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田植えが終わりました

田植え2023

真夏の暑さが来たかと思うと雪が降りそうな寒さで乱高下した気候の5月が終わりました。亀の尾とひとめぼれ、それに昨秋分けていただいた「ササシグレ」の苗などを植え、今年の田植えがまず終わりました。2回目の植え代かきをタプタプの水量にして回転を上げてトロトロ層を作る狙いのやり方をしてみましたが、部分的に凹凸になったりもし、そう簡単ではないなという感じもしました。今期は地域おこし協力隊による援農活動も加わっていて、例年以上に、よりきめ細かく稲作の諸作業をきっちりこなしていけたらと思っています。

何より、ササシグレがこちらの冷涼な気候でどうなのか、これが最大の関心事です。

 

チェーン除草2人版

そして苗の活着を待ち、チェーン除草をしました。写真はひとめぼれの田です。協力隊員の彼と2人で引っ張り合うことで、直接背中にたすき掛けロープで田の中を曳きずって歩かずにすみますね。田の短い幅の方を向かい合って往復でチェーンがけしておりますが、この後の動力除草機を使った作業は長い面を進行することになるので、90度逆の引き方をしてみました。うっすらと既に生えた雑草を取ることはできませんが、撹拌して泥水を作ることには効果があることと思います。あんまり田植え直後ですと苗に影響がいくし、遅れると田面が固くもなり、タイミングが非常に難しいです。

 

にんにく2023年5月

にんにくも旺盛に育っています。やはり雪解けが早かったのはありがたかったですね。春になって株元の草取りをし、次はトウ摘みですが、その前に気になっていた通路の雑草の草刈りも、今日完了できました。

 

2023年5月末の小麦とにんにく

にんにくと並んだ6月1日の南部小麦の生育状況です。いつもはこの6月になってからの出穂ですので、1週間程度前倒しで進んでいます。去年秋の播種は播種機を使用しました。均一に蒔けるというメリットもありますが、おそらく一番の効能は、覆土が深くならないで済むという点と思います。溝を掘って手で播種し鍬や長靴等で覆土するというやり方ではどうしても覆土が厚い深蒔きになってしまい、それが生育や、あるいは積雪地の難題「雪腐れ」菌に負けるという状態を招くと考えられ、播種機はそれを防いでくれるようです。

写真は南部小麦ですが、雪解けが早かったからか、その播種機使用が良かったか、これまでにない生育の良さです。一方のアリーナ小麦は、マメ科緑肥のクロタラリアの漉き込みの効果によってか、昨年の壊滅状態に比べるとそこそこに生育してはいますが、まだいくらか雪腐れの影響は受けているようです。アリーナは今度の秋は別の圃場で緑肥も行った上で作付けしてみようと思います。アリーナはヨーロッパの品種だけに、基本、雪には弱いのだと思います。それでもここ沢内でこれまで何年もしっかり育ってはくれました。畑を変えることで再び長稈の濃い葉色の姿を再現したく思います。

それにしても、南部小麦は雪腐れには非常に強いことは検証できました。とはいえ、ここは豪雪地です。雪腐れの原因となる連作を避けるためにも南部小麦圃場にもマメ科緑肥栽培を盛夏の休耕期間中に、全圃場とはいかなくても、順次行っていきたいと思います。緑肥の種代はかなり高価なので、そこが難点です。

 

自家製ルバーブのジャム

2021年晩秋に植え付けをしたルバーブが、昨年2022年の1作を収穫せずしっかり養成し充実させて、今年初めて収穫しました。当園とも共同で農産加工を手がける「味工房かたくり」の加工場でジャムになりました。第1号です。

 

ルバーブ園2023

「クリムゾン・チェリー」という品種になります。西日の強くない畑に籾殻や稲わらをたっぷり入れ、有機質(油粕)のみの栽培になります。近年は夏場の高温猛暑が特に西日本東日本では顕著なようです。ルバーブは暑さを嫌う作物でもあり、ここ沢内のような冷涼地で適度な雨により過乾燥にならない土地柄はかえってルバーブに向いているとも思われます。反面過湿にも弱いため、排水面の配慮は必要です。この場所は住宅の敷地と隣接した元々は田んぼでしたが、川のそばで石が多く、それはマイナスではありますが、水はけはとても良いのです。田としてはザルで不利でも、ルバーブにはきっと味方してくれる気がしております。

 

ルバーブ根塊

植え付けした時のルバーブの根塊です。今後数年間隔で、適宜株を掘り上げてはスコップや押し切りで4等分くらいにし、増やしていくという作業が晩秋または早春に必要になります。

 

タラノキ園2023

タラノキ園の管理も進めています。タラノキは根(種根)より発芽して増殖するのですが、いまこの雑草に覆われた通路部分で、地下に張り巡らされた種根から芽(ヒコバエと言ったりします)がにょきにょきと出て来ていて、それを見つけスコップで土が崩れないように掘り取って、別に作った畝の定位置に植えていくという作業をしています。たらの芽は受注が多く、生産が追いつかないので、できればしっかりと穂木が確保されるよう拡大努力をしたいし、それはいまのこの時期の作業になります。根を直接掘り取って育苗箱等で人工的に発芽させポット育苗して移植するというやり方もありますが、温度湿度管理は難しいですし、こうした切り取った根でなく土中の生きた根から発芽し地上に出現するヒコバエは質量ともに圧倒的に良好です。

逆に、家の敷地内に安易にタラノキを植えることは要注意です。定期的に草刈りで刈っていればいつか絶えてしまいますが、そうでなければあちこちにタラノキが出現し、いろいろ困ることもあるでしょう。庭木の方はご留意ください。

7月に入ると成木の畝は繁茂してもう畑に立ち入れなくなるし、いまのうちに草取り等の管理作業もしっかり進めておきたいものです。写真向こうの方はまだ植えたばかりの苗状態なので秋まで圃場に立ち入れますし、小さい苗のうちはしっかり8月まで草取り作業をしたいと思います。

 

早池峰神社

さて、現在左手首の治療をしているのですが、午前中で終わる診察の後に、病院のある北上市から遠野の早池峰神社に足を伸ばしてみました。雨の日ということもあり、農作業しなきゃと足早に帰るのでなく、やはり時々車を走らせていろんな土地を見ることで心と体のバランスが取れる気がしています。盛岡の知人から早池峰神社の由来についてなど聞く機会があり、関心を持っていました。附馬牛(つきもうし)という遠野の山間部にあり、なんか良い感じの景観でしたね。附馬牛、自分には心地よい土地柄でした。

 

早池峰神社山の神

阿仁でマタギ資料館や山の神を祀る神社に行ったりしましたが、この早池峰神社の中にも「山の神」の碑がありました。

 

早池峰神社馬の絵

遠野は馬産地ですよね。味わい深いです。時々ぼーっとこういう場で安らぎたいと感じます。

 

地早池峰神社地図

入り口付近にあったとてもわかりやすい案内図です。薬師岳がありその向こうはいったん谷間で幹線道路が走り、そしてその奥に早池峰山がそびえているんですね。静かな佇まい。月並みですが、心身の洗濯になった気がします。

 

稲荷穴

早池峰神社に向かう前に、いまは遠野市の宮守(ワサビの産地)でワサビラーメン定食を食べ(ラーメンと餃子にワサビが。。)、そして近くの「稲荷穴」という洞窟を見学しました。洞窟は好きなんですが、ここはちょっと中に入って探検という感じではなく狭い洞窟内に川が流れているというものでした。平日だし、ほぼ誰もいない山道のドライブです。長野県最南端天竜川沿いの誰もいない道路を走ったことを思い出しました。ここよりも天龍の方が秘境感があったかな。

 

宮守眼鏡橋

同じ宮守の「眼鏡橋」、昔子どもたちと来たはずですが、あまり記憶に残っておらず。。銀河鉄道が地上から空へ駆け上っていくシーンが彷彿されますね。

ちなみに、映画「銀河鉄道の父」を観て来ました。賢治の地元県というだけあり、平日でもかなりのお客さんでした。つくづく、妹トシが不憫ですよね。聡明で、賢治を励まし、最大の理解者でしたのに。。賢治の持つ迷いや心の弱い部分、内面の葛藤や自己批判的な傾向、現実を直視しようと力みながらも自分の慣れ親しんだイメージ世界にこもりたがる傾向。。こうした点はとてもわかり、自分も近いのかなと思います。役所広司が演じた父親像は、息子への愛と理解しようとする気持ちに満ち溢れていました。いままで何となく解釈していた賢治の父の印象とは異なっており、私には意外に思えました。

 

旧岩谷堂共立病院

かつて子どもたちを連れて訪ね、その断片的な記憶だけが頭に残って、あれはどこだったかな、と気になってGoogleマップで調べてみる、ということを夜に最近よくやっておりますが、この「旧岩谷堂病院」もその一つで、賢治の映画を観た後に、思い立って訪ねてみました。江刺の「えさし藤原の郷」の近くにあり、15年くらい前に「種山ケ原」へ行った帰りに見つけて立ち寄ったと思います。今回、管理人さんがいて(美しい人)、他に誰もいませんしとても丁寧に解説していただきました。

子どもたちが大きくなっていくにつれ、小さかった時の記憶が遠のいていって記憶が幻のように感じる時があります。そういう記憶の断片像をたどり直してみたい気持ちは後ろ向きであまり健全なことでもないのかもしれませんが、田畑で黙々と稼ぎながらも、時に田畑を飛び出して映画を観る、いろんな土地を訪ね歩く。。先にも述べましたが、そういうことを織り交ぜてくらしていくのが自然なことなのだと最近思います。

子どもたちが小さかった頃というのは農業面でも栽培技術的にまだ確立していないさまざまに不安定な面もあったし、そんな中でも子どもらにいろんな世界を見せたいという願望もあって、農業と外出スケジュールをこなすので精一杯でした。その出かけた先の中身などしっかり味わえていなかったかもしれませんね。前回同じように思って訪れた「マリア観音」について書きましたが、過去の不完全燃焼の部分をたどり直してみたい、そんな気持ちは誰しもあると思いますし、時々は田畑から出て何かしらの見聞を続けたいものです。

年齢的にも、人生の集大成をという年頃に達して来たのかもですね。。

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シーズンが終わりました

亀の尾乾燥中

11月に入ると北日本の日本海側は天候不順になり、ここ奥羽の里も毎日どれかの時間帯には必ず雨が降っているという気象がずっと続いています。10月中には終えなくてはならない稲の脱穀作業の後には、切り花りんどうの畑に残る残茎の刈り取りと運び出しが秋じまいのメインの作業になります。

とはいえ雨に濡れて、もはや乾くこともないずっしりとしたりんどう残骸の重さ。。株元から刈り取り後、とりあえず大まかな運び出し廃棄作業は済ませ、支柱からネットも外しました。そうすればあとは雪が降っても問題ありません。圃場全体に細かく散らかっているりんどう残渣をいま無理矢理集めて廃棄場所へ持ち出せば気分的にはすっきりしますが、むしろ別の新植りんどう畑の草取りなどを行っておいて、春になって軽くなった残骸を雪解け後に運び出すのがいいかな、などと逃げ道も頭をよぎっています。

今年もまもなく長野県茅野市に出張し、伝統製法の寒天作りに携わる時期になってきました。どこかで農作業は強制終了にして、目前の庭木や建物の雪囲いとか、ハウスのビニール片付けや、下の方の雪に曲げられてしまう直管パイプの金具を外し地面に下げておくなど、いろいろ目先の作業を思いつくままに片づけていると、昨日もあっという間に暗くなり。。

昨日は暗くなって籾摺り機と計量器をエアコンプレッサーを使って掃除して、大体のところは片付きました。籾摺りは、まだ籾のまま氷温貯蔵しているもう半分を残し、これは春の雪解け後に行って秋までの出荷分とするという計画です。その春の時にもまた掃除はしますが、その時はより完全に米ぬかっぽいクズを完全に除去しておかないと、暑い夏を越えて次の秋に使う時に困ったことになりますから、気が抜けません。

就農当初というのは、コンプレッサーも持っていませんし、籾摺り機の掃除など頭をかすめることはあっても、他のことに気を取られ、やり過ごして失敗し、米の品質を下げてしまうこととかもありました。年の功で蓄積が増していくと、前は気がつかなかったことも現実的な対象になってきて、そっちに投資することもできる余裕も出てきます。何十年もかけて、完成はありませんが、より高めていく。これ以外にはありませんね。

初めて、「亀の尾」を作付けしました。貴重な種籾を譲っていただいた秋田県沿岸部の方では7月の下旬に出穂したということでしたが、当地ではお盆を過ぎても穂が出ません!! ちょうど8月10日頃から岩手では強い低温に見舞われ、大変寒いお盆を過ごしました。ラジオでは暖房をつけたというリスナー報告まであったくらいで、ひどい寒さでした。中山間地向けの「いわてっこ」についてはまず穂の出揃った後でそれほどの影響はありませんでしたが、ひとめぼれに加え、ササニシキ、チヨニシキ、そして亀の尾という今年試験栽培した晩生系は収量を落とす結果になり、残念でした。この10日は続いたでしょうか、真夏の大低温は冷害といっても良いくらいに思いました。それでも世間の作況指数って平年どおりで、本当かなという気もしますが、ここ西和賀ではいわてっこからあきたこまちが主流で、ササニシキも亀の尾なども誰も植えていないので、まあ冷害が話題に上る感じでもなかったようです。

その亀の尾ですが、結局8月の下旬になって出穂が始まった感じで、揃いもまばらでこりゃだめかなと思いましたが、一番最終の10月14日まで待って稲刈りをし、上の写真のように乾燥を終え、そして脱穀籾摺りをしてみると、結果的には質・量ともに一番良い出来でした。やはり予想してたように背丈が長いために穂の籾もしっかり付いてくれて、しかも冷害に強いお米であったと思います。水口の冷水に当たりながらしっかりとした穂をつけた3本の稲穂が元になっているということで、本来の気候なら秋田に10日くらい遅れて8月8日くらいに出穂しようと思っていたところ、突然の低温がやってきて、ここでじっとこらえ、寒さが過ぎ去ってからおもむろに穂を出す。そしてそれからの登熟は一気に進み、10月14日という天日乾燥の農法にとっては最後の刈り入れと言っていい時期に無事間に合わせてくれた。

しかも当園で主にいわてっこで深刻ですが、カメムシの害というのがこの亀の尾では全くなくて、完全に食害される時期を違えることができたということと思います。緑色の米も少なくて、とても綺麗な玄米だったのには驚いています。やはり化学肥料を多投して倒伏に耐え高収量を出すという現代品種よりも、昔からある肥料もそんなにない時代の長稈種が適っていると改めて繰り返しになりますが思います。小麦のアリーナもまさにその通りの良い出来高でありました。

来週から長野での寒天作りの仕事に出かけますが、この亀の尾は持参し出荷に対応します。秤と袋の都合で10kgまでの出荷とさせていただきますが、お試しいただけたら幸いに思います。また、本来の亀の尾は山形県の庄内地方というこちらよりかなり暖かい場所が原産地となります。今回ここ冷涼な沢内で稔った籾をしっかり塩水選で選抜して来年の種籾とします。そういうことを繰り返していくことにより、こちらの環境で良く稔った個体の集積が田全体に及ぶことになり、地域に合ったお米になっていってくれることと思っています。

 

ブルーベリーの紅葉

秋も進み、ブルーベリー園も紅葉です(いま現在はもう過ぎて雪囲いの紐でぐるぐる巻きになっておりますが。。)。小果樹やベリー類も今年は結構新規植え付けをしました。ハスカップやアロニアなど比較的木という感じの大きさのものから、ラスベリー、クランベリー、リンゴンベリー、といった西洋のものからモミジイチゴ 、草いちご(これにはカジイチゴとか苗代いちごといった名称のものも含まれます)、そして種から育てたワイルドストロベリーも畑でかなり旺盛に展開中です。営農というよりはまずは楽しみです。自然のままに育てるようなやり方もあるし、出来る実の味にこだわっていろんな肥料資材の研究を行う栽培を試みるのも楽しみですね。

 

ルバーブ根塊

シーズン最後に、注文していたルバーブ根塊も11月になって到着して、すぐに植え付けをしました。クリムゾンチェリーという品種で鮮やかなピンクのジャムを作るとこができたらと、これも大きな楽しみであり、地元産直やネット販売で小さく始めながら、じっくり育てていきたい部門です。

 

ルバーブ園植え付け終了

わらカッターで稲わらの裁断したものをしっかり散布して全面耕耘し、それから根塊の数だけ植え穴を掘って有機物をたっぷり施して、植え付け覆土をし、鍬で畝を立てて2条列になっています(縦横共に1m間隔)。上に籾殻をしっかり撒いて、これでルバーブの秋の仕事は終わりになります。雪解け後が楽しみになりますね。大きい根塊も植えていて、これは来年から収穫もできるようです。来春以降、追ってまた報告いたします。

次回からは茅野市からの記事投稿になります。スマホからで写真のサイズや文字の打ち込みでやりづらさはありますが、貴重な製法での特産食品産業ですので、これも気力体力が続く限りしっかりと関わっていきたいと思っています。朝方に強く降った霜もそろそろ溶けてきたでしょうか。昨日に続くこの好天で最後の農作業を行いつつ、何か秋じまいで忘れていることはないか思い出しながら過ごしたいと思います。