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寒天出張から南国経由の軽トラの旅

佐久間ダム

2月23日朝に、「今日で終わり」という話になり、寒天の仕事が終了しました。いつもこんな感じで突然に終了します。そして、その後ですが、今期の帰り旅では、いつも小麦やにんにくを買っていただいている伊豆半島でカフェを営んでいらっしゃる方の古民家に泊めていただきながら、私も自分の産品でお付き合いのある近郊の方々と懇親をするという旅がメインの帰路となりました。

約束の日が2月25日と決めてあったため、24日まで働くことになれば当日の出発で伊豆に向かうことになりましたが、1日前倒しだったので、その場合の計画に入れていた、天竜川沿いの道を浜松方面へ南下する、というコースを加え、渥美半島まで走った後に愛知県内で宿泊し、翌日に伊豆へ、という計画に変更しました。

東京で出版の会社に勤務しながらバイクであちこち走っていた時代に、浜松から天竜川沿いに長野(飯田市付近まで)まで走ったルートを思い出しながら逆走した形です。主に飯田線に沿った道路になります。

去年は飯田から名古屋へ向かう国道を走り、まあ普通の道路でありましたが、この天竜川ルートは一味違います。飯田から天龍村へ出てから愛知県境を目指す道なんですが、まずすれ違う車はありません。以前も茅野滞在時期に出かけて記事に書いたことがありましたが、大嵐(おおぞれ)という駅まで走って、茅野に引き返しました。今回はその続きで、まずは佐久間ダムを目指し、静寂の道路を走り、ダムまで辿り着きました。

 

佐久間ダム付近のトンネル

東京時代のバイクの時に、手掘りの様相の岩肌が残るトンネルを走ったことが記憶に強く残っていましたので、今回走る動機づけになったのですが、いまも健在でしたね。佐久間ダムより南の側でした。

 

渥美半島伊良湖岬から

そして一応、この天竜ルートは達成し、市街地まで出たので、あとはどうするか? 時間的に宿に行くのはまだ早いし、明日は天気が悪く、しかも伊豆まで到達するために、今日のうちに渥美半島まで行ってみようと決め、岬に向かいました。

知らない土地を旅するので、距離の感覚はよくわからないままで、結局思ったより時間がかかって、渥美半島先端部の伊良湖岬に着いた時は夕暮れで、灯台の灯りも灯っていました。。。車を泊めた場所から10分くらい岬へ向かい歩きました。誰もいないしまだ2月です。ちょっと不安なドキドキ感も味わいつつ、写真の場所まで来て引き返しましたが、車に戻った時は真っ暗でした。明かりが見えたのは良い体験でした。

帰りは真っ暗な海を右に見ながらでしたが、行きは名の花畑や花産地のハウスなども見えて、渥美半島の景色を楽しむことができました。

 

浜名湖(舘山寺から)

翌日は雨の1日でしたが、浜名湖に立ち寄ってみた時は曇り空で、舘山寺というエリアに駐車して、遊歩道を楽しみました。そこから見た浜名湖です。

 

浜名湖舘山寺の穴地蔵

遊歩道には穴地蔵という史跡があり、ここは眼についてのご利益がある場所だとか。。

そしてお昼頃には浜名湖を去って、伊豆を目指しました。いつもですが、走ってばかりで時間の余裕もなく、コンビニでサンドイッチを買って車で食べるという、あまり旅らしくない昼食のまま、伊豆へと急ぎました。

 

Teasalon Kibi

今回の目的地である南伊豆町子浦にあるTeasalon Kibiに到着しました。寒天作りの同僚の藤井君と手前の温泉地で合流して入浴後に向かい、この由緒ある大きな古民家にて、近所の画家さんや、ユニークな内装や茅葺きを手がける若い職人さんやもう一軒の交流のあるカフェさんたちと一緒に楽しい懇親の時を過ごしました。

天城越えをして下田という市街地に入りますが、そこまでは誰もが知るであろう関東の郊外である地方の土地としての伊豆ですね。ただ、そこから南伊豆町を目指して走ると、だんだんと様相が、私などが馴染んでいる「田舎」になってきます。最後の15分で関東の地方の土地柄、から、西和賀にも少し通じるような真性の「田舎」へと変貌していくのが面白かったです。途中に寄った風呂は下加茂という地区の温泉で、「ポリネシア風呂」と呼ばれてました。中は南国風で面白かったですね。鉄骨の農業用ハウスの中に温泉が作られています。伊豆には謎の古代文化との交流があったらしいという話を寒天作業時に雑談で聞いていて、その時にポリネシアと接触があったと言っていたので、これは、だからポリネシア風呂か、と感じました。古代の交流は史実か。。

翌日からは素晴らしい好天で、暖かく、さすが伊豆です。写真は古民家の玄関付近です。ちなみにこの辺りは車が入ることができず、最後は荷物を持ち何分か階段を降りて玄関にたどり着きました。われわれのところのような広々とした空間に点在する農家の建物、というよりは狭い傾斜地に家がぎっしり立ち並ぶ住宅地です。狭い平地に、入植した漁家たちが山を削って家を建てて暮らしてきたのでしょう。

 

藤井君のピザ

やはり「田舎」に住まう者どうしは話も弾みます。同僚だった藤井君は春から秋までは北アルプスの山小屋で暮らしていて、岳人ですが、ピザ作りも上手です。みんなで持ち寄った料理で楽しみました。私には何のわざもなく、長野からの持ち寄りについては彼任せとなり。。

 

アリーナのケーキ

いまは店舗を休止されているのですが、もう1軒のカフェ(「ハナのつむじ」)の方が当園のアリーナで作って持って来ていただいたチーズケーキ風の菓子です。素晴らしいです。自分はただ生産に従事しただけで、こういうことはできません。しかし小麦の栽培をやっていて良かったと思える瞬間ですね。このような作品にしていただいて。

 

南伊豆子浦

近所の若い職人さんの住居を訪ねました。子浦を見下ろせます。素晴らしいですね。天気も良く穏やかな湾。砂浜でどこかの大学の応援団らしき数名が合宿でしょうか、声を出して練習に励んでいました。この景色は忘れられないでしょう。

 

ぼろんじ

子浦の「ぼろんじ」という海の家と、その右に画家さんの住まいです。紋様があれですね。伊豆松崎町の。「ぼろんじ」にはストーブが設計され、料理にも使えそう。上述の若い職人さんが内装を手掛け、また海の家もいろいろな趣向で運営なさるようです。関東の皆さん、最南端の南伊豆町まで足を延ばせば、また違った濃い田舎度の伊豆を楽しめそうですよ。

 

石部の棚田

翌日は南伊豆をドライブしました。石部の棚田と呼ばれる景勝地です。河津桜が満開ですね。ここの茅葺きは職人が手掛けました。

 

石廊崎の夕陽

いろいろ回って遅くなり、夕焼けの石廊崎へ。少し手前でゲートが閉じていて、少し歩きましたので、ちょうど夕暮れ時です。

 

石廊崎灯台

石廊崎の灯台です。伊豆最南端がここですね。

そして2日目もまたポリネシア風呂に入って、そして再びKibiさんの古民家に泊めてもらいました。再び職人さんたちと懇親をして。

 

大室山から富士山

南伊豆に別れを告げ、寒天藤井君と大室山へ行きました。ここはリフトのみで登頂できる独立した面白い山です。山全体を覆うススキの原っぱをちょうど2月に野焼きして、いまはこのように黒々とした山肌です。ふつうは山頂から見える眺めは周りの山々、でしょうが、ここではグルリ周囲を囲んで麓の街並みが直下に見えて面白かったです。伊豆半島でも北東部に位置するので、もうかなり首都圏から近いですよね、熱海などが近い。富士山もよく見えました。南アルプスもです。

 

河津桜

さて、同僚とここで別れて、小麦等を買っていただいているもう1軒のカフェさん、ハナのつむじへ向かいました。残念ながら現在は自宅兼店舗での営業を休止されて、注文を受けた弁当や惣菜の宅配をメインになさっているようでした。河津町でして、市街地の方ではちょうど河津桜の祭りをやっていました。

そして山間部のつむじさん宅に出かけ、ここでいろんな話をして、伊豆を離れて、帰路へと着きました。

「約束」がある旅程は終わりました(子どもと会う約束はまだ残ってますが)。寒天仕事がいつ終了になるか、当日までわからない。南伊豆の方々との約束も複数名の都合の調整だし、2転3転しました。ホテルの予約だって直前まで取れませんよね。。まあ、軽トラの幌でシュラフで寝ても良いんですが。今回寒天中にリサイクルで購入したので。たぶん来年は再び「約束のない一人旅」で帰路に着くでしょう。寒天に行ったとするならばですが。シュラフは持参した方が良さそうです。特に南国方面を経る時はOKですね。

 

三軒茶屋

懐かしい三軒茶屋を通過中です。少し寄り道して10年住んだこの街を走ってみました。アパートは既になく、大家さんの家も建て替えられて、別の人の名前になっていました。

ここ三茶から、会社のあった文京区白山にバイクで何度か通勤しましたが、そのコースを走ってみました。渋谷で少し道を間違えたりしましたが、道路というのは変わりませんですね。靖国神社を左に見て右折し、武道館を右に見て、神保町から左折で水道橋経由で白山の会社があった辺りに行き、それから東大の近辺を通行中に、末娘から、東京の神社で水琴鈴守というのを買ってきて欲しいとLINEが入りました。ちょうど根津神社とか近かったので寄ってみましたが、なく、湯島神社ならどうかなと向かったが、ここもなく、神田明神に行ってもなくて、帰ろうと思った時に、東京天満宮にはありそうとのことで、ここでやっと手に入れられました。お守りは1,000円でしたが、ちょっとだけ泊めたパーキングで4箇所、3〜4千円かかりました。東京のパーキングは怖い。。

そして、いわきへ予約していて、そっちに向かいました。神社巡りで時間を使い、またまた時間をが押してきて、霞ヶ浦を見物するのはやめました。

 

福島第1原発

最終日はいわき市から仙台、山形へ寄って帰る計画で、国道6号を海沿いに北上しました。福島第1原発がある地区を通過しますが、右の海岸方向へは通行が規制されていました。浪江町の辺りで小学校の遺構の存在を示す看板を見て右折して海岸へ行き、遺構を見て、それから海岸沿いに原発らしい煙突やクレーンを遠望しました。方向的にも第1原発なのでしょう。

仙台で大学生の息子と昼ごはんを食べ、それから山形市へ向かって長女に米を渡したりして、夕方山形を発って秋田へ抜けて、自宅に帰り着きました。3月1日でしたので、2月もまるまる留守にした形です。それから1週間が経っていますが、確定申告やりんどう関係の資材注文書作り、たらの芽の伏せ込みのための諸々の作業で、結構忙しいです。とはいえ、夜はゆっくりAmazonの映画を観たりできるし、事務はこたつに入ってのパソコン作業ですから、そんなに億劫なことでもありません。

こうして記事を書いたり、秋に買ってあった外付けのディスクにこれまで撮り溜めていた20年分の写真数万点を「写真アプリ」という特定の形式を外して永久保存できる形にしようと、いま書き出しの作業をしながら(時間がかかります)記事を書いています。とりあえずいまは、以前のiMacに貯蔵され、いまの新しいiMacには容量の関係で移植できず、HDDにバックアップしておいた2万5千点を500GBのSSDに書き出す作業をしています。長く保存するにはむしろHDDの方が長持ちするらしいですが、日頃アクセスして写真を取り出す作業を行うにはSSDの方がスムースでしょう。将来、30年後とかに子どもたちがMacだかWindowsだか、それとも予想もつかない媒体でも子どもの頃の写真を閲覧できるように、オリジナルの状態で編集をしない、アプリに依存しない状態で保存している最中です。まあいま現在では写真を素早く検索してコピーしたりするには写真アプリの形式の方が探しやすいですけどね。いずれiMacの内蔵ディスクには20年分の写真は収まりきらないので、外付けへの保存はやむなしですし、バックアップは絶対必要です。そしてこの外付けのディスク自体も何年かおきに新しい外付けディスクへコピーし直す必要もあるでしょう。絶対安心なクラウドがあれば、そこの方が良いかもしれませんが、その時は制作したディスクのデータをそのまま送れば良いですね。膨大な時間がかかりそうですが。。

秋に買ってあったと敢えて言いましたのは、その昨年秋よりもいま現在は外付けのHDDもSSDも2倍の価格になってるのです! 買っておいてよかったです。AI事業の需要によりレアアースの奪い合いが起きているための高騰だ、という感じのことをAIが言っております。まあ、便利だし、AIについ何でも聞いてしまいますよね。盛岡でカツ丼の盛りが良い店はどこですか? とか。。

中山間事業の総会の資料作りもあり、また伊豆のカフェさんと共同計画しているクッキー作りのための栽培種子の検索も進めています。諸々の事務作業に、まあチャットGPTが役立ってくれます。とはいえ雑多なネット情報を元にしているので不正確極まりないこともあり、にんにくについての乾燥中に起きた障害の原因を尋ねた時の回答については、青森の専門家山下さんから訂正を受けたりもしています。パソコン関係の質問の回答では、OSやアプリののバージョンが違って、画面表示と違うことを話し出して、バージョンはこうですと告げると、ああ、そのバージョンでしたらこうですね、という感じで意見を変えますが、いずれ簡単な鵜呑みは厳禁です。

けっこうかななりしんどい寒天の出張作業を終えて、また長旅を経て帰っているので、疲れは出ています。たらの芽は着手が10日以上遅れてスタートになってしまいましたが、まあ適度に休みながら、こうしてパソコン作業している時間が体の休み、になるわけです。積雪はまだ70cmくらいですが、こうして雪の解けるのを待ちたいと思います。

寒天が終わって工場を出発して旅に入ってから、2週間ですが、もうずいぶん昔のような気がします。寒天の時期は1日1日がさすがに長く感じられ、もう永久にここにいるのかという気にさえなりますが、終わってしまえば遠い過去です。よく寒天人たちにも言うのですが、山形から秋田県に入って湯沢の辺りまで来ると、11月までの地元での記憶がリアルに甦ってきて、11月の記憶と現在が繋がって、逆に長野の3か月が夢だったの? と、まぼろしになっていくのです。それこそ離れた距離、のなせるわざでしょう。

だからこそ、こっちもやはりつらい農作業の激しい現実の日々に、時々長野で走った道や場所が懐かしく思い出されることもあるし、晩秋になると、また長野に行ってもいいかな、と言う気持ちが少し出てくるのかもしれません。大学時代に4年間過ごした県でありますしね。そうでなければ続かなかったかもしれません。

 

 

 

 

 

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寒天出張大詰めです

茅野からの穂高周辺

晴れ渡った冬空に北アルプス穂高周辺がよく見えています。松本や霧ヶ峰からとはまた異なったアングルで、大キレットもはっきりですね。穂高岳の真下に寒天工場があります。右の方に常念、中央に蝶ヶ岳、蝶の奥に槍があるようですが。。

 

片付け中の庭

11月最終週から始まった冬の出張仕事である寒天作りもようやく終了の日が訪れようとしています。あまりにも長い日々に感じます。寒天を並べていた設備具を取り外し、田んぼに戻します。左側に設置していた防風ネットを外し、枠を取り外しているところです。田にはトカシと呼ばれる木が取り払われてそれを支えていた杭が残っていますが、これも昨日撤去しました。

 

完成したマルタバ

少し前まではこのように出来上がった寒天を束に仕上げていて、生産工程としてのわれわれの作業は終わります。あとは表面を削ったりして袋詰めにしていく作業は事業主の家族で引き続き行われて、製品に仕上がります。

 

マルタバ作り

これまでは何年も煮込み作業が終わったら帰宅していたので、このような庭作業はしていなくて、今回初めて行った「マルタバ」作り工程ですが、結構大変な作業でした。このような型に積んでいき、最後はアールの組み方で置き、全体をギュッと縛ります。経験者はもっと綺麗で素早いです。

 

立石公園

煮込み終了後の期間にも悪天候で1日だけ休みの日があり、2/11の祝日でしたが、諏訪湖方面へ出かけて来ました。写真は諏訪湖を見下ろせる立石公園ですが、「君の名は」の映画でモデルになった場所として人気のスポットになっているようです。隕石が落ちて来る場所でしたか。諏訪湖から公園へ上がっていく最中には、混雑を避けるため駐車場の混み具合をライブカメラで確認してほしいとか、車中泊は禁止などの看板がありました。この日は冬の天気の悪い日だったので、混んではいませんでした。外国からの訪問者もあるようで、1人見かけました。

 

蓼ノ海

最初、立石公園は霧にスッポリ覆われていて何も見えず、もっと上の蓼ノ海という湖のある場所へ向かいました。こちらへの道は除雪もしてなくて、走行跡の轍を追って進みましたが、このような写真の湖で、誰もいませんでした。

それで引き返して先の公園へ着いたところ、霧も晴れて、曇り空ながら展望が得られてラッキーでした。

このような状況で普段より大幅に延長して作業が続いた冬の出張でしたが、まもなく帰路に着き農家に戻ります。確定申告と並行し、たらの芽の栽培を開始せねばなりません。

雪解けの春まではまだ1か月半ありこれからが当園では冬の後半戦になります。こちら諏訪地方では春を迎える時期なんですがね。岩手に戻ってからも引き続き宜しくお願いいたします。

次回は帰路の旅の様子をお伝えいたします。

 

 

 

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新年も寒天作りで幕開けです

元日の天

長野県茅野市でテングサの煮込み作業を続けていまして、特段休みとかもなく新年を迎えております。まだ予定の1/3しか進んでませんが、あと1か月すれば煮込みは終わりです。深夜からの長時間に渡る作業工程ですが、無心に、無欲に、焦る気持ちも遮断し、1か月を過ごします。

 

元日の天出し風景

人数が今期は少ない中、庭の人たちも元日から頑張って天を出してくれています。通いの人は正月に家でいろいろしたいこともあるでしょうが。。建屋に泊まりの遠隔地従事者は、じっと部屋にいるよりは仕事をした方が良いとも思うでしょう。私自身これまでの数年間の中の休日(煮込みが休み)で、だいたいのところは行き尽くしましたので、油代もかかるし仕事してる方がそれだけ工程も進むということで結構なことです。

 

釜

バーナーの調子も良く早めの時間に沸騰しています。早めに煮込みが始められるのはありがたいことです。とはいえ煮込みといってもドンドンと草を放り込むわけでなく、ここで10分待つとか、ここでエアを放つ(コンプレッサーによる攪拌)とか決まりがあり、煮込み完了まで2時間ちょっとかかります。そして火を止め10数分待ってから全体のエア攪拌を念入りに行って、下に張り付いた草を上へ剥ぎ取り上げて、その日の工程は終わります。

 

煮込み終了後に夕方早めに寝て、今度は深夜11時から釜からバケットで舟の濾過装置へ煮汁と草を丸ごと移し、布のフィルター、竹の漏斗で濾して、下に溜まった液を容器(モロブタ)にポンプで移し、冷めたところで包丁で切断します。これを野外に出して(天出し)、凍結と融解をくり返して棒寒天(角寒天)が出来上がります。写真は漉した液を注入したのが冷めて固まったところを切る天切りの工程です。3:40〜5:30までかかります。

 

キース・ヘリング美術館

さて、クリスマスの頃に天気が悪くて休みとなり、夏の野良仕事の時にラジオでお勧めと聞いてチェックしていた、キース・ヘリング美術館に行って来ました。八ヶ岳山麓ですが山梨県になりますね。

 

キース・ヘリングの作品

キース・ヘリングのことは良くは知りませんでしたが、単純で敢えてわかりやすさを全面に出しながら、いろんなメッセージを描き込んだ作家のように思います。美術に長けた審美眼など全く持ち合わせておりませんが、素人目線ながら美術館に行くのは好きですね。

ここ茅野市での出張時期の部屋にいるときの時間の過ごし方(そんなに何時間もありませんが)はほとんどがスマホでの調べ物や、美術館博物館で撮影した写真を細部までじっくり眺めたりすること、あとはマップでドライブ旅行や登山の構想を練ることくらいです。通信の状態も良くないし、WiFiもなく夜に映画を楽しむこともできません。そもそもが夕方5時に就寝しますし。

 

蛇を戴く土偶

キース・ヘリングから富士見町に行き着いたので、そうだルバーブの専門産直店舗へ行ってみようと向かいましたが、閉店。ここは3回以上来た気がしますが、開いていた試しがありません。張り紙があって、月に5、6日しか営業してなくて。まるでお店としての体をなしてません。ちょうど関係者が出てきたのでどうなってるのか訊いてみましたが、経営が変わって、Googleマップとかもアクセスもできず、営業の告知ができないが仕方がないといった話。まあもう2度と来ないかなと思いました。ここだけで売っているのは確かルバーブのビールだったでしょうか。

その後、駅前の600円の日替わり定食が有名なお店で日替わり定食を食べ、それから思い立って井戸尻考古館へ行ってみました。

写真は髪がヘビになっている土偶です。

 

始祖女神像

こちらは始祖女神像という土偶。この2点をみるだけでも訪れる価値はありますが、その他にもたくさんの土器等の展示があり見応えがあります。

 

八ヶ岳昔の絵図

続いて隣にある民俗資料館も訪ねます。八ヶ岳についての古い絵図、良いですね。

 

代掻き作業機

代掻き作業機、代馬用です。なるほど原理は同じですが、輪で羽爪を括ることで強度を保持してますね。

 

除草下駄

除草下駄もありました。左側の下駄は除草機の回転器具が付いていて、滑らせることで回転、除草になり、草を沈め込む鉄板と合わせ2つの機能を持っています。なるほど。

 

籾摺り機

籾摺り機は初めて見ました。

 

元日の寒天建屋

元日の寒天建屋です。本日の作業が終わった後に。

 

軽トラin寒天工場

崖の上のハンパなスペースに軽トラを停めています。煮込みが続き発車の機会が減っています。黄色い目印棒よりもミラーがバックに下がると、崖から転落になります。祠が見守ってくださっているでしょうか。

頑張ろう、1月。