百 姓

 

 

農業は体で覚えるしかない。どんな職業もそうやって覚えていくものだけど、農業のそれはまさにやってみるしかない。そして、淡々と何気なくやっている中に見て取れるベテラン農家の知恵と判断力には敬服させられる。都会で得た経験のほとんどが通用せず、いったいいままで何をやってきたんだろうと思う…。

機械の構造や扱いに熟知し、建物を解体し、水道工事をやってのけ、時に経営者としてのビジネスセンスも発揮し、そして朝4時から起きて働く。かと言って飲めば夜遅くまで激論を戦わせる百姓…。

田かき中土を可能な限り平らにしていく代かきは技術を要する作業。

沢内へ来て農家をやるようになり、年寄りたちと話す機会が増えた。職場(畑)の近辺で出会う人はほとんどが60~75くらいの人たちだ。都会と違って農村では、いろんな世代の人たちが共通の土俵で接する機会が多い。話を聞いていると、<農家>と<百姓>は違うんだそうだ。米作りをやっている人が<百姓>なんだそうである(だから一応私も百姓のようである)。昔の百姓の様子についていろいろ話を聞き、3年間かけておおよそは理解したつもりであるが、もちろん頭で理解するだけで、実際は想像を絶する世界、だろう。

有機農法で米やにんにくを作っていると、それは50年前の味になるようで、おばあさん(んば)やおじいさん(じぃ)と話している中で「昔はこんな米を食べたもんだ」と懐かしがられることもある…。地元の農家はやめた農法を他所から来てやって昔の味を出したりするのだから、変な時代である。

昔の百姓というのは…

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昔語りを読む
 


百姓や農家がサラリーマンと違うのは、後者がその組織と肩書きに支えられた実力が問われるのに対して、人間そのものの実力と価値が問われること、それと自分の道を<誇り>を持って歩いていること、ではないか。頼るものもなく自然に対してはすべてがさらけ出てしまうのだから、小手先の能力ではすまされない。…もっとも人間関係において、その人となりが大切なのはもちろんどちらでも同じだけど。

肩書きのない農家だからこそ、何をやって生業にするかは、全くの自由である。昔から百姓はそうして生きてきた。米だけで生計を得ていたわけではない。木を切り炭を焼き、いろんな副業をこなしてタフに生き抜いてきた。閉塞した感じの現代社会において、農家にこそ<自由業>の可能性が開かれているように思う。アイディアや実行力次第でいろんな収入を見込めるのだから。知性と感性をフル回転して生きていきたいものだ。

だから、私は何だか<農業者>という枠に規定され、どんな作目ををどれだけやっている、と聞いて農家の規模や分類をされてしまうのは少し抵抗がある。職業上、農業で暮らしを立てる事実に変わりないけれど、<農家>なり<百姓>なりの言葉にはもっと懐の深さを感じる…。職業、と言うのもためらわれるほどの何かが…。

専業農家として現代農業戦線を生き抜いていくためには、ベンチャー企業的ビジネス農業を追究しなければならないのかも知れない。しかし、百姓が歩んできた道を切り放して現代農業があるわけではない。儲けること、高く売れるものを作ることだけに囚われた農家像にはあんまり魅力がない。昔は、百姓するのは<儲けるため>ではなく、その百姓の営みが<百姓として当たり前>だったのだ…。常に基本に立ち返りながら次のステップを模索していくことが、何事でもそうだが大切なんであろう。