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夏の収穫期です

和賀岳山頂

沢内も真夏です。去年よりは暑さは控えめに感じられますが、今年は湿度が高いですね。今年は西和賀の盟主「和賀岳」への登頂からこの夏がスタートしました。地元で暮らしていると登山のこと、西和賀最高峰である和賀岳のことにことさらに興味を持つ人はほとんどありません。春先など雪をかぶって綺麗に見える日もあって、そういう時に綺麗だねという会話はありますが、登る山としてはあまり意識されていませんね。

でも自分にとっては和賀岳はやはり登頂しなければならない山、でした。長野にいた時から山登りは好きでしたし、一度、声がかかって1999年7月に近所の人たちと登っています。ただその日はガスっていて、コケ平から先は何も見えず、しかも登山の最中の記憶というのがほとんどないのです。99年は入植して3年目。無我夢中で農業に立ち向かっていた、まだほんの入り口の段階で、その後子育てとかの時期も含めて長い長い正念場が続きました。その中で和賀岳登山の記憶も埋もれていってしまったのでしょう。レジャーどころではない、というのが実際の心持ちでしたね。子どもたちを連れて行く目的での海や山はありましたけど。。

再び登山に目が向き始めたのは、子どもたちが大きくなって、親と休日で出かけるということがなくなってきてからですね。いまは上の子どもたちのいる仙台や山形へも行きますが、それにプラスして、年に2度3度といったペースで登山に向き合うことができるようになりました。農業の状況についてもただがむしゃらに日々過ごしていた段階から、時々休みも入れながらバランスを取っていけるような段階に至ることができたのかなという気がしています。5日働いて2日休む人たちには到底敵いませんが、10日働いて1日出かける(買い物や用足し、研修会、映画を観るなども含め)という感じになればと思います。

事業主というのはそういうもんだと思います。農業に限らず、ごく一部の成功者?はともかく、大多数が日々仕事のことで頭がいっぱいになって暮らしていると思いますね。。だからこそ、余計にレジャーの時間をとって心身のバランスを整えることも必要ということでしょうか。

 

和賀岳山頂から田沢湖方面

それでこの和賀岳への現時点の状況下での再挑戦になりました。岩手山よりきついよという声も多い厳しい登山になります。登って降りて、渡渉してまた登って、しかも直登のルートです。いまのうちに行っておかないと、そのうち体力不足になるのでは、という心配もよぎりました。そうして、6月28日(日)、和賀岳登山ガイドさんや県内外の登山者に混じって、トライしてきたのでした。

最初の写真は山頂の祠がある場所、2枚目はそこから見える田沢湖の方面です。田沢湖も見えていますが、田沢湖から和賀岳が見つかるとは思えないですよね。。

 

和賀岳渡渉

渡渉のことは2度目だし深く考えてなくて、ちょっと失敗でした。みんなサンダルを持って来てました(ここに置いて行きます)。私は裸足で、しかも登山靴を両手で持っての渡渉になり、もう滑って滑って、あわやドボンになるかの瀬戸際の歩きになりました。わざわざ持参してる登山ポールをザックに付けて登山靴を持って裸足で川を横切る、というのは考えてみたらバカな行為でした。帰りはそうでなく、登山靴をザックに入れて、ポールを使って渡渉したので、難なく渡り切ることができました。1999年の時はポールなどまだ登場してないし裸足で登山靴を手に持って、でしたけど、ここまで滑りそうにならなかったと思ったんですがね。。

同行した皆さんにとっては、いろんな山の一つとしてここ奥羽の山深い和賀岳を選んで登りに来てくれて、景色や雰囲気を楽しもうということでしょうが、私にとってはこの日は景色や花を見るためではなく、己れの中の和賀岳をいう巨人を克服するという課題に立ち向かった日、なのでした。同じように、学生の頃からずっと畏怖の念というか不安や恐怖を克服しなければ、と感じていた場所があり、それは北アルプス槍と穂高の間の「大キレット」で、いまも心の中で重く立ちはだかっています。これはもう克服しようがないですね。冬に寒天作りで茅野市内や霧ヶ峰から大キレットを眺めるので余計そう感じるのですが、冬ですからね。ただ遠くから眺めるだけ。永遠に到達できない領域です。

 

ニッコウキスゲ

コケ平まで来ると、まず安心です。ここではお花畑が広がり、ニッコウキスゲが咲き始めておりました。ここは和賀岳登山の大きな目標場所で、みんなここに期待をして向かうのですが、前回99年は何も見えませんで記憶もなし。なお、秋田の方から登って来る人は、和賀岳を越えてこのコケ平までは来ないでしょうから、岩手側登山者の特権ですね。

こうして、改めて登ったことで、もし次にトライすることがあれば単独でも臨むことはできるでしょう。ただ、特に平日とかに行けば、山頂の秋田側からの登頂者も含め、誰にも会わない可能性も大きく、それはそれでちょっと心細いかもですね。熊だってウヨウヨいるはずです。今回のようにグループであればいろいろ喋ったりしながらですので(私はただ黙々でしたけど)、向こうから気づいて避けてくれるでしょうけどね。

 

ウスユキソウ?

こちらは早池峰で見たのと似ていて、ウスユキソウなんでしょうね。粉をまぶした感じはなかったですね。また、りんどうはありませんでした。産地なんですがね。。

 

山ゆり

そんなこんなで登山は終わりました。こちらはりんどう畑のそばの山ゆりです。夏の到来ですね。りんどうの出荷シーズンの始まりです。

 

りんどう出荷

お盆りんどうの激しい10日間が始まり、夜中までの作業が続きました。今期最高の24箱出し切った8月10日の朝です。残念なことに、この最大出荷日のりんどうのセリは8月12日ですが、台風やら、あと最大の花屋さんの仕入れ日が終わった後だったので、価格は下落してしまいました。。8月10日月曜日のセリが最高単価をつけていましたので、農家の出荷日としては8月8日出しにピークが来る、あるいはその直前の7日(金)や5日(水)の市場にしっかり出せた人はラッキーだったでしょう。当園は約3日遅れたかな、という感じでしたね。仕方のないことですが。。

りんどう開花は残雪が遅いことでも遅れるし、開花直前の高温に当たっても遅れる。市場や花屋さんは8月10日にはお盆販売用の全在庫を確保したい、そのあとはもういらない、が基本です。天気が良ければお墓参りももっと盛んになり花屋さんも追加で10日以降のセリで仕入れたくもなったでしょうが、台風も来ました。いつもこの時期には南の方に台風が漂っています。それがお盆の時期に大都市圏へ来るよということになると、花屋さん仲卸さんは、ああ今回は墓参りの人少ないな、と予感して買い控えが起きる。もう十分仕入れたしね。セリはボタンを押すんでしょうか。その手に力が入らず、値段が下がります。今年はまさにその典型でしたね。いつもお盆や彼岸には私も台風には注意しています。今回沖縄から九州へ進み熊本への影響が心配された13号に気を取られていたうちに、東から急に15号?が突然にやってきた。エヴァの使徒みたいですよね。意表をついて現れて、え、という感じ。。その名残の影響とかもあったのでしょうか、千葉県での大雨のニュースがありました。熊本の方々にもですが、お見舞いを申し上げます。千葉では車から出られなくて溺れて命を落としてしまう。想像しただけで本当に恐ろしいことです。そういう危険が日常の中で突然発生する怖さを自覚しなければと思います。

本当にこのような大地震や豪雨による災害が日常になってしまったんですね。8月1日頃、岩手の県南部で豪雨があり、西和賀町でも花巻へ向かう「なめとこライン」が土砂崩れに遭い、また北上線ほっとゆだ駅から横手へ向かう途中が線路の地盤の土砂崩れで不通になっています。なめとこラインは割と使うし来週も通る予定があったのですが、残念です。

 

最上赤

りんどうが始まる前に、7月はにんにくと小麦の収穫がありました。この2つの作業を終え、農道畦畔の2回目の草刈りを終え、りんどうの草取りと芽かきを完了しておかないとりんどうの出荷を迎えることができません。もちろん田の除草もそうです。今年のにんにく収穫時は好天が続き、収穫期としては最高の環境でした。今年やや量がまとまってきた「最上赤」です。既に多めのご注文をいただいていて、在庫は僅かになり新規のご注文には応えることができません。またこの系統は小ぶりでしたのが少し残念です。

 

富良野(美瑛)

他方、こちらは最上赤と同時に増殖を始めた「富良野」(美瑛)ですが、こっちは比較的大玉になりましたですね。不思議です。ホワイト六片と八幡平は各地域ごとに系統があり、それぞれ5つくらいの系統を混ざらないように植え付けし、収穫時からきっちり分けて保管して次の植え付けをしています。下位系統が存在するとはいえ、特徴はホワイト六片や八幡平の性質なので、いろいろ取り混ぜて出荷していますが。八木やこの最上赤とかは下位の系統はありません。

また、今年は南郷ピンクと上海太倉という2種を試験的に植えており、来年以降はもっと増やしていけそうです。上海は当然ですが、南郷ピンクという青森の南郷村に在来したにんにくですが、これも暖地系らしいです。当園ではにんにく栽培は生長点培養でウイルスやセンチュウの心配がないにんにくの由来のみを植え付けて栽培しておりますが、その供給元であるにんにく研究家の山下氏のおすすめで、味が良いとのことです。ピンク系なんで、ホワイト六片とも違います。ホワイト六片産地のど真ん中にこういう品種がひそかに存在してたんですね。

 

にんにくの芽

八幡平といえば、トウ立ちが100%で、美味しいにんにくの芽が採れます。収穫2週間前くらいの時期ですが、これを摘んでやらないとにんにくが小さくなってしまいます。芽を摘んで食べる、6月下旬の楽しみです。油をやや多めに、塩味で炒めれば美味しいですね。

 

ソルガム蒔き直し

にんにくも現在は15種類くらいの分類があり、きちんと分別して作付け管理していかなくてはいけません。先に触れたホワイト六片等の下位系統も、味の違いこそわかりませんが、その年の気象の影響で成績がはっきり異なります。この2026年産では紫波や大野の系統(岩手系)や奥南と言われる系統は小さく、欠株も多く、昔からある元祖福地系は良くできました。違いというのは味や見た目より、その年の出来不出来で現れます。

去年は緑肥のソルガムをトラクターですき込んですぐに畝立て作業を行って、ビニールマルチを張って植え付けをしましたが、ソルガムが地中でゴワゴワして綺麗な畝ができなかったし、植え付けたにんにくにそのソルガムの腐熟過程で何らかの影響があって、それが場所により現れたり現れなかったりして大小あるいは欠植等の出来具合に作用したのかな、とも思います。「すき込み」の功罪かもしれません。

にんにく栽培法は、この秋から大きく変わります。毎年畝立てをしてビニールマルチを張るという方法は終わりにしました。

にんにく収穫後に畝を壊さずに緑肥のソルガム播種&覆土を行い、発芽した状態が上の写真です。当初、にんにく収穫後、計画通りすぐにソルガムをそのまま畝上に播種し、通路の土を管理機で畝上に飛ばして覆土にしようと試みました。しかし乾燥が続いたこともあり通路の土は硬く、十分に上へ飛ばなかったこと、畝上にはにんにく生育時からの雑草がそのまま残っていたこと、もあって、さらにしばらくの降雨なし状態が続いたことで、発芽しませんでした。AIの蒔き直しした方が良いとの意見を聞き入れて、Amazonですぐに注文し、翌日夕方に種が到着後すぐに播種し、そしてトラクターを乗り入れ、畝を跨いでタイヤは通路を進みながらごくごく浅くロータリーで畝を掻き回して覆土をしました。その際に雑草もすき込めて、播種作業としては成功したと言って良い結果でした。そして写真のごとくに無事発芽し、畝の高さも壊れずに残っております。この2度目の播種はギリギリのタイミングでして、播種&覆土した翌日から梅雨が本格化して、発芽には大変助かりましたし、逆に今回トラクターでベストの状態で乾燥した細かい覆土耕耘をできたことは1日遅れれば無理だったことでしょう。Amazonに助けられましたね。

ここが当園のにんにく圃場の第2章の幕開けになりました。昨年までのように小麦畑と輪作にすることで小麦→耕耘→緑肥播種とそのすき込み→畝立てとマルチ張りという工程を取りやめて、にんにく畝は永久固定として、ここににんにくとソルガムの輪作を畝を壊さずに行い、そして生育したソルガムは草刈り機で刈り倒してこの畝の上に敷くリビングマルチになります。ビニールマルチをネガティブに感じ始めたのは、晩秋に米ぬかを畝上に散布する時でした。ビニールマルチの上に米ぬかをかけても意味はありません。そのため昨年は11月にマルチを剥いでから米ぬかを散布しました。今度の秋はもうそういうことはありません。刈り敷きした緑肥の上から米ぬかを散布すれば良いことです。その前に初秋のりん片植え付けがありますが、敷いたソルガムの隙間からマルチ穴関係なく植えていけば良いです。ソルガムの残った抜根を避けながらですね。

緑肥を育ててすき込むというやり方が一般的ですが、それで土壌が柔らかく改善されていくわけではありません。自然農の方々が思っていらっしゃるように、耕耘は土を硬くすると私も感じます。毎年緑肥を畝上で育てて刈り敷きを続けていけば、土は柔らかくなっていくはずです。現にこの方式を私が習った当の山下氏の畑は土が柔らかいです。特に今年のように収穫期に好天が続くと、土が硬くてにんにくの収穫抜き取りにスコップの補助なしでは済まないくらいでした。そうした面も改善されることを期待しています。また、刈り敷きの場合、すき込みと違って腐熟期間は植え付けができない、という心配がありません。せいいっぱい緑肥を生育させ、刈り敷きした直後にすぐに植え付けは可能です。そもそも当地はにんにくの収穫期が同じ岩手の他地域よりも遅く、また根雪が始まるのが早いため植え付けは早くする必要があり、結果的に緑肥に与えられる期間は短いということになります。特に小麦→にんにくの繰り返しにしていると、小麦はにんにくより後に収穫するために、小麦収穫後のにんにく用緑肥(ソルガム等)に与えられる生育期間はもっと短くなります。トラクターで掘って畝を壊し、また別途小麦跡地を掘って畝立てしマルチを張る。作業としても大変面倒です。それがなくなることの省力化のメリットも大きいですね。また緑肥はソルガムを中心に据えながら、来年はマメ科のクロタラリア(小麦で使用)も混植し、地力チッソの効果も得たいと思います。

この方式はまたこれからのことですし、随時経過を示していきたいと思います。

 

 

アリーナと箱罠

さて、大変だったのが、小麦です。獣害に遭い、かなりの減収になりました。去年は30アール強という面積で多く穫れたのですが、注文が少なくて、かつお米の注文が多くて穫れ高以上に寄せられたこともあって、小麦から水稲へ転換し小麦面積は少なめにしました。これが獣によりさらなる減収となって、今年の小麦の成績は良くありません。既に注文も入っておりますので、新規の注文は南部小麦、アリーナともに受注を終了しております。

ハンターの人にお願いして箱罠を設置してもらいました。しかし警戒してか捕まることはなく空振りの状態で結局収穫になりました。熊かイノシシかで迷いましたが、現場の足跡からイノシシだったろうと結論づけました。イノシシ特有の掘り起こしたような形跡がなかったので熊かなあとも悩みましたが、根菜じゃないし、掘り返す必要もないですよね。また、イノシシだったら暗い罠の中には警戒して入っていかないだろうという声も聞いてましたので、やはり熊用の罠じゃダメだった、イノシシだった、ということですかね。

しかも私の個人的経験ですが、熊は人の作物に対して、あるいは自然の植物に対してもでしょう、壊滅的な搾取ということをしない気がします。少しずつ、遠慮がちに、次回の文もちゃんと残していただく。そういう本能を持っているのではないだろうか。イノシシにはそうした奥ゆかしさはない気がします。

 

タラノキ園最近の植え付け地

夏のタラノキ園地の様子です。7月25日の写真ですが、左上から右にかけて、去年のヒコバエ定植・この春に定植したヒコバエ・6月25日に播種して1か月経過したソルガム、です。成木になっているところはもう中に入っていけなくなっていますが(無理に入ると痛い)、タラノキのまだ小さめのエリアなどでは通路部分の雑草がタラノキ畝に押し寄せてきたりするため、園地を囲む畦畔部分のみならず、各通路の草刈りも必要で、お盆りんどうが終わったいま、彼岸りんどうが始まるまでにやっておかなくてはならない作業です。

 

モミジイチゴ

さて、当園ではベリー系の植樹も進めていあるのですが、野いちごの中で最も期待している系統がモミジイチゴです。6月下旬の実のなった時です。見ているだけで嬉しくなり、美しくもあります。母熊が子離れする時に、子熊がイチゴに夢中になっているうちにそっとその場を離れて行くという話がありますが、それが多分このモミジイチゴでしょう。熊に知られないことを願うばかりです。

 

エビガライチゴ

他方、こちらも味の良い「エビガライチゴ」で、今年初めて実がなりました。

 

啄木賢治青春館

7月はちょっと一息入れられる時期でもあり、にんにくと小麦の収穫が終わったタイミングでちょうど開催された古楽器のコンサートに出かけてきました。7月16日、場所は盛岡市の啄木賢治青春館の喫茶コーナーです。とても暑い日で、30度は軽く超えていました。沢内ではここまでは上がらないと思う暑さでしたね。

 

チェンバロ

チェンバロの生演奏は初めてです。チェンバロの音色は好きなんですよ。大学時代、松本のアパートで、バッハのイギリス組曲やフランス組曲をよく聴いていましたね。郷愁感があるといいますか、ブルックナーなどの壮大さとは違った、ほっと心安らぐ気持ちになれて、よくローソクを灯したりしながら聴いてました。暗くして聴く夜の曲というイメージでしたし、黄金の音色、ですね。

 

カンパン

余談ですが、深夜2時まで続いた今年のりんどう激戦期間ですが、パワーを与えてくれたのはカンパンと焼酎です。夜は食事など挟まずにぶっ通しで作業しますので、お腹も空きますね。カンパンを齧りながら焼酎で今年もやり切りました。なぜか金平糖が入ってました。カンパンを買いに行く暇などありませんので、これもAmazonに頼りました。。

 

オンカン

りんどう夜なべ作業には音楽も必要です。作業場には6個の蛍光灯が付いてますが、りんどうを選別する手元の真上にはさらに蛍光灯を一つ割と低めにして吊るしています。これは作業場ができた後になって取り付けたわけですが、取り付けたLEDの蛍光灯ではラジオにノイズが激しく入り、使い物になりません。LEDでない蛍光灯を探して、電気屋さんから「ラピッド型」というタイプのものをもらったのですが、これでもやはりやや弱めですが雑音が入る。雑音が入らないのは完全にグロー式というグロー球で点灯させるタイプです。グロー式の蛍光灯は近所の人から手に入れることができました。しかし、スイッチである「ダルマスイッチ」(卵形の形状の中に棒が貫かれていて、片方から他方へ押すとオンに、逆に押すとオフになるという昭和のスイッチです)が壊れてしまい、現在メルカリ等で探しているのですが、とっくに生産終了になっているものなので、そう簡単には見つかりません。で、やむなく雑音が混じるラピッド型を使ってるのですが、これを吊るすためのチェーンと結合させる「オンカン」という装置がなかなか見つからず、大型のホームセンターにも電気工事屋さんにもない。しょうがなく通販で得たのが写真の器具です。これを蛍光灯の上側に空いた穴に嵌め込んで、天井に丈夫なねじ込み式のフックを付けそこから垂らしたチェーンの先端をオンカンの三角の部分に装着するという感じです。

非LED蛍光灯は来年2027年に製造中止になります。家には9基の旧型のグロー式蛍光灯があるため、その蛍光ランプとグロー級の予備を仕入れておきました。あとはダルマスイッチさえ手に入れば完全な無ノイズ状態でラジオが聴けます。それまではラジコとブルートゥーススピーカーで我慢するしかないですね。FMなども、iPhone7で使ってたライトニング→オーディオAUX端子用2又プラグコードがあったので、いまはミュージックアプリとラジオのアプリ(ラジコとらじるらじる)専用機になったこの7でオーディオに繋いでアンプとスピーカーの音色を楽しんでいます。苦肉の策です。雑音はないので。。

何よりダルマスイッチがほしいです。見かけた方はどうかご一報ください。手に入った時にはすぐそれを取り付けて味わいのあるスイッチで操作したいのです。ノイズから解放されてスマホじゃなくAM/FMラジオのオーディオサウンドを味わいたい、という目的ならではの悩ましさです。

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田植えが終わり除草管理の時期に

飯豊朝日連峰

5月の連休からも時間が経ってしまってますが、いまは6月半ば。植え付けの時期が終わって草取りなどの管理の日々です。作業品方山のことも想起します。東北の山も良いですね。。連休が終わった直後になりますが、足慣らしに山形市郊外の白鷹山に登ってきました。5時間くらい歩いたでしょうか。新緑が綺麗で、人もいなくて、ここは白鷹山から足を伸ばしたレーダー雨雪量計のある地点から開けた光景が望めました。左に飯豊連峰が遠望、右側は正面に当たる朝日連峰になります。我々の住む和賀山塊も奥羽の中心域で奥深いですが、この辺り、新潟との県境付近の山域も重厚です。和賀岳に比べ登山者が多いことは単独行にとってはありがたいことです。和賀岳はさすがに一人ではいけませんね。。

 

亀の尾田植え

今年は例年より1週間早く田植えが始まりました。前代未聞の5月17日スタートになりました。亀の尾はとにかくオクテの品種ですから、早く植えるに越したことはありません。自種だしヒエも混ざったりしてますが、とにかくこの時期は、前へ次へ、ひたすら目の前の作業を片付けていく、まさに春の繁忙期になります。

 

除草機2026年

いまどきはアイガモロボで初期抑草をして後半は田植え機に取り付けた株間除草機で走行する、というところでしょうが、当園はまだそこまでいきません。ひたすら旧来型の条間の除草機で作業しています。今日のこの田はササシグレ13アール。ヒエやコナギも見えていますので、左右に揺さぶって下部に激しく接近し、または乗り上げて、株直近の雑草を掻き取りたい一心です。1時間半かけて完了ですが、まあ、疲れますよね。今度和賀岳へ登る計画があるので、トレーニングだと思いたい。この6月の頑張りで収量が決まります。中干しまであと2週間です。この間最低でもあと2巡したいところですね。。

なお、現在のお米は、新米時のお取り置きの予約で完売していて、カートは閉鎖した状態です。このようなやり方で、新米時に明確にお取り置きを言ってくださらなかった方や新規の方もお断りする格好になっていて、これで良かったのかなと思い悩んだりします。その時々の在庫量を明示しながら、自然なご注文で在庫がなくなっていく方が、カートも動いてますし、良いのかなと反省しています。今後は特定の方の大量のご注文というのもないと思いますし、注文が多い人、少ない人がいるのは自然で、かえってどれくらい消費するかをあらかじめ募るようなやり方に疑問を感じていますのが正直な本音です。まずは、しっかりと量を穫ることがいまの課題ですね。

 

南部小麦6月14日

 

そして6月の声とともに小麦は出穂期を迎えまています。6月14日の南部小麦です。アリーナも含め順調に育っています。盛夏の休耕期間にマメ科のクロタラリアを栽培し、次の小麦播種に合わせてすき込んで地力増進を図っていますが、数年経ってその効果がじんわりと現われ出てきています。補助的にまだ鶏糞を施用したりもしますが、アリーナの去年かなり背丈が伸びた圃場では無肥料としましたし、そのうち小麦分野も稲と同じくすべて無肥料栽培で成果が上がるのではと期待しています。雪腐れ対策の面でも、地力がしっかり備わっていることと、小麦→マメ→小麦という輪作スタイルが功を奏しているように感じています。

収穫・乾燥が終わって8月の中頃には雫石の老舗の製粉所に南部・アリーナともに製粉委託します。製粉はある程度まとまった量で出さなければならないので、少量ずつ注文ごとに何度もということはできません。この収穫時の1回の委託で1年間分を確保しますので、もしご予定がございます時はこれから収穫時期頃までにご連絡あるいはご注文としてでもお受けできたらありがたく思います(多少はご注文分+アルファで製粉委託はいたします)。

 

6月のルバーブ畑

数年前から栽培している赤いルバーブも良い感じです。パイプで抑えている箇所は雪解け直後にその左奥側の列のルバーブを掘り起こして分割し株分けして新植した2列です。マルチではなく抑草シートに穴を開けて草対策と乾燥防止を行っています。

赤いルバーブはその茎の販売も視野に入れてはいますが、クール便にしなくてはダメかなとか、まだ経験がなく、分量や価格とかも調査してしてみなければですね。いま近所の加工所「味工房かたくり」でジャムにしていますが、まずはそのジャム製品を販売にした方が良いのかも含め思案中です。岩手県内でしたら、北上や花巻の産直に出荷してるようです。

 

白鷹山山麓のユキツバキ糞整地

さて、最初に白鷹山という山形市近郊の低山に登った時の写真を掲載しましたが、この山頂からほとんど下山した麓の辺りにユキツバキの群落があり、看板も出ていました。ユキツバキは実は西和賀町にも多くみられ、もしかしたら東北の多雪地帯に特有の植物かもと思います。家の敷地内の庭木をいろいろ植えて楽しんでいますが、ちょうどユキツバキをこんもりと育ててみたいスペースがあって、挿し木でも増やせそうということで興味を持っていました。

 

ユキツバキの穂木

ということで、近所にちょうどユキツバキが植わっている場所があったので、穂木を少しいただいてきて、プランターに挿してみたところです。写真は採取した状態のものですが、一番上を少しカットして、3節残して一番下の節から3ミリ下をナイフで斜めに鋭利にカットして、ルートンを切り口にまぶして25本くらい挿しました。葉っぱは半分くらい切り取ったりします。培土は鹿沼土と赤玉土を混ぜたもの(やや鹿沼石を多く)とし、ちょっと礫っぽい感じにも思いましたが、保水が良すぎると根が腐ることもあるということで購入したこの土の配合としました。

ハウスだと暑い日もあるので外の日陰っぽい木の下に置いて、直接強い雨にも当たらないようにして管理しています。

また、別の無駄になっていた場所も少し整地して、もらってきたギョウジャニンニクを植えており、ここには育苗中の芍薬も取り混ぜて植栽してみたいと思います。メイン作業の野良仕事で圃場に行き帰りの時に、いろいろこういうものの状態を経過観察するのは楽しみですね。

 

川舟ナシの高接ぎ

イワテヤマナシですが、昨年から、近所の川舟地区にあるとても味が良い実がなる「川舟ナシ」の穂木をもらってきて、うちの品種不明の梨や、台木用にあったマメナシの小さい木に接ぎ木をしていました。去年も行いましたがは失敗し、ものになりませんでしたが、今年は少し良い感じです。写真の大きな茎葉は多分成功でしょう、川舟ナシです。

接ぎ木は穂木と台木の外皮のすぐ内側にある「形成層」をお互い密着させることで成立します。去年までのやり方は台木の形成層に沿って、いわば外側の皮部分に切れ込みを入れて形成層を露出させたところに穂木を挿し込むという、形成層の密着面積を重視したやり方でしたが、それは結果うまくいきませんでした。もちろん技術がないからでしょうが。。おそらく台木の外皮を剥いた首の皮一枚への穂木の挿し込みで何かグラグラし、隙間ができて密着できなかったんだと思います。今年はそうでなく「割り接ぎ」という方法で、台木の中央にナイフで切れ込みを入れて、そこへグイグイと力を込めて穂木を差し込んで、その時に台木の形成層と穂木のそれとが「端で接合できるように」右や左に寄せてテープを巻きました。台木は固くて、穂木を差し込むのにナイフで隙間をこじ開けながらの作業でしたが、グラグラなどのない密着度の高い状態は得られたでしょう。形成層との接点は面ではなくて端の「点」部分ですから、ここが開通してくれないと無理なわけですが、写真の展葉してるところはそこが無事つながったようですね。

他の箇所も葉が開きかけてきたのもあって、ドキドキの毎日です。

 

ポポー接ぎ木(NC-1)

ポポーでも接ぎ木をしました。神奈川県で味の良い優良品種の枝を販売している農園があり、そこから3品種枝を購入したました。ポポーの方は台木もやまなしよりやわらかく、やりやすかったです。無名品種の種から育てたポポーが5、6年経って大きくなったその枝を切って、高接ぎもしましたし、そのヒコバエとして地面から出てきている写真のような小さい台木にも接ぎました。この写真の場合はこの台木がそのまま優良ポポー品種として育ちますね。時間はかかりますが。。一方、大きい木の枝に接いだ方は早めに実をならせてくれるでしょうが、台木の方から出て来た枝の品種と区別をつけるための何らかの木の改変作業が必要になりますね。

 

秋扇湖の水没林

旅行というほどではないですが、雨の日に気分転換に出かけた写真を掲載します。西和賀のコメリより在庫の豊富な雫石店に買い物に行き、そのままR46号を秋田方面へぶらり向かって、田沢湖からやや北に進んだところに秋扇湖という湖があり、ここの水没林がとても綺麗だということで、そんなに遠くでもないし足を伸ばして見てきました。コバルトブルーと新緑がとても美しいです。橋の上からの見物になりますが、けっこう多くの人がいました。来年からは数年間6月までのこの光景は見られないということで、今年の眺めは貴重でしたね。西和賀の錦秋湖も水没林が見られますが、湖面の美しさはこっちが上かな。。

 

チャグチャグ馬ッコ

本当に久々に、チャグチャグ馬ッコを見てきました。ちょうど用事もあったので。。昔は100頭くらい歩いたようですが、いまはその3分の2くらいですね。娘がラウンドワンのハンバーガーを食べたいと言い、ラウンドワンの駐車場に停めて、そして食べた後に歩いて盛岡駅で見物しましたが、戻って精算時、ハンバーガー店の駐車割引が効いて200円で停められました。こういう時は一般のコインパーキングでなく、買い物をする店の駐車場を利用するべきですね。

 

キリストの墓(2006年9月24日)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ところで、テレビでちょうど青森県新郷村で行われた「キリスト祭」を放送していて、昔見学に行ったことを思い出し、写真を出して見てみました。エクセルでずっと農作業日誌を付けていますので、キリストの墓とかの用語で検索し、日時が特定でき、その日付の写真を辿って探し出せました。もっとも、子どもが小さい頃の写真なので、いまのこのMacに全写真を貯蔵することは容量的に無理でして、何千点とかになりますので外付けSSDに保存しています。SSDになってからMacのストレージも容量が少なめになってしまいましたよね。外付けSSDは昨年秋に買っておいたものに、先般の寒天から帰って割と時間がある時に、写真アプリからオリジナルに変換して外付けに整理収録していました。その 外付けSSDの価格がその春には購入時の昨年秋の2倍に跳ね上がっていてビックリです。中東情勢かレアアース不足なのか、はたまたAI関係の需要が高まっていて、ということか、いずれいま外付けディスクは手が出せない価格になっています。

ともあれ、キリストは生きてイスラエルから何らかの移動手段により青森県に移動し、確か弟とともに新郷村で余生を過ごしたらしいです。この辺に戸来(へらい)という地名がありますが、ヘブライから来てるとか。。資料館もそばにありましたが、全く記憶に残ってません。。。20年前の2006年9月24日、彼岸りんどうの出荷を終えて、そのお盆から彼岸までの繁忙期に3歳の長女を預かってもらっていた家内の実家に娘を引き取りに行った帰り道です。

 

2006年9月24日田子のニンニク植え付け風景
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その後、にんにくで有名な田子町に寄って来ました。種にする用のにんにくの購入のため直接農家さんに伺ったと思います。9月の下旬はにんにくの植え付け真っ最中ですね。通りすがりに作業している光景に出会い、観察もできました。管理機が通路部分の土をマルチの上に飛ばし上げて、それを引き延ばして整地しています。左の方に見えるように、マルチの上は完全に土で覆われていますね。ここで初めて知った技術でした。右の方のようにまずりん片を植え付けしてから、ですね。マルチの穴に隙間ができるとそこが熱風状態になるので、それを防ぐためにマルチを密着させるということですね。

当園でもずっとこんな感じでやっていましたが、去年の晩秋にビニールマルチを剥がして米ぬか散布をし、この春には籾殻マルチとしました。そして来月初めのにんにく収穫後には植え付けていた畝の全体にソルガム等の緑肥を蒔き、それは緑肥すき込みするのでなくて、生育後に畝の上に刈り倒して敷き、リビングマルチとしてその隙間からりん片を植え付けていくという方式に切り替えます。不耕起になるので最初は土も硬いでしょうが、これをくり返すうちに重ねた緑肥体が積み重なって良い土づくりになってくれるのではと思っています。緑肥の種の覆土のために、上の写真で行っているように通路上の土を管理機で畝の上に飛ばし乗せてく作業は必要ですが、耕耘・畝立て・マルチ張りといった定植前の床作り作業からは解放されるし、すき込みではないため、植え付けの直前まで緑肥を生育させてから刈り倒し、さっと畝に並べてすぐ植え付けができます。9月は10日を過ぎると彼岸りんどう出荷、そして小麦畑耕耘と小麦播種、稲刈り、と1年で最も忙しい時期になり、そのためにんにくの植え付けは9月5日までに済ませるようにしています。雑草の具合がどんな感じになるのか、いろいろ読めない面もありますが。。

いまはもうあの頃のように種用のにんにくを他から買うことはありません。りん片がセンチュウに侵されている可能性がありうるからです。当園ではこれまでにもお知らせしておりますが、青森県のにんにく研究者である山下一夫氏によって生長点培養されてできたりん片のみを使用しています。八木にんにくや盛岡農業高校由来の八幡平系も、当園のりん片から生長点培養してもらってセンチュウ害のない優良化としてもらっています。一時、冬期間の水路からの畑への冠水により多くの優良にんにく種を失ってしまいましたが、その後増やし続けて、昨年秋定植分からは販売出荷用含め全にんにくが優良培養りん片からの栽培になっています。

また、新たに「最上赤」「富良野」「上海(太倉)」「南郷ピンク」など新手の品種も植え付けております。「上海」は暖地系になり、ここ北東北では無理かなというイメージもありますが、山下氏によれば、地理的に暖地と寒冷地にスパッと分かれるようなことではなくて、岩手や青森ににんにくが入って来たルーツを辿れば、暖地系も寒冷地系も結構混在しているようだ、とのことでした。上海と南郷は昨年のいまの時期に訪問させていただいた折に、山下氏が講師をされている東京の農大の学生に試食してもらって、この2種が「美味しい」と評価が高かったという話を聞き、試しに送っていただいて植えたもので、少量です。最上赤と富良野は割合多くなってきました。最上赤は味がややシャープでホワイト六片と似ており、また富良野の方はホクホク感がある、という感想です(知人による個人の感想ですが)。

ホワイト六片の系統では、紫波A,B、大野、苫米地、奥南ホワイト、そして福地ホワイト六片の元祖系混合、といった区分の品種構成となっています。紫波系は今回はあまり良くなく、元祖ホワイト系が良い生育でした。左に挙げた品種は食べた感じとして違いはわかりませんが、品種確保の意味でも絶やさず種子に回したいと思います。

にんにくはにんにくの芽のトウ摘みが始まっています。これを油炒めにして塩味で食べるのは格別です。

また時期が来ましたら紹介させていただきます。

 

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一気に春が始まりました

稲の種まき2026

3月末まで雪がなかなか消えなくて、特に西和賀町の中でも中南部の地区よりもこの辺りは雪が多くて、気長に待つのみでしたが、4月になってから一気に雪解けが進んだ感じです。強風が多かったことも雪消しを進めました。

当園は4月10日に稲の種まきをスタートさせるよういつも段取りをしています。段取りは、ハウスの除雪と、水稲培土の搬入(「花巻酵素」社製)、籾の芽出し(ハトムネ催芽)が一致して揃うことです。

いつも思うことですが、有機の稲作りは薄蒔き・太い成苗作り・1株2本田植えといったセオリーがあるものの、東北の冷涼地帯でそのままの模倣は危険であります。ここ西和賀は同じ岩手県内の内陸部の盛岡や花巻よりも冷涼で、日照も少ない土地柄です。6月でも結構寒い日は多いし、稲の分げつはなかなか難しい。最初から2本植えで攻めてもそれが大きな株に生長することは難しいですね。ですので、ある程度箱に厚まきにして、しっかりと本数を植える方針にしています。成苗植えを目指して日数を育苗期間にかけるよりも、本田への移植と活着を進めた方が良いかとも思っています。その分というわけでもないですが、坪当たりの株数は60と間隔は広めて植え付けします。

今年は去年秋のご注文に対する供給不足を身に染みて感じており、13アールほど拡大しました。いままで育苗ハウス内のスペースで行い、播種後はすぐにそばのプール床に並べておりましたのが、プールの面積も拡大されたため、別途作業場で種まきをし、運搬車でハウス内に運ぶという形になりました。ちょうど搬入した水稲培土も作業場内に置いていましたので、その場所でそのまま作業をしました。

2年前にもらった播種機を使いましたが、種籾のホッパー下の苗箱の移動が電動モーターで進む方式です。その次の覆土は手回しです。が、手前に見える緑色の箱だとスムーズに播種時に移動していくのですが、右上の方に見える灰色の箱の時は播種最中時にスムーズに移動せず止まったり変に進んだりと不穏な動きをするために、播種にばらつきが出て、手直しが結構ありました。そうならないよう箱に手を添えて均一に動くようにしたり対処しますが、フイっと進まれたりすれば、そこは播種が薄くなるし、どうもダメでした。何十年も経った機械ですしね。2年前まではは「みくに式」という苗箱1枚ずつレール枠をはめて手動で播種する器具でやっていましたが、来年はそちらに戻すか、灰色の箱だけ「みくに式」に戻すか、ですかね。

 

ハウス除雪2026

ハウスの除雪は3月17日に。ハウスと作業舎の間に山のように雪が溜まるので。。ハウスのアーチ曲がりが始まる肩の寸前まで積雪していて、これより上部に雪が溜まるとパイプが雪の重みで曲がってしまいます。そのように最大積雪期を迎えるのは時期的に2月20日頃になるため、この頃までには冬の寒天作り出張から帰宅せなばならないのですが、今年は2月以降ひどい雪降りがなかったようで、寒天仕事の作業延長があり遅れましたが、何とかハウスを壊さないですみました。

 

水稲苗2026

奥羽の里西和賀町の4月はまだ冬景色でもあり、4月10日頃といえばまだ平気で雪も降る時期です。雪原を渡ってくる風は冷たくて、ここだけ除雪し土が露出したハウス内も当然地温は低いです。西和賀ではほとんどの農家が播種後、苗箱を出芽機に入れて2日間一定の高温環境下(30℃くらいでしたか)で出芽をさせ、それをハウスに並べる方式を取っています。その間のカビ等防止に農薬を使用します。当園はそれをせずハウス内にプール枠を囲った中に、播種後すぐに並べます。自力で出芽してもらう方式ですが、いつも種まきしハウス内に並べた後の出芽するまでの期間は本当に気が気でなりません。播種後10日を超えると、経験的に発芽率が落ちてくる気もします。今年は割合と気温が高く助けられました。播種後8日でほぼ均一に出芽してくれたのは嬉しい限りです。もちろん今後の推移が大事なので気は抜けませんが、第1段階はクリアした気持ちです。

ラブシート・透明有孔ポリシート・シルバーシートの順に3枚を被覆しており、曇天の日は上のシルバーは気温の抑制になるため外して透明シートで温めます。逆に日照がある日は箱の温度の上昇を抑制するシルバーを被せます。夜はシルバー含め3枚のふとんで保温するという格好です。気温の抑制を狙った反射シート(太陽シートなど)は、ここ沢内では使えません。20年以上前に買ってはみましたが。そもそも積雪期中の育苗で地温も外気温も低い中、出芽のために温度が欲しい時に曇天の日に太陽シートで一生懸命種籾を保冷している、という不条理な行為ですね。ビニール系は出芽までの土の乾燥を防ぐ目的もありますが、出芽が揃った後は、ラブシート1枚での管理になり、水を溜めプールにした後はシートは全部外します。

シート類も値段が高く、ラブシートなどうちは18mでよいのに50m単位で2万円します(210cm幅)。ラブシートだけは他に流用できる品もないので、20年以上使ってかなりボロボロなので来年は買うしかなさそうです。

 

ルバーブの株分け

さて、雪解け一番で行う仕事の一つにルバーブの株分けがあります。もう芽は出かかってますけど、いったん掘り上げて角スコップで3当分くらいにジャキっと切って元の穴と別の2穴に植えます。当園では縦横共に1m間隔で植えて、マルチでなく抑草シートを被せ、株の部分をカッターで切っています。もう少し活着したら、新しく広げた部分にもシートを被せますが、その前に株周囲に油粕をやりたいですね。植え穴には籾殻をふんだんに使っています。ピンクのルバーブは綺麗な色のジャムになるし、また株を入手することも困難なので、これは絶やさずに株分けしつつ育て続けたいと思います。

 

たらの芽最終群

たらの芽の出荷作業も最終盤に至っております。今年は寒天作り出張の帰宅が遅くなったこともあり、たらの芽のスタートも遅れました。本来、この4月20日頃という時期は完全に露路・天然のたらの芽が南から出荷されてくる時期で、施設栽培としては終了していなくてはいけないです。それでも注文をしてくださる方がいてありがたいですが、出芽の波があり遅れていて、ようやく最終の一群の収穫発送が始まりました。もう注文を終了にしないと、出荷物が足りなくなる可能性もあり、受注はストップにしました。

4月に入ると好天の日はたらの芽水槽の気温は25℃を超えたりもします。ここは単管で骨組みし透明のポリカで囲まれた施設内で、日射による気温上昇があります。ハウスと同じようなものですね。暖かくなってくると、施設栽培のたらの芽にとっては逆に過酷な環境下になるようで、ハカマの部分が着色したり、芽が出ないものもあり、極小のものも出たり、管理が難しくハジキも多くて、私のおかずも増えてきます。逆に、2月の早い時期から伏せ込みを始めて、寒い中なかなか育たず、そのうちにカビが生えてしまうこともありました。3月まで待ってふかし始めるのがベストのようですが、水槽の場所には限りがあり、全部伏せ込んで残った余りの駒木の処遇が難しく、最初の出荷が始まって水槽スペースが空いてから最終の待機したタラノキの伏せ込みになり、それが遅れた最終の一群になります。それが昨日4月21日にスタートし、この数日で一気に終了させるという感じになっております。外の仕事も始まっていて、しかもたらの芽の収穫(駒木からの切断)は発送直前の当日午後になってからですので、外仕事ができない前日夜間とかに切って準備したりもできません。。

雪が解けると全ての仕事がゴーサインになり、眩暈がしそうな時期を迎えます。

 

オーツ麦播種

今年の試験品目ですが、オーツ麦を蒔きました。春蒔きで可能ということで、豪雪履帯では秋蒔きはいろいろ困難ですので、合ってますね。オーツ麦は「えん麦」と言われればお馴染みの緑肥作物で、当園でもいつか使った記憶がありましたが、この試験は緑肥や飼料用ではなくて、オートミールの食材用として栽培するものです。ただし、オーツ麦は収穫脱穀後は写真のような状態で、いわゆる小麦などのようにハーベスタの中で殻が剥けて玄麦として収穫袋に集積されるというのと違います。稲と同じように籾状態で収穫されるのですが、オーツ麦は殻ががっちり実に絡まっていて籾摺り機で玄米になるというものでなく、この殻剥き・殻飛ばしが困難だと言われています。

脱っぷ機(デハラー)と呼ばれる装置で、しかもオーツ麦に対応した専用あるいは汎用のデハラーなんでしょう。そういう大がかりの設備でオートミールが生産されているようで、とても個人が小規模に行えるような代物ではありません。国内にも大規模な工場はあるようで、そこで国産あるいは輸入によるオーツ麦をデハラーし、さらに加湿して潰す(圧ぺん)工程を経てオートミールになるんだそうです。われわれ生産農家がどこまでやれるかはわかりませんが、オートミールを使った菓子やパンには一定の需要はありそうですし、これまで小麦栽培に関わって、失敗も多くくり返してきましたが、生産農家として興味ある栽培と思っています。ライ麦やスペルト小麦、お菓子作りで定評ある農林61号は、どれも雪で4月にの雪解け時に消滅しておりました。その中で残っているのが南部小麦とアリーナ小麦です。アリーナも一度雪解け時に消滅していたことがありましたが、秋田県の農家から逆輸入して復活させました。その後、マメ科クロタラリア緑肥を取り入れる栽培を取り入れてからは、連作回避にもなり、雪腐れ対策にもなり、鶏糞など肥料を与えなくても地力チッソが供給されて結果は良好で、ひとまずは軌道に乗った感もあります。春蒔きのこのオーツ麦が何かしらの展開につながればと思います。

本当は、殻が剥けやすい「裸オーツ麦」(naked oats, hulless oats)といわれる品種が手に入れば何も言うとはないのですが、国内で流通はありません。いろいろ問い合わせましたが、国内では手に入らないようです。生産農家から需要がもっと高まって、緑肥用飼料用鳥の餌、という扱いから食用オートミールの食材として注目されてくるならば、種苗会社も検疫を通して輸入へと重い腰を上げてくれるだろうし、さらには食用としていろんな風味食感の品種が提供される、という時代も来るかもしれません。が、いまはまだ少し早すぎたようです。

 

にんにく畑と熊の足跡

にんにくも長い眠りから覚めてまだ眠そうな状態です。秋に熊に踏んづけらてて、このやろうという感じですよね。これからもう少しだけ待って今月中には籾殻を床に撒いてリビングマルチにしたいと思います。晩秋に土づくりの一助になればと米ぬかをかなり厚く散布しましたが、ビニールマルチの上に米ぬかを散布しても面白くありませんので、その時点でマルチは剥がして米ぬかを散布をし、そして春を迎えました。ある程度生育が復活した上で今度は籾殻を撒こうと思います。通路にはライ麦(雪の強いとされる緑肥用品種)を緑肥として撒いてみましたが、生育が思わしくありません。播種時の9月下旬に土が十分乾燥していなかった気もしますね。今度は夏の収穫の後にこの床の上にソルガムを撒いて、次のにんにく植え付け時まで育てた上で刈り倒し(すき込まず)、それをマルチとしながら、その重ねたソルガムの隙間からりん片を植え付けるという方式にします。ビニールマルチ栽培とお別れができればと思っています。唯一の欠点は、冷涼な当地でビニールに頼らないことで、それだけ地温を確保することができないという点です。

 

福寿草2026

今年も福寿草が綺麗です。晴れた日はぱあっと開いてね。ここは田畑の空き地っぽい場所ですが、家のすぐ裏にもいつの間にか生えていました。

 

釜石・大石漁港

3月から4月にかけての遠出を少しやりました。長野からの帰りで遠出は十分やりましたが、月に一度の気分転換を兼ねて釜石へ向かい、リアス式海岸の景色を眺めながら、久々に堤防で釣りをしてみました。結果は釣れませんで、残念です。昔、広島にいた小中学生の頃は、至る所でよく釣れていました。港のある宇品やフェリーに自転車を付けて渡った似島や能美島、宮島で堤防や砂浜で投げ釣りをすると、夏はシロギスやギザミ(ベラ)が、冬はカレイやアイナメが面白いように釣れたものです。広島市内の川で同じく投げ込み釣りをすれば、ハゼが面白いようにかかり、4人で100匹とか、3人で100匹釣れたりもしましたね。。あの頃より魚が減ってしまったのか、または三陸では広島とは異なった棲息環境下に魚がいるのか。AIは後者の意見を述べていましたね。三陸沖など第1級の漁場なんですもんね。でも、誰もいない堤防で時間を過ごすのは悪くないですね。3月だからできることです。

 

工藤精肉店

釜石の食堂で食べたカツ丼はボリューム満点でした。

 

旧鮫ヶ浦漁港

4月の楽しみドライブは、奥松島方面にある旧鮫ヶ浦漁港の探訪でした(4月19日)。この日は仙台の日立システムズホールでベートーヴェンのピアノコンチェルト4番と、弦楽四重奏曲16番(最後の曲)の弦楽合奏版のコンサートがあったので、家を早く出て、漁港の風景を楽しんだ後、仙台の息子と昼ごはんを食べて、バイト先に息子を届けた後にコンサートを楽しんで、買い物などもして帰宅しました。ぼーっとGoogleマップを眺めるのが好きで、面白そうな場所を探し、お昼はどこにするかな、などと検索するのは楽しいですよね。この古い漁港はひなびた眺めが人気のようで、日曜日だったこともあり、チラホラ訪れる人と行き交いました。

 

旧鮫ヶ浦漁港へのトンネル

車を停めてから、暗いトンネルを1、2分歩いてから漁港に出ます。佐久間ダムを思い出しました。こういうちょっとしたワクワク感、良いですよね。仙台から自転車で来たという中学生が、スマホのバッテリーが切れてしまって、モバイルバッテリー持っていないかと訊かれました。帰り道がわからないというのです。ちょっとかわいそうでしたが、ケーブルがライトニングだというので、いまの私はタイプCで、バッテリーは車にあるけど繋げないな、ということで彼らは諦めて帰りました。まあ、大丈夫ですよ。中学生の頃、自転車でいろいろ行きました。地図くらいは持っていましたが、標識の看板やカンで走りました。まあ、いまでこそナビに頼りっきりで堕落してしまいましたが。。バイクで遠乗りした時代も、ツーリングマップルのみでしたね。

 

仙台シーラカンスモナカ

コンサートが終わってから、仙台で話題の「シーラカンスモナカ」を買いに行ってきました。テーブルがあってスイーツを飲食できるカフェなのですが、皆さん話題のモナカ(テイクアウトの包装した菓子)を買いにレジまで20人くらいの行列で、10分くらいは待ったと思います。まあお土産として買い私は食べていませんが、岩手のラジオで話題が出ていたので、繁華街でしたが軽トラをハザード出して停めて買えました。

昼に「久美食堂」というこれも行列のできる食堂で昼を食べたのですが、その後息子をバイト先まで送っていた時、この食堂の近くにパトカーが停まり、道路の反対側に報道陣が10人くらい待ち構えている光景に出会いました。事故かな、でもなんで報道陣が、と思い、通り過ぎて、そして次にコンサートからシーラカンスへ向かった時もまたここを偶然通りかかって、やはり報道陣もまだいるのです(夕方5時頃)。家に帰ってスマホのニュース記事でわかりました。熊がマンションの敷地内の茂みに立てこもっているということでした。その後暗くなる頃に駆除されたそうですが、かなりの町なかでしたね。盛岡でも駅前に突如現れたりしたことがありましたが、おそらくは自然の景観そのものである川伝いに山から降りてきて、市街地付近の食堂とかからの食べ物の匂いとか生ゴミの匂いにつられて川から上がって来たのでしょう。その点は、われわれの住む田舎では春とかは木の実などもないし、食べ物の匂いも漂っていないので、それほどやってくる意義は熊も感じないでしょうかね。一応気をつけながら作業はしてますが。

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稲刈り開始、熊バトルも開始です

ササシグレ稲刈り

夏の天気が良かったことで、若干早めに稲刈りが進んでいます。ひとめぼれを刈り、次いでササシグレを刈り終えました。写真はササシグレです。今年は6月頃に寒い日があったためでしょうか、分げつが少ない(茎数が少ない)感じで、また茎が細いかなという感じもします。全国的に猛暑だったわけですが、こちらはちょうど良かったかと思います。当園は土地としてはやや不適の晩生品種を作付けしていますので、昨年や今年のような気温の高い傾向が今後も続いてくれたらありがたく思う次第です。南の方々には申し訳ありませんが。。

 

熊被害

そして、早速もう熊の被害が発生しています。山に面している田は毎年必ずやられるのですが、上の写真は山側の畦畔に立って撮影しています。山の方から踏み倒して侵入し、5〜6mくらいの場所に座って食べるようです。このように倒された稲もバインダーで起こしながら刈れるので刈れはしますが、実が付いていないわけです。。

 

ハセと熊撃退機

一昨年の2023年は初めての経験でしたが、田の中だけでなくハセに掛けた稲までもが被害に遭いました。今年も昨今の報道からその危険があり、微力ですが、役場から借りた撃退機を設置し、山に向けて音と光を放つ装置を作動しました。バッテリー節約のため夜間だけオンにします。すぐに慣れてしまうとは思いますがね。

なお、新米はいつからになるかのお問合せもいただいておりまして、当園では稲刈り自体が遅れる晩生種が多く、しかもその後にハセ掛け乾燥がありますから、いつも10月末からの出荷になります。今年は数日は早まりますが。。

そのため、去年はしなかったですが、一部早期脱穀米の出荷を予定しています。品種は既に刈り終わったササシグレで、水分が17%に下がった時点で一部脱穀し籾摺りして出荷をします(こちらのお米は年内を目処にお召し上がりください)。10月10日に玄米にできるよう計画していますが、天気次第ではあります。ササシグレのショッピングカートをそれまでに準備しますので、そちらからでも、あるいは直接メールやメールフォームからでも承りたく、よろしければどうぞお願いいたします。

なお、今年のお米ですが、昨今の米事情を考慮して、100円/kgほど改定させていただいて、800円/kgにさせていただきたく、どうか宜しくお願いいたします。一般の流通米の農家の仮渡し金が500円/kgと言われており、報道のように店頭価格800円/kgは避けられないと思うので、それに合わさせていただきます。とはいえ、諸資材や燃料費の高騰がありますので、便乗というわけではありません。どうかご理解をお願いいたします。それでも慣行栽培と同じ価格なのでいびつな状態ではありますが、昨年産の販売価格よりあまりにも高騰した設定にもできませんので、上記の額+送料という形で2025年産米はお願いしたく思います。

なお、カメムシ斑点米の被害が年々大きくなっていまして、これは農業新聞などでも盛んに伝えられている全国的な現象です。われわれは殺虫剤を使わないために、一般の農薬栽培米よりも被害は大きくなります。このため、現在、色彩選別機を導入する手配を進めています。残念ながらこの秋には手に入りそうもないですが、オークション等で使い古された機械(それでも70万くらいはします)を自前で運搬し設置するというのは将来的に見てもかなり危険な行為ですので、農機店に依頼をしている段階になります。今年の新米については、当面出荷時に手で除去する作業は行いますが、それは限界がありますため、この斑点米があることについては、どうかご了承をお願い申し上げます(斑点米がどうしても気になられる方は、どうか他の選別機を使われた農家さんのお米をお求めになってください)。なお、量の比較的まとまった亀の尾については当面今年は農協の色選委託をしたいと思いますが、農協出荷者が優先されるため遅れますし、断られるかも知れず、微妙なところです。このような事情があることから、有機栽培農家の間でも高額な色彩選別機を導入する人が増えています。最も小型のタイプで良いので、そういう機種をしっかりメーカーでも供給し、値段を下げて欲しいものです。

また、昨年から、年間を通してのお米の予約確保のご希望が多くなっておりまして、この秋から承らせていただきたく思います。これまではそのような希望がなかったし、通販の定期購入的な押し付けになっても良くないと思い、在庫がなくなったら、お客様の区別なく完売にしておりました。ただ、ご要望が多くなっておりますし、新規の未知の人よりもこれまで食べていただいた方を優先にすることは当然でもあります。もし年間のご希望がありましたら、メールでご連絡いただけたら、その量を確保し、次の出来秋まで途切れないようにお客様自身のペースに応じて出荷をしますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

天日乾燥の自然栽培米ですので、値段を見ての新規の方からの大量の注文や、また転売などが起きないようにとの意味も含めた予約のお願いになります。作付け規模も小さく何百キロの確保はできませんが、ご利用をいただけたら幸いです。既にそのご希望をいただいている方や、前から食べてただいている方にはもう少し収穫量の目処が付いた時点で改めて個別のメールでもご案内をさせていただきます。今年の新米も宜しくお願いいたします。

 

2023年のハセ稲被害

ちなみに2023年のハセ掛け乾燥中の記録です。朝起きてみるとハサ場が左のようになっていて、そばには中央のような籾だけしか入っていない糞(これには哀れさを感じます)、そしてハセと山の間にある既に収穫が終わって立ち入らなくなったりんどうの通路に束を持ち込んで、りんどうの影に隠れて食べていた現場です。夜中の犯行なのでこういう陰になるところに隠れなくても良いと思いますが、習性なんですね。

熊被害は深刻ですが、年間通してみると、カラスの方が害を及ぼしています。作業場は昼間シャッターを開けて田畑へ出ているのですが、ゴミ箱を荒らしたり、ビニールの包みを破ったり、石鹸を持ち去ったり、置いてあった黒にんにくを食べたり、もうやりたい放題で、できればカラスの方の駆除をお願いしたいところです。

 

緑肥にんにくソルゴー

秋はにんにくと小麦の作付けもあり、9月は猛烈に忙しい月になります。にんにくの予定地にはイネ科のソルガム(ソルゴー)を収穫直後に播種し覆土して栽培し、そして約1.2mまで生育した8月末にトラクターですき込んで、そして畝立てをし、マルチを張ってにんにくの植え付けをします。だいたい9月半ばから下旬が植え付け適期とされていますが、当園では切り花りんどうの秋彼岸用出荷とかち合うため、9月上旬までに植え付けするスケジュールになっています。そうすると、8月末までに写真のようにすき込みをする必要があり、冷涼積雪地でにんにくあるいは小麦の収穫時期が遅れる当地では、7月上旬に緑肥の種を播種しないと秋のにんにく植え付けに生育が間に合わず、綱渡りのようなスケジュールで緑肥栽培を行っています。今年はわりあい暑い夏だったので、何とか1.2mの生育が確保できました。

 

緑肥小麦クロタラリア

こちらは小麦予定地の緑肥栽培とすき込みの様子です。にんにくと異なり種子で播種する小麦ですので、緑肥(小麦の場合はマメ科のクロタラリアです)が1.2mまで十分に伸びたにすき込んだ後に2週間以上腐熟の期間をおいて、それから最終耕耘をして小麦の播種になります。小麦の播種は稲刈りと重なります。が、稲刈りは降雨により多少の水たまりが見られてもバインダーで強行刈り取りをすることができますので、晴れが続いた時は小麦の播種を優先し、まずはトラクターで耕耘して土がこなれたところで間髪を入れずに播種をします。

 

緑肥タラノキクロタラリア

こちらは緑肥栽培の少し珍しい例です。来春にタラノキを植える予定地ですが、土作りやチッソ補給と雑草繁茂の抑制を目指してクロタラリアを播種し、小麦圃場とかですき込み耕耘した時も、そのままに放置し、その後小麦畑の耕耘でトラクターを出した時に「倒す」作業をしました。時期が遅れたので2mくらいにまで伸びていて、花も咲いています。むりくりすき込んでも良かったのですが、まだ雑草は生えてきますので、かえってすき込まず、倒すだけにしてみました。ロータリーを地面まで下げて、回転をさせずただ踏み歩くだけです。トラクターのタイヤでも圧がかかります。これによりクロタラリアは倒れて、枯れてくれた状態で、全面を覆い尽くして雑草の余地を塞いでくれています。このまますき込まずに腐熟してもらい、来年タラノキを植えるときにすき込んで畝を作ってみたいと思います。緑肥をすき込まないでそのまま敷き草にする手法を、記事にも書きましたが来年のにんにく管理で行いたく、まずはこのタラノキ圃場の緑肥マルチングが雪解け後にどのように腐熟しているかを見てみたいですね。

 

小麦播種(アリーナ)

小麦畑では緑肥をすき込んだ後、耕耘後播種をしました。彼岸りんどうの出荷作業で追われて、それが一段落ついて間髪を入れずの作業です。稲刈りより前の作業です。

 

小麦発芽初日

小麦は9月24日に播種しましたが、9月29日に出芽を認めました。上の写真は発芽の当日の様子です。今年の秋は小麦の作付け面積を少し減らしました。そうそう大量に注文が来る品目ではなく、昨今はむしろ米への需要が高まっています。だからと言って小麦畑を田んぼにしようなどと安易に考えたところで、今度は稲の作業が手が回らなくなり、稲を掛けるハサ場も足りません。小麦もこの夏の収穫時では屋根のかかった乾燥場所が足りずに、いろいろ苦労しました。軽トラをしまったりりんどうの集荷トラックが集めに来る場所になっている小さな車庫まで小麦が占領したりしました。

小規模の天日干し小麦栽培というのはいろんな困難があります。乾燥がうまくいかないケース、自家貯蔵で出荷に対応するための貯蔵の湿度等の問題、赤カビ病の対策としての見回りや穂の抜き取り、等々さまざまです。製粉の需要に応えるための製粉所への委託と持ち帰りも時間がかかりますし、総じて米の方が楽ではあります。とはいえ、いろんな作目の振り分けでスケジュールをこなしていくのが農業の自然な姿で、常に仕事がなくなることがない効率性でもありますね。

 

小麦粉900g

その小麦ですが、収穫後に秋の製粉委託をしまして、現在在庫がございます。上のパッケージは安価なクリックポスト利用で総重量1kgまでの規制から、900gをジップロックに入れてちょうど1kgの状態で発送します。南部小麦、アリーナともにまだありますので、よろしければご利用ください。送料込みで1,000円で出荷しております。この場合はフスマを入れる余地がありませんが、全粒粉でご利用の場合はフスマを同梱する規格でのご注文をお願いいたします。何キロでも自由に対応できます。カートの規格にない時はメールでお知らせください。

 

オールナイトニッポン

最後に余談ですが、久保史緒里の「オールナイトニッポン」を聴いています。特に乃木坂のファンとかいうわけでなく、ただ、ふだん仕事中に聴いているIBCラジオの番宣の中で、自分は「イーグルスのファンで」というセリフがあって、え、若いのにイーグルス知ってんだと思って何となくラジコの聞き逃しで聴いたのが始まりでした。まもなく、「イーグルス」は球団の楽天のことでわれわれ世代がよく知るミュージシャンのイーグルスではありませんでしたが、何だか肌に合った感じで楽しく聞けた番組でしたので、去年のいま頃からでしたが、ずっと聴き続けています(冬の寒天出張の時は聴けません。。)。私も、広島カープのことはただ「カープ」と言うし「広島」などとは絶対呼びません。なので、ファンは「楽天」とも「楽天イーグルス」とも呼ばず「イーグルス」で正解なのだと思います。

その初めて聴いた回の時がたまたま仙台の放送局からの放送で、地元の宮城愛に溢れた特別感がとても良くて、仙台からの放送はテンションも高かったです。その時の好印象を引きずって聴き続けている気もします。そうしたご本人への親近感もありますが、特に周りのスタッフ(よく出てくる大塚さんとか)の力を結集した番組作りが素晴らしい仕事をしていると思えて、さすがプロたちの作る伝統の第一級の番組だと感じて聴いています。

その久保さんが乃木坂を卒業するという放送が9月17日の放送で告げられていました。2年前の夏のツアーが終わった時に引退を決意していたそうですが、それがすぐになされるのでなくて2年間続けてきた理由は、オールナイトニッポンの番組に対する愛着があったからだということでした。それの告白の場面では、泣きそうだよ、とも。。湿っぽくないトークを通したかったんでしょう。ガラスの向こうの女性スタッフたちも泣いていたようで、スタジオからの臨場感が伝わって、その時はりんどう収穫作業中でしたが何だか胸が熱くなりました。突然の報告でしたしね。

この番組では久保さんが自身の胸の内や性格の傾向を細かく語る場面が多く、いろいろ周りに気を遣い、くよくよしたり、思ったように話を伝えられない心のありようをいつも伝えてくれていたし、自分は打たれ弱い、との発言もありました。こうした内面の吐露と言いますか、そうした発言もラジオの魅力かもですね。テレビ番組はそういうプロセスじゃなくて出来上がった結果という感じでしょうか。。これから独り立ちですね。ついつい自分に置き換えてしまいますが、いわゆる脱サラをして会社組織から独立し、農家という1事業者として生きていくということに通じる決意表明でありますから、卒業後の頑張りに力強く応援したく思った次第です。東北仲間ですし、仙台はいま子どもたちの関係でずいぶん身近にもなっていますしね。この夏に10時間の単独の登山をしながら、その独立の決意を確かめたそうです。ちなみに、この夏秋に行った登山について、また稿を改めて記載したいと思います。

水曜日深夜の放送を翌日か翌々日の日中ですが、ラジコで楽しみに聴いていました。乃木坂のグループ卒業と同時に11月の最終週がラジオでもラストになるようで、ちょうど長野に行っている時期ですが、まだテングサの煮込みの深夜作業は始まっていないので、聞き逃しででも聴きたいと思います。

農作業はラジオを聴きながらやっています(機械作業以外の時です)。以前、NHKで平日午前のワイド番組で「すっぴん」というとても企画力の濃いすぐれた放送をやっていた時はそちらを聴いていましたが、残念ながらそれが終了した後は地元民放局のIBCラジオで午前と午後のワイド生番組を聞いています。いまのNHKラジオでは残念ですが「すっぴん」より魅力がありませんので。。。そしてワイド番組後の中央の局からの提供番組の時間帯に、水曜日の乃木坂オールナイトニッポンや、土曜日朝のNHK「山カフェ」や金曜夜の「飛ぶ教室」、日曜日FM「かけるクラシック」といった番組を聞き逃しで聴いております。夜に暗くなって作業場に戻ってからは「Nらじ」や「ベストオブクラシック」で楽しんだり、夜9時からはテレビの配信でiPadでニュースを見ながら聞きながら選別作業をしております。

最後の品種、亀の尾の稲刈りが始まっています。天気を見ながらあと5日で終えたいと思います。そうしたらすぐにササシグレの早期脱穀になります。どうぞ新米も宜しくお願いします。

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小麦の準備ができました

南部小麦の刈り取り

小麦の出荷準備が終わりました。昨年一昨年と7月に停滞した梅雨前線の影響で刈り取りもその後の乾燥も難儀しましたが、今年は一転して7月に晴天高温の日が続き、1週間程度遅れ気味だった登熟もグングン挽回し、南部小麦でほぼ例年並み、アリーナでは例年より1週間早くに刈り取りを行うことができました(水分24%程度での刈り取り)。今期は播種の条間をこれまでの50cmから40cmにしてみたところ、生育が良く、昨年晩秋に好天が続いて年内の生育が良かったことも大きいですが、一番多く穫れたのではと思います。反面、やや離れたタラノキ園地になっている圃場群の一角に作付けした南部小麦は雪腐れの影響があり、ほとんど皆無の状態でした。雪腐れに強い南部小麦で雪腐れとはよほど条件が悪かったのでしょうか。稲作と違って小麦の場合は、全くダメ、皆無、という事態が起こり得ます。播種後の大雨で発芽不良になることもありますし、水捌けの悪いところもダメです。豪雪地では雪による病害も大きいです。町内で唯一小麦栽培仲間だった人がいましたが、昨年の夏の収穫直前にイノシシの被害に遭って収穫を断念し、以後今期は作付けもやめておりました。残念です。

 

アリーナの刈り取り

そういう険しい小麦栽培の作付けを続けているのは、希望していただける消費者の方がいらっしゃることと、また、経済効率だけを考えれば全部田んぼにした方が良いでしょうが、ハセ掛けの稲作ではそもそも作業力として増反は無理だし、仮に全部田でやれたとしても売り切れる保証はありません(昨今の状況なら売り切ることができるかもしれませんが)。限られた労力で農作業を回していくには、作業が一気に重ならないように分散していくことですので、夏の麦刈り、秋の稲刈り、と分けることは身の丈に合った農業の仕方になります。

またアリーナ小麦という貴重な品種を持っていることから、これは作り続けて絶やさないようにしたいものです。同時に南部とアリーナは刈り取り時期が1週間以上違うので(アリーナは晩生です)、労力分散の意味でも好都合です。

 

小麦の脱穀作業

小麦の天日乾燥栽培では、屋根のある施設内での乾燥が必須になります。当園の乾燥ハウスはそれほど広くなく、現状の30アールが限界です。3間(5.4m)の狭い間口のハウス内に3列のハセを組んでいるために、自分で束を掛けるのに歩いて行くスペースが狭く、またその地面には段ボールが敷かれにんにくが干されているので、非常に歩きづらいです。収穫時のハセ掛けの時、入り口に運搬車を停めて、そこから手で持って奥に進んでパイプに掛けていきます。

乾燥が終わって脱穀する時は、今度は束を外してもう一度運搬車の上に乾燥した束を運んで、それから手に取ってハウスの外に置いたハーベスタに投入して脱穀します。稲の場合は野外のハサ場なのでハーベスタがハセのそばに移動しながら脱穀でき、いちいち束を手で持ってハーベスタに移動することはありません。

このようないろいろ面倒な工程になるのが天日乾燥の小麦栽培になります。

 

南部小麦とアリーナの色の違い

南部小麦(右)とアリーナ(左)の差は一目瞭然で、穂の色が全然違うし、背丈もアリーナの方がずっと長いです。稲よりももちろん長いので、ハーベスタで扱く時は結束機のカバーを外して行います。ライ麦などもっと長くて大変です。基本、ライ麦はコンバインで刈って乾燥機で灯油乾燥させるのが現実的でしょう。いずれ天日乾燥はハウスで雨に当たらないとは言っても風がそうそう入り込んではこないため、乾燥は簡単ではありません。何度も水分計で計測しながらで、その点も乾燥機に放り込んで指定した水分に乾燥させるというコンバイン式とは異なる苦労があります。ただ脱穀のタイミングという面では、秋の稲の方がハラハラします。10月下旬の、何日か晴天が続いた後の、天気が崩れる直前というのがベストで、そこを逃すといろいろ大変な目に遭いますから、とても気を使います。脱穀のタイミング面は小麦の方が楽と言えましょうか。

 

小麦の選別

最後の仕上げは籾摺り機による小麦の選別作業です。ハーベスタで脱穀し取り込んだ麦は稲の籾と違って既に玄麦になっていますが、そこにはおびただしい量の茎とか穂の殻などが混じっていて(写真の左)、この不要物を籾摺り機で取り除くことができます。きれいに仕上がってきますが、今度秋に米の籾摺りを行う時にこの玄麦が機械に残っていて混ざってきます。完全に掃除することは不可能なので、しばらくは飯米で使って自分たちで麦ご飯を食べることになります。本当は小麦用に小さめの籾摺り機が欲しいでのですが。。ごく小さい籾摺り機はありますが、あまりに小さすぎて使えません。ごくわずかな10kgくらいの米に籾が混じっていて除去したいというような時には効力を発揮してくれますが。。

これで小麦の作業は終わりました。玄麦としては随時出荷が可能です。また現在収穫後の製粉の委託分の取りまとめ中です。9月の最初頃に出来上がる形で今月下旬に製粉所に出そうと思っていますので、製粉をご希望の方はどうぞ宜しくお願いいたします。南部小麦とアリーナの両方とも発注します。その後はご注文のあった方には取置きをして、残りは秋田のパン屋「カボチャ」さんに出荷します。取り置きをした玄麦は氷温で春まで貯蔵して、それから4月初めに春の製粉委託をします。なにせ15kg以上から製粉可能ということですので(これでもずいぶん小ロットで受けてくれてありがたいです)、ある程度まとまらないと発注できないのです。

 

ササシグレ8月16日

稲の方ですが、お盆最中の8月16日のササシグレの様子です。今日8月20日はもう少しうっすらと黄味を帯びています。何とか、極端に弱いいもち病に罹らずに済んだようです。ササシグレやひとめぼれはこのように穂が揃ってきていますが、メインである亀の尾はまだ出たばかりです。よその南国ではもう早稲品種の稲刈りを行ったりしているようですが、こちらはまだ穂が出始め。。これほど暑いと言われる夏でもここはやはり冷涼地で、そう簡単には温暖化しないようです。例年よりは温暖なのですがね。

 

サルナシ8月16日

使わないハサ場に這わせたサルナシが実を付けています。こういう実がなる植物を育てるのはとても楽しく、山里ならではの暮らしの醍醐味ですね。

 

ブルナッチ天球図

お盆の15日。ずっと切花りんどうの出荷で遅くまでの作業が続いてへとへとですが、今日くらいは休息をと盛岡へ出かけてきました。もちろん買い物なども兼ねてですが。県立博物館で岩手と天文についての展示を行っていて(「星にねがいを〜宇宙(そら)といわての年代記」)、それが17日日曜日までの開催だったので、混雑がありそうな土日を避けると15日金曜日しかありません。りんどうは春の低温による生育の遅れと7月の高温での開花抑制が重なって、開花が遅れました。しかし市場の需要というのはカレンダーで決まるので、8月10日以降はもう花屋さんも仕入れが済んで、あとは価格が下がります。今年はふだんならお盆りんどう品種の収穫が終わっている8月15日もまだ畑にはありましたが、値段も下がっているし、りんどうも1日くらいは待ってくれるので、出かけた次第です。上の写真は、企画展コーナーのケースの外から斜めの角度で撮影するしかない写真を、Photoshopで変形させて正面向きに再現してみたものです。

岩手出身の田中舘愛橘(たなかだてあいきつ)という人は知りませんでしたが、とても重要人物で、国際会議でキュリー夫人とかと一緒に写っている写真も展示されており、また岩手では「Z項」で有名な木村榮の指導者にあたる偉人らしいです。何といっても岩手には水沢VLBI観測所があります。ここには大きい電波望遠鏡や宇宙科学館という見学施設、Z項の木村氏の展示館もあり、岩手の子どもなら必ず一度は訪れている場所です。現在のここのトップである本間希樹氏はブラックホールの写真を世界で初めて撮影した天文学者として脚光を浴びましたし、ラジオのこども科学相談の解説者としても知られていますね。

 

水沢VLBI

電波望遠鏡、でかいです。ちょうどこの時にレール上をこの巨大な望遠鏡がヒューンと動いて移動するのを見ることができて、それも感動的でした。この後は確か水沢のかっぱ寿司に行ったと記憶しています。子どもたちが成長した現在、こういうお出かけはなくなってしまい、寂しいことではありますね。

 

よだか

常設の自然史展示コーナーに「よだか」(ヨタカですかね)の剥製があるよとラジオで言っていたので、これも見てきました。思ったより小さくて鳩よりも少し小さいくらいです。夜に大きく裂けた口を開いて飛び回り、虫捕り網のような感じで虫を食べているのだそうです。剥製からは口の感じは分かりませんが。。ここ沢内にはいろんな鳥がいて、鳴き声は耳に覚えていても何の鳥かわからないということが結構あります。短く、スタッカートという感じででしょうか、よだかは「チョチョチョチョ」という声で聴けばすぐわかります。賢治の「よだかの星」の朗読会を雫石で行うという番組内で、この県立博物館の鳥博士と言われる方がよだかについて解説してくれていました。

この博物館へ行く前には、盛岡市内で映画「長崎〜閃光の影で」を観ました。私は広島市の生まれですが、同じ被爆地である長崎のことは地理も含めよくわかりませんでした。映画は実話に基づくストーリーのようでしたし、良かったと思いました。長崎市生まれの監督がじっくり年月をかけて構想し作った作品のようでした。ただ、少し残念だったのは登場人物の方言での言葉遣いが早口で聞き取りにくかったことです。録音機器による不明瞭さのせいがあったかもしれませんが、そこは配慮があっても良かったかと思います。仕方ないことだったかもしれませんが。。ちょうど8月上旬はりんどうの選別作業で夜遅くまで作業場にいます。昼は地元IBCラジオを聴きますが、夜はNHKを聴くことが多いです。戦後80年の戦争関連の番組もよく聴きました。北方や満州からの帰国時の旧ソ連兵との戦闘の体験実話や、女子学生が風船爆弾を作っていた話など、ただ単に聞きかじっていただけの話を体験談としてリアルに想像しながら聴取しました。特に満州からの帰還時に自分の幼い子どもを捨てて逃げたという話はあまりに酷でした。テレビでも番組は多くあったかもしれませんが、仕事中に見ることはできませんし、ラジオは私の貴重な情報源です。ただ、人物の顔がわからなかったりするのは仕方ないことですが。。

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にんにくの収穫が終わりました

にんにく乾燥中

7月になり一転して高温晴天が続き、むしろ雨が欲しい日々になっていますが、ちょうどにんにくを収穫した時も珍しく好天で、今年は助けられました。とはいえ、稲も生育が遅れ分げつも不足気味だったし、にんにくも小麦も1週間遅れでした。稲については現在は遅れを取り戻しています。にんにくはホワイト六片から収穫になりますが、7月8日からのスタートでちょうど例年より1週間遅れとなりました。

昨年(2023年度)、冬に長野へ寒天作りに出かけている間に杉の枝とかで詰まった水路から畑へと水が溢れ入水し、にんにくとその畑に植えた小麦の大半が枯死するという事故がありました。その結果貴重なタネとして維持していくべきにんにくの収量が大幅に減り、結果2024年秋に植え付けたりん片の数も少なくて小さかったことがありまして、今年は八木や八幡平などはほぼ出荷ができる量は確保できませんでした。

希少な在来品種と異なりホワイト六片については、不足した種を購入することができますので、購入種子を植え付けたことで、十分な収穫量を得ております。その出来は良いようです。八木や八幡平なども出荷はほとんどできないものの、今夏のにんにくの出来は割と良くて種にするにんにくは良いものを確保しておりますので、来年に向け期待をしているところです。来年産でやっと水害からの脱却ができます。

また、昨年秋に「最上赤」を入手し、少量ですが出荷が可能です。また数年前から植え付けを続けていた「富良野」(美瑛地区産)が出来がとても良く、種に良いものを回すこともできましたし、それより小さめのもので恐縮ですが、出荷用も少量準備しております。富良野については、トウ立ちが100%八幡平と同様の形で見られたことと、にんにくの形も八幡平っぽい丸みを帯びた形で、ほとんど区別はつかない感じです。

上の写真左の最上赤は、まだ初めての収穫で特徴も掴みきれておりませんが、山形県産の割と名の知れた品種になります。

ちなみに、にんにくの乾燥法はとても気を遣う大事な工程になりますが、今年は段ボール乾燥を行ってみました。切り花りんどうを出荷するときに業者さんから500枚とかの配送をしてもらうのですが、そのときにお願いし、箱ではなく厚手の段ボール紙をいただいて、ハウス内に2枚敷き、その上になるべく重なり合わないようににんにくを並べます。段ボールの材質がにんにく乾燥に何か効果的な働きをしているかもしれないという説があり試してみました。1品種だけならそのままゴロゴロと並べば良いですが、品種や産地で10種以上に区別して栽培しているので、混ざり合わないよう、ネット袋に入れてから並べました。上部の空間には小麦が掛かっていますので、直接の日光は避けられます。とはいえ、今年は以上な高温晴天続きで、乾燥には良かったですが、高温の障害が出ないように扇風機をかけながらでした。穀物の乾燥もですが、温度と風の両方が伴うことが大事です。

 

ホワイト六片主要品種

当園でまず主力になるホワイト六片ですが、今年に限っては先に述べた事情により農協購買で佐藤政行種苗さんから仕入れたホワイト六片(ニューホワイト六片と記載された「白玉王」系統)を主に出荷をいたします。新しい現代の品種になりますが、実は当園では数年前より、前回のブログでも記載いたしました青森県の山下一夫氏よりイモグサレセンチュウに侵されない生長点培養のにんにくを購入し、種として植え付けております。それら優良種子は畑も旧来の場所とは変えて土壌病害に侵されないにんにくの生産に切り替えているいまは途上の過程です。にんにくの種子は結構お金もかかりますので、いろんな品種を少しずつ購入して種にのみ使い増やしていくという時間のかかる計画になります。特に培養されたにんにくというのは手間もかかりますし、市販の種用にんにくよりもかなり高額になりますから。

昨年の不慮の水害がなければ今年から全面的に山下氏による優良種苗のみで販売分も賄える出荷状況になれたのですが、事故があったために量が減ってしまい、また追加で山下氏から購入しましたし、当面必要で多めの購入が可能なホワイト六片については上記の市販のものを購入しました。山下氏以外からの購入種苗は病害に侵されているかも、というように伝わっては語弊がありますが、ただそれらは土壌病害の可能性はゼロではありませんし、新しいクリーンな圃場にセンチュウを持ち込むことになっては大変なことですので、山下氏以外からの購入は旧圃場に植えており、今年の秋に種としては植え付けをしません。当園としては今後今年の秋から100%生長点培養による安全なにんにくのみを植え付けて、そのにんにくを種としてだけでなく全量出荷用に仕向けます。センチュウ病害が持ち込まれることはありません。青森等のにんにくの産地では、残念ながらイモグサレセンチュウを根治することができません。それで毎年土壌消毒を行って作付けをしているようですが、畑からセンチュウをゼロにすることはできません。それににんにく専業ですから、これまでにんにくを作付けしたことのない新たな畑をヘクタール単位で準備するということもできません。センチュウ害をゼロにするには、生長点培養によるにんにくりん片を入手し、それをこれまでにんにくを作付けしていなかった圃場に植え付けをするという以外にありません。当園ではまだそれが可能ですので、そのような道を歩んでいきたいと思います。これは本当に大切なことなので、ご家庭でにんにくの種子の購入される場合には十分なご検討をなさることが必要です。

その中で、上の写真ですが「福地ホワイト六片」のまさに原産地である「苫米地」地区のにんにくと、私がいま岩手県で生産しているということから、苫米地を含めた旧福地村(現・三戸郡南部町)より伝播し岩手の紫波町で引き継がれていた「紫波」系が、当園のこれからの主力になる系統になります。それ以外にも福地村や田子町などで植えられていた「元祖系統」(これは系統としては地区の混ざりがあります)や、青森から岩手に入ってすぐの「大野」系統もあります。当面これらをいただいた時の状態で他と混ぜずに区別して植え付けていこうとは思います。

ただ今年のいま出荷できるホワイト六片は「白玉王系」(購入種苗)・「紫波系」・「元祖福地&田子系」の3系統になります。また「八木」は全量種に回すため出荷はできませず、八幡平はあと1kg残すのみになりました。また「最上赤」「富良野」が加わりましたので、今年は当面八幡平にんにくのページにカートを設置いたしました。冬の農閑期にいろいろ調査して富良野や最上赤のページも独立して作ります。

ちなみに八幡平にんにくもいろいろあり、私が盛岡農業高校から2009年秋に入手した「盛農系」と山下氏より入手した「西根系」「葛巻系」があり、さらに今年の秋には同氏より「軽米系」が加わる予定です。ただ、最初に私の入手した八幡平盛農系はたぶん西根(松尾)系になると思います。盛岡農業高校の先生が授業の一環として、また貴重な岩手在来のにんにくの種を絶えさせてはいけないという思いで八幡平地域から取り寄せて高校で栽培を続けた由来のものです。そのことが取材され岩手日報紙に掲載されたその記事を読み、高校へ出向いて先生とお話をし、200りん片分くらいだったかを分けてもらって植え付けをしました。現在はそれを山下氏に委託し生長点培養していただいたにんにくを種に新規圃場にて生産しております。

さらに、この秋には山下氏より、とても味が良いと思われた上海系統からの選抜と、旧南郷村(現在は八戸市に合併)のピンク系を少量導入することになっておりまして、これも楽しみの一つです。南郷は福地地域とも近いのですが、このピンクは寒地系のホワイト六片系統と異なり暖地系だそうです。もともとにんにくは中央アジアが原産地で、シベリアとかシルクロードとか、あるいは南西諸島とかを経由して日本に入って来たそうですが、暖地系寒地系がごちゃ混ぜになりながら各地に根付いて在来種になったということのようです。その後に、にんにくの名称にはその原産(日本の)の土地名と皮の色が入り、最初は「福地」のホワイト系(寒地系)ですという名称でしたが、県内で複数の系統がバラバラに作付けされて「福地」の名が消えたのかもしれませんね。むしろいまは福地からやや離れた田子町が青森の最も有名な産地になっています。田子は私が昨秋に購入した白玉王と言われる品種が多いようです。

いずれ当園では「ホワイト六片」として苫米地や紫波(岩手県)のものを、「八幡平」としては西根や葛巻、軽米を生産いたします。八木、最上赤はその通りで、「富良野」はむしろ「美瑛」だと山下氏は仰っています。南の品種である「南郷ピンク」「上海選抜」は味が良いということもあり、楽しみですね。この福地地方よりも冷涼である奥羽の里で暖地系にんにくがどう育つかどうかですが、暖地系は北国では無理とか、できても小さいとかいうような意味ではなく、その年々の気象によって暖地系寒地系各品種にりん片の分化の仕方に特性があるようで、りん片の数の多い少ないに品種の違いを見るべきかと山下さんは考えているようでした。

 

ソルガム

秋ににんにくを植える予定地です。小麦刈り取り後、すぐに緑肥ソルガムを蒔いて生育中です(山下氏はスダックスとクロタラリアの混播で、私も来年はそれも試してみたく思います。緑肥による土づくりと、花巻酵素さんの大豆粕を植え穴への局所施用、そして晩秋の米ぬか散布が施肥設計になります。加えて畝間にはライ麦の緑肥を蒔き(雪に強い緑肥用ライ麦のようです)、生育過程で刈り倒してにんにくの上に敷き草とするという手法を取り入れてみます。

 

下駄除草作業中

田んぼの方は出穂期を迎え、水と温度が必要な時期です。今日は雨が降っていますが、総じて旱魃傾向で、水路へは川から豊富に流れて来ますので、昼夜問わず、灌水は続けました。7月前半の時期に中干しを行いますが、中干し中の高温乾燥で、ヒビはもちろん入るのですが逆にいま現在の水を流し入れる時期に水が溜まってくれず、何度も大量に流し込むことになっています。何か所かの田では部分的に水が抜けない場所があって、そこを乾かそうとすることで他の全体が乾きすぎになってしまうということもあります。篤農家は「溝切り」を行うのですが、その機械は持っておりませんし、なかなかそこまでやって来なかったのが実情です。

中干しに入る直前に、除草下駄による除草を行いました。田がまだ柔らかい状態で下駄で通路を踏んで歩くことでピアノ線が雑草を埋め込んでくれるという仕組みです。大きな草にも効果があることでやる価値は大いにあるのですが、株間の方は踏み歩けないため、ここに根元がある草はいくらか先の通路に張り出した部分を踏み込めても、その後復活してしまうことはあります。完全なものではありません。

 

除草下駄

除草下駄です。岩手県内の金ヶ崎町の方が制作販売しているものを通販で買いました(10年くらい前になります)。写真に写る田の部分はたまたま水が来ていない箇所で、こういう所では草は埋め込めません。水があり田が柔らかいうちです。

 

中干し期の亀の尾

そして中干し中の亀の尾です。ここは生育が良い田ですが、ずっとにんにくと小麦を作っていた圃場のため、田に転換してチッソがいろいろ出て来ているのでしょう。そういう田はいもちの危険があり、ササシグレなどいもち耐性の弱い品種は植え付けられません。極晩生の亀の尾ですが、今年も去年に続いて気温が高いため、無事育ってくれると思います。お盆までに穂が出てくれればと願います。

いま現在はお盆需要期のりんどうの出荷に追われています。りんどうもにんにく等と同様に遅れていて、さらに7月の高温乾燥で開花が抑制されてもいて、本当なら今日明日で最大の出荷量を求められるのですが(8月8日金曜日のセリが最大の山場ですので)、出荷量のピークは+3日くらい遅れてしまうのではと思います。あと1週間りんどうに専念し、その後はにんにくの出荷作業に着手します。今年のにんにくも宜しくお願いします。

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田植えが終わり管理作業の日々

田植え後の亀の尾

5月の連休以後、農繁期に入っておりますが、5月は降雨続きの毎日で、土が乾かず耕耘作業にとても難儀した春になりました。とはいえ、田の方は、耕耘(田おこし)はこなれた土が求められる畑作りと違って、どうとでもなりますし、代かきや田植えは雨の中でもできますので特に支障はないのですが、切り花りんどうも栽培している当園では、去年まで水田だった圃場を春の5月にいきなり細かく砕土した畑にするという毎年の新植分床作り作業。。それは雪解けが遅く春も低温で雨の多い奥羽の山中ではいつも難事業で、6月第1週に苗が搬入される時期までにりんどう定植圃場の畝立てまでをやり終える課題に直面して、いつも憂鬱な気分になりがちです。。今年はまさにぬかるんだ畑作りになった年で、1週間くらい前までりんどう苗を植え付けていましたが、マルチの穴のボコボコの土をかき回して、そして通路のボコボコを手でほぐして、プラグ苗を土の隙間がない状態に密着して植え付けていくという、近年では状態の悪い中の作業になりました。こういう時に、ラジオとかで、県内平野部からの投稿で「畑におしめりの雨を待ってます」などの文言を聞くと、雨の多い当地ではイラッと来たりする、そんな、全体としてはいつものような5月でした。

 

除草機作業中

とはいえ、田植えも終わり、今年も量では亀の尾、ササシグレ、ひとめぼれの順に植え終えて、6月のいまは畦畔農道の草刈りと、水田の除草機をかける時期になっています。りんどうの芽かき草取り作業、タラノキの管理作業などの合間にですが、水田除草機で十分に除草をするためには、土を露出させて固くしてしまってはダメですので、深水にし、田面を柔らかく保ち、除草機もただ条間をまっすぐ一直線に進むのではなく、稲の株に接触するくらいジグザグに満遍なく動かして除草を行うことになります。この時期の稲は除草の回転器具が接触しても大丈夫で、植わっている稲ギリギリを攻める手法で分げつも誘引され、生育効果も上がると言えましょう。エンジン部分は背中に背負うタイプの刈り払い機で、ポールの先端にアタッチで取り付けるタイプの3条の水田除草機です。

 

亀の尾(6月27日)

西和賀町沢内の今年の稲の生育は遅れています(写真は6月27日)。関東以西(あるいは東北南部より南)で時折り「真夏日」のニュースを目にし、農家や評論家が猛暑による白濁米や減収を心配する声を報道したりしていますが、当地はなかなかそうした暖気の恩恵に預かる日は少なく、現在のところでは、さすがに今日は暑かったなという日も最高で28℃弱が1日あったかなと思います。うちの田に限らずですが分げつがなかなか進まず、現段階では茎数確保に不安があります。有機稲作のテキストなどで関東以西をモデルにした記述になるのでしょうが、例えば太い大苗2本植えで、といった推奨がこうした寒冷地ではあまり参考にならないことを痛感します。大きく太い苗ができればそれは良いことですが、苗作りの時期もまだ周囲には雪があり、地温自体が低く、まず芽出しまでの温度確保が最初の難関で、実際に出芽率も下がる傾向がありますし、薄まき推奨の苗箱作りは確かに危険です。結果、田植え後に目立つ欠株を長時間の手植え補植で補うような形を何度もくり返して来ており、毎年が気象との戦いの日々です。例外的に、昨年に関しては播種後に気温が高めで出芽も良かったですね。雪解けも早くて春のスタートが早く、作業的にも余裕を持って進められたし、夏も良い高温でお米も良く穫れました。その分、平年並みの遅めの消雪と冷涼傾向が続いた今年は厳しさを余計に感じるところです。りんどうの開花も遅れるのではという声が聞かれます。

稲の除草作業も終盤になってきました。除草機で掻き回して雑草を浮かせて退治する手法ですが、浮いた雑草が地面に再び着地しないように、浅水管理がセオリーの一般論に逆らって、深水を続け、かつ土を柔らかい状態にキープします。以前からの水田と、小麦やにんにくから転作した水田では雑草に違いがあり、やはり水田を長く続けている田はヒエやコナギが多いです。水面下の小さいコナギは除草機で浮かせてやれますが、水面から顔を出した雑草は除草機では取りきれず、手取りになります。手取り除草は厄介な作業ではありますが、重い除草機をジグザグに時間をかけて進ませる重労働の機械作業と比べて、どちらが楽とも言い切れません。気軽に毎日1時間手取りしよう、と空身で気軽な気持ちで田に入る時間を取りながら、雑草の多い箇所を集中的に歩いて、あと少しに迫った中干しまでの除草期間を乗り切りたいものです。一様に全部をくまなく作業するという除草機械的発想ではなく、草の多い箇所を選んで手取りするというやり方になります。100%を目指すことは不可能ですし、どう効率的に除草するか、でしょうか。

なお、いまは今年からの第6期中山間直接支払交付金の新年度に入り、役員としては役場に提出する書類作りにかなりの時間を取られています。いちばんは協定に入れる農地面積の確定ですが、それ以外にも面倒な書類がいっぱいあり、つくづく役所書類は苦手です。。朝からいきなり強い雨の日とかは諦めて1〜2時間PCに向かいもしましたが、目の前に迫る農作業を犠牲にもできず、夜間や朝食後とかに少しずつ小刻みにやるしかないのですが、本当にやることが多いです。消防の行事もあるし、りんどう関係の役員会やらいろんな集まりで、小規模農業経営者は本当にあれこれ多忙ですよね。全部一人でこなしますので。今夜も結局ブログ記事を書いてしまい、中山間事務は明日に先延ばしにしました。

 

南部小麦(6月27日)

南部小麦が色付いてきました。岩手の平野部ではいまはまさに刈り取り期で、晴天の今日などあちこちで刈り取っていることでしょう。西和賀は岩手の標準的地域に比べ2週間遅れます。消雪の遅さと春の低温が原因ですね。今回は40cm間隔で播種したことが良かったのでしょうか、昨年晩秋の好天が幸いしたのでしょうか、とても良い状態で、多収が見込まれます。とはいえ、いまは小麦の大敵である赤カビ病の発生時期です。こまめに圃場を歩き見回って、疑わしい状態の穂を見つけたら穂を切って圃場外へ持ち出して処分します。南部小麦の刈り取りは、例年ですと7月10日頃になります。実際は水分の%で判断します。水分が高い状態で刈り取ると、ハウスにハセ掛けをするわけですが、その後の乾燥が進みにくい嫌いがあります。しっかりとした乾燥(30%以下)を確認してからの刈り取りがベストですね。

 

にんにくとアリーナ(6月27日)

にんにく畑とアリーナ小麦の圃場です。にんにくは球の肥大に直結するトウ摘み(主に八幡平系)の時期を終え、あとは収穫適期を待つだけですが、どうやら今年は稲と同じく、またりんどうと同じく、遅れているようです。もっと暑くなって欲しいと願うばかりですが、これまでの遅れが急速に取り戻せることもないでしょう。なお、にんにくですが、今年の雪解け時の4月22日と、試験的に1か月後の5月22日にマルチを剥がしました。春から収穫期にかけて、にんにくの根域にマルチで高温の環境を作っていると、割れ、裂球を生じさせる可能性があるそうです。西和賀はにんにくの収穫時までに30℃超えしたりすることはあり得ませんが、念のためマルチを剥がしてみました。4月に剥がした2列はすぐに籾殻をリビングマルチとして施用しました。が、5月22日にマルチを剥がした残りの畝は、籾殻を持って来て散布する時間も取れず、そのままで収穫期を迎えます。使用する籾殻自体は残っているんですがね。雑草の具合にそれほど違いもなさそうなので、来年からはまだそう忙しくない4月に全部剥がして、すぐに籾殻でマルチングしてやることが作業手順の上でも効果的と思いました。あるいは前年の根雪直前に剥がしても同じかもしれませんが。

アリーナ小麦は極晩生で、南部小麦よりもさらに2週間後の刈り取りになります。こちらは強力の品種で、南部小麦と違い穂の色が白がかった茶色になり、とても背が高いです。背が高いことで、穂の長さも南部よりありまして、収量は多くなるありがたい品種です(スイス原産の小麦でパンに向く品種です)。

 

山下氏圃場

ビニールマルチを早めに剥がしてリビングマルチへ、とのサジェスチョンをくださったのは、青森県の野菜研究所という機関でにんにくの研究に携わっておられたにんにくの専門家山下一夫さんとの情報交換で教えていただいた農法になります。当園ではイモグサれセンチュウ害の出どころである青森県の産地からのホワイト六片種苗用の購入、あるいは八幡平系として岩手県内で種球として購入し植え付けたものに病害が既にあった気もします。にんにくにイモグサレセンチュウ被害を受けたという苦い経験がありまして、それをタネとしてりん片を植え付けることで、畑の土壌自身も、収穫される次のにんにく自身もセンチュウに感染させるという残念な状況に悩ませれていました(もちろん壊滅的な話ではなく一部のにんにくに被害が見られたということですが)。

この山下氏の手によって、センチュウ感染したにんにくであっても、その生長点付近を冬の時期に切り取って培養し、最初に得られるそのひょろひょろした状態のネギのような苗を春に植え付けて秋に1片のセンチュウフリーのにんにく片を確保し、そのりん片を購入する、あるいはその優良種子片を植えてもらって翌年に6片の球の状態のにんにくを作ってもらったものを購入するなどしています。そして当然畑もこれまでにんにくを植えたことのない圃場に移して新規ににんにく畑とし、センチュウやあるいは厄介なウイルスの元となるサビダニ被害もフリーであるにんにくの生産を、当園ではいま達成しようとしています。キロ単位で出荷する量をその優良種優良圃場で生産するには大変な時間もかかりました。昨年はさらにその優良にんにく増反の途上で、冬期の畑の冠水事故によって多くの優良にんにくが失われてしまったことも痛手でした。

上の写真はそのにんにく専門家の山下一夫氏の圃場に、田植え後の、そしてりんどうの新植苗の搬入をし植え付けがまさに始まる前の6月上旬に訪れて、圃場を見せてもらった時の圃場の様子です。上の写真ではマルチが見えますが、どの色のビニールマルチが畝内部を高温化させにくいかの試験だそうで温度計で計測していました。いちばん高温になったのが透明マルチと無マルチで、次いでシルバー(黒と同等)、白黒パンダマルチ(表が白で裏が黒)、そして最も地温が低かったのが草マルチだそうです。地温が高温になりすぎることで土中でのにんにくの割れ裂けが起こるらしく、やはりリビングマルチは地温の上がりすぎを抑制する優れた方式になります。

参考になるアドバイスがこの「緑肥の敷き詰め農法」というべき手順でした。写真奥に背が高く生えているのは緑肥作物です。私も小麦やにんにくでの休耕期間の7〜8月に緑肥を栽培しており、にんにく予定地は8月終わり、小麦予定地は9月初めにトラクターで耕耘してすき込んで、腐熟させ、にんにくや小麦を植え付ける、という工程を取り入れておりました。しかし、山下氏によれば、すき込みではなく、刈って、重ねて土の上に置く、という手法がミソになるようでした。これは自然農法の基本手法です。下手に耕耘したりするのでなく、刈った草を土の上に置く、それがリビングマルチとなりにんにくを保護するとともに、年数を重ねることでふかふかの土づくりに寄与してくれる。私など毎年小麦からにんにく、にんにくから小麦へと、緑肥を挟んで輪作しているものの、その都度耕耘をすることで、逆に、固い土壌を招いてしまっていたのではないか。。耕耘をやめて積み重ねた緑肥の上から植え穴を空けてにんにくのりん片を秋に植え付ける。そのことにより山下氏はふかふか土壌を獲得し、翌年の収穫時もにんにくの茎が抜き難くブチっと切れてしまったりすることなく、柔らかい土壌ですっと力を入れずともにんにくが抜けていく土づくりができるのであると。

山下氏は最初からビニールマルチなしで刈り敷き緑肥で通しておられますが、より気温の低い西和賀では、またにんにく以外に作目が多く雑草が取り切れないことも考慮すると、当園では秋の定植時には当園ではビニールマルチは必要です。当地では冬が早く来るためににんにく植え付けはとにかく早めにが鉄則になり、ホワイト六片など早く芽を出す品種は10月になってからの植え付けなどでは完全に遅い。10月になってから床作りをして植え付ければ雑草もそれほどではないでしょうが、9月最初などの時期に早く植え付けをすれば、やはり10月にはしっかり雑草は生えて来ます。9月の10日以降はりんどう彼岸出荷や、下旬になると稲刈りと小麦播種を迎えかなり多忙です。そのため9月最初ににんにく植えをするスケジュールでは植え付け時のマルチ使用は欠かせないですね。問題はそれをいつリビングマルチに切り替えていくかになりそうです。

にんにくは連作はダメだと思い込み、当園では小麦との輪作をしていましたが、山下氏の場合、にんにく収穫後にスダックス等ソルガム系のイネ科の緑肥を蒔いて植え付け前に刈り倒してそしてにんにくを植え付けるのですが、そこでスダックス栽培が挟まれることでにんにくの連作が絶妙に回避され、畑をにんにくに固定しても連作にはならない。耕耘してしまわずに、自然栽培流に耕耘をしないことでかえって柔らかい土づくりを実現させてしまってもいる。見事だなと思いました。小麦で私が真夏の休耕期にマメ科クロタラリアを緑肥栽培していることも連作回避により雪腐れ等の病害を防ぐ目的ですので、それはにんにくでも同等なようです。研究所の研究員の経歴の方ですから、有機栽培や自然栽培に興味が向いてのことではありません。図らずも自然栽培の良い部分に出会って、それを活用しているということです。なるほど、ですね。

激務が続いた5月が終わって、ちょうど軽トラで遠乗りがしたくてウズウズと鬱積していた折に、八戸近郊の山下氏の圃場を見学させていただいて、さらに時間を忘れて遅くまで長居をさせていただきましたが、有益な時間でした。

農業について突っ込んだ会話ができることは時間を忘れ喜びです。いま現在、小麦を作付けしている当園では県の農業普及員が赤カビ病の観察のためによく訪れてくれます。その度にいろんな対話ができることは、一人で田畑に閉じこもって作業する自分には良い刺激、情報を得る時間になります。小麦の担当者は水稲の担当者でもあるので、稲の話もします。有機のことは専門外ですので、逆に私からも有機の話をして知ってもらいます。いくら日々の草取りや諸々の作業で立て込んで押しまくられていても、対話は大事な時間ですね。

 

蕪嶋神社

八戸近郊の山下氏の圃場を後にして、せっかくなので、ウミネコの繁殖地「蕪島」に向かいました。家とは逆方向で、帰宅は遅くなることは承知の上ですが、蕪島は見ておきたい。長年の希望でした。夕方で既に神社への階段は閉鎖されていて残念でしたが、山下氏との懇談が続いたからなので、それは仕方もなく、でも、十分に蕪島を楽しめました。光景としても美しいですね。

 

蕪島のウミネコ

浜辺にはいっぱいのウミネコ。良いですね。八戸に春から初夏に来られる機会があったら、ぜひ蕪島を訪れてみてください。

 

モミジイチゴ果実

当園では野いちご、木いちごの植え付けをしています。大した面積ではないし、趣味の域を出るものでもありません。オレンジの美味しい実をならせるモミジイチゴは最も惹かれるいちごです。いちばん最初はどれがそれか、どこにあるかもわからずに、フリマサイトで苗を購入したりしましたが、モミジイチゴ自体を知った後は、近所で見つけたりして、それを庭に移植したりしています。最初にわからずに購入することは教科書代、勉強代で、そこから実物を知り探究がスタートするのです。そうして植え付けたモミジイチゴが実を着けてくれました。きれいないちごですよね。外国にもあるかどうかは不明ですが、日本国内では最高の野いちごと思います。いつか増殖して商品化したら良いのか、趣味の域にとどめておくべきか、将来性は未知数ですが、こうした行いができることのために、都会から脱サラし、農家になったのですから、農家冥利に尽きるとも言え、こうした手間に時間は余計にかかるとは言え、楽しい残業タイムを与えてくれる存在ですよね。だから、やっていられるのでしょう。農業カテゴリー自体の中に楽しみがなければ、やっていられないでしょう。あとは月に2日の軽トラお出かけとです。

ちなみに、ベリー類は、ブルーベリーやラズベリー、ブラックベリー、ハスカップ、カシス、クランベリーやコケモモなど西洋のものもありますが、草イチゴ、クマイチゴ、エビガライチゴ、ノウゴウイチゴ、バライチゴ、フユイチゴ、カジイチゴ、ナワシロイチゴ、ニガイチゴ、ホワイトピーチベリー(これは国籍不明)があります。木ではジューンベリーなどいまが食べ頃になっていて、庭でイチゴの実った姿を目にするのは楽しいものです。

 

Googleマップ
Screenshot

余談ですが、最近はPC等で一番よく楽しみに使っているのがGoogleマップです。中山間交付金申請でいまはアプリとしてはエクセルに最も向かっていますが、息抜きの「空想軽トラ旅」にGoogleマップは良き友です。たまたま家の近くをストリートビューで見てみたら、草刈り作業中の自分の姿が。。。小麦やタラノキの圃場を刈っております。いま現在、りんどうの早生品種の草取りと芽摘み作業が最優先で、この写真の圃場の草刈りはその後にすぐやりますから、もう少しお待ちくださいです。田んぼや小麦やその他広大な面積の草刈りと園芸品目の株の近辺の精密な草取り、そして田の除草とキリがありません。おいしくてボリュームもある定食の店はないかな、大雨が降って買い出しに出た時とかに、どういうスポットを訪れようかな、などついGoogleマップに逃げたりしながら、草との戦いと諸々の管理作業、そして地域の交付金のための事務作業をこなす日々が続いています。

 

天峰山・桂松院

先週のことですが、買い出しの用もあり盛岡へ出かけまして、その時、まあ命の洗濯と言って良いでしょうか、久々に盛岡からR455で岩泉方面への国道を走りました。天峰山・桂松院という地点をGoogleマップで見つけて、訪れてみまして、草の中、仏像と紫の衣を羽織った石仏さんの佇まいを見てきました。こういうあまり人々が訪れないスポットを見つけてさりげなく訪れるのが好きです。

 

天峰山から盛岡岩手山方面の眺望

天峰山というのは知りませんでしたが、R455から北へ入ったところに展望台がありました。外山という地域です。放送局の電波塔らしきものもありました。息抜き、は大事です。こうした場所を目指して走り、無心になる。こうして日々の激務も乗り越えられれば、です。

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2025年春、農作業スタートです

たらの芽栽培最盛期

ようやく雪が消えてきて、春作業がスタートしましたが、連日の雨続きでなかなか進みません。ただ雨が続いたおかげで雪が消えていったとも言えるので、これまでの雨は良かったのですが、これからはもういりません。これまでのメインの作業はたらの芽の収穫出荷でしたので、天候には左右されず進められました。最終盤を迎え、もう加温も控え気味にし、最後の数点の注文に応えるだけです。無事、できたものは完売しそうで、生鮮品生産としては心配だった無駄な売れ残りの廃棄等が出ずに良かったと思います。

とはいえ、たらの芽栽培は結構難易度は高いと思います。今期については、カビの発生を恐れるあまり、灌水を控えて経過させてしまったことが、駒木の乾燥を招き、気温の高い日に悪くしてしまう失敗がありました。換気により風通しを良くしつつも、新鮮な水を常に供給することが大事で、ビニールに開いていた穴からの漏水もあって、ちゃんと対策が必要と分かりながら、栽培期間中はビニールの細かい検証や交換もできず、修繕は生産終了後の課題になっています。

収穫が終わったら施設の細かい点検をして来年に備えたいものです。雨の日の仕事ですね。

 

たらの芽出荷荷姿

たらの芽をポケットマルシェというサイトに出品しています。米やにんにくと違い、収穫期を迎えたものはすぐに出荷しなければならない生鮮品目ですので、自分のサイトだけでは短期間に全部売り切ることはできません。その点、フリマサイトは多くのお客さんに見ていただけるのでありがたい存在です。たらの芽の場合、梱包が3cmの厚さで収まるために、クリックポストを使用します。写真のように専用の箱に折り目を付けて保護の薄いシートを敷いて300gを並べていき、梱包します。全国一律185円という安価なコストはありがたく、輸送に2日以上かかる点だけは生ものだけに心配ですが、到着後にすぐにザルやボウルで水にさらしてから冷蔵してもらえれば、シャキッと戻ります。

ゆうパックなど本格的な輸送形態を選択するならば、輸送コスト的にもっと大きいパッケージ(1kgとか)となりましょう。でも一般の家庭利用では300g程度が適量で、その価格帯にいきなり700〜1,000円の輸送コストを上乗せすることはできません。ここはやはりクリックポストの選択で進むしかないかと思っています。

山菜の豊富な土地柄である上に、もともと農閑期の仕事をということで始めたたらの芽栽培ですので、旬の畑の露路物や山の天然物と違い、促成栽培という選択になりました。天然物以外は食べる気がしないよ、というような意見もわかりますが、こうした促成栽培のたらの芽は色も緑が綺麗で柔らかく、お子さんも喜んで食べてもらえる品ではあります。

5月になればこの穂木の採取圃場であるタラノキ畑でも自然に芽吹いてきて、秋までに1枝から2本程度芽を仕立ててその2本の穂木を育てて伐採採取します。細い枝の場合は芽は1個だけにしますし、1本の枝の芽の数を調整して、太い枝が秋に得られるように努めます。芽かき作業ですね。で、その余分な芽を掻いて持ち帰り天ぷらにしたりしますが、それらは結構硬くてゴワゴワした感じです。自分の施設での栽培のたらの芽のハジキを期間中食べていますが、それに慣れてくると、むしろ柔らかい方が食べやすく思います。

旬の時期に深山に入って天然のたらの芽を採れば、日陰になっていることで、促成に近い感じにはなりますが、タラノキ園の木は日当たりが良いので野生的です。タラノキそのものは日光を好むのですが、柔らかい緑のたらの芽は日陰が良いのです。そうなれば、柔らかい天然の緑のたらの芽と促成栽培のたらの芽との差はあまりないということになります。

そんな収穫出荷の日々もあと数日で終わります。

 

風呂消毒と塩水選

並行して、稲の種籾の準備もこの時期の大きな仕事です。亀の尾やひとめぼれなど晩生品種を作付けていてかつ出芽機を使わないハウス内平置きの出芽法ですので、種まきは早めに行います。早い時期の田植えを計画しますのでそれからの逆算ですね。地区の中では一番早いと思います。まあ途中で追い越されてしまいますが。。

今年から農協の育苗センターで温湯消毒をしてくれなくなったため、自分の風呂で行いましたが、60℃にはなりませんで、やかんで沸騰させたお湯を足し足しして、何とか58℃を確保し15分浸漬しました。そしてすぐに塩水選を行い、あとはそのまま水に漬けて12日くらい。そしてハトムネ催芽機で芽出しをしてから播種します。

 

播種機

3月後半になるとハウスの除雪をしますが、雪が消えてハウスのビニール掛け、そして種籾の催芽、そして育苗の培土の準備が一致して初めて種まきができます。わが家は4月10日が種まき開始の日です。ハウス内の土を整地しますが、その前に昨年の麦や稲の脱穀の際に溜まっていたハーベスタから排出される殻などを綺麗に片付けてからです。平らにした地面にプール枠を組んで、ブルーシートを敷きます。作業場の2階から苗箱を下ろし、播種機をハウス内に設置して、土入れ・播種・覆土の作業がスタートします。

亀の尾が60枚、ササシグレが26枚、ひとめぼれが18枚、通常出荷はしませんがりんどうの廃園後翌年に作付けするいわてっこが今年1反歩で21枚、以上になりました。用意した亀の尾種籾が予定より少し足りず、多めに準備していたササシグレが少し増えました。ひとめぼれも需要はありますので7アール分1枚に作付けします。

ここは冷涼な地域です。有機稲作のセオリーで薄まきの大苗育苗を理想として播種を行って田植えしても、結果、分けつが暖地のようにはできません。ある程度厚く蒔き、1株当たりの植え付け本数を増やすことは、寒冷地という地理風土の必要な方法になります。そうしたこともあって亀の尾は種籾を多く使ったせいで箱の枚数がやや少ない結果になりましたが、その面積の中でしっかり穫れるよう努力いたします。

品種が増えるといろいろ面倒なのですが、現在どれも必要な品種と思い、なかなか数を減らせないでいます。いわてっこの方はともかくとして、亀の尾・ササシグレ・ひとめぼれから選択してお求めいただきたく思います。

以上のここまでは雪が残り雨が降っている時期でも進められる作業になります。

 

にんにくの目覚め

外の圃場に目を向けますと、4月17日に、大部分のにんにくが現れてきました。雪に押しつぶされてまだ呆然とした感じですが、これから一歩も二歩も他地域に遅れての再スタートですので、頑張って挽回してくれとエールを送るのみです。

 

アリーナ小麦の目覚め

同じ17日の小麦アリーナ畑です。ヨーロッパ由来で南部小麦よりは雪に弱いのですが、何とか生き残っていてくれました。まだ眠そうですし、株元に葉がいっぱい枯れていて、この枯れ葉の中からの復活を力強く遂げてほしいです。この枯れた部分を見越して播種時は厚まきにします。また秋の年内の生育が足りないで雪の覆われると雪腐れになりやすく、そのためにも早い時期の播種が必要です(9月中の播種)。

去年の晩秋は暖かい日が多くて、にんにくと小麦については大変ラッキーでした。いろんな品目を植えていると、何かが思わぬ恩恵を受けてくれたりするものです。水稲だけで、しかもコンバイン+乾燥機であれば、稲刈り後10月からの天気はもはや関係ありません。ハセ掛けのわれわれは稲刈り後の好天がとにかく必要ですし、同じく作付け直後のにんにくや小麦もお日様に助けられました。とはいえ、去年の秋がたまたまそうだったため、やっと他地域並みに育ったということですので、同じ岩手県内でも他の少雪地域の人たちはこのくらいの生育はいつも当たり前だよということになるわけでしょう。まあそれも寒冷積雪地の宿命で、それを何らかポジティブ要素に変えて生きていくしかありません。

なお、雪腐れ病に対処するために、小麦連作による障害を回避するという必要があり、そのためと、土作りやチッソの補給という面を併せてマメ科のクロタラリアを盛夏の休耕期間中に作付けし、小麦の播種前にすき込んでいます。その成果が確認されるのもこの雪解け時期になります。

 

ルバーブの株分け

一方、消雪後まもなく行うことの一つに、ルバーブの株分けがあります。近所の加工所でジャムにしてくれていますが、やはり赤いルバーブのジャムは綺麗で貴重です。赤いルバーブはいま入手が困難ですので、大事に増やしていきたい財産です。1株掘り上げてスコップで4個に分けます(写真は4つに切り分けたところ)。株分けをすればそれらは小さくなるので今年の収穫は控えなければならず、したがって、一気にではなく毎年少しずつの株分けになります。

 

乙部のイワテヤマナシ園

もう一つ春の作業に果樹の剪定と接木や挿し木の作業があります。去年4月に、寒天出張終了時に神戸大学から輸送したマメナシ台木にイワテヤマナシを接木しましたが、あまり成果が思わしくなく、多分台木自体を植え付けてすぐの接木だったせいもあったでしょうか、失敗した台木を掘り起こして盛岡市乙部の片山先生の圃場へ持って行き、プロの手によって台木を生かしてもらうこととしました。秋の時点で成功したかなと思われるものは私の園地でそのまま経過観察していますが、やはり幼木をこの多雪地帯で管理することは容易でないと思いました。細く小さい木の上に2mの雪がずしりとのしかかるので、いくら雪囲いをしても、テープで止めて固着したはずの接木部分が押されて曲がってしまったり。。むしろこういう豪雪地では挿し木などと同じくポットで管理して冬は作業場で管理し、何度か植え替えをし、3年くらい育ててから地植えする方が良いのでしょうか。小さい台木での接木育苗作業は雪のない盛岡に委ねることにして、当園ではすでにイワテヤマナシ成木が8本あるので、それらの一部を高接ぎで好みの品種に改変していく、あるいは一本まるごと別の木に改造していくという作業をメインにしたいと思っています。立派な成木に高接ぎを行えば、成功率も高く、また生育も早いです。雪による圧迫も地面から上に上がった空中のことなので回避できることになります。

たらの芽もですが、太い穂木(駒木)からは大きな芽が育ち、細い木からは小さな芽になります。太さが肝心なようです。イワテヤマナシは岩手特有の、岩手にだけ自生した、香ばしい匂いのする梨の実なので、これを活かし、いろんな産品に商品化したり、また果実のみの出荷販売もありですしね。まずは太い枝に理想の実をしっかりならせられるよう栽培管理に努力したいと思います。

 

玉泉寺

農業外では、久しぶりに地元のお寺「玉泉寺」(ぎょうくせんじ)に法事で出かけました。りっぱなお堂です。すばらしいです。仏教文化の高い芸術性を目の当たりにした気持ちです。こんな山奥の過疎の村にこのようなお寺があることは嬉しくなるし、誇りに思いますね。新興の住宅街とかでない太古からの暮らしの歴史を持つ山村であることを感じさせてくれるひとときでした。入植時にとても世話になった地元のおばあさんの3回忌でした。ご飯を食べながらご家族親戚の人たちと久しぶりにおばあさんの話や、四半世紀前の話でとても懐かしい時間を過ごしました。

そのおばあさんの土地を借りて農業を続けてきているし、そのうちの1枚の田を買っていまの住宅や作業場、ハウスなどがあります。都会育ちで農業のイロハも、また田舎で力強く生きていくためのすべをも持たない30そこそこの青年に、豊かな知識と技を伝授してくれたおばあさんでした。ポツンと一人でやって来て、しかも血縁もない豪雪の山村です。いまそれなりに暮らしが続いてこれたのも、このおばあさんの助けで生活の土台ができたからでしょう。車の運転ができないおばあさんと、その地元のお婆さんたちを乗せて、県内のいろんな場所を訪ねました。自分にとってそれらのドライブは岩手を知る発見の旅でもありました。ワゴンRの後ろの席をフラットにして、そこにばあさんたちが座っておしゃべりする様を見ながら温泉に行ったり、志和稲荷へ参拝に行ったり、バイキングにも行きましたしいろいろでした。

 

薪割り

さて、雪がある時期のもう一つの仕事は、薪の玉切りです。10年以上前にヤフオクで買った古いチェーンソーに頑張ってもらって、雪のあるうちに玉切りを行いました。薪割りは地面が出てからの作業で後回しですが。森林組合からの購入で3間の量ですが、今年のこのナラは地元産だそうで、県内他の木よりもとにかくここ奥羽の地で育った木は年輪が詰まってずしりと重い。切るのも苦戦し難儀でしたが、燃やすには火持ちも良くて、良い薪になるでしょう。

 

最近食べたランチから(大盛り系)

農閑期の間はいろいろ出かける用もあり、外出でランチする機会も割合ありました。寒天出張の時は3食デリバリー弁当でしたが、とにかく量が少なくて、もうご飯はいいからと結局おかずだけにしてもらって、ご飯は炊飯器で炊いて好きな量を食べていました。深夜からの長時間の勤務のため1日4食食べており、しかも酒を飲まない生活だったので、米も長野産コシヒカリを社長からもらって、自分の持ち込んだ玄米と交互に食べておりました。デリバリーのない4食目(夜食)はレトルトのカレーだったりしましたが、3食のデリバリーもおかずは少ないし病院食のようです。そういう体験をしていると、高級な意識高い系の上品なレストランよりも、大衆食堂の大盛り系に行きたくなってしまうのが人情ですね。

左は盛岡市の「田舎家」という食堂の看板メニューの唐揚げ定食です。ご飯はまあ普通盛りですが、唐揚げの量が結構多くて、お腹いっぱいになりました。人気のお店で早い時間帯でないとかなり並ぶのではと思います。右は西和賀から横手へ向かう途中にある「山内食堂」で、オモウマイ店とかいう番組で取り上げられて行列の店になりました。昔はなかったと思うので、この10年くらいにできたのでしょうか。ユーリンチーというメニューです。写真じゃ分かりにくいですが、2枚の写真ともかなりの肉の量です。これでご飯が大盛りだったら食べきれないでしょう。油淋鶏というのは初めて食べましたが、醤油の甘酢とネギがふんだんにかかった美味しい唐揚げ料理でした。

寒天からの帰りに仙台で娘と「北京餃子」という中華店に行き、また先日は息子と「中華飯店」という店にも行きまして、ずいぶん中華を食べて、寒天生活の食の70日を挽回した気持ちです。「北京餃子」は中華が各種安価に食べられていろいろ頼んでシェアして食べたりしましたし、「中華飯店」は値段は結構しましたがどれも大盛り系で、いちばんのおすすめは春巻きでした。日立システムズホールというコンサートホールのすぐそばにありますので、コンサートの前後に出かけられてはいかがでしょうか。去年の夏にはここでモーツァルトのピアノコンチェルト20番とマーラーの「巨人」を聴き、その後で一緒に聴いた子どもたちと中華飯店に寄ろうと思いつつ、結局コンサートが夜9時頃までかかったので閉店して入れませんでした。

余談ですが、コンサートでは、先日NHK教育で観たマーラーの第2番「復活」がすばらしかったです。指揮者はカーチュン・ウォンというシンガポール出身の若手ですが、リハの映像からして、表情も豊かで人間味に溢れ、とても好感の持てる指揮者でした。この「復活」は合唱を伴った壮大な交響曲ですが、これまでコンサート経験も、曲の映像を動画で観たこともなかったので、とても刺激的で新鮮な体験でした。演奏ももちろん素晴らしいの一言です。いまの時代、語弊はあるかもですが、ブルックナーやマーラーのような壮大なシンフォニーというのは時代にマッチしていないように常日頃、感じています。自分自身がブルックナーやマーラーしか聴かないような狭いタイプなので余計に阻害感を意識してしまうのかもしれません。

想像するに、20世紀のバーンスタインやテンシュテット、ひいてはフルトヴェングラーのような気迫のこもった熱い演奏というのはいまの流行りではないのかもしれませんね。コンサートの曲目を見ても、ドビュッシーやサンサーンスなど、一見王道ではないよという作曲家の演目も東北の山形や仙台でも頻繁に行われるメジャー曲目だし、シベリウスなんかも演奏機会が多いですね。ラフマニノフなども人気の演目です。もちろんドヴォルザークだったり、シューマンだったり、演奏会いっぱいあります。ただ、ブルックナーやマーラーとなると、ちょっと「引いてしまう」というのが時代のムードなのかと感じています。え、やるの、という。。去年なんかブルックナーの生誕200年のメモリアルイヤーだったんですがね。私の偏見やひがみなんだと思われてもいけませんが、クラシックのトーク番組(FMの音楽番組)とかを聴いていても、敬遠されてるかなみたいに感じる節がありますね。だいたい女性はブルックナーが嫌いという説もあります。大袈裟な感情の発露とか、壮大なクライマックスとか、そういうのじゃなくてね、いまの気分はもっと身近な身の回りの感覚にマッチした音楽が求められているんじゃないの? そういうようなご時世という気がしますね。

「全身全霊でマーラー楽曲の表現を追究したい」という感じのことを「復活」の演奏に当たってカーチュン・ウォンは語っていました。復活の合唱はラストの10分くらいかと思いますが、歌い出しは「よみがえる」、で始まります(復活する、です。auferstehen)。歌詞を検証した上ではありませんが「生きるために死ぬ」とか、「自分が息絶えてしまうことも、それが生の糧になる」という感じの詩になりますね。後の傑作「大地の歌」の集結部では、「自分がこの世にいなくなった後も、花々は永遠に咲き誇るのだ、永遠に」の言葉で静かに終わっていきます。現代の感覚としては特異かもしれませんが、しかし「全身全霊」というカーチュン・ウォン氏の言葉は、非現実的な大袈裟なドラマを語るのではない、いま風に表現しマーラーのメッセージの核心を言い当てた言葉遣いに思いました。

カーチュン・ウォンと日本フィルでマーラーのチクルスを進めているそうで、その一環としての放送でした。それならば、いつか数年以内に第8番を演奏することになるのでしょう。「復活」と同じオルガンのあるサントリーホールですね。その時はぜひ東京へ行かなくては、と思いましたね。いまは日の目を見ないかもしれない時代の周辺部の人たちが集結しますね、きっと。ブルックナーの大作第5番のコンサートが東京で最近あったと思いますが、私が情報を目にした時は完売していました。いるのです。ブルックナーやマーラーに心を打たれ、時代の気分が何であろうと何十年もひたすら愛好して来た、自分の生きる道はこれだと貫いて来た、いまはたまたま特殊な愛好家として辺境地?に暮らす人たちが。。

マーラー8番は東京時代の最後の頃にN響の特別演奏会を30年前に渋谷で体験してはおりますが、楽しみに次回のその時を待つことにします。稲刈りとかお盆や彼岸のりんどう需要期でないことを願います。

 

石割桜2025

盛岡へ出かけた4月18日、盛岡市の石割桜が満開でしたので、車を停め写真を撮りました。外国人観光客がいっぱいいました。西和賀町まではまだインバウンドは及んでいません。が、早晩われわれのこの山あいの雪国にもお客は来ることでしょう。地元の若い人たちにもそういう読みはあるでしょうし、新たな形態の宿泊業への進出も取り組んでいます。

石割桜を見た後に、せっかくなので映画の「教皇選挙」(コンクラーヴェ)を観て来ました。カトリック教会のこと、ひいてはキリスト教の文化歴史的側面について、日本人はなかなか理解ができていないと思います。私自身もたとえば哲学の勉強の中で西洋思想史の中でのキリスト教の持つ意義というのは大大テーマであるとはいえ、その本質的部分は何となく避けて通って来た気がします。でも、子どもたちに対しても、世界を股にかけた仕事をするようになってほしいし、そういう時にギリシャ神話やキリスト教文化のことを知っておいた方がよく、同時に自国の「古事記」の個々の話なども外国人に説明できるようであってほしい、などと言いはします。その通りでしょうが、なかなか。。

次の教皇を決めるのは枢機卿(すうききょうと呼ぶのが正しいらしいです)団の人たちで、バチカンに集まって教皇の選挙を何日もかけて決まるまで行う、という話ですね。そのことは知っています。教皇が選出された時は特別な色の煙で地元住民に知らせるとかも何かで憶えていました。映画だけでなく実際にいろいろ策略や陰謀とかもあったことでしょう。そういう世界史の一コマを子どもたちには知ってほしいものです。

雪が溶けたいま、映画を見たりする余裕ももうなさそうです。去年よりも雪解けが遅くて春作業は遅れています。稲の育苗だけは進めていますが、ちょっと気温が低くて、いつものことですが出芽にヤキモキの日々です。平置き出芽でみんな使うシルバーシートですが、寒冷地では天気の悪い時は「保冷」になって箱の温度を低くしてしまうため日中は外して夜に「毛布」のつもりで掛けてやります。こうして出芽を待っているうちに、出芽機で出芽した苗をハウスに並べる地元の農家に追い越されてしまうのでした。。

これからりんどうの春作業が待ち構えています。支柱を直し、肥料をやり、ネットを掛けて芽かきをする。廃園予定の圃場はいまのうちにマルチを剥がしておくし、新たに新植する圃場は溝を掘って排水を進め、5月にはこなれた畑で畝立てができるよう準備をする。りんどう作業は何週間もかけて、夏までに終わらせるような息の長い作業です。田んぼの仕事はそれに比べれば、田おこしも代かきも、田植えもまあ数日で終わる話であり、問題は植え終わった後からの除草作業です。

とはいえ田もりんどうも除草がメインの作業になるということは春の作業の形が一段落し終わってからの話で、それがおよそ6月初めまでの仕事になります。一方、秋に植え付けをしたにんにくと小麦は、もういまは形ができているので、収穫の7月までは除草がメインになります。一方で秋はにんにく小麦の仕込みの時期であり、かつ稲刈りやりんどうの収穫時期であるため、最大の繁忙期になります。

まずはいまこの春の「形にしていく」時期を乗り切りたいところです。

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雪深い早春のたらの芽栽培

たらの芽ふかし2025

寒い冬になっていますが、その中でも日中は春の気配も漂う季節になっています。今年も寒天製造の出張から帰宅して、たらの芽の促成栽培をスタートさせています。帰宅直後の頃は寒さも真冬本番で、真冬日が続いており、そんな気候の中で無理にふかし促成を始めても、時間ばかりかかって生育は遅く、逆に時間がかかりすぎることでカビにやられたりする危険も高まります。そこはじっと待ってからにすることとし、決算や確定申告、また春からのいろんな資材や種苗とかの検索や注文事務など、パソコンへ向かっての作業が主体となっていました。

たらの芽栽培としては、穂木を駒木に切断し、水に漬ける作業(樹液を出させてカビがつきにくくする意義と、発芽を促す催芽の意味があります)、水に漬けた駒木を圧力あるシャワー洗浄をし樹液を洗い流し、トレイに並べていく作業だけで、1日3時間くらいの軽作業です。収穫が始まるまではこんな感じです。

 

駒木トレイ

水に漬け終わった駒木をトレイに並べ、シャワー洗浄しました。あまりくっつけすぎて並べるとカビになりやすく、離れすぎると倒れます。だいたいこんな感じでトレイを埋めて、このまま栽培棚へ置きます。

 

穂木のテーブル電動鋸

秋のうちに採取しておいた穂木をこのテーブルカッターで駒木にします。2/3くらいは終わりました。あと1週間で手持ちの穂木は全部棚に入りますが、3段の棚全部使っても入り切らないので、残りは収穫で棚から出て行って空きスペースができるのを待ってからの伏せ込みになります。

全部伏せ込みが終わると、あとは収穫だけですが、こまめに棚を観察し、カビの発生はないか、温度や遮光の管理、水の交換は適切にしているか、日々チェックが欠かせません。日中の日差しがある日はビニールを開けて空気の入れ替えも大切な作業です。その時は扇風機で静かに風を送ったりもします。特に最上段は日光を多く受けやすく、遮光を掛けておかないと、芯の腹の部分が小さい膨らみのうちに葉が展葉する茎が出始めてしまい、結果小さなたらの芽になってしまうので、しっかりとお腹を膨らませるために暗く管理します。ダイオシートを使っていますが、日中晴れて来ても急激に気温が上がらないためにも遮光は大事なことです。

 

やまなし園3月上旬

やまなし園もまだまだ雪に覆われていて、ここは斜面のてっぺんで雪が溜まりにくい場所なんですが、まだ50cmくらいはあります。その他の田畑の平均でまだ1.3mといった感じでしょうか。近年は雪の量が少なめであったため、今年は多いように感じますが、10年くらい前など、4月1日の時点で1mくらいあった気がします。田畑の消雪も4月末の連休に突入してからという年もありました。この辺りが長野や新潟などの豪雪地帯と違う点で、関東よりも消雪の日が1か月も遅くなるのは、やはり最高最低の気温が全然こちらが低いことによるのでしょう。

 

作業舎への通路

問題は稲の籾を収納しているこの作業舎の冷蔵庫から籾を出して、籾摺り機のあるたらの芽栽培室の方へと搬送したいのですが、1mを超える雪の除雪に苦労しています。写真で見える作業場のシャッターが雪で開かず、除雪機が出せないでいました。やっと昨日シャッターをこじ開けて除雪を開始しましたが、歩いて硬く踏み固めたところとそうでない気温が上がって柔らかくなっているところとの差が大きくて、除雪機が真っ直ぐに進めないで苦戦しています。秋に籾摺りした玄米の在庫がほぼ底をつき、氷温貯蔵籾を早く玄米にして出荷を再開したいのですが。。

本当は秋のうちに全部籾摺りをしてその半分の玄米をこちら作業小屋の冷蔵庫に氷温貯蔵して、そのまま継続して出荷するようにしても良いのです。お客さんを待たせないで済むし、1回1回の出荷分玄米を雪山を越えて担いで運び出すことはできないわけじゃありません。籾摺りとなると全部を持ち出さないとダメなので、軽トラが入れるように除雪が必要なのです。もともと、秋に全部玄米にしてしまうのではなく籾での貯蔵で春に籾摺りした方が春以降の出荷分が鮮度も良く美味しいのでは、という考えで行ってきたことですが、実際のところ半年遅れで籾摺りした玄米が秋に籾摺りを行ったものより本当においしくて鮮度が良いのか、と言われればなかなかその差を実感できるものではありませんね。

農薬を使わない稲作ではどうしてもカメムシ斑点米の発生がありますので、農協の色彩選別機を使うことである程度除去することができます。そうなればむしろ秋のうちに全て玄米にして色選委託に出すことになりますので、それにより玄米品質を向上させることができて、かつ玄米をそのまま-1℃の氷温貯蔵米にすることももちろん継続します。いまの時期にお客さんも待たせません。次回作ではそのようにしてカメムシ害対策と品切れのない状態を維持することを遂行したいと思います。稲刈り直後の高水分の生出荷分だけは色選に出せませんが。。また通常の16%乾燥米とハウスでの15%乾燥米が色選装置で混じってしまうことはちょっと心配ですので、15%と16%の袋を分けて装置に入れるよう要望はいたします。

 

作業場通路除雪2025

昨日真っ直ぐに進めなかった除雪機はクローラーの左の軸のピンが切れてしまっていて、農機屋さんへ走り、そしてクローラーの回転軸のピンの穴とそれの外枠の穴を合わせるために、方向転換クラッチを微妙に切りながら軸を回転させ2つの穴を合わせ、まず折れたピンを叩き出し、新しいピンを差し込むためにさらに正確に穴位置を定め、ピンは何とか差し込めました。機体が傾いたことでオイルが漏れてしまい、エンジンオイルを補給し、再スタート。無事住宅の方から作業舎への通路を除雪することができました(やれやれです)。これで多分数日待てば雪が消えて軽トラをバックで入り口に着けて、氷温籾を運び出し、住宅の方の作業場部分に設置した籾摺り機で玄米にします。また、森林組合より薪を購入していますが、バックで入れるところまで入ってもらってユニックで写真の右側の山に薪を降ろしてもらえます。雪のあるうちにここで玉切りし、あとは地面が出てからゆっくり薪割りをします。

近々籾貯蔵在庫の籾摺りが行えますが、玄米が底をついているいま現在、米の価格が高騰していることもあり、「ポケットマルシェ」の方への出荷は注文に応じきれそうになく休止していました。自サイトの方はそのまま続けておりますが、やはり注目度が足りないせいか、そんなにサイトに直に注文が来るするわけではありません。有名サイトへの出品とは違いますね。価格は去年と据え置きで、社会で価格が高騰しているからといって、それに便乗して値上げをすることは、ちょっと恥ずかしい行為ですし、自分の経営上やむなくの値上げというのなら別ですが、今期はその理由もありません。ですので、慣行栽培のお米よりも販売価格が安くなってすらいます。といっても農協や米卸経由の店頭価格からどれくらい差し引かれて、秋に農家に精算額が入って所得が実際増すのか、その時は近所の農家に訊いてみたいと思います。価格を上げる要因はないと申しましたが、今度の秋に亀の尾のみになると思いますが色彩選別に委託を出すとなれば、その手数料分は価格に入れさせていただきたいと思います。キロ当たり数十円の値上げにはなりますが、それでより品質の良いお米を供給することができるならば、必要な工程となると思っています。

 

ハウス除雪着手2025

来月の今日辺りは種まきをしている時期です。除雪機が出せたので、ハウスと作業場の間の雪山の除雪にも手を付けました。水稲育苗ハウスの除雪はまず外周からです。反対側の側面は雪が少ないので、とにかくまずここを払うために、5回くらいかけて減らしていきました。

去年は猛暑の夏だったので、ここ奥羽の里はちょうど良い暑さで、亀の尾など、よく穫れました。先日までいた長野の人たちは、真夏は標高1,000mの茅野・原村付近でも平気で35度になるよ、とのことで、やはり東北の山間地は違うのかもしれません。気象庁のデータを見ても去年の沢内で8月6日にたった一度32.0°を観測し、それが最高です。前後に31.5℃とかは数日ありますが。。ちなみに長野県の原村の実測値は7月23日の33.5℃が最高でしたので、まあ35℃はちょっと大袈裟でしたが、32℃台は数日ありました。もっとも岩手県の北上市も結構高い数値を叩き出しており、原村よりもむしろ暑かったかもという感じです。それほどここ沢内は冷涼と言って良い地域と思います。広大な奥羽の山塊の醸し出す水蒸気や緑そのものがリビングマルチになって気温の上昇をマイルドに抑えてくれているのかもしれませんね。豪雪の影響は真夏までは持たないと思いますが。。

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稲作が終わり新米の季節へ

稲刈り2024

7月と9月に大雨があって、多雨多湿の2024年夏でした。気温は高かったと思いますが、晴天の印象が薄く、天候的には恵まれたとは言えないシーズンだったでしょうか。切り花りんどうなど園芸品目に病害が出て収量を落としましたが、いつもりんどうとお米は反対になり、今年の稲作は、大雨にもめげず病気にならないで平年よりは多収であったと思います。9月には雨が多かったものの、幸い稲刈り時期の下旬は田も割合乾いていて、去年のようにバインダーが進まないということはありませんでした。もちろん水のある中を用心して刈り進んだ箇所はありました。

 

稲扱き2024

脱穀の時期は割と秋晴れが多くて、今年は良い稲扱きができたと思います。とは言えこちらは気温の低い地域ですから自然乾燥に適しているとは言い難く、外のハセで15%まで水分を下げるというのは厳しいですね。三陸沿岸部とかで遅くまで掛けている風景を見たりしますが、長期間掛けていれば干せるだろうと思われますが、そうもいかなくて、特に11月に入って冬型の気圧配置になってくると、気温も低く小雨が多いぐずついた気候になってきます。籾の水分も下りはしません。10月中の取り込みは必須です。

 

ハウス稲の脱穀2024

そんな地帯ですので、この18間のハウスにも稲を掛けています。4mパイプ4段2連結が2列です。麦の乾燥の時は夏だし真ん中にもう1列作りますが、秋の稲の時は風通しの悪くなる中央部は設置せず2列で行います。それでも4段の下から2・2・1・1の束を掛けますし、ハーベスタに付けているメッシュのコンバイン袋ですが、ここから8袋穫れました。

 

わらカッター2024秋

外に干した通常の稲の脱穀後のわらは畜産農家さんに持って行ってもらいます。そしてこのハウスに掛けたわらについては、わらカッターで田んぼに戻します。ハウスには亀の尾を掛けていましたので、背も高くて効率が良いです。この意味でも長稈品種は助かります。ただ、このわらカット作業は結構体力を消耗します。通常田んぼは水を張っていて平面であるというイメージがあるかもしれませんが、それは慣行の農薬を使う人の田の話で、われわれは何度も除草機かけで田の中を歩きます。長靴の足跡で条間はボコボコになっています。なのでバインダーで刈る時もぶれそうになる動きを制御しながら刈っていきますが、バインダーはエンジンで走行します。このわらカッターは自走せず、エンジンは藁を切断し飛ばすための動力です。タイヤは一輪車に付いているようなタイヤで、自分で押して動かすので、これでわらを田の中で均一に散らかるように移動したり角度を変えたりして飛ばすのは結構力がいるのです。ちょっとした長靴の凹み跡でももう前進できません。むしろ移動は引っ張ることで行います。小さめの田で2枚に散布しました。ハウスに掛ける稲は5〜6アール分の稲なので、わらの量の入り具合は薄めになりますが、やはり毎年少しずつでも田んぼに還元したいものです。ハセ掛け栽培は稲わらを持ち出してしまうので。。

 

小麦の中耕除草

天気の良い日には小麦畑の中耕除草をします。今年は40cm間隔で播種しておりましたが、管理機とちょうど合っているようです。秋のうちに一度こうして除草しておくことは大事です。雪解け後の5月頃にも2度目を行いますが、やはり雪の押されて土も硬くなっていて、それほど綺麗に土が飛んでいかないのです。

 

南部小麦10月27日

10月27日の播種後約1か月後の南部小麦です。今年の秋は高温傾向だったため、秋に植え付けをするこの小麦やにんにくはとても生育が旺盛です。いつもとは違います。ああ、同じ岩手でも東北でもここより気温の高い場所は多いというかほとんどなので、みんな当たり前のように秋にこれくらいの生育になっているんだ、とつくづく感じます。こちらではそれが今年限りのラッキーな状況だということですかね。小麦の場合寒冷なのは悪いことじゃありませんが、早い根雪で年内の生育が早く終わり、遅い雪解けで春の再開が遅れることは結構ではありません。要するに雪がネックになるのが小麦栽培で、春先の雪腐れ病も原因は雪です。

雪腐れ病の対策は、連作をしないことと積雪前の年内の生育をしっかり充実させること、のようです。小麦と輪作できるのはにんにくくらいですが(あとは玉ねぎとか)、小麦と同じ面積のにんにくを交互に作付けするわけにもいきませんし、小麦の連作になってしまいます。そこで刈り取り後と次の播種の前の2か月余りの間にマメ科である緑肥のクロタラリアを栽培し、ある程度生育したところをトラクターですき込んで腐熟化し、小麦を播種するという形をとっています。マメ科を挟むことで連作の回避の意味と緑肥のチッソ分補給の両方を兼ねるのです。また、今回は、南部小麦よりも晩生であるアリーナの方を先に播種しました。ヨーロッパ原産のアリーナは南部小麦よりも雪腐れに弱いです。これは他のライ麦とかスペルト小麦などヨーロッパ小麦にも言えることで、まだアリーナは良い方ですが、それでも南部よりは危険なので、年内の生育量をしっかりキープするためには、早く蒔くということが大事になってきます。

前回も書きましたが、小麦播種は稲刈りと重なります。天気が良く土が乾いている時は稲刈りよりも小麦播種を優先します。ちょうど田植えが代かき後雑草の種が動き始める前に早く行うというのと同じで、小麦畑を耕耘ししかも土がこなれているうちに素早く播種を行う、できれば耕耘当日か翌日に、というのが鉄則になります。

 

焼石岳

いまはそんな激しかった繁忙期も終わり、一段落ついて秋仕舞いの時期になりました(とはいえ今度は雪の心配をしながらで、決して楽な時期というわけではありませんが)。それもごく最近からですが、ちょうど稲刈りが終わって、稲扱きにはまだ時間がある10月17日、かねてから計画していた焼石岳への紅葉登山をしてきました。

焼石岳はここ西和賀町に接する南本内岳から縦走すれば近いんですが、一般向けのコースじゃないので、初めてのコースで一人登山ではちょっと抵抗があり、ぐるっと胆沢ダムの方へ回ってから中沼のコースで登りました。胆沢ダムから登山口までの林道は結構な悪路でスピードも出せず、しかも紅葉の時期なのでもし駐車場が満車だったらどうしようとの心配もよぎります。その意味でその直前の3連休は天気が良かったものの入山はやめて農作業に専念し、新米時期限定の早期脱穀を行い新米を準備することができました。17日は紅葉もピークの好天の日でしたが、平日だったため、駐車場が満車ということはありませんでした(朝7時頃到着で3〜4割の駐車あり)。

 

中沼

地元じゃなく胆沢ダムからのコースにしたのは、紅葉の池を見たかったというのもありました。登山開始からすぐの中沼です。

 

上沼

やや進んで上沼。ここも素晴らしい紅葉です。

 

銀明水避難小屋

避難小屋があります。銀名水という湧き水のところです。避難小屋ってとても魅力的です。前にも書きましたが、予約も要らず値段も安い(あるいは無料)。2段ベッドが組み込まれてあってシュラフと食事の準備はもちろん必要ですが、快適に休めます。そんなに混むこともない。ただ、この場所は登山口から2時間くらいだし、焼石岳自体が日帰りの山ですので、よほど想定外のトラブルとかがない限りはなかなか利用する機会はなさそうです。6月に訪れた朝日連峰の以東岳の避難小屋は山頂近くで、大鳥池のコースで登山口から6時間。早朝に家を出て9時頃から登り始めて到着は夕方。ちょうど良い場所ですね。この以東岳も日帰りする客がいて、かなり強行になります。そのような方は前夜とかに登山口まで乗り入れて車中泊し、早朝から登り始めて日帰り登山をするのですが、そういう山行をするよりは、私は早朝に家を出て、そして山中で小屋泊をする、ということに惹かれます。人の多い関東の有名な山ではなかなかできませんが、東北の静かな山だからこそ、避難小屋を使って夜も昼も山を楽しみたいものです。

 

銀明水

こちらは銀明水という湧き水です。昔からある名水のようですね。中央に見えるパイプ?のようなものはなんでもなく、石の左下から流れてくる水をその出口の箇所で掬って飲みました。よくわかりにくいですが、木の踏み台みたいなものの右側は水の流れになっています。帰りに2L汲んで家でコーヒーや米の水に使いました。

全くの余談ですが、9月のNHK交響楽団の定期でブルックナー8番の「初稿」での演奏会があり、FMとテレビ番組とで放送がありました。指揮は現在常任のファビオ・ルイージです。今年は生誕200年ですしね。ビッグイベントです。

ビックリです。大学1年の頃から40年以上聴き続けてきた8番の初稿がこんなだったのか、と。1楽章の終わりが何と大きく盛り上がって終わるし、3楽章の頂点部ではシンバルが3連打!! 個人的にはここでシンバルが入らないハース版よりも1発大きく鳴るノヴァーク版の方が好きでしたが(その後でもう1発入りますが)、3連打は驚きでした。ノヴァーク版が好みというよりは、オイゲン・ヨッフムのブルックナーが好きだったことによります。いや、でもこの初稿は一番好きかもと思いました。発表後も改訂をくり返すことの多かったブルックナーの交響曲ですが、誰の意見に左右されず、まだ自分の完全な好みで描かれた初稿ですから、最もブルックナーらしさに満ちていると言えます。ブルックナー8番はやはり私には松本市での大学生生活の空気感がまとわりついています。10月になれば空気もぐっと下がってきて、湿度もなく、とても稲がよく乾きそうな。そういうヒヤッとした感覚が蘇りました。

しかし最近は、どちらかと言えば5番の方が好みになっています(私の趣味など別にどうでも良いことではありますが、5番には着目してもらいたい気持ちです)。2楽章も美しくて好きですが、やっぱり終楽章のコーダの部分が凄いですよね。ここの金管セクションはものすごい体力を消耗するそうです。金管が旋律を強奏し、弦楽器は完全に伴奏のリズムを刻みますが、この伴奏もまた良いんですよね。最近「カケルクラシック」という毎回ラジコで聴いている番組にゲスト出演した、NHK教育ピタゴラスイッチで有名な「栗コーダーカルテット」の一員の方が、自らの思い出深い演奏として東京カテドラルで行われた朝比奈隆の5番を挙げて、そのコーダ部分が放送で流れましたが、これもまたテンポも雄大で迫力でした。あまりに凄い演奏で、終演後誰も拍手を打ち鳴らせず沈黙が続いたそうです。オケは大フィルでなく東京都響だったように思いますが、CDで見つけることはできない特殊な音源なようでした。5番も朝比奈、ヨッフム、チェリビダッケの3人のライブ録音をよく聴いています。東京へ上京した最初の年に朝比奈/大フィルの8番を東京文化会館で聴き、バチバチと照明がショートする銀座線に乗って三軒茶屋から上野まで行きましたが(外苑前で乗り換えだったか)、その時は比較的早いテンポで進んでいましたが、生まれて初めての生の8番は感動的でありました。これが唯一の朝比奈体験でした(ハレー彗星の来た1986年です)。ちなみに、8番のヨッフム/バンベルク交響楽団の東京公演は大学生の頃に帰省中の広島でFMの生放送で聴き、これも凄い名演で、わなわなと震えました。NHKホールだったでしょうか、CDで持っていますが、私には8番のベストの演奏です。最後の3音の微妙にためながらの終わり方にもしびれました。東京へ出た年には、朝比奈だけでなく、実はヨッフムも来日していました。しかも確かすぐ近所の昭和女子大学人見記念講堂へ来たのに。。お金がなくて行けませんでした。まだサントリーホールができる前で、この人見記念講堂が日本のベストのホールとされた時期です。ブルックナー7番だったと思いますし、CDにもなっています。まだ未購入ですが、聴きたいですね。

後に、サントリーホールには出版社にいた頃にマーラーの「大地の歌」を聴きに行きましたが、オーケストラの大音量で歌い手の声が掻き消えた箇所があり、それは少し残念でしたが、マーラー自身この曲を耳にすることなく亡くなってしまっているので、オケと歌手の音量のバランスがわからなかったのかもしれませんね。オケの編成は確かに大きかったと思うので。

NHKホールにもよく行きました。1,000円の当日券D席で、会社を早めに退社して、確か6時頃から当日券発売だったような。。コンサートでは珍しいマーラーの3番や、記念碑的な8番もここで聴きました。両曲とも10年に一度くらいの稀なる演奏会ですね(地方では皆無で東京でですね)。マーラー8番の「千人の交響曲」を聴く機会など一生に一度でしょうから、貴重な体験でした。神保町の洋書屋さんでレクラム文庫版の「ファウスト」原書を買って、8番の歌詞を追ったものでした。最後の「hin an!」「上へ(天上へ)!」のラスト、懐かしいです。タムタムが一発荘厳に鳴り響き、終結する。この初演の時は当代の作曲家や指揮者はむろん、ホフマンスタール、シュテファン・ツヴァイクやトーマス・マンも会場にいたという話です。音楽のイベントが歴史的事象になった出来事と言われました。このマーラーの8番、出だしも強烈で、「Veni creator spiritus」(来たれ、創造主なる精霊よ)、でいきなり有無を言わさず引き摺り込まれるわけですが、当時就学以前の幼少の子どもたちに冒頭を聞かせながら、この意味をどうやって教えよう、「おいで、世界を作った妖精さん」で始まるんだと伝えたことも、懐かしい思い出です。