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奥羽の秋を満喫(熊バトルも)

三ツ石山頂遠望

稲の脱穀が終わり、稲作の外作業が完了しホッとしています。10月は大変雨が多く、最終の亀の尾の脱穀は先週の本当に数少ない貴重な晴天を狙っての実行になりました。冬晴れするような地方でしたらいつまでも干して乾燥を続けることができるんですが、ここは日本海側気候の多雪地帯でそうはいきません。実際その日以降に冬型の気圧配置が続き連日の雨模様になっていて、現在までハセに残せば余計に厳しい状況になったと思います。多少水分が高めでしたので、送風機を使って補助的に水分を下げています。これは大事な工程で、来年の秋まで品質を保つために重要です。その後、色彩選別をお願いしていて、その農家の作業が終わる11月上旬に作業が行える予定です。現在も玄米白米共に出荷はできるまでになっていますが、できれば色選にかけたお米の出荷がお勧めになります。

カメムシは近年増加傾向で、殺虫剤を使用しない農家には悩ましい現実です。解決するには色選を導入するしかありません。農協等の大型施設で少量多品種の色選受け入れは断られることがほとんどで、有機農家でも高額な設備ですが小型の色選機の導入が増えています。

さて9月・10月は大変な繁忙期で作業は隙間がなくみっちり続くのですが、どうしても紅葉登山がやりたくて、まだ稲刈りも始まったばかりの時期でしたが、9月30日に三ツ石山に登って来ました。あまりにも紅葉で有名な山ですが、時期が早いんですよね。もう2週間でも遅れてくれればもう少し楽なんですが、午前中で下山できるという行程ですので、行って来ました。多くの客で駐車場が満杯になるため、平日に限られます。雫石観光協会の情報とかを参考にし、天気との兼ね合いで、多分ベストの日に行けたのではないかと思います。写真は山頂手前の岩の小山から山頂を撮りました。楽園ですね。。素晴らしかったです。

 

三ツ石から岩手山

そして山頂から真東に位置する岩手山です。いま現在は岩手山も中腹付近まで雪化粧をしています。

 

三ツ石山頂

これが山頂の標識になりますかね。平日ですが、さすがの名勝地、人は多かったです。

 

三ツ石のりんどう

りんどうが咲いています。エゾ系ですね。山にりんどうはよく咲いていますが、どれも背が低く、1段とか1.5段の花ですね。いまわれわれが栽培している花が5段以上になるようなりんどうは野生では存在しないということですね。

 

三ツ石登山ゲート

三ツ石山登山口のゲートです。この手前に駐車場がありますが、私が到着した午前6時台の時間帯では既にゲートに一番近いスペースは満車で、3分くらい歩いた次の駐車場に停めました。このゲートからはしばらくは舗装路を歩き、そこから山道になり、全体で登り2時間、下り1時間半という感じでしょうか。初心者でも楽勝コースですので、人気もあります。確かに山頂の眺めは素晴らしいの一言でした。

 

栗駒山遠望

一度山に行くと、すぐにもう一度次の山に行きたくなります。三ツ石と並んで岩手で紅葉の山といえば栗駒です。ここも午前中で完了できる行程の山なので、せっかく岩手にいますし、登って来ました。10月10日でした。去年は割と近くの焼石岳に登りましたが、ここは一応日帰りコースで、昼食持参(といってもコンビニしか開いていないですが)での山行になります。途中から見上げた栗駒山です。三ツ石以上に混んでいました。

 

栗駒山頂より

頂上からの南斜面の眺め。きれいではありますが、2日遅かったかな。

 

栗駒山中腹

山腹の辺りはベストの見頃で、本当にこうした景色を見ながらの歩きは楽しいです。

 

真昼岳奥羽の山並み

さて、一方、こちらは地元沢内の真昼岳登山の様子です。これは9月1日に行きました。こういう地元の山は登山客もいないし、熊とか何かあった時のことを考えると、特に初めての山は一人で行くのは勇気が入ります。私はまだ未経験でしたが、秋田の知人が、「自分の先祖は岩手奥州の地からこの辺りを辿って秋田に移動し角館に行き着いて定住したらしく、その行程の景観を山から遠望してみたい」という気持ちを持っていて、じゃ行こうということになって、この機会に4人で登って来ました。半日ではちょっと無理で弁当持参しての山行です。山頂から見た奥羽のど真ん中の山々。。これに何か神々しい故郷感のような憧れの感覚を持って、30年近く前になりますが、沢内へ移住して来ました。

家からの真昼岳この前の冬の出張帰りにドライブした紀伊半島の山々、南方熊楠が闊歩した南紀の山々も同じようなイメージがありましたね。

山に住むわけでなく、山里に暮らすのですが、このような山々を有した山麓で暮らすことに喜びを何となくですが感じております。家からも真昼だけのてっぺんが見えます。300m下ると、もう見えません。

 

真昼岳山頂

真昼岳の山頂です。

 

真昼岳山頂神社

山頂には小屋があって、神社になっていました。ここでお昼を食べました。いろいろ現地に来て考えてみると、どうもここは秋田の人の地元の山だったのでは、と畑と思いました。この神社も秋田の方の地元町で建てたようです(大仙市でしたか。花火大会で有名な大曲がりの辺りです)。岩手の沢内には真昼温泉という温泉もあるし、家からもてっぺんだけが見えますが、ただ、どちらかといえば秋田側に開けた地形のようだし、秋田側からの方が楽に登れるようでした。ここに秋田の人に大回りして来てもらったのは、考えてみれば申し訳なかった気もします。

 

飛竜の滝

登り始めてすぐの飛竜の滝です。筋が綺麗でした。誰一人出会うことのないひっそりした山旅。。三ツ石や、特に栗駒は大渋滞でした。登りと下りの客のすれ違いが大変です。まあ超有名な紅葉の山に、一度来てみて良かったとは思います。ここ地元の真昼岳付近も紅葉は綺麗でしょう。静かな紅葉狩りが楽しめることは予想できますが、紅葉の時期は実りの時期で、熊たちの活動も、この9月1日の時よりも激しく活発になっていることでしょう。いまはもう紅葉もこちら里の方に降りて来ていますので真昼岳ももう冬景色になりかけているでしょう。山は一人でと決めており、こうして4人で話をしながら歩くなんてもうないかもしれません。貴重な山行でした。

一人で山に行くのがなぜ良いかは簡単な理由でです。紅葉など見頃がタイトな時期で、しかも天気との兼ね合いがあり、さらには混雑する駐車場を回避する意味で、農家である自分は平日にさっと行けることが最大にメリットですから。

 

兎平2012年10月15日

2012年10月15日に同じ出発点から、真昼岳まで行かず途中の兎平まで、家族で登りました。小学校が土日何かの行事で、翌月曜日が代休になり、平日の登山でした。もちろん人がいるわけもないし、兎平の山頂でラーメンを食べようとカセットガスコンロで湯を沸かしていた時に、バッタリ熊が現れて驚きました。秋田側からやって来ましたね。すぐに体を反転し逃げ去りましたが5〜6m先という感じだったでしょうかね。いまは秋田や岩手では死亡事故も起きています。この2012年の頃は熊もまだそれほど多くもなくて凶暴化した個体もいなかったのでしょう。ザックに3歳の子を入れて歩きました。背景の紅葉が綺麗です。奥に見えるのは真昼岳?でしょうか。

 

西和賀自然素材製品1

前にも紹介したことがある町内の茅葺き屋根の古民家「ツキザワの家」で西和賀の自然素材を使った雑貨の展示会があって、見に行ってきました。もともとあけび蔓の篭などを地元のお婆さんたちが作っていて(沢内の若畑地区)、そのあけびやくるみ皮、山ぶどう蔓を使った製品は当園のHPでも紹介し、受注もしていました。しかしその後、冬場にストーブで暖を取りながらの編み作業は農閑期でもあり続けられたものの、夏場に山に入り素材を収集する作業をする人がなかなか不足していまして、結局素材が足りないということで、やめてしまったわけではないけれど、HPとかで販売することは終了していました。

ところが、最近、写真家でさまざまな自然や文化に根ざした活動を行っている瀬川強さんが、沢内の貝沢地区に植物素材の豊富な区域の管理を取得されて、この場所を中心にいろんな加工品に活かせる植物資源を収集しようという活動を立ち上げました(西和賀自然素材研究会:NSK)。こうして雑貨に似合った素材を集めながら、以前からの篭はもちろんですが、いろんな製品を作る人も集まって、こうして展示会が行われたというものです。

 

西和賀自然素材製品2

木の皮を使ってコースターなどの手作り品ですね。

 

西和賀自然素材製品3

いろんな種類の雑貨が展示されていました。すべてを逐一撮影したわけではありませんが、その創作活動は刺激的で、いつか自分にも、とも思いますが、こういうセンスはなかなかなくて、婦人グループ活動が主体になると思います。私は農産物という素材の提供者という立場でしょうね。。

 

稲被害概要

さて、このほど稲扱きも終わって稲作も一段落ですが、ハセに掛けた稲をめぐっての熊ファミリーとの戦いは本当に激しかったです。毎日、20束落とされているという感じで、束の籾はすっからかんになっているわけではないので、元に戻します。稲を上手に口で扱いて籾をきれいに食べるということはできないんでしょう。もちろんあちこちにちに見られる糞には籾が大半を占めていて、食べてはいるんですが、籾はかなり残っていて、とはいえ、束でなくバラされた穂を1つ1つ集めて脱穀するということまでは手間上できませんで、減収にはなりました。途中ひとめぼれやササシグレなどは先に脱穀しましたので、その後は残った亀の尾がターゲットになるのは当然ですが、全部の稲がハセに掛かっていた時も、なぜか亀の尾が集中的に狙われた気がします。掛けていた位置がちょうど気に入った食事場所だったのかもしれませんが、いずれ亀の尾が好きだったようです。

 

稲被害詳細

栗駒へ登った日、日中当園の園地内の農道を親子3頭が歩いていたそうで、ちょっと驚きました。いままで昼間に農道や圃場内で見かけたことはなく、必ず私が寝静まるのを待って深夜に活動していると思っていましたし、それは間違いありません。ちょうど私がいない日に昼間に現れたということは? 「お母さん、今日は軽トラがないね。山にでも行ったんじゃないの。大丈夫だよ、庭の栗の実を食べに行こうよ」という話になったのかもしれません。実際死亡事故も起きていて笑い話やほのぼのした物語ではありえませんが、毎日稲は食べられていて、それもあって、先日の亀の尾までの脱穀の決行としました。稲扱きが遅くなればなるほど稲は減っていくし、逆に、経験上、遅くまで掛けたから15%まで下がりましたというものでもないのです。ハーベスタの脱穀作業も糞を踏み踏みの作業です。。

稲や栗はある程度仕方ないですが、こうして熊一家を多少は養っているんですからね。人身危害だけは遠慮して欲しいです。そうしてしまったら稲も来年はないし、人間側から報復がありますから。

 

親子の糞の違い

糞だらけの農道を歩いています。食べ物が少なくて空腹でもちゃんと出るんですね。左は子熊、右は母熊の糞です(10月21日)。子熊のは籾殻でできていますが、母熊の方は緑が混じっています。脱穀したわらを回収に来てくれた酪農家の人が、熊は食べるものがなくて牧草を食べている、と言っていました。そうか、それで緑色なんですね。子どもには稲をお食べ、と言い自分は多少食べもするが足りなくて草も食べているんでしょう。昼間は園地に出て来ないので別の場所で草を。熊が増えすぎたこともあるのでしょうが、かわいそうな話です。もっとも籾には脂肪がなく、どんぐりなどの木の実に脂肪は多いので、いくら米を食べても当面の空腹をしのぐだけなんですが。。

 

にんじんも被害に

にんじんも掘って食べていますが、あまり好きじゃなかったでしょうか。悪さしただけでした。サツマイモがまだ未収穫ですが、土の中なので気づかないですね。とにかく冬眠前のいまの熊には必死です。が、里にはもう稲もなく、食べるものもなくなって雪の時期を迎えます。

こうしてブログを書いている今日は10月29日ですが、熊に関して悲しい出来事がありました。アスファルトの車が行き交う道路の端に、子熊の手(足?)が切断されて落ちていたのです。手のひらを見れば小さくて明らかに子熊です。こちらに撮影した写真も掲載いたしますので関心ある方はご覧ください。雪国文化研究所の職員さんが見に来てくれて、いろいろ見聞した結果、オスの熊による共食いだろうということに落ち着きました。車で轢かれたという感じでもありません。残りの体もありません。親子3匹で歩いたうちの子熊の1匹なのかと思うと、ちょっとかわいそうでなりません。初夏の繁殖期にオスが子熊を殺すという話は聞いたことがありますが、いまの時期、これは明らかに冬眠前に空腹が限界になっての行為と思います。オスで体も大きく、メスよりも摂取量も多いのでしょう。もちろん母熊がこんなことをすることはありえません。他の動物で子熊を食べ切るなどもありえないです。タラノキ園のすぐ側の公道での昨日から今朝にかけての出来事でした。ネコ科のライオンなどは獲物をまず仕留めて、絶命させてから食べるそうですが、熊はそういうことができず、生きたまま食べ始めるらしいので、その苦痛は計り知れません。先日の北上市管内での2名の犠牲者は明らかに食用として人を狙ったみたいで、お悔やみを申し上げます。オス熊の登場でこうした事態になってくると一段階危険度が進みます。気をつけて作業もしたいし、飼い犬のセブも暗くなるまでに早めに家に入れてやるべきと思いました。

追記: 翌日10月30日に、ちょっとした地区の集まりがあり、犠牲になった子熊の話をしましたが、そこで、ある人が「子熊に手をかけたのは母熊かもしれない」と言い、意表をつかれました。子熊は2頭いましたが、限界の食糧不足で、季節も進みさらに食べれる物もなくなった。このままでは3頭とも冬を越せない。そこで2頭の子熊のうち弱っている方を犠牲にして食べることで、もう1頭の子熊と自分の2頭が生きながらえるべきではないか。母熊がそのような究極の決断をしたのではないか、という考えでした。折しも、最後の稲の脱穀をした直後でもあります。いよいよ食べ物がなくなった絶望感がそうさせたのかと思うと、もう少し稲を掛けていた方が良かったかなとも悔やまれもします。こんな事態は想像すらできませんでした。そして、その翌日から、強い霜も降りて氷点下の朝となり、昨日今日は熊の気配はなくなりました。よくテレビで見ます岩手大学の熊の先生も、都市部でなく確か山村部の場合でしょうか、食料がない時は逆に早く冬眠してしまえということも起きうる、と言っていました。10月29日の未明でしょうか。お腹に肉を入れて、里から去り、2頭で冬籠りに入ったかもしれません。

とはいえ、これも人間の想像です。手をかけたのがオスなのか、メスなのかはわかりませんが、飢饉の時のこういうバランスの取り方を野生は行って来続けたのでしょうね。

子熊の手は保管されています。よく熊の手は飾り物で見ますが、子熊の小さい手を見ることはあまりないと思うので、貴重な教育資料になるかもと思います。

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ダッシュで秋じまい作業。。

亀の尾の姿

晩秋になり、冬型の気候が次から次へとやって来て、すぐに雪が降るほどではないにしても、どんよりと暗く寒い11月。積雪前にやるべきことは山ほどあるのに、天気はずっと雨マーク。最後の気合いをこめて片づけ作業を進めています。昨日はずっと気になっていたハセの解体と横棒の作業小屋2階への搬入作業が終わり、ホッとしています。

何より、脱穀が終わって、あああとは片づけだけだな、終わった感が滲みます。亀の尾が現在の主力の品種になっていますが、やはり姿が美しく、ハセ掛けが似合う品種と思います。今年一番の期待を込めて作付けしたササシグレは7月の長雨で病気にかかり、収量が低く、今期は亀の尾とひとめぼれが主な出荷となります。極端に病気に弱い品種を薬を使わずに栽培することはハードルが高いことは十分わかってはいますが、しかし実際玄米を食べてみて、ササシグレは魅力を感じるお米です。来年は無難に小さい田で作付けします。これからしばらく長期出張に出ますため、ササシグレの出荷は2月中旬より10kgまでの少量出荷でお届けさせていただきたく、その際には宜しくお願いいたします。

 

ハセの熊被害

7月の長雨と並んで、今年の稲作にダメージとなったのは、熊による食害です。毎年、山ぎわに面した田の山ぎわの方の稲をこっそりと食べていたのは知っていました。が、今年は堂々とその山に面した田全体を歩き回っていた上に、いままでは手を出すことがなかったハセ掛け中の稲も毎夜手を出して荒らし、結果、相当な減収被害になった次第です。全てが胃袋に入ったわけではないにしても、バラバラにされた籾は回収できるはずもなく約100kgは減ってしまった感じですね。

秋じまいを進めているいま、タラノキ園やりんどうの通路など至る所、思わぬ場所にバインダーで結束した状態の稲の束が見つかっています。持ち運ばれた稲はすべて、綺麗に脱穀されていて、熊の歯で千歯こきのようにして食べていると想像されます。ハセから落としただけのものや、付近の籾がまだ残っている束はハセに掛け直します。毎日50束も掛け直すのは疲れました。

ハセ掛け乾燥中には、10月6日の暴風の被害もありました。今日も暴風が吹き荒れていますが、強い冬型が到来し、ハセが折られて倒れた状態を、全部いったん束を外し、柱を立て直して、横の棒を組み直し、下ろした稲を再度掛ける。大変です。次いで、全体的に傾いてしまった他の部分は柱にロープを巻きトラクターで引っ張って傾きを直す作業もあり、これも繁忙期真っ只中なのに、余分な仕事でした。冬だったら視界ゼロの大吹雪というところでした。

 

稲わらカッティング

脱穀が終わって、残った稲わらは8割くらいは畜産農家さんに引き取ってもらっていますが、残り、ちょうどハウス内に掛けた稲のわらはわらカッターで田に還元します。天日干しの稲作はわらを持ち出してしまうので、面倒な作業ではありますが、田に戻してやります。これで稲作の外仕事は終わりです(ハセの片づけが残りますが、空中の作業なので最悪積雪後でもできる作業で後回しです。がこれも終わりました)。

 

秋のにんにく米ぬか施用

にんにくも秋のうちに一度草取りをしてやって、その後にマルチの上から全面米ぬかを撒いてやります。これが雪の下で腐熟して、春には植え穴の土と混じって良い追肥効果、乳酸菌補給効果になってくれることと思います。

 

タラノキの伐採

少々の積雪は良いのですが、どっさり雪で埋もれる前にしておかなくてはいけないのが、タラノキの伐採です。このように、11月になりますと全ての枝葉が幹の付け根から落ちて、1本の棒の状態になっています。これを、下の方の、太さによって1〜3芽分残して上を伐採します。それが2月後半からのたらの芽栽培の穂木になります。地際から切って収穫してしまえば来年の芽がないので、必ず芽の位置を確認しつつ、太さによって残す芽の数を勘案しながらノコギリ(剪定ノコ)で切っていきます。重いチェーンソーなど使わず、細身のノコギリで軽快に切って置いていきます。

全部切ったら、通路で20〜30本ずつ縛り、軽トラに積んで作業場に収納します。休眠期間がありますが、その間は寒天製造の出張に出ておりますので、たらの芽生産は寒天から戻ってきてからの2月の作業になります。雪のない地方では2月になって必要時に伐採しても構わないことです。

 

晩秋のタラノキの様子

真ん中の株のように1株で4本くらい立ってくれると理想ですね。秋の伐採時に何本芽を残すかはとても重要で、芽が少なくて太すぎる穂木になっても無駄になるし、多く芽吹かせて細い木が乱立してもたらの芽が小さくなる。細い木はいまは放っておいて春に伐採して捨てることになります。また、せっかく最後まで生育したのに、その後枯れてしまって色合いの黒ずんだものも見られ、そういう木は株元ももう枯死した感じになっています。こういう株もあり、新たに植えつけた養成株もあり、とにかくいっぱい植えておくことが大事です。

 

木の実の種

さて、秋の稲刈りが終わった頃の時期だったですが、ツキザワの家で写真家瀬川強さんの渾身の企画展「西和賀の木の実」があり、見に行ってきました。木の葉っぱや実、種について、どれくらいわれわれはわかっているでしょうか。本当にわかりません。たとえばブナの実が不作で熊が、と報道されるものの、ブナの実を知っている方がどれくらいいらっしゃるか。。長い自然観察の活動の中から得られた標本をずらり陳列されていました。圧巻です。

 

熊の餌

今年ほど熊に泣かされた年もありませんでした。この写真の実を数々食べ歩きできていれば、熊御膳の中に「稲」は記載されずにすみました。糞が消化し切れなかった、というかそれ以外に食べ物がなかったことでしょう。籾殻100%でできているという熊の糞もあちこちで初めて見ました(写真にも撮っています)。

 

イワテヤマナシ研究会

11月になり、研修会も全部ではないですが参加しています。イワテヤマナシ研究会が盛岡市のアイーナで開催され、西和賀の人々にも声かけをして、割合多くの参加者が出てくれました。「香り」が最大の特徴になる昔からの岩手固有のやまなしをジーンバンク活動として残そう、またバラエティ豊かに品種が混じり合ってできた多彩な風味の実を集め、優良なものを食品加工の商材にしてゆこう、と話し合っています。不思議なことに、芳醇な香りが立ち込めるナシというのは豊水幸水ではなくて、昔から賢治の時代より親しまれてきたイワテヤマナシオンリーです。香りを生かしたデザートの試食会も開かれて、その風味を堪能しました。

イワテヤマナシの増殖ということを考えると、ナシの台木(マメナシ、等)を苗木業者から準備して、そこにお気に入りの枝を接木するという手法が主力になります。来年は当園以外の人たちにも植えていただく計画になっていて、いまから楽しみです。

秋じまい作業もあと少しです。天候が非常に悪い中ですが、庭木の雪囲いや外に出された鉢とか放置されたジョウロとか諸々の片づけをもう少しですが頑張って済ませたいと思います。建物の窓を雪から守る雪囲い板の設置もありました。