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田植えが終わり農繁期はまだ続きます

田植え直後の亀の尾

6月に入り、初夏らしい天候が続いていて、早苗も順調に育っています。いろいろ品種等見直しの試験栽培になる今年の稲作ですが、1kgほど譲り受けた「亀の尾」がここ奥羽の冷涼地で育ってくれるのか、気にかかるところです。現代の慣行農法を前提に作られた水稲品種を無理して作付けするのではなく、背丈が取れて自然栽培の方々が多く作られている品種を導入することは、やはり自然なことと思います。まだまだ結果は予測できませんが、5品種作付けした中で、この亀の尾とひとめぼれの2種を作り続けることになると感じております。

 

亀の尾苗

1kgの種籾から14枚(5アール分)の苗ができました。「みくに式」という苗箱1枚1枚にローラー枠を滑らせながら籾を落としていく器具を使っての播種ですが、どうしてもムラのある蒔き方にはなりますし、より精度の高い播種法も検討していきたいところです。

 

田の除草機

今年は新しい除草機を導入しました。従来式のエンジン除草機に比べ、エンジン部分を背負うことで作業は楽になりました。背負式の刈り払い機の先端に除草機を接続したものです。ただ説明書等では水が少ない固い田や、前後に揺さぶるような操作はすぐにギアを壊してしまうということで、強度の面では十分ではなさそうで、あまり負荷をかけないようにエンジンを下げてそうっとただ前進するだけという風にやっていますので、ホタルイとかオモダカみたいなのは取りづらいですね。がっちり根を下ろした状態の雑草には不向きで、田植え後初期から中干しまでの期間、間隔を空けず1週間おきに3回作業しようと思います。現在は2度目が終了したところです。従来型よりは軽くて楽とはいえ、田の中を漕いで進むのですから、重労働ではあります。

 

南部小麦2021

南部小麦も出穂が進み、7月半ばには刈り取りになろうかと思います。雪が多かったこともあって、生育がよろしくない畑もありますが、アリーナ小麦も含め、まず概ね順調に育っています。

 

ライ麦

こちらは数年ぶりに復活させたライ麦の様子です。日本で入手できるライ麦というのは緑肥目的という発想のものの感が強く、パン目的のライ麦を作付けしたくて、ドイツの黒パン用に販売されている粒のままのライ麦を見つけ購入し、播種しました。無事出芽し、生育もとても良いです。数年前に種屋さんから普通に購入したライ麦と姿が異なっていて、どんな麦になるかワクワクするものがあります。問題は普通に熟して収穫適期を迎えることができるかですね。

 

りんどう新植

毎年1枚のりんどう畑を廃園し、1枚の新植を続けています。小規模生産者にとってりんどうの新植は労力を要するので、一度に大面積を植えることはできませんし、植える年植えない年があることは必ず収穫量に年ごとの波ができて、均一にならないからです。毎年同じ量の出荷を維持するには少しずつ毎年植え、その同じ面積を毎年廃園するという体制を維持することだと思います。

今年の5月は雨が多く、去年の7月を思い起こさせました。りんどうは田んぼからの転作になるので、田を乾かして一気に畑まで作り変えていくという厳しい条件下の作業になります。今年は田が乾かず、あまりこなれた畑にはなりませんでした。それでもプラグ苗を植えなければならず、通路のボコボコの土塊を手で崩して粒状にこなしてから、苗とマルチ下の畝の土の間に隙間ができないように植えていきます。時間はかかります。専用の調整されたピートモス系の培土もありますが、1袋しか用意してませんし、畝2本で使い切りました(全部で畝は12本)。

 

モミジイチゴ

今年は当園はいろんなイチゴ系(ベリー類)を新植しております。ブルーベリーとカシス、ハスカップ(1本)は前からありましたが、これにアロニア 、ラズベリーやブラックベリー、赤すぐり、コケモモ(リンゴンベリーとクランベリー)、クワ、クコ、それに日本の木いちご、野いちごを加え、狭い庭のあちこち、またブルーベリー園内のスペースなどに植え付けをしています。コケモモなどヨーロッパの伝統的食文化を担ってきた小果樹品目にも惹かれますが、特にこの何週間かは日本の自生するいちごに関心が向いて、モミジイチゴを筆頭に苗を入手しいろんな日当たり環境の場所に植えています。苗としては通販で手に入れているのですが、近所の川のそばでも自生株を見つけまして(写真)、これの枝から挿し木で何とか増やせないかと研究中のところです。自分の農業の部門に取り入れるとしたら、この沢内にも自生しているような日本の木いちご、野いちごが一番しっくりくると感じていて、モミジイチゴやクサイチゴ など味が良いと言われるものをこの自然環境の良い庭や畑で育て、時期には生で、またジャム等での加工品にも繋げていけたら楽しいかと思っています。

昨日も、いま廃園作業に追われている寿命がきたタラノキ園で自生していたイチゴを偶然2種見つけ、確保しました。1本は木、1本は草ですが、これがどういう名称のものかは調査中です。りんどうなど経営品目の管理に力を入れなくてはいけない時期ですが、畑へ行き来する際に植えたベリーの様子を観察し足を止めることが続く日々になっています。

まずは寿命を迎え枯れてしまったタラノキ園の木をバックホーで掘り起こし、運搬車で運んで廃棄するという結構気の遠くなる作業を終えたいところです。。

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稲作がスタートしました

田への米ぬか散布

昼間それなりに気温は上がってくれるようになりましたが、まだまだ寒気で寒い日も多く、晴れた夜は氷点下に下がり、まだ外の蛇口は夕方水を落としています。寿命が尽きた状態のタラノキ園は植え替えの真っ最中で、たらの芽は出荷に使える穂木の減少から早々に終了になり、外の仕事へと切り替わっています。しばらく天気が良くて風も強かったせいか、雪解け後急速にたが乾いてくれまして、連休中はしばらく雨続きということで、みんな田起こしをこの数日で終了させていました。

当園は肥料というのは米ぬかのみですし、まだ田植えまで1か月ありますから生で散布して(4月27日)、即日耕耘し土と混和させて発酵を進ませる形をとりました。作業場に積み上げて切り返したりする作業はかなり労力を使っていましたし、今年は米ぬかを施用しない田も多いので、直接の散布のスタイルとしてみました。

去年は7月の多雨が影響しひとめぼれの生育が振るわず、その反省から、農薬や化学肥料を使わない北東北の米作りに適した品種は何だろうと改めて考え直させられました。その際にこうした農法では、やはり最近の品種は不向きだと強く感じさせられもした次第です。現代も稲の新品種は続々できており、その総数は一体何百になるかと思います。しかし地理や農法を考えて品種を選ぶとなると本当に数少ない選択肢になります。この点、西日本のような暖地は選択肢が広まり有利ですね。

現代の育成品種は収量を上げるため化学肥料を多投しても倒伏しにくいように茎が短い(短稈)米になっておりますが、肥料を与えない我々には短すぎて穂の籾の量も減ってしまうしハセ掛けもうまくできない欠点があります。またいわゆる良食味と言われる米ほどいもち病に弱い傾向になります。欲しいのは背丈が長くて(長稈)、いもちに強い、寒冷地向けの米です。こうなるとなかなかありませんし、有機ということを推進してもいる農政の趨勢からすれば、それに見合った品種を作らないというのは逆行する現象じゃないかとも思います。自然栽培や有機栽培の農家は、自分たちの地域や農法に合う長稈品種を手探りで見つけ出して作付けしていると思います。肥料を入れないので倒伏の心配はありませんし、やはり古い品種の方が長稈で少肥の栽培に向くんですね。

もっとも逆行しているのはお前の方だと言われればそうなのかもしれませんが、ここ沢内に適しているとされる「いわてっこ」や新しい品種の「銀河のしずく」は短稈すぎて農法と合いません。ただ「いわてっこ」はいもちには強いので、これは山間部の盆地で低温多湿の傾向になる奥羽山系の当地においては、救いになります。ただ、背が低すぎる。。。ひとめぼれはいわてっこよりも長稈なのはありがたいですが、いもちには弱いですね。あきたこまちほどではありませんが。。

今年は同じシーズンの条件下で5品種を試験的に植えて試してみる予定で、現在育苗も進めております。長稈種であるひとめぼれとササニシキを比較します。両者とも米ぬかも入れず、完全に無肥料の自然栽培で作付けします。おそらくササニシキよりもひとめぼれが耐いもちとしては上のように思います。これを確認します。今年はでもササニシキも食べられるのは楽しみです。ここの風土で実がなってくれればの話ですが。。。

当園のメインであるいわてっこと比較するのは「亀の尾」と「チヨニシキ」です。亀の尾は一般には買えず、知り合いの農家さんから譲り受けて播種しました。チヨニシキという米は知りませんでしたが、他に長稈の候補が見つからず、ちょっとここでは寒すぎるかもしれませんが、試してみることにしました。「つがるロマン」なども長稈で魅力を感じましたが、青森から外へは出さない品種のようでした。岩手で「つがる」も変ですしね。亀の尾は有名な長稈種でこれも無肥料で行います。いわてっことチヨニシキには上の写真のように米ぬかを散布し耕耘しました。

 

 

南部小麦の春

こちら、南部小麦も春で生育再開です。この畑はとても良いのですが、雪が多くかぶさった別の畑ではちょっと遅れている箇所もあり、雪国の小麦栽培はやはり難易度は高いですね。。

 

 

農林61号蒔き直し

昨年の秋に蒔いた農林61号は見事に壊滅状態でした。前年のスペルト小麦もですが、仮に寒さには強いといっても、雪には弱い。まあ想定内のことでしたし、61号は春蒔きもできる品種ということで、秋に半分残しておいて、この後耕耘し蒔き直ししました。ちょうど雨が降らない週で、まだ芽は出ていませんが、この連休中に多分出るでしょう。

 

 

ベリー園整備

当園では、ブルーベリーを筆頭にベリー系の小果樹に取り組んでいます(正確には充実させようと努力しています)。ずっと前にラズベリーを植えたことがありましたが、剪定のこともよくわからず、勉強する心の余裕もなかなかなくて、結局あまり実もならないうちに耕耘廃棄してブルーベリーを植えた経緯があります。ただの興味本位では結果は出せませんね。今回はコケモモ園とラズベリー園を別個に用意し、挿し穂等で増やしながら一定量の生産を上げていきたく、勉強しながら進めていきます。ハスカップも1本植えていましたが、こちらも少し増やしたいと思います。

何を植えるにせよ、問題は雪です。ブルーベリーも毎年結構やられていますし、最近では横に張り出し気味の枝は切ってしまって、グルグル巻きに縛れるような樹形へと変形させています。クランベリーはどうなるでしょうか?? 一冬越してどうなっているかを見て、来年また検討を重ねたいところです。

やまなしも含め、なぜかマイナー系の果樹には惹かれるものがあります。「コケモモ」といえば子どもの頃に読んだ海外の児童文学になるでしょうか、必ずといっていいほど出てきましたね。「コケモモのジャム」「森に野いちごを摘みに行く」という下りは、遠い過去の映像として残っていて何かしらの郷愁を感じさせられます。そして、子育ての中で与える本によりそれはもう一度再現されることでもあります。また、賢治のやまなしを読んでやまなしの香りに懐かしさを感じる人も多いでしょう。そうした遠い過去の「記憶映像」が現代社会の忙しない暮らしの中でふと思い浮かび、一瞬現実から解き放たれることもあるでしょう。だから即コケモモのジャムを作ろうというふうには繋がるものでもありませんが、少なくとも子どもたちにはいろんなベリーを味わわせて、癒しや多様な果物の豊かさを与えてやりたいと思います。

子どもたちからも影響は受けますね。一番は漫画やアニメでしょうか。去年のいまごろからは「鬼滅の刃」を読み、アニメはAmazonでも観ましたし、今年の寒天出張帰りからはAmazonのアニメで「エヴァンゲリオン」(序・破・Qと映画館で新作)を、そしていま現在は「進撃の巨人」を観ています。コミックでは「ドクターストーン 」と「ブルー・ピリオド」も皆で読んでいますね。子どもたちが夢中の「呪術廻戦」はまだ私は手付かずです(「進撃」を観終わってからでしょうか)。。

3作に共通する、私なりに共感できる共通のことがあり、それは生死に関わることの限界に置かれた状況に向き合っていることでしょうか。命がけということを現在社会では日々痛感するということはないかもしれませんが、人間の一番ベーシックな部分でしょうから、その葛藤や気概をまっとうに描くスタイルに惹かれるんだと思います。

もう一つの共通項は、歴史的な文化遺産を背景として明確に持っている点でしょうか。日本の武士道みたいな背景とか、聖書の世界観だったり、私は好きなんですが中世ヨーロッパの町並みや宗教的な絵画などですね。伝統文化を尊重ししっかり学んだ上でのドラマ作りはスケールも大きいです。

にんにくの収穫が始まる7月からは夜の作業場作業が始まり、りんどうの収穫が終わる10月いっぱいまで続きます。これから5月6月が一番農家には夜の楽しみを享受できるシーズンですね。

昨日は雨降りでしたが、懸案だった山ぶどうとサルナシの棚を単管を使って設置しました。両者ともベリー系じゃないですが、魅力ある山里の果樹素材です。

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雪が残っているうちに。。。

炭粉の効果

4月になり新年度となりました。農作業のシーズンにおいても、4月1日はやはり新しい1年のスタートという気分で、少なくとも農業から最も離れた暮らしになっている1月1日に比べたら、よし農作業今年も頑張ろうという日付が4月1日かもしれません。

そうはいっても雪はまだ残って、田畑で土が露出しているのは今日3日の時点で10%くらいでしょうか。。高温になりますよと予報が出ていて農作物管理に注意を、なんて天気予報で言っていますが、雪で覆われて日中も気温が上がりにくい当地では、もっと上がれ、なんだ高温といってもこんなものか、という感じは正直しています。もう少し温暖化してくれても良いのだが、というのが隠れた本音でもあるのですが、それは西日本の暖地で生まれた遺伝子を引きずっているのかもしれませんし、実際温暖化は低気圧の発生を増強すると思いますので、多雨多湿は困ります(むしろ低気圧はシベリアからの北風を吹き込んで来るので寒冷化するとも感じています)。。

まだ調べ物でPCに向かっている時間も多く、雪がある状態ではまだ農閑期に相当するのですが、果樹類の剪定はできなくもないですし、いまのうちにと思っています。ブルーベリーの縛り紐を解いてみたりもしますが、まだ下の方は雪があって紐が取れない木もありますね。

 

 

イワテヤマナシ研究会

イワテヤマナシについて書きましたが、栽培面や高接ぎのやり方など、研修に出かけてきました。当園で植えているハンベエナシの受粉を成功させるために異種のイワテヤマナシ苗木を植えるとともに、ハンベエナシの枝自身にも異種の穂木を高接ぎする作業を行っています。並行してハシゴに登り剪定もやっておりますが、なかなか素人剪定なもので。。上は3月29日に九戸村で開催された研究会の剪定講習の様子です。

 

やまなしの高接ぎ

うちに帰って教わった通りにやってみました。素人作業で成功するかどうか。。実際のところ、イワテヤマナシといった品目に興味を示すのは、果樹専業農家ではなくて、米や野菜などの非果樹農家のようです。ナシの専業農家であればもっと基礎知識も応用力もあると思いますが、関心を示さないというか、経営上無駄な時間になると思われるのかもしれませんね。販路だって未確定だし作ってそれでどうなるの、という感覚になるかもしれませんね。やまなしという市場がそもそもないということなんでしょうが。。

 

九戸の作品

九戸の国道脇に木彫り作品が展示してありました。

ここのところせっかく天気が良いので、部屋にじっとしてはいられませんし、いまの時期に手をかけておくことで後に有効な結果をもたらすことを探し出しては丁寧に実行していく。そういう時期になります。去年と一昨年はWordPressと格闘していましたし、たらの芽作業も立て込んでおりました。今年は昨秋に確保できたタラノキ穂木が極端に少なく、ご注文に即応することができずに収穫適期が来るのを順番にお待ちいただいていて、とても心苦しい日々となっています。この春夏のタラノキ改植がうまく進むのか、現状の株で今年の秋に確保できる穂木の状態はどうなのか、心配事は尽きませんし、とりあえず現状を受け入れながら、少しずつ改良を施していくしかないかと思います。大胆な改良は投資を伴うものですが、タラノキの拡大については地道な改植しかないでしょう。

降水量の多い奥羽の山間地西和賀は、上にも触れましたが低温なのに過湿という環境になります。いま出荷しているたらの芽については低温期(伏せ込みに着手する2月後半から3月前半にかけて)ほど多湿になり、カビの発生が懸念されます。現在は気温も上がっていて、その分逆に並べた駒木の乾燥を防ぐために散水をしています。日中はビニールも開放しますので、その分湿度も低下します。カビは起きにくい環境になりこの点はありがたい季節です。

 

新植りんどう圃場排水掘り

りんどうの圃場も山に接している方が露出してきて、去年課題になっていた排水のための明渠(めいきょ)掘りの作業を行っています。元は田ですから水口と反対側に排水のパイプを設置していますが、圃場の四辺の排水側の一辺に溝を掘って、圃場内の水を湛水させず速やかに排水パイプに向かわせる排水路です。りんどうにしてもタラノキにしても保水性と水はけの両面が求められ、降雨後にいつまでも水が溜まっている状態はご法度になり、根に障害が出ます(いわゆる根腐れ現象)。根が働いていないとりんどうでは葉に褐変障害が出ますし、タラノキでは立ち枯れの発生につながります。スコップでコツコツ溝を掘る作業は、春作業がスタートして実際トラクター作業や施肥・芽かき・草取り等の作業が始まるとやっていられなくなりますが、極めて大切な作業になります。特に今年りんどう苗を新植するという圃場では、それは水田跡地であるし、畑にするための耕耘作業を行えるように田を十分乾かさなければならず、そのためにも明渠堀りが不可避であるわけです。これから雪解け水が圃場に溢れてくるわけで、それを速やかに排水するためにも、新植するしないにかかわらずいまやるべき作業になります。幸い、排水掘りする側の畦畔下が先に雪解けして露出しているのはありがたいことです。

 

2021種籾

水稲作業も、種籾の温湯消毒と浸漬が始まって、稲作スタートとなっています。昨日は花巻市の「花巻酵素」へ水稲培土を買いに行ってきました。ハウスのビニールは掛け終えており、4月10日までには種まきを行えるでしょう。雨の日とかに箱を並べる育苗プールを作っておきます。

去年の稲作は記憶にもまざまざと残る7月の多雨により、ひとめぼれの出来が極めて悪く、今期は「いわてっこ」のみの出荷とさせていただいています。いわてっこは病気にも強く当地のような中山間地向けの品種です。ただ、背丈が取れないのが残念なお米です。いわてっこも含め現代の品種は化学肥料を大量に入れ収量を上げることを前提に育種されており、肥料過多でも倒伏しにくいよう、短棹の傾向です。なので米ぬかしか与えないような農法では背が低く、ハセにも掛けづらいし、背が短ければ穂も短くて結局収量が上がらない、すなわち農法と合わないというギャップがあります。昔の品種は背が高い(長棹)稲が多く、多肥だと倒伏します。自然栽培向けになります。自ずと昔の品種を選ぶことになり、肥料も実質少ないわけで、それでも背丈を確保でき、少肥ゆえにいもち病にも対策できているということになります。昔の品種はいもちに弱い品種もあり、それは米ぬかすら控えて自然栽培にすべきと思っています。

ハセ掛け天日乾燥の唯一の欠点は、稲わらを持ち出してしまい、脱穀後に田に還元する作業が実際困難であるという点です。稲わらは田に還元したい、となると「わらカッター」が欲しくなります。脱穀後に稲わらをカッターに投入するとバラバラにして放出してくれる。脱穀は田のそばで行うので、そのまま田に返してやることができます。このわらカッターも、昔の農機具になり、新品も出てはいますが、中古で探すとなるとなかなか出回っていないです(新品で買うと30万弱といった金額)。

品種も、道具も昔のものを求めざるを得ない、農法の違いというのはいろんな面で時代に逆行しているし、でも逆行ではないですよね。有機農業が注目され振興すべきと言われている時代においても、実際はいろんな苦労の中で各農家が工面して間に合わせているということですね。

去年の稲作の反省を受けて、いろいろ選定に悩んだ結果、今年は3つの品種を導入し、同じシーズンの条件の中で栽培し比較することにしました。稲など本当に実際植えて育ててみないと結果はわかりません。同じ条件でないと比較できないので、1年に1種ずつ余分に植えてみるというのではだめです。「いわてっこ」と「ひとめぼれ」の2品種に加え、「ササニシキ」「チヨニシキ」「亀の尾」の3種を用意し、種まきに備えて浸漬しています。後者の3つは地区の育苗センターに持ち込んで、温湯消毒を施してもらいました。選定の基準は当地のような冷涼な気候でも育つ、背丈80cm以上の品種で入手可能なものです。現代の品種でも「つがるロマン」など魅力的ですが、青森県外では入手できないようですし、仮に問題なく買えても、地名が入った品種は他県では販売しにくいですよね。

昔の品種はいもちに弱く、陸羽132号がそうでした。米ぬかも控えて、無施用でやってみようと思います。生育の違いなどは随時記事で報告したいと思います。

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残雪期の沢内の春作業

炭の粉で消雪促進

まとまった降雪がしばらくなくて、割と暖かい日もあって2月時点で大雪と言われた今年の冬も終わりが見えかけています。積雪は平均で約50cm。建物や地形の関係でもっと多いところもありますが、西側に面した斜面の上(だいたい畦畔になっていますが)は土が露出したりしています。一時積雪が250cmを超えたということで、消雪資材(炭の粉)の助成が出まして、早生りんどう(お盆に咲かせたい品種)に散布し、残ったものをにんにくの畑にも散布しました。

今日など晴れて気温も上がってきておりますし(お昼時点で8〜9度)、無理して除雪機など入れたりするよりも、黒い粉の散布は楽で効果的でもあります。

 

やまなしの苗木を植栽

また、当園ではイワテヤマナシを植栽しており、香りの良いやまなしの品種なんですが、近くに別品種の木がないため受粉がうまくできず、花が咲いても実を付けられないという状態が数年続いていました。そこで、お世話になっていますヤマナシの研究者の神戸大学(食資源教育研究センター)の片山寛則先生からナツナシという異種の苗木を送っていただいて、2本、すぐに植え付けをしました。まだ気温が氷点下に下がるため、暖かい神戸でもし芽が動いていたら沢内では凍死する危険があるということで、ムシロで覆ってやっています。サネナシという木も1本送っていただいて、左奥に小さくムシロが写っています。異種のナシといっても開花期が合わなくてはいけません。それがこの品種になるようです。

その主役である当園の木は「ハンベエナシ」といっていまは同じ町内旧湯田町のある地区のお宅に植わっていた良質の実をならせる木を、上の片山先生が当地に調査に来られた際に見つけ枝を入手され、神戸で増やして育ったものを私が逆輸入する形で同じ町内である当園に植え付けをしたものです。

最初は木が小さいからまだ実がならないだろうとも思っていましたが、ここ数年、それなりに大きくなって花も咲かせるのに、どうしてかなと感じていて、先生に相談したところ、異種の木を植えることで解決ができるだろうということになって植え付けをしたものです。

同じ岩手県内でも県北の九戸村では、片山先生の指導のもとで生産グループが結成され産地化を目指してイワテヤマナシの栽培と加工品の生産が行われています。西和賀地域では私だけですので、何とも心もとない限りです(実もまだならないし。。)。もし県北の地域と同じ品種を植えていたら、逆に価値もあまり見出せないかもしれませんが、このハンベエナシは当園にしか植わっておらず、西和賀固有の品種になります。これを持っていることはここで農業を営む上で自然だし、ある意味良い持ち駒になるとも言えるわけですね。やまなしは木の個体ごとに違う品種かと言われるくらい、個体間の差が大きく、このハンベエナシは、ハンベエ屋号の家の木ということで、他には存在しないものですが、実が大きめで香りも良いのです。同じ研究会員として、来週は私も九戸村へ赴いてやまなしの剪定や接ぎ木について研修して来ます。賢治の童話に出てくる「やまなし」はイワテヤマナシであり、岩手が原産地の梨の木です。現代の品種が味や実の大きさを獲得して改良されていく過程で失ったものが、香りだと思います。芳醇なイワテヤマナシの香りはきっといろんな形で需要があるとも感じており、まずは生産をきっちりと行っていくことだと思っている次第です。

 

薪の玉切り2021

雪があるうちにいまみんな行っているのが、翌冬か翌々冬に使う薪の準備をすることです。雪が消えると田畑の仕事で忙しくなるし、雪のあるうちに雪の上で切るとチェーンソーの刃を石や地面に当てて傷める心配もないからです。この後の薪割りはさすがに雪の上ではできませんが。。薪割りは家族も手伝ってくれるので、私の仕事はもっぱら玉切りです。

 

たらの芽2021

たらの芽も収穫が始まっています。ただ、今年は木の状態が良くなくて、穂木が少なく、ご注文に追い付いていない日が続いています。タラノキ自体の寿命というのが一番の原因でしょうか。枯れてしまった木が多くて、残念な年になっています。7月に異常なまでに降雨が続いたことをご記憶されているかと思いますが、そうした雨による湿害もあるでしょう。稲の方も昨年は減収でした。

これは300gパッケージのたらの芽です。厚さ3cmのクリックポストの箱に入れて出荷しています。60サイズ等の宅配を使うとどうしても送料がかさむし容量もあるので、自ずと内容の価格も何千円かという単位になります。クリックポストは全国共通で198円ですので、私が負担し、お求め安いパッケージで出荷をしています。

現在タラノキの改植を進めていて、早く良質の穂木を多く得て生産量を伸ばしたいと願うところですね。

 

再開した黒にんにく

寒天の仕事から戻って、在庫のにんにくを用いて黒にんにくの製造も進めています。高額な装置を導入した高付加価値を目指す製品が多い中、当園は保温ジャーを用いてリーズナブルな単価の黒にんにくを作っています。大きさにもよりますが、元の青果にんにく70円を黒にんにくにして100円として+サービスとして小さめのも付けて梱包という感じです。3cmでは無理なのでクリックポストパッケージでの発送は難しく、60サイズ宅配で分量的に何千円かにはなるのですが、日々の常食としての普段使いの黒にんにくとして取り入れていただけたら幸いに思っています。自分で食べても確かに甘い出来です。

 

ハウス除雪

さて、水稲の育苗のためハウスの除雪も進めました。3月に入ってから降雪も落ち着いて来たので10日頃からスタートしました。

 

ハウス除雪難関場所

ハウス東側が、高い山になっていて、ちょっとやりづらいです。右にある小屋に強い西風が当たって跳ね返り、2mくらい離れたところにそそり立つ山を形成します。これは除雪機では一気に飛ばすことができず、何日か待ってみましたが、結局このあとスコップで地面へと掻き崩して、それを除雪機で飛ばしました(上2枚は3月11日震災の日の写真で2週間前のものです)。

 

オーブンでピザ焼き

寒天の仕事の出張期間中は、毎食すべて弁当で、今年は夜勤もあって夜食にカップ麺や持ち込んだ玄米の炊き込みご飯(レトルトの既製品ですが)などを食べていました。食べられなかったものは、お好み焼きやピザ、パスタ類、餃子、たこ焼きなどですね。こうしたのを帰ったら作って食べるぞ、というのが何となく励みになって過ごしていたという感じもありましたが、そういうこともあって、強力粉を使って初めてピザを焼いてみました。オーブン付き薪ストーブのオーブン室です。ケーキも一度焼いてみましたが、割と上手に膨らみました。オーブンの問題ではなく、良い生地を作れるか、みたいですが。。昨日は久々にお好み焼きを作りました。

雪が消えればそういうことはもうしていられませんし、あと2週間くらいでしょうか。とはいえ、ここから雪がゼロになるまでの道のりが長いのです。雪があるから日中の気温も上がりにくく、気温が低いので雪が消えにくい、という堂々巡りになっているわけです。来るべき繁忙期に備えて、そこで100%全開で働けるために、いまはじっくり休養しておいた方がいいのでしょうか? 逆に体がなまって動けないかも、ですが。。

上のハウス周りの雪は完全に消え、今日はビニール掛けに着手しました。とりあえず地面に接する腰巻や前後からです。珍しく土が乾いていたのでこのチャンスに。。雪解け水や降雨後は地際のビニペット付け作業で泥まみれになるんですよね。今日は泥だらけにならず、良いチャンスでした。屋根のビニールはもう少し待ってからにすべきです。まだいつまとまって雪が降るかもしれませんから。。もしそうなれば腰巻などまたしばらく作業できなくなりますから、早めにやっておくべきですね。

 

 

 

 

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寒天作りが終わり農家へ戻りました

釜の湯気

久しぶりに岩手から記事を書きます。2月12日の朝に寒天の私の作業が終わり、茅野市を発って、帰路に向かいました。

寒天の釜の仕事は前日お昼頃の草入れから始まり、エアコンプレッサーによる「棒立て」で釜の中の草を混和する作業を3回行って、それからクレーンで中身を舟に移し、朝方に濾過した液を箱(もろぶた)に注入して、それが固まるのを待って包丁で切って、箱を運搬車で庭に運ぶ、という一連の流れになります。

庭に運び終わって庭の人たちに引き渡して工程が終了となり、最後の煮込みもこの2月12日の朝の庭への運び出しを持って完了しました(午前8時過ぎ)。

 

クレーン作業

夜中から始まる作業は、先ほどの庭へ運び出して寒天として並べていく天出しの作業(10数人で行う)から逆算し、組み立てられています。リモコンでクレーンを操作して、舟に液と草を移すバケット作業は最初の大仕事と言えます(深夜12時から2時頃まで)。要はUFOキャッチャーのようなもんですが。

 

舟

バケットで釜から草と液を隣の舟に移します。白い布はコーヒーフィルターと同じ役目です。へりに草を置いていて、これは後に防波堤の役目になります(防波堤はまだ未完成です)。

 

満杯になった舟

バケットで釜から移し終える頃にはこのように舟は溢れそうになります。先の防波堤がないと舟の布どうしの隙間箇所とかから下層部に草が落ち混入していき、純粋な寒天の液に「オリ」として草が混じってしまうのをできるだけ防ぐためです。

 

舟下部のつらら

その舟の下層部がこちらです。舟には各セクションに竹製のフィルターが設置してあって、その上に布を敷きます。それで濾された液がこの部分に溜まっていきます。したたる液はこのように上部につらら状にもなっていて、鍾乳洞のような面白い光景を見せてくれます(コリコリした歯ごたえで旨い)。この撮影時にはもちろん液はなく、箱に全部出し終わって最後に溜まったオリを掃除している時に撮影したものです。

毎日が長時間にわたる辛い作業ではありました。終わっていま岩手へ戻っていますが、その戻ったあとの時間の経つのの早いこと。もう10日以上になります。夜10時半に起きて次の日の夕方5時に寝る作業は大変でしたし、この10日間は疲労回復の期間のようで、久々のパソコンに向かいながらゆっくりと過ごしています。とはいえ、除雪をしたり、籾摺り作業をしたり、そしてタラノメの作業を開始したり、にんにくの皮むき、決算と申告の準備をしたり、決して暇ではないんですが。。強風で切れた光ケーブルの修理に立ち会う日もありました。吹雪の中、業者さんがケーブルを修理して無事インターネットが復旧したのは嬉しいことでした。

 

松本ピカドン

今回の長野からの帰路では上田の「無言館」を訪れる計画でした。そのために松本を経由しますが、まだ、ありました。信州大学前の食堂「ピカドン」。広島の原爆投下を後世の松本市民に伝えるメッセージで名付けられたと思います。40年経ってるんですね。。八十二銀行も懐かしい。チキンカツカレーを食べました。

本当は信大の生協で昼を食べたかったのですが、駐車するのに時間がかかりそうで、今回はパスしました。学食の方が入っている人の数も密ですしね。

この前に、ルバーブを栽培されている農園を見学させていただいたのですが、それについては春以降また改めて記事にも挙げていきたく思います。

 

無言館

松本から上田に向かい、現在は無料になった三才山トンネルを越えて、無言館に到着しました。戦死した画学生の残した絵を収集している記念館です。多くは二十歳前後の絵画を志す若者の遺作が展示され、絵のそばにはその若者や絵についての説明が記されています。若い生命のほとばしりを感じますし、その後この人はまもなく突然の戦死を遂げるのだということを前提に絵に接するという鑑賞です。。

敷地内にはもう一つ別館もあって、そんなに広くはないのですが、1時間ちょっとかけて、この貴重な空間に滞在してまいりました。写真は撮ることができません。

 

無言館別館

無言館の第2の新館です。こちらも静寂な時間が流れていて、今朝までの次々と目前の作業に迫られて追われるように過ごした80日間から、すうっと意識が切り替わっていきます。ポストがあります。実際に配達されるポストではないですが、思いを書き連ねた手紙を投函することができる、そういうポストです。三陸にもこのようなポストがありましたか。いや、公衆電話でしたか。。

 

真田神社

上田市では、息子が高校受験を迎えますので、2年前の長女の時と同様、真田神社で合格祈願のお参りをし、お守りを買ってきました。落ちない城、不落城ということで受験の祈願も多いとかです。

そしてこの後はすぐ高速に乗って、その日の宿になっている新潟市に向かいました。夜の10時半に起きてずっと仕事をしてそのあとの夕方ですし、もう寝るべき時間に上信越道を高速運転するというのは、結構辛い行程でした。毎日5時間しか寝られませんでしたしね。10分くらいのうたた寝は休憩時間にしてましたが。上田から軽自動車でも料金が4,500円かかったので、距離としてはかなりあったということですね。何とか新潟市に着き、無事予約していたホテルに到着しました。

 

おまけ1カレー

おまけ1。寒天工場では食事は3食給食センターが配達してくれる弁当です(正月や日曜日は休みになるため、寒天の専務が弁当を買って届けてくれる)。金曜日の昼はカレーと決まっていまして、これは結構美味しかったです。最後の金曜日は出発でギリギリ食べれませんでしたが、ピカドンでチキンカツカレーを食べましたね。

ちなみに、天草を煮る釜の仕事は夜食が必要で、これは家から玄米を持参して、釜飯の素を買って味付けし食べておりました。

 

おまけ2バイキング

おまけの2です。新潟のホテルの翌朝の朝食バイキングです。盛り付けしてる時はもちろんマスク着用ですね。この後コーヒーとヨーグルトをデザートにいただきました。朝コーヒーが飲めるのは喜ばしいことで、寒天の時もコーヒーメーカーで作ってましたし(起きてすぐという意味で夜食を食べる23時過ぎに作ってましたが)、またホテルの予約でも大概はコーヒー欲しさに朝食付きにしています。もっとも道中にコンビニでもコーヒーは買って飲むんですが。。

朝これだけしっかり食べれば、コロナ禍での県外の移動になりますし、昼ご飯は無理になくても大丈夫です。結局はいろんな店に買い物で立ち寄ることにはなりましたが、昼は食べなくてOKで。。

これからの時期はタラノメに集中して、飲食店からの受注が厳しい状況下で、無事販売ができるよう努力していかなくてはなりません。これまで買っていただいていたお店の方にこれまでのようにどうでしょうかと電話をかけるのも、すごく抵抗を感じてしまいます。。季節のものと比べ、柔らかくて緑が綺麗なタラノメは需要もあると思いますし、冬の仕事の1部門として続けていきたいと思います。ちなみに、このタラノメがあるために寒天の仕事は2月上旬までにしてもらっています。庭で寒天の作業に携わる10数人は2月末あるいは3月初めまで外の仕事を続けております。最後の2月12日に出した天も寒天になるのはこの月末頃になるわけです。ただ、もう新たな「天出し」は13日以降はないですので、並行して庭の片付けも進めていくことになりますね。青森から赴任していた人たちもそろそろ帰宅時を迎えることでしょう。

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寒天を煮ています

釜
12月と1月は長野県茅野市で寒天作りに従事するようになり、4冬目となっています。これまで3冬はテングサを洗う役でしたが、今年はテングサを煮る釜仕事に変わりました。

大きな釜で毎日500kg(乾燥重量)の草を煮て、煮汁の生天を作っています。

写真は草を投入した直後の釜です。

 

舟

夜も深まり12時頃から昔からの舟にクレーンのバケットで草と煮汁を移し、布で漉して下部のコンクリート槽に液を溜め、ポンプでモロブタに流し込む流れです。

棒で吊り下がっているのは石を麻袋で包んだ重石です。これで草まみれの液から液だけを搾り込みます。

 

のりつぎ

上の舟から漉した液(ノリ)をポンプで吸い上げて、こうしてモロブタに注入し、約2時間くらいで固まり天になります。それを包丁で21本の寒天に切って、運搬車で庭に運び、カイリョウと言われる台に天出しします。あとは凍ったり溶けたりを繰り返して乾燥した角寒天になります。その間庭人たちはカイリョウを積んだり広げたりを繰り返す重労働を日々こなしています。

この天出しをしてからは庭仕事の担当になります。釜の仕事は深夜11時頃から釜より舟へ移す作業、3時過ぎから舟からモロブタに注入するノリツギ作業、6時40分頃から固まった天を切って庭に運ぶまでの作業、そして去年までやってました洗われたテングサを釜の前に搬入し準備を整えて、湯が沸いたところで草を投入する作業(午前11時頃から)、そして草が入り終わった後3回ですが棒で釜の底をつついて草が固着しないで流動するようにさせる作業(棒立て)に分かれます。棒立ては最近はエアーコンプレッサーを使います。

 

クレーン

クレーン舟移しに3時間、ノリツギと濾した草のカスのトラックへの積載で3時間、固まった天を切る天切りと草の搬入で3時間、草の釜への投入で3時間、棒立ては3回で1時間という感じです。

 

バーナー

あと2時間に1度バーナーを切って掃除してやることになっています。

何歳になっても新しい仕事に挑戦することは大事で、ついつい自分の流れでやっているのではないか、新しい学びや気づきから遠ざかっていないか、考えさせてくれる。

まずきつい長時間の作業になりますが、無事2月上旬まで勤め上げられればと思います。

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長野への旅路

華厳の滝

慌ただしく12月に突入しています。11月22日に岩手を発って、寒天作りの仕事に就くために長野へ向けて出発しました。ギリギリまでいろんな用事や事務作業、秋仕舞い、またタラノメ栽培室の外壁ポリカの張り替え作業など、もうクタクタになりながら、時間のなさに煽られながら、出発の日を迎えました。

横手市からずっと南下して今回は日本海に出ず、寒河江、喜多方、会津若松を経て鬼怒川温泉辺りを通過して、初めて日光へ行きました。日光駅前のビジネスホテルで一泊し、翌朝いろは坂を通って日光華厳の滝を見て来ました。なんともいえぬ風格というか重厚なたたずまいは印象に残る光景でした。

 

いろは坂

軽トラでいろは坂は厳しいものもありましたが、S字カーブを堪能して来ました。天気も良く、冬型で悪天の日本海側と異なり良い天気です。

 

男体山

男体山は日光の主峰でしたか。赤茶けた山肌が特徴なんですね。

その後、いろは坂を戻って足尾銅山の方へ向かい、前橋、高崎。この辺り道路も狭い一車線で渋滞気味です。車ものんびりノロノロ運転が多い感じでした。やっと郊外へ抜けて横川の釜飯(釜飯屋さんは昼時を過ぎていても大勢の観光客)を越えて、またもS字峠越えで軽井沢。白樺湖を越えて茅野市の寒天工場に到着しました。この11月23日より、冬の出張生活がスタート。江戸時代から続く伝統製法の寒天作りに従事いたします。

 

ワラシキ

翌日24日から仕事始め。稲刈りの終わった寒天予定地の田に大量に藁を敷いていくワラシキからスタートです。

東北の田のようにコンバイン等の轍に雨水が溜まってぬかるんでいるような田じゃありません。もともと冬場は降水量が少ない上に水捌けも良い田です。そうは言ってもこのワラシキで泥とかが付かない製造ができるわけですね。

こうした外の寒天作りは庭の仕事と言いますが、ここに寒天を並べていくための棚を設置していく準備作業があるわけで、実際に生天が外に出ていくまでは10日ほどの準備期間を要します。そして別工程で天草の準備、釜の準備も並行しており、次回はこの話題を報告いたします。

 

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秋田への小旅行〜水族館とアスレチックと釣りキチ三平

紅葉2020/10/27

10月27日の写真で、ほぼ紅葉の盛りという感じなのですが、今年はどうだったでしょうか。鮮やかさという点では例年より見劣りする気もします。南部小麦の鮮やかな緑色が目に飛び込んでくる季節です。7月の悪天候が響いているのか、当地では栗の出来が思わしくありません。かなり前から落ちた実を確認してましたが、割れていないもの、中身が薄っぺらいものが大半で、どうしてなんでしょうね。ここは採れませんが県内では松茸の豊作が伝えられたり、米も良く穫れているような話ではありますが、こうした山間地ではそうでもなかったり、いずれ普通にはない変な1年でした。

当地域の経営を支えてくれている切り花りんどうも、夏の多湿による障害や病害が結構多く、ただ「花」ということで一番心配されたコロナ禍による需要減についてはそうでもなくて、よくわかりませんが品薄感があってということで割と安定的な価格で推移し、3日文化の日の出荷で今シーズンは当園でも終了になりました。終盤の出荷と並行して現在はりんどう残茎の片づけ作業に追われておりまして、畑で残っているりんどうの茎を草刈り機で刈り払い、運び出して捨てるという作業に追われています。刈り取って大雑把な片づけを終えてネットを外してしまう作業のすむ前にごっそり降られたりすると、ネットやりんどうにたまった雪で支柱含め雪で大変無惨な姿になってしまい、まずは、大雑把な片づけを急ピッチで進めています。

現に、今日4日も初の降雪とうっすらとした積雪を見ておりますが、そもそも雨に濡れたりんどう残骸は運び出し捨てるのに大変重くて、泣きそうになります。雪がまだ降りませんというのであれば、りんどうが乾いている日だけ作業を行いたいところですが、そうもいきません。濡れているりんどうを刈り払いするのは、ウイルス等に罹患した茎のウイルスが草刈り刃を通じて他のりんどうに感染させてしまう可能性もあるので、できるだけ枯れてから、かつ水気を含まない好天時だけにしたいのですがね。。同じ理由でりんどうは収穫の時も鋏を使わず、指で折り取ります。

 

ゴジラ岩

さて10月3日、今年は稲刈りも終わっていて少しだけ余裕があったこの日、秋田へのプチ旅行を下の娘と行いました。最近小麦を買っていただき当園にも来訪してにんにくの植え付けまで手伝っていただいた秋田市の「薪窯ベーカー・カボチャ」さんへ訪れて、パンやジャム等を買いまして(ユニークなミルクジャム、アップルパイは絶品でした)、その後潟上市の「ファームガーデンたそがれ」を運営なさっている菊地晃生さんの圃場へと見学に向かいました。同じように秋田市近郊と思っていましたが、潟上市は結構遠くて、菊地さんのところにはお昼近くになりましたが、素晴らしい自然栽培の田んぼを見せてもらいました。体験の方が足踏みで脱穀をされていました。消費者との農作業の共有体験を活動の基本にしておられます。冬場は今度は加工の方で忙しくされることでしょう。

秋田にも農を通じた知り合いができることは喜ばしいことです。ふだんなかなか有機の者どうしで集う機会も少なくて貴重な機会です。

それから娘の希望である男鹿の水族館GAOへと走らせました。

男鹿水族館へ向かう途中に、上のお二人から勧めてもらった「ともしびカフェ」という雰囲気の良いお店でお昼を食べ、そして水族館への途中に立ち寄ったのが、ゴジラ岩です。結構絶え間なく観光客が来ていて、車も10台近く停まっているという名所のようでした。

 

ゴマフアザラシ

GAOに着いたのは2時を過ぎていました。天気が悪くて、本当は秋田市にある大型のアスレチック公園に行きたかったのですが、水族館に変更しました。農家見学で男鹿の喉元まで来ていましたしね。人も少なくて、また入館料も予想より安くなっていました。日誌では2012年の5月5日にも訪れておりますが、その時はものすごい混雑でした。こどもの日ですし、こうした日は外すべきでしたね。

 

ヤドクガエル

静かな風情の水族館を楽しみました。ユメリアという温泉に入り(料金割引してくれていました)、国道46号雫石経由で戻りました。

 

2020年稲

そして稲の脱穀を迎えます。1度目の脱穀は適当に好天の日を選んで、やや水分高めの状態で扱くわけですが、問題は2回目(最後ですが)です。もうこれで秋晴れは終わり、あとはぐずついた冬の走りの冬型の雨続きですよ、という稲にとって最も乾燥した最後の日を選んで決行します。その感覚はだいたい当たります。11月に入るとまず2日晴れが続くことは稀ですね。稲扱きにはなりません。10月の20〜25日が最終便という気がしますね。三陸に旅行したりすると11月を過ぎてもまだ稲が掛かってたりします。雪は降らないし冬は太平洋機構で晴れの日が多いから、何の心配もいらないんですね。自分の都合次第でしっかりと好き時に脱穀できるというわけでしょう。

 

秋田フィールドアスレチック

再び秋田ですが、前回の旅で天候により宿題となっていた娘の第一希望「秋田県立中央公園フィールドアスレチック」に来ました。土曜日の学習発表会で代休になった月曜日です(10月26日)。ここは東北では最大級でしょうか。広大なアスレチック公園です。平日だしほとんど誰もいません。

 

ジャブジャブ橋

中身は結構バラエティに富んでいて、とにかくたくさんのアスレチックがこれでもかと続きます。結構難易度も高くて、遊び方がイラストの看板でざっくり示されているのですが、そんな絵に描くような簡単なもんじゃないよという姿勢を求められ、高度な姿勢を保つことができず断念する場面も結構ありました。事故が起きたらすぐにこちらへ連絡を、とマップに示されていましたが、確かに事故が起きても不思議ではありません。特に雨上がりで地面は滑りやすかったです。

いろんな物語に沿ってコースが組まれていて、田沢湖で有名な辰子の物語のアスレチックも点在しています。「失神した辰子」というアスレチックではえびぞりの姿勢に耐えられず棄権。写真は「ジャブジャブ橋」という橋ですが、水も増水していて、ほんとにジャブジャブという感じでした。直前のロープでターザンして的をキックするという場所で途中水たまりに足が浸かってしまい、既に靴がやられており、上の橋で濡れがさらに深まった格好でした。

これはもうコースもラストの方だったので、まずは無事完走し、横手まで向かって、そこのイオンで靴下やスボンを買った次第です(このあと美術館にも行きますので)。

 

矢口高雄50年記念

第2の目的は「増田まんが美術館」でした。矢口高雄創作50周年記念展を開催していて、月曜日でもやっているということで、アスレチックと組んだ旅にしたのでした。原画がかなり展示されていて、時間的に1時間しかなかったのですが、誰もいない館内を十分楽しむことができました。急遽服を買う時間が発生し、時間切れで入館できないかとハラハラの運転でした。

 

釣りキチ三平原画

小学生の頃に読んだ「釣りキチ三平」が心の底にあって、それが遠い縁となって30を過ぎて奥羽の山里へ移住をしました。矢口氏が銀行員から漫画家に転身されたのも年齢的には同じ頃でしょうか。こちらに移住して1か月後の連休の頃に250ccのバイクで矢口高雄の生家を訪ねたのは既に24年前になりますね。そのあとに鳥海山まで走りました。秋田へは東京時代の時も東北ツーリングに来ていて、その時は白神山地を目指したのでした。

 

矢口書斎

アトリエの再現だそうです。今回増田町(いまは横手市に合併)の矢口氏の生家狙半内(さるはんない)地区には行きませんでしたが、目抜き道路である国道13号からの距離として車で20分弱という地理で考えますと、岩手では国道4号から20分はまず都市部と言っていいでしょう。三平が闊歩した山河は確かに奥羽の大自然に違いありませんが、ここ沢内のような地理的にも奥まった地というわけではないようです。菅総理の出身が湯沢市ですが、飲屋街もあるところで、多分狙半内からは車で30分くらいでしょうか。

今回は雫石経由で秋田空港そばのアスレチック、そして横手市近郊のまんが美術館を旅し、美術館が午後6時に閉館した後は湯沢温泉でお風呂に入って、横手市西部の「十九番」という食堂でカツ丼を食べて横手経由で帰宅しました。アスレチックで辛い思いをした娘は水族館の方が良かったと言っておりますが、中学生にもなればアスレチックは行かなくなるし、お出かけ自体もせいぜい必要な買い物に行くくらいになってしまいますね。

あとは「鬼滅の刃」を見に行きたいところですが、まずはりんどうの片づけを進めなければです。今日は雪が降っていて、昨日のうちにハウスのビニールを外して収納したことは正解でした。ハウス腰巻の地際のビニペットのところでハウス全体を留める黒紐を固定しているため、ちょっとでも積もると、滑って落ちて来た雪がこの部分に集中してたまるために、ハウスビニールを外すための第一歩の作業ができなくなってしまいます。

りんどうの出荷が昨日終わったため、昨日の夕暮れから大急ぎで作業場を出荷作業場から冬期用の農機収納小屋へとチェンジしています。

ハセもまだ組んだままですし、もう少しすればタラノキの伐採もあります。りんどう片づけはまだ1週間は絶対かかりますし、しばらく雪はご勘弁ですね。

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いつもより残念だった稲刈り

稲刈りやまなし田2020

雨が多い稲刈り期になっています。降ればりんどう出荷をやり、晴れれば稲刈りをする。複合経営ですので、雨で何もすることがないということはあり得ず、だからこそオーバーワーク気味ではありますが、自分なりの暮らしの手応えを感じつつ、限られた時間枠の中で悔いなく過ごしていきたいと願う毎日です。現在は10月になり、稲刈りと小麦播種は終わりましたので、あとはにんにく植え付けが少し残り、極晩生のりんどう2品種を出荷しているところです。

今年の稲ですが、背丈が取れず、作柄としては良い感じではありません。全国的には出来が良いような報道だし、他地域では目で見ても確かに良い感じにも見え、ここはやはり気温が低い地帯で、7月の悪天の影響も他より色濃く出たかもしれませんね。8月はこちらも天気は良くて、盛り返してくれるかと期待したのですが。。

 

稲のハウス乾燥

5アール分の稲は今年もハウスの中に掛けて雨に当たらないようにしています。今年はひとめぼれは生育が悪く、いわてっこの方がメインの出荷になりそうです。ここ10年くらいの記憶の中では、今年の出来が最も良くなくて、稲作には残念なシーズンになったと感じます。稲作は本当に地域差があり、それはつくづく実感されますね。3年に1度は冷害が、と昔から言われる地域なのですが、品種改良や温暖化(?実感はできませんが)等でちょっと忘れていた言葉でしたね。いずれ出穂期の低温はありませんでしたので、冷害ではありませんね。

 

小麦播種

稲刈りに先立って、やはり蒔く方が先ということで、小麦の播種を今年は規模を若干拡大して行いました。根雪期間が早く来て雪解けも遅いので、にんにくにしても小麦にしても早く植え付けることが大事です。通常「ごんべえ」という播種機を使って蒔くのが主流ですが、まだ所持しておらず、トラクターで耕耘した時に尾輪で付けられる溝を蒔き溝として、そこに手で播種して長靴で覆土して歩くという方式になります。

 

小麦の蒔き溝

その尾輪による蒔き溝はこんな感じです。播種した後で足跡が付いています。小麦の列の間隔が50cm程度でトラクターの耕耘幅の約1/3ですから、この間隔で尾輪の溝を付けるために、一度耕した跡も重ねながら耕耘することで、土をこなれさせるということは利点でしょう。ぬかるんでボコボコの土では良く発芽できません。通常に耕していけばロータリーの幅約150cm間隔で尾輪痕が付き、離れすぎになりますから、重ねるとその3倍の時間がかかることになり、非合理的ですね。ただ、種を蒔き終わって余ってしまった種をもう一度均等に蒔き切ってから覆土ができるという点もメリットですね。ごんべえ播種機だとその都度覆土までしてしまうので、余ってしまった種子はいったいどうすれば? あるいはもし足りなくなった場合は? とか考えてしまいます。

 

ライ麦種子

こちらはライ麦になります。数年前に一度作付けし3作くらいやりましたが、あまり注文が来なくて、需要の多い南部小麦等の作付けに畑を使って、ライ麦は休止していました。が、昨今やはり需要もあるということで、もともと私もやりたいわけですし、種子を新規入手して蒔いてしまいました。

ライ麦栽培というのは日本では確立された部門ではなくて、種子について調べても、大体が緑肥栽培用で、実を穫るのではなくてすき込んで地力増進する目的の品目というイメージです。私の場合パンにするためのライ麦栽培が目的ですし、ライ麦パンというのは特にドイツで盛んと聞きます。どうせならとドイツ製のライ麦玄麦を入手して播種しました。通販で購入できまして、写真がその玄麦です。

 

ライ麦の出芽

輸入ですから時差も生じます。今年の夏の2020年産は10月以降に届くとのことで、こちら積雪地のため早く蒔きたいと思って、昨年産の玄麦を買いました。その分発芽率は確実に落ちますが、まあどうにかこうにかそれなりの発芽を確認できて、あとはこの異国の地日本の雪国で無事冬が越せるか、が気になる点です。食用という麦で種用というわけでもなかったことも、無事芽が出るか不安材料ではありました。

ライ麦は以前の時も大丈夫だったので、多分育ってくれるのではと思いますが、昨年秋に試したスペルト小麦は全滅だったので。。去年は1mくらいしか積雪はなかったのですがね。積雪量というよりは積雪期間が重要ですから、こちらは120日以上になりますので、原種に近い野性味の強さを持った麦であるとはいえ、ヨーロッパ産のものは多湿多雪の日本海側の気候には向いていないのではないかと心配されるところです。

 

最後の蒼い風

さて、こちらですが当地西和賀町のりんどうオリジナル品種の「蒼い風」。私が移住し就農した1996年頃に普及センターの花き担当の職員を中心に開発されていた品種です。その後種苗登録もされ、秋の彼岸出荷のメイン品種として20年栽培されて来ました。当時西和賀地区はまだ合併前で、沢内村と湯田町だったわけですが、農協としては「西和賀農協」と既に一体でした(現在は広域合併して花巻農協になりました)。この西和賀地域だけで栽培されるりんどうです。

岩手は現在はりんどう栽培の日本一となっていますが、そもそもは長野県が先発でして、その長野の高名な専門家が岩手へ赴任して試験場でりんどう品種開発に携わるようになって、岩手県としての有望りんどう品種が次々と作られ栽培されて、結果日本一になった次第です。そして岩手では安代町(現・八幡平市)が1番、西和賀が2番という感じでした。現在は西和賀は高齢化による作付け減少が進んで他地域に2位の座を譲っていると思いますが、それでも20年以上2位をキープし続けることができたのは、他の岩手県内の生産者が岩手県開発品種で出荷していたのに比べ、こちらの地域では「地域オリジナル品種」を持っていて市場に出し続けることができたことによると思います。もちろん全国首位の「安代りんどう」も専門の開発職員によってオリジナル品種を多数持っていることは言うまでもありません。岩手県の試験場の役割も大きかったですが、地元で品種を持つことができる点は重要なポイントでした。

西和賀は、この「蒼い風」を先駆けに新品種の開発を進め、以後、お盆には「さわ風」、彼岸には「錦秋の風」「藍の風」、極晩生の「雪ほたる」(白)、「風雅」といった品種を中心に、時期をずらしながら生産を維持し、まずは3か月のりんどう出荷期を途切れなく地元独自の品種で栽培することができています。

この「蒼い風」は20年経って、その役割を終えたなという気がしています。葉に斑らの生理的な枯れ症状が入ってくるようになったことや、チラチラして収穫に手間がかかり、時間がかかった割には出荷の箱の数が多くないこと、短命で3回(3年)も収穫すると、翌年以降品質が低下してくること、といった感触を私は持っていて、お彼岸の品種は「錦秋の風」、そして「藍の風」の2品種で構成することにし、蒼い風は今年で収穫を終えて廃園とし、再び作付けすることはないと思っています。写真は最後の収穫日の姿です。私はここ西和賀地域に移住した最初の年から、農業改良普及センターで冬期に土壌の分析のアルバイトを長くやっていて、この蒼い風開発者とも同じ職場で2冬8か月でしたか職場を共にしました。新品種の開発というのは時間がかかる作業で、根気のいる職人的な手仕事です。りんどうが好きでそういう作業が向いているとも自覚された方でしたし、私も愛着を持って栽培していましたが、ついにお別れをする時が来たようです(その担当した職員さんはもちろん県職員として「蒼い風」完成後、他の地域に赴任され、当地からは離れておられます)。

「品種」が年をとるというのはよくあることで、F1なので掛け合わせをする親株がありますが、雄雌両方ともに老化していきますし、その親株自体は培養等で同一の命を継いでいくわけですが(種だともちろん性質がばらけるので)、20年も経てば最初の頃の勢いが衰えてきて、やはり永遠のものではなくなるのです。県品種で「アルビレオ」という好きな品種がありましたが、これも親株の老化で供給が終了しました。

りんどう出荷の1つの期間を複数の2品種で構成することは、その分出荷時期がなだらかになることで、市場の需要期にそれとなく合わせていけることになります。1品種だと出荷ピークが狭い期間になり、ここで安い時期にぶつかったりすると、残念なことになりますから。。作業1人で10アールのお彼岸用出荷をするなら、1品種で10アールにして出荷ピーク時に過重労働になるよりは、5アールずつ2品種にした方が、ピークがなだらかになる分、日々の労働時間も安定する、ということも大きい理由です。

今年はりんどうは良い市場価格を維持しています。市場の反応としてりんどうに「品薄感があって」という言い方がされたりしていますが、そういう話を聞くと、値段が良いなら作付けしよう、ということになり、今度は過剰になって価格を下げる。そんなくり返しになっているのではないでしょうか。菊とかりんどうとかは施設栽培(ハウス)の花栽培に比べ、面積が広い露地栽培ですから、少人数でやるには辛い品目です。しかもりんどうは植え付けた年は収穫にはならず、翌2年目も遠慮しながら採らなければその後の寿命を短くしてしまう。その後良いところ3年も取ればその後は老化して質も量も下がり、廃園して水稲に戻し、3年以上水田にしてからまたりんどう作付けをする。こういう感じですので一般には取り組みにくい。田んぼをやっていないと出来ませんしね。出荷ピーク時には夜なべ夜なべの日々が続きますし、私らから見ると、ハウスで高単価の花を栽培する方が始めやすいし「楽」に見えますね。

りんどうをやめて山菜栽培が微妙に増えて来ている当地ですが、なかなか山菜ではお小遣いを超えて家計を支える屋台骨品目になりません。かつて地元の優れた大規模の農家の方が語ったことがありました。「沢内は寒くて春が遅く秋も短いので、なかなか実をならせるところまでは時間が足りない。その前段階の花ならちょうど良い」。これは葉や芽である山菜にも当てはまることですが、いずれ注文を待って個人に直接出荷する方式の当園のお米などは簡単に面積を増やせないのに比べ、市場出荷する品目ならば頑張って出した箱の数だけ、所得になります。頑張った夜なべはその分成果になるので、頑張れるし、過剰な働きもしなければなかなか家計を支えることができないですね。

新型コロナでステイホームと言われますが、われわれ農家はその生活は全く変わらずステイホームの中で去年と同じように朝から夜まで働き続けています。日々の暮らし方は変わらなくとも経営上はいろいろ影響を受けるでしょうし、花でもイベント関連需要の百合などは打撃を受けているはずです。幸いなことに、りんどうは家庭利用が多い品目かもしれません。まだ2品種残っていますし、あと3週間後には出荷は終わっています。まずは目の前のりんどうと稲刈り稲扱きを終わらせて、ホッと一息つきたいものです。

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秋作業本番です

秋彼岸ピーク時

毎年1番の繁忙期が9月になります。切り花りんどうの秋彼岸需要期の出荷が大きな仕事量になるのですが、その出荷ピークが始まる前に、追い立てられるように最終の草刈り(畦畔と農道)、新植したりんどうの草取り(結構大変な作業)、にんにくの畑作り(施肥・耕耘・畝立て・マルチ張り)を済ませ、間髪を入れずりんどうの大量出荷がやってきます。地元民放ラジオを聞いていると、りんどう農家から「眠い」「あと少しの頑張りだ」といった投稿が読まれ、みんな頑張っているから自分も負けられないみたいな気持ちにさせられますね。

秋の品種の方が、お盆のりんどうよりも株のボリュームがあって、面積当たりの出荷本数も多く、限られた時間でいかに数をこなすかが決め手になります。葉先枯れ、葉全般の枯れ症状とか、老花、ネット管理不十分による出荷できない曲がり、病害虫被害、などがあれば、手を加えて除去したりする時間もかかり、全体の質が悪ければ出荷本数も減ります。この出荷時において、これまで半年の管理作業が全て集約されていて、何のためらいもなくスムーズに選別台に並べ、5段、4段、3段、2段とよどみなくに作業が流れて行くのがプロの仕事ですね。今日のいまのこの作業が、こういう結果に直結する、という手応えを実感しつつ農作業を進めてきたか、ただ漫然のマニュアルお通りにやるべきとされていることをやった(つもりになっている)か、といった点は全て出荷時に現れてきますね。

毎年必ず失敗があります。今年はどうしようもない7月の長雨がありました。やはり畝の根域に湿害が出て、葉にまだらの枯れ症状が発生したほ場もありました。春先から入念に田(りんどう畑)の排水の側にしっかりとした明渠を掘り(30cmとか気合いを入れて)、対策していたら起きなかったかもしれません。来年の課題です。定植時に深く掘ることも必要ですし、欲張らないで溝付け用に排水側の土の余白をしっかり取って畝作りすることも意識すべきですね。一度畝作りすると6年間そのままなので。。一番理想なのは弾丸暗渠等を施すことですが、莫大な費用がかかるそうで。。

今年花き栽培で心配されたのは新型コロナによる需要減、ということでしたが、結果的にはお盆の市場価格はまずまずで(盆需要直前の7月最終週の下落はひどくて、出荷を見合わせるほどでしたが)、お盆後と彼岸の間の谷間の時期も価格は維持していました。今回9月の彼岸需要期の価格は総じて高く、おととい18日金曜日のセリは彼岸需要期最大の仕入れピークの市場だったのですが、いままでにない高価格が付きました。反面、この後の極晩品種の価格が反動で逆に心配になりますが。。

 

にんにく植え付け2020

こちらはにんにく植え付けの様子です。ホワイト六片は休眠が浅く9月になったら植え付けをします。当地は気温の低い寒冷地である上に、根雪が早く訪れることから、遅く植えてしまうと結果的に小さいものばかりになってしまいます。ましてや有機質のみでの栽培ですし、日本一積雪期間が長いと言われている地方です。今年は9月9日に、有志の方々が集まって植え付けを手伝ってくれました。本当にありがたいことです。

カケラに割る作業がまず前半の大きな作業で、作業場で座ってする作業ですが、次いで畑に出て、棒で植え穴を開ける人、カケラをマルチの穴に合わせて4個ずつ配って歩く人、穴に植えて行く人、そして私が鍬で通路の土を畝に掘り上げ、最後にそれを手で植え穴にならして入れ覆土をする作業、に分担されます。左畝は手前は土を載せるところまで進んだ段階。覆土した後も土はマルチの上に残るようにして、雪が降る前に米ぬかをマルチ全体に散布して、この土と混ぜ合わさって春先に植え穴に入って追肥効果になってくれればと思っています。そういうことをしない慣行のにんにく栽培でも土はマルチ状に覆いかぶさった状態にしているようです。りんどうとかでも同じですが、芽が出た苗とかがビニールマルチで保温された暑い空気にさらされないように、マルチを床土と密着させることが大事みたいですね。

全体の7割がホワイト六片なので、これが片付くだけでも気持ちはずいぶん楽です。

 

にんにく植えランチ

昼食は敷地内の栗の木の木陰で。当園の小麦を買っていただいて、この植え付け会に合わせて玄麦を引き取りに来てくださった秋田市近郊のパン屋さん「薪窯ベーカーカボチャ」さんと潟上市の農家「ファームガーデンたそがれ」のお二方と、岩手県内から大迫、花巻、北上の農家関係あるいは農に近い気持ちの消費者の方々が集っていただいて、相互の交流の時間も取れて、楽しいひと時でした。

 

カボチャのパン

「カボチャ」さんが当園の南部小麦で作って持ってきてくださったずっしりと重いパンです。カンパーニュと言うのでしょうか。南部小麦の頭文字「N」が刻まれています。秋田ではあまり南部小麦は作付けされていないようですが、この品種を気に入っていただけて嬉しく思います。

ちょうどいま小麦の播種準備をしています。種まきは「ごんべえ」という知られた播種機を使う方が多いのですが、私はまだ使ったことがなく、確かに植え付けから覆土まで一気に終わってしまうので便利とは思います。ただ、経験がないせいですが、準備した播種量をぴったりと使い切りたく、そのまま蒔かれた種を見るとこなく覆土が済んでしまうのは不安な気もしますね。時間はかかりますが、トラクターの尾輪で蒔き溝を付けつつ耕耘していくというやり方を今年まではやっています。来年こそはごんべえ導入にしましょうか。。

 

ゴハンヤmeetsランチ

手伝ってくださった皆さんに用意したお昼の弁当です。昨年秋に西和賀町内湯本地区にオープンした「ゴハンヤmeets」さんにお願いしました。インスタグラムでのやりとりということで、おそるおそるアプリを使って送信し、すぐに返事も来て、注文できました。メニュー写真の中に「山賊焼き」の文字が見えたので、長野県には縁もあるし、実際美味しいので、山賊焼きのメニューにしていただきました。山賊焼きは鶏肉の唐揚げと同じですが、1枚の大きい肉を揚げて切って食べる形です。にんにくと生姜の両方が漬け込みダレに入っていることも必須条件と思います。うちでは普通に唐揚げを作るときもにんにくと生姜の両方を使います。みなさんそうされているかとは思いますが。

いずれ美味しいし、人気店です。町外の参加者もゴハンヤのことを知っていました。今度は店舗で食べたいと思います。が、地元で食堂に行く機会というのはそうそうないんですよね。。

 

大ケ生1

ちょっと時間は遡りますが、8月23日の日曜日に、閉伊川に釣りに行きました。指導してくれる方と午後からの待ち合わせでしたので、午前に花巻方面へ出かけました。いま当地沢内と花巻を結ぶ「なめとこライン」は土砂崩れの工事で通行止めになっていますが、日曜と祝日のみは工事を休むため通行できるということです。それで日曜日でしたし、中3の息子となめとこラインで花巻へ行き、花巻市の博物館で原爆展を開催していたのを見ました。息子も何らかのことを感じ取ったでしょう。

次いで、閉伊川を目指す途中の盛岡市の大ケ生(おおがゆう)という地区にある廃坑になった坑道を見学して来ました。前に紫波町の洞窟を探索しましたが、この時と同じくIBCラジオでレポートしていて知ったのでした。ここが坑道の入り口です。案内の方が詳しい方の妹さんということで、照明の付け方がわからないということで、携帯の照明を頼りに進んで行きました。

 

大ケ生2

「萬寿坑」という坑道跡になりますが、これが入ってすぐの地点から奥を見た様子です。通行できるのは100mくらいだったでしょうか。とても涼しく、また脇には冷たい流水が奥から湧き出て流れておりました。この水を使って水路下流の方ではクレソンを栽培しているそうです。

 

大ケ生3

萬寿坑入り口近くの小屋に資料展示がありました。金が採れたらしいですね。ここはやや山に入ったところですが、平地まで降りた紫波町の辺りには精錬所もあったそうです。

 

大ケ生4

金が採れたのは昔の話です。。

 

大ケ生5

概要の説明文です。こういうのを撮影した際にはまっすぐ正面からは撮れず歪みが出るのですが、Photoshopでは自由変形という機能があって、まっすぐに修正することができ、こういう時に便利です。

 

閉伊川の釣り

さて午後から閉伊川で渓流釣りをしました。ベテラン釣り師の佐々木さんに指導を受けました。前にうちに来訪していただいた時、家の前で簡単なアドバイスでその場ですぐに息子がイワナ(ヤマメだったか)を釣り上げました。この方は盛岡市在住ですが、出身がこの閉伊川のある川井(いまは宮古市)で、私よりは若いのですが幼い頃から山の暮らしの知恵、技術を受け継いで来られた方で、山仕事をしている人から実地に習った釣りの技を備えていらして、それを私や息子に伝授していただいたのでした。ネットや本での知識というのは実際釣り場では使えないことが多く、使えないというよりは自分が真に会得していないということなんですが、こうして直接に教えられるということが、とても大事だと思います。岩手で育ったといっても皆が皆その地方の深い生きる術とか技とかを備えているわけではありません。家系は早池峰の神社の神職の系統にもつながるそうで、古くは山伏としての血筋でいらっしゃるとのこと。そういうことを代々「家」の習わしとして受け継いで来た。釣りの技を含めそうした山暮らしのベーシックな部分をいま現在はあまり求められることはなくなってきていて、われわれがそうした実践的な伝統文化というのでしょうか、それに興味を持っているために、伝授をしてくれる気持ちになってもらえたのだと思っております。

この方が実際にどんな身のこなしで魚を釣り上げるかは、まだ見ておりません。いつかこの奥羽の山里でもその技を披露していただけたらと願ってやみません。

お盆の安比八幡平と、この花巻から閉伊川への旅で夏は終わり、いまは秋めいた気候の中、またぐずついた気候が続いていますが、小麦播種、稲刈り、にんにく残りの八木・八幡平の植え付けをすませつつ、まだもう2品種残るりんどう極晩成品種の出荷を無事終えたいところです。去年は10月に突風で車庫が飛ばされる被害もありました。まだまだ台風シーズン中ですし、これから稲もハセに掛けるわけで、脱穀無事終了まであと1か月ちょっとですが頑張りたいと思います。