
3月末まで雪がなかなか消えなくて、特に西和賀町の中でも中南部の地区よりもこの辺りは雪が多くて、気長に待つのみでしたが、4月になってから一気に雪解けが進んだ感じです。強風が多かったことも雪消しを進めました。
当園は4月10日に稲の種まきをスタートさせるよういつも段取りをしています。段取りは、ハウスの除雪と、水稲培土の搬入(「花巻酵素」社製)、籾の芽出し(ハトムネ催芽)が一致して揃うことです。
いつも思うことですが、有機の稲作りは薄蒔き・太い成苗作り・1株2本田植えといったセオリーがあるものの、東北の冷涼地帯でそのままの模倣は危険であります。ここ西和賀は同じ岩手県内の内陸部の盛岡や花巻よりも冷涼で、日照も少ない土地柄です。6月でも結構寒い日は多いし、稲の分げつはなかなか難しい。最初から2本植えで攻めてもそれが大きな株に生長することは難しいですね。ですので、ある程度箱に厚まきにして、しっかりと本数を植える方針にしています。成苗植えを目指して日数を育苗期間にかけるよりも、本田への移植と活着を進めた方が良いかとも思っています。その分というわけでもないですが、坪当たりの株数は60と間隔は広めて植え付けします。
今年は去年秋のご注文に対する供給不足を身に染みて感じており、13アールほど拡大しました。いままで育苗ハウス内のスペースで行い、播種後はすぐにそばのプール床に並べておりましたのが、プールの面積も拡大されたため、別途作業場で種まきをし、運搬車でハウス内に運ぶという形になりました。ちょうど搬入した水稲培土も作業場内に置いていましたので、その場所でそのまま作業をしました。
2年前にもらった播種機を使いましたが、種籾のホッパー下の苗箱の移動が電動モーターで進む方式です。その次の覆土は手回しです。が、手前に見える緑色の箱だとスムーズに播種時に移動していくのですが、右上の方に見える灰色の箱の時は播種最中時にスムーズに移動せず止まったり変に進んだりと不穏な動きをするために、播種にばらつきが出て、手直しが結構ありました。そうならないよう箱に手を添えて均一に動くようにしたり対処しますが、フイっと進まれたりすれば、そこは播種が薄くなるし、どうもダメでした。何十年も経った機械ですしね。2年前まではは「みくに式」という苗箱1枚ずつレール枠をはめて手動で播種する器具でやっていましたが、来年はそちらに戻すか、灰色の箱だけ「みくに式」に戻すか、ですかね。

ハウスの除雪は3月17日に。ハウスと作業舎の間に山のように雪が溜まるので。。ハウスのアーチ曲がりが始まる肩の寸前まで積雪していて、これより上部に雪が溜まるとパイプが雪の重みで曲がってしまいます。そのように最大積雪期を迎えるのは時期的に2月20日頃になるため、この頃までには冬の寒天作り出張から帰宅せなばならないのですが、今年は2月以降ひどい雪降りがなかったようで、寒天仕事の作業延長があり遅れましたが、何とかハウスを壊さないですみました。

奥羽の里西和賀町の4月はまだ冬景色でもあり、4月10日頃といえばまだ平気で雪も降る時期です。雪原を渡ってくる風は冷たくて、ここだけ除雪し土が露出したハウス内も当然地温は低いです。西和賀ではほとんどの農家が播種後、苗箱を出芽機に入れて2日間一定の高温環境下(30℃くらいでしたか)で出芽をさせ、それをハウスに並べる方式を取っています。その間のカビ等防止に農薬を使用します。当園はそれをせずハウス内にプール枠を囲った中に、播種後すぐに並べます。自力で出芽してもらう方式ですが、いつも種まきしハウス内に並べた後の出芽するまでの期間は本当に気が気でなりません。播種後10日を超えると、経験的に発芽率が落ちてくる気もします。今年は割合と気温が高く助けられました。播種後8日でほぼ均一に出芽してくれたのは嬉しい限りです。もちろん今後の推移が大事なので気は抜けませんが、第1段階はクリアした気持ちです。
ラブシート・透明有孔ポリシート・シルバーシートの順に3枚を被覆しており、曇天の日は上のシルバーは気温の抑制になるため外して透明シートで温めます。逆に日照がある日は箱の温度の上昇を抑制するシルバーを被せます。夜はシルバー含め3枚のふとんで保温するという格好です。気温の抑制を狙った反射シート(太陽シートなど)は、ここ沢内では使えません。20年以上前に買ってはみましたが。そもそも積雪期中の育苗で地温も外気温も低い中、出芽のために温度が欲しい時に曇天の日に太陽シートで一生懸命種籾を保冷している、という不条理な行為ですね。ビニール系は出芽までの土の乾燥を防ぐ目的もありますが、出芽が揃った後は、ラブシート1枚での管理になり、水を溜めプールにした後はシートは全部外します。
シート類も値段が高く、ラブシートなどうちは18mでよいのに50m単位で2万円します(210cm幅)。ラブシートだけは他に流用できる品もないので、20年以上使ってかなりボロボロなので来年は買うしかなさそうです。

さて、雪解け一番で行う仕事の一つにルバーブの株分けがあります。もう芽は出かかってますけど、いったん掘り上げて角スコップで3当分くらいにジャキっと切って元の穴と別の2穴に植えます。当園では縦横共に1m間隔で植えて、マルチでなく抑草シートを被せ、株の部分をカッターで切っています。もう少し活着したら、新しく広げた部分にもシートを被せますが、その前に株周囲に油粕をやりたいですね。植え穴には籾殻をふんだんに使っています。ピンクのルバーブは綺麗な色のジャムになるし、また株を入手することも困難なので、これは絶やさずに株分けしつつ育て続けたいと思います。

たらの芽の出荷作業も最終盤に至っております。今年は寒天作り出張の帰宅が遅くなったこともあり、たらの芽のスタートも遅れました。本来、この4月20日頃という時期は完全に露路・天然のたらの芽が南から出荷されてくる時期で、施設栽培としては終了していなくてはいけないです。それでも注文をしてくださる方がいてありがたいですが、出芽の波があり遅れていて、ようやく最終の一群の収穫発送が始まりました。もう注文を終了にしないと、出荷物が足りなくなる可能性もあり、受注はストップにしました。
4月に入ると好天の日はたらの芽水槽の気温は25℃を超えたりもします。ここは単管で骨組みし透明のポリカで囲まれた施設内で、日射による気温上昇があります。ハウスと同じようなものですね。暖かくなってくると、施設栽培のたらの芽にとっては逆に過酷な環境下になるようで、ハカマの部分が着色したり、芽が出ないものもあり、極小のものも出たり、管理が難しくハジキも多くて、私のおかずも増えてきます。逆に、2月の早い時期から伏せ込みを始めて、寒い中なかなか育たず、そのうちにカビが生えてしまうこともありました。3月まで待ってふかし始めるのがベストのようですが、水槽の場所には限りがあり、全部伏せ込んで残った余りの駒木の処遇が難しく、最初の出荷が始まって水槽スペースが空いてから最終の待機したタラノキの伏せ込みになり、それが遅れた最終の一群になります。それが昨日4月21日にスタートし、この数日で一気に終了させるという感じになっております。外の仕事も始まっていて、しかもたらの芽の収穫(駒木からの切断)は発送直前の当日午後になってからですので、外仕事ができない前日夜間とかに切って準備したりもできません。。
雪が解けると全ての仕事がゴーサインになり、眩暈がしそうな時期を迎えます。

今年の試験品目ですが、オーツ麦を蒔きました。春蒔きで可能ということで、豪雪履帯では秋蒔きはいろいろ困難ですので、合ってますね。オーツ麦は「えん麦」と言われればお馴染みの緑肥作物で、当園でもいつか使った記憶がありましたが、この試験は緑肥や飼料用ではなくて、オートミールの食材用として栽培するものです。ただし、オーツ麦は収穫脱穀後は写真のような状態で、いわゆる小麦などのようにハーベスタの中で殻が剥けて玄麦として収穫袋に集積されるというのと違います。稲と同じように籾状態で収穫されるのですが、オーツ麦は殻ががっちり実に絡まっていて籾摺り機で玄米になるというものでなく、この殻剥き・殻飛ばしが困難だと言われています。
脱っぷ機(デハラー)と呼ばれる装置で、しかもオーツ麦に対応した専用あるいは汎用のデハラーなんでしょう。そういう大がかりの設備でオートミールが生産されているようで、とても個人が小規模に行えるような代物ではありません。国内にも大規模な工場はあるようで、そこで国産あるいは輸入によるオーツ麦をデハラーし、さらに加湿して潰す(圧ぺん)工程を経てオートミールになるんだそうです。われわれ生産農家がどこまでやれるかはわかりませんが、オートミールを使った菓子やパンには一定の需要はありそうですし、これまで小麦栽培に関わって、失敗も多くくり返してきましたが、生産農家として興味ある栽培と思っています。ライ麦やスペルト小麦、お菓子作りで定評ある農林61号は、どれも雪で4月にの雪解け時に消滅しておりました。その中で残っているのが南部小麦とアリーナ小麦です。アリーナも一度雪解け時に消滅していたことがありましたが、秋田県の農家から逆輸入して復活させました。その後、マメ科クロタラリア緑肥を取り入れる栽培を取り入れてからは、連作回避にもなり、雪腐れ対策にもなり、鶏糞など肥料を与えなくても地力チッソが供給されて結果は良好で、ひとまずは軌道に乗った感もあります。春蒔きのこのオーツ麦が何かしらの展開につながればと思います。
本当は、殻が剥けやすい「裸オーツ麦」(naked oats, hulless oats)といわれる品種が手に入れば何も言うとはないのですが、国内で流通はありません。いろいろ問い合わせましたが、国内では手に入らないようです。生産農家から需要がもっと高まって、緑肥用飼料用鳥の餌、という扱いから食用オートミールの食材として注目されてくるならば、種苗会社も検疫を通して輸入へと重い腰を上げてくれるだろうし、さらには食用としていろんな風味食感の品種が提供される、という時代も来るかもしれません。が、いまはまだ少し早すぎたようです。

にんにくも長い眠りから覚めてまだ眠そうな状態です。秋に熊に踏んづけらてて、このやろうという感じですよね。これからもう少しだけ待って今月中には籾殻を床に撒いてリビングマルチにしたいと思います。晩秋に土づくりの一助になればと米ぬかをかなり厚く散布しましたが、ビニールマルチの上に米ぬかを散布しても面白くありませんので、その時点でマルチは剥がして米ぬかを散布をし、そして春を迎えました。ある程度生育が復活した上で今度は籾殻を撒こうと思います。通路にはライ麦(雪の強いとされる緑肥用品種)を緑肥として撒いてみましたが、生育が思わしくありません。播種時の9月下旬に土が十分乾燥していなかった気もしますね。今度は夏の収穫の後にこの床の上にソルガムを撒いて、次のにんにく植え付け時まで育てた上で刈り倒し(すき込まず)、それをマルチとしながら、その重ねたソルガムの隙間からりん片を植え付けるという方式にします。ビニールマルチ栽培とお別れができればと思っています。唯一の欠点は、冷涼な当地でビニールに頼らないことで、それだけ地温を確保することができないという点です。

今年も福寿草が綺麗です。晴れた日はぱあっと開いてね。ここは田畑の空き地っぽい場所ですが、家のすぐ裏にもいつの間にか生えていました。

3月から4月にかけての遠出を少しやりました。長野からの帰りで遠出は十分やりましたが、月に一度の気分転換を兼ねて釜石へ向かい、リアス式海岸の景色を眺めながら、久々に堤防で釣りをしてみました。結果は釣れませんで、残念です。昔、広島にいた小中学生の頃は、至る所でよく釣れていました。港のある宇品やフェリーに自転車を付けて渡った似島や能美島、宮島で堤防や砂浜で投げ釣りをすると、夏はシロギスやギザミ(ベラ)が、冬はカレイやアイナメが面白いように釣れたものです。広島市内の川で同じく投げ込み釣りをすれば、ハゼが面白いようにかかり、4人で100匹とか、3人で100匹釣れたりもしましたね。。あの頃より魚が減ってしまったのか、または三陸では広島とは異なった棲息環境下に魚がいるのか。AIは後者の意見を述べていましたね。三陸沖など第1級の漁場なんですもんね。でも、誰もいない堤防で時間を過ごすのは悪くないですね。3月だからできることです。

釜石の食堂で食べたカツ丼はボリューム満点でした。

4月の楽しみドライブは、奥松島方面にある旧鮫ヶ浦漁港の探訪でした(4月19日)。この日は仙台の日立システムズホールでベートーヴェンのピアノコンチェルト4番と、弦楽四重奏曲16番(最後の曲)の弦楽合奏版のコンサートがあったので、家を早く出て、漁港の風景を楽しんだ後、仙台の息子と昼ごはんを食べて、バイト先に息子を届けた後にコンサートを楽しんで、買い物などもして帰宅しました。ぼーっとGoogleマップを眺めるのが好きで、面白そうな場所を探し、お昼はどこにするかな、などと検索するのは楽しいですよね。この古い漁港はひなびた眺めが人気のようで、日曜日だったこともあり、チラホラ訪れる人と行き交いました。

車を停めてから、暗いトンネルを1、2分歩いてから漁港に出ます。佐久間ダムを思い出しました。こういうちょっとしたワクワク感、良いですよね。仙台から自転車で来たという中学生が、スマホのバッテリーが切れてしまって、モバイルバッテリー持っていないかと訊かれました。帰り道がわからないというのです。ちょっとかわいそうでしたが、ケーブルがライトニングだというので、いまの私はタイプCで、バッテリーは車にあるけど繋げないな、ということで彼らは諦めて帰りました。まあ、大丈夫ですよ。中学生の頃、自転車でいろいろ行きました。地図くらいは持っていましたが、標識の看板やカンで走りました。まあ、いまでこそナビに頼りっきりで堕落してしまいましたが。。バイクで遠乗りした時代も、ツーリングマップルのみでしたね。

コンサートが終わってから、仙台で話題の「シーラカンスモナカ」を買いに行ってきました。テーブルがあってスイーツを飲食できるカフェなのですが、皆さん話題のモナカ(テイクアウトの包装した菓子)を買いにレジまで20人くらいの行列で、10分くらいは待ったと思います。まあお土産として買い私は食べていませんが、岩手のラジオで話題が出ていたので、繁華街でしたが軽トラをハザード出して停めて買えました。
昼に「久美食堂」というこれも行列のできる食堂で昼を食べたのですが、その後息子をバイト先まで送っていた時、この食堂の近くにパトカーが停まり、道路の反対側に報道陣が10人くらい待ち構えている光景に出会いました。事故かな、でもなんで報道陣が、と思い、通り過ぎて、そして次にコンサートからシーラカンスへ向かった時もまたここを偶然通りかかって、やはり報道陣もまだいるのです(夕方5時頃)。家に帰ってスマホのニュース記事でわかりました。熊がマンションの敷地内の茂みに立てこもっているということでした。その後暗くなる頃に駆除されたそうですが、かなりの町なかでしたね。盛岡でも駅前に突如現れたりしたことがありましたが、おそらくは自然の景観そのものである川伝いに山から降りてきて、市街地付近の食堂とかからの食べ物の匂いとか生ゴミの匂いにつられて川から上がって来たのでしょう。その点は、われわれの住む田舎では春とかは木の実などもないし、食べ物の匂いも漂っていないので、それほどやってくる意義は熊も感じないでしょうかね。一応気をつけながら作業はしてますが。

















































