地蔵峠が冬期閉鎖中でいったん飯田へ迂回するしかなさそうで、断念しました。上村はかつて新規移住就農したいと希望し、役場を訪れたという経緯があり、まあいわくのある地でした。当時ちょうどオウムの事件真っ最中で、この村にもオウム信者が潜伏し、地元民といろいろあったということで、移住というのはちょっとタイミングが悪かったという感じのことを言われましたね。あなたは別にそういう人ではないだろうけれど、と。

 

いずれ農業をという意味では地理的にも決して好条件ではないですし、むしろ飯田を挟んで対岸の中央アルプス斜面になる地域の方が農業は盛んと言えるかもしれません。大鹿を走っていても、大型ダンプとか土木の車両ばかりがやたらと目についた感じでした。

 

もしオウムのことなどなくてあのまま上村に定住していたら、どんな人生になっていたか。。条件という面では決していまの沢内が優れているわけでもないですが、ただ専業農家は私のいる地の方が多いとは思います。

 

また次の機会があれば、今度は飯田市の側から入って、遠山郷辺りも一緒に見物したいと思います。下栗の里としてこちらのローカル番組で見ていて、興味深く思います。

 

 

妻籠1

さて飯田南部の山村地帯を走り、たまたまテレビ(ローカル)で見たドライフルーツを製造しているという工場を訪ね、直接話を聞きながらいくつか買い物をさせてもらったり、ワークマンを見つけて手袋を買ったりし、南信の美しい山里を走りながら、そして中津川の方から木曽へと進入しました。

 

ほどなく妻籠宿に来ました。高校2年の時の修学旅行以来です。40年にもなるのか。

 

 

妻籠2

修学旅行でこちらにも来ているはず、ですが、全く記憶にありません。修学旅行なんてそもそもワイワイガヤガヤで、対象物をきちんと見ているわけじゃないですしね。でも妻籠は心安らぐ昔の街並みで、楽しんできました。12月の平日で閑散としてましたが、外人さんもいました。地元の子どもも。。

 

 

寝覚の床

さて夕暮れが迫って来てまして、ちょっと急ぎ足で訪れたのが、ここ「寝覚の床」です。もうちょっと薄暗かったのですが、iPhoneが明るく補正して撮ってくれました。さすがです。

 

信州大学の時の帰省では当時広島から名古屋経由で特急しなのに乗りましたが、ここへ来ると車内アナウンスで寝覚の床をガイドしてくれました。そして車掌さんによっては、「木曽のナーあナカノリさんは〜」と歌ってもくれました。列車の速度も落としてくれて。

 

国道は線路より高いところを通っていて、線路も写っていますが、電車からはもろ眼前に見えたのでした。

 

この木曽の険しい山々を乗り越えて、開けた松本平に至ります。苦難を超えて平安の境地にたどり着く、といえばオーバーでしょうか。

 

ブルックナーの9番の最終楽章で、本当に全曲が終わる直前に、苦しくもがくようなトゥッテ(全奏)の大音響が響き、そしてフッと天上の世界に至り弦と木管・ホルンのやさしい静かな終結部になります。二十歳過ぎの当時、この木曽の辺りを通るたびにこの9番の最後の箇所が頭によぎりました。まさに険しい正念場ですし、ここは。

 

いまの沢内でいえば、北上市から107号で和賀仙人に差しかかった頃の感じです。ここもやはり最初の頃はブルックナーの9番の最後が頭で響く所でした。いまはもう感じませんが。。この難所を克服して到達する天上の世界が沢内であると。天上の世界に達するためには、試練や慟哭を潜り抜けた上でなければならないと。個人の勝手な思いで申し訳ありませんが、その原型がこの木曽の寝覚の床にあったのでした。

 

寝覚めはすなわち覚醒を促すという床、スポット、なんですね。ここが、浦島太郎伝説の発祥地。40年前にタイムスリップさせられてくれた覚醒の床のパワーは、ある意味浦島太郎本人にも通じるしょうか。アインシュタインの相対性理論の時間概念を覚醒したとか。。

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静岡への研修旅行

富士山

12月5,6日に静岡県で農業者サミットという研修会があり、長野からだと近いだろうということで、仕事の休みを取り軽トラに乗って出かけて来ました。

 

そんなに積極的な気持ちで参加したわけでもないのですが、確かに茅野から静岡市へは2時間余り160kmくらいの距離で甲府の辺りから身延町を通って静岡方面へ抜ける道で出かけました。

 

高速も全線ではありませんが整備されつつある路線です。この身延線の辺りは東京にいたころから憧れを持っていていつか通ってみたいと思っていたのでした。富士山と南アルプスの間というのが最大の魅力でしたし、南アルプスの南部というのがまた奥深くてアプローチも長く、秘境感たっぷりです。甲府が玄関口の北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈、鳳凰三山は登りましたし、メジャーな山域であります。が、南部の光岳や赤石岳といった山域はちょっと簡単には訪れられない。北アルプスで言えば雲の平のような位置づけですかね。

 

 

精進湖

そんな年来の憧れの地の旅路へと勇んで出発したのですが、ちょっとナビが古くて「中部横断自動車道」を探す当てられず、中央高速の途上で双葉ジャンクションでの乗り換えをし損ねて、甲府南インターで降りて一般道を長く走るコースとなってしまいました。

 

しかしそのコース違いによって、いままで訪れたことのない精進湖を目にすることができました。

 

 

本栖湖

そして次には本栖湖も現れます。富士五湖といえば河口湖と山中湖くらいしか行ったことがなく、西湖だけは今回も果たせませんが、2湖が経験に加わりました。

 

そして予定の横断道よりも少しだけ富士山寄りのコースの分、富士山が大きく見えたのもメリットでしたね。そして朝霧高原を通って富士市へ。R1号線から東名も少し使って、目的地の「グランシップ」という会場へと辿り着くことができました。時間は予定よりオーバーしましたが、何度か立ち止まって写真を撮ってましたので。。

 

 

焼津市の夜景

グランシップ(東静岡駅近く)での全大会の後は分科会に分かれ、私は焼津市内のグランドホテルで懇親会。そして焼津駅方面へ出て二次会と、久々の飲み会になりました。3食きちんと弁当を食べる暮らしの寒天工場では飲酒を控える良い機会でもあり、ずっと酒なしの生活でした。クリスマスや正月は特別のメニューでありますし、名物の一升瓶ワインを買って、帰宅時まで要所要所でいただくつもりではいますが。

 

 

お茶工場の視察

さて2日目はお茶の工場(揉んだり乾燥させたりの加工工場)などを見学しました。

 

 

いちご農園の視察こちらは大規模ないちご農園です。すごい面積でした。冬に雪が降らず日照が豊かだからできるんですね。まあ寒天もですが。西和賀で真似はできませんね。自主的にではなく決められたコースからに選択で、ピッタリ自分の営農に合ったというものではありません。

 

 

寒天工場

さて、折しも私が留守にする日の朝からテングサの煮込みがスタートしました。まさに釜に火が入り煙が出ています。確か重油を炊いています。

 

 

洗浄中

テングサを洗う作業も始まっています。

 

 

テングサ

洗った後のテングサです。洗った草を水に2日漬けてから釜に送られます。

 

朝は早いですが、夕方は早い時間に仕事は終わり、ゆっくりした時間が取れ、家にはないテレビを見たり、内省的な時間も持てていて、体は疲れますが、じっくり充電の時期です。また何かしら有益な情報も得られたらと思っています。

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寒天作りの準備作業

聖湖

長野県へ来て1週間。旅はあっという間に終わって、ひたすら仕事の日々になっております。長野入りした1124日は天気も良くぽかぽかの陽気でした。長野市から松本への途中にある聖湖は実に美しいたたずまいでした。

 

気温が高かったのでヘラブナの食いも良かったことでしょう。数分間いただけでしたが、竿が満月にしなっている光景も目にできました。

 

 

わら敷き

寒天づくりの最初の工程は、田に敷き藁をする作業から。コンバインで刈ったでしょうが、藁を長いままにし置いてあるものに加えて、他からも藁を運び込んで厚く敷き詰めていきます。ここで3月まで作業をするので、ぬからないように、寒天に土が付かないようにという目的でしょう。さすが寒天の産地だけあって、コンバインの轍に水など一つも溜まっていません!

 

 

棒組み

次いで杉の棒を運び入れ杭を打ち、杭の上に棒を乗せて紐で固定して、その上に寒天の乗る台(カイリョウ)を片方だけ乗せてもう片方は地面に置く。正確に南向きに棒は配置してあり、杭の高さは日光を最大限効率よく受けられる角度に設定します(文章ではわかりにくいので、後日写真で示します)。

 

こうした準備にすでに1週間。もうじきテングサを洗って煮て庭に(この田んぼ)出していく本作業が始まります。

 

お米などのご注文は通常通りお受けして、自宅より発送させていただいております。スマホはやはり必需品です。WiFiがなくギガを使わざるを得ないのが難点です。。