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田植えが終わり除草管理の時期に

飯豊朝日連峰

5月の連休からも時間が経ってしまってますが、いまは6月半ば。植え付けの時期が終わって草取りなどの管理の日々です。作業品方山のことも想起します。東北の山も良いですね。。連休が終わった直後になりますが、足慣らしに山形市郊外の白鷹山に登ってきました。5時間くらい歩いたでしょうか。新緑が綺麗で、人もいなくて、ここは白鷹山から足を伸ばしたレーダー雨雪量計のある地点から開けた光景が望めました。左に飯豊連峰が遠望、右側は正面に当たる朝日連峰になります。我々の住む和賀山塊も奥羽の中心域で奥深いですが、この辺り、新潟との県境付近の山域も重厚です。和賀岳に比べ登山者が多いことは単独行にとってはありがたいことです。和賀岳はさすがに一人ではいけませんね。。

 

亀の尾田植え

今年は例年より1週間早く田植えが始まりました。前代未聞の5月17日スタートになりました。亀の尾はとにかくオクテの品種ですから、早く植えるに越したことはありません。自種だしヒエも混ざったりしてますが、とにかくこの時期は、前へ次へ、ひたすら目の前の作業を片付けていく、まさに春の繁忙期になります。

 

除草機2026年

いまどきはアイガモロボで初期抑草をして後半は田植え機に取り付けた株間除草機で走行する、というところでしょうが、当園はまだそこまでいきません。ひたすら旧来型の条間の除草機で作業しています。今日のこの田はササシグレ13アール。ヒエやコナギも見えていますので、左右に揺さぶって下部に激しく接近し、または乗り上げて、株直近の雑草を掻き取りたい一心です。1時間半かけて完了ですが、まあ、疲れますよね。今度和賀岳へ登る計画があるので、トレーニングだと思いたい。この6月の頑張りで収量が決まります。中干しまであと2週間です。この間最低でもあと2巡したいところですね。。

なお、現在のお米は、新米時のお取り置きの予約で完売していて、カートは閉鎖した状態です。このようなやり方で、新米時に明確にお取り置きを言ってくださらなかった方や新規の方もお断りする格好になっていて、これで良かったのかなと思い悩んだりします。その時々の在庫量を明示しながら、自然なご注文で在庫がなくなっていく方が、カートも動いてますし、良いのかなと反省しています。今後は特定の方の大量のご注文というのもないと思いますし、注文が多い人、少ない人がいるのは自然で、かえってどれくらい消費するかをあらかじめ募るようなやり方に疑問を感じていますのが正直な本音です。まずは、しっかりと量を穫ることがいまの課題ですね。

 

南部小麦6月14日

 

そして6月の声とともに小麦は出穂期を迎えまています。6月14日の南部小麦です。アリーナも含め順調に育っています。盛夏の休耕期間にマメ科のクロタラリアを栽培し、次の小麦播種に合わせてすき込んで地力増進を図っていますが、数年経ってその効果がじんわりと現われ出てきています。補助的にまだ鶏糞を施用したりもしますが、アリーナの去年かなり背丈が伸びた圃場では無肥料としましたし、そのうち小麦分野も稲と同じくすべて無肥料栽培で成果が上がるのではと期待しています。雪腐れ対策の面でも、地力がしっかり備わっていることと、小麦→マメ→小麦という輪作スタイルが功を奏しているように感じています。

収穫・乾燥が終わって8月の中頃には雫石の老舗の製粉所に南部・アリーナともに製粉委託します。製粉はある程度まとまった量で出さなければならないので、少量ずつ注文ごとに何度もということはできません。この収穫時の1回の委託で1年間分を確保しますので、もしご予定がございます時はこれから収穫時期頃までにご連絡あるいはご注文としてでもお受けできたらありがたく思います(多少はご注文分+アルファで製粉委託はいたします)。

 

6月のルバーブ畑

数年前から栽培している赤いルバーブも良い感じです。パイプで抑えている箇所は雪解け直後にその左奥側の列のルバーブを掘り起こして分割し株分けして新植した2列です。マルチではなく抑草シートに穴を開けて草対策と乾燥防止を行っています。

赤いルバーブはその茎の販売も視野に入れてはいますが、クール便にしなくてはダメかなとか、まだ経験がなく、分量や価格とかも調査してしてみなければですね。いま近所の加工所「味工房かたくり」でジャムにしていますが、まずはそのジャム製品を販売にした方が良いのかも含め思案中です。岩手県内でしたら、北上や花巻の産直に出荷してるようです。

 

白鷹山山麓のユキツバキ糞整地

さて、最初に白鷹山という山形市近郊の低山に登った時の写真を掲載しましたが、この山頂からほとんど下山した麓の辺りにユキツバキの群落があり、看板も出ていました。ユキツバキは実は西和賀町にも多くみられ、もしかしたら東北の多雪地帯に特有の植物かもと思います。家の敷地内の庭木をいろいろ植えて楽しんでいますが、ちょうどユキツバキをこんもりと育ててみたいスペースがあって、挿し木でも増やせそうということで興味を持っていました。

 

ユキツバキの穂木

ということで、近所にちょうどユキツバキが植わっている場所があったので、穂木を少しいただいてきて、プランターに挿してみたところです。写真は採取した状態のものですが、一番上を少しカットして、3節残して一番下の節から3ミリ下をナイフで斜めに鋭利にカットして、ルートンを切り口にまぶして25本くらい挿しました。葉っぱは半分くらい切り取ったりします。培土は鹿沼土と赤玉土を混ぜたもの(やや鹿沼石を多く)とし、ちょっと礫っぽい感じにも思いましたが、保水が良すぎると根が腐ることもあるということで購入したこの土の配合としました。

ハウスだと暑い日もあるので外の日陰っぽい木の下に置いて、直接強い雨にも当たらないようにして管理しています。

また、別の無駄になっていた場所も少し整地して、もらってきたギョウジャニンニクを植えており、ここには育苗中の芍薬も取り混ぜて植栽してみたいと思います。メイン作業の野良仕事で圃場に行き帰りの時に、いろいろこういうものの状態を経過観察するのは楽しみですね。

 

川舟ナシの高接ぎ

イワテヤマナシですが、昨年から、近所の川舟地区にあるとても味が良い実がなる「川舟ナシ」の穂木をもらってきて、うちの品種不明の梨や、台木用にあったマメナシの小さい木に接ぎ木をしていました。去年も行いましたがは失敗し、ものになりませんでしたが、今年は少し良い感じです。写真の大きな茎葉は多分成功でしょう、川舟ナシです。

接ぎ木は穂木と台木の外皮のすぐ内側にある「形成層」をお互い密着させることで成立します。去年までのやり方は台木の形成層に沿って、いわば外側の皮部分に切れ込みを入れて形成層を露出させたところに穂木を挿し込むという、形成層の密着面積を重視したやり方でしたが、それは結果うまくいきませんでした。もちろん技術がないからでしょうが。。おそらく台木の外皮を剥いた首の皮一枚への穂木の挿し込みで何かグラグラし、隙間ができて密着できなかったんだと思います。今年はそうでなく「割り接ぎ」という方法で、台木の中央にナイフで切れ込みを入れて、そこへグイグイと力を込めて穂木を差し込んで、その時に台木の形成層と穂木のそれとが「端で接合できるように」右や左に寄せてテープを巻きました。台木は固くて、穂木を差し込むのにナイフで隙間をこじ開けながらの作業でしたが、グラグラなどのない密着度の高い状態は得られたでしょう。形成層との接点は面ではなくて端の「点」部分ですから、ここが開通してくれないと無理なわけですが、写真の展葉してるところはそこが無事つながったようですね。

他の箇所も葉が開きかけてきたのもあって、ドキドキの毎日です。

 

ポポー接ぎ木(NC-1)

ポポーでも接ぎ木をしました。神奈川県で味の良い優良品種の枝を販売している農園があり、そこから3品種枝を購入したました。ポポーの方は台木もやまなしよりやわらかく、やりやすかったです。無名品種の種から育てたポポーが5、6年経って大きくなったその枝を切って、高接ぎもしましたし、そのヒコバエとして地面から出てきている写真のような小さい台木にも接ぎました。この写真の場合はこの台木がそのまま優良ポポー品種として育ちますね。時間はかかりますが。。一方、大きい木の枝に接いだ方は早めに実をならせてくれるでしょうが、台木の方から出て来た枝の品種と区別をつけるための何らかの木の改変作業が必要になりますね。

 

秋扇湖の水没林

旅行というほどではないですが、雨の日に気分転換に出かけた写真を掲載します。西和賀のコメリより在庫の豊富な雫石店に買い物に行き、そのままR46号を秋田方面へぶらり向かって、田沢湖からやや北に進んだところに秋扇湖という湖があり、ここの水没林がとても綺麗だということで、そんなに遠くでもないし足を伸ばして見てきました。コバルトブルーと新緑がとても美しいです。橋の上からの見物になりますが、けっこう多くの人がいました。来年からは数年間6月までのこの光景は見られないということで、今年の眺めは貴重でしたね。西和賀の錦秋湖も水没林が見られますが、湖面の美しさはこっちが上かな。。

 

チャグチャグ馬ッコ

本当に久々に、チャグチャグ馬ッコを見てきました。ちょうど用事もあったので。。昔は100頭くらい歩いたようですが、いまはその3分の2くらいですね。娘がラウンドワンのハンバーガーを食べたいと言い、ラウンドワンの駐車場に停めて、そして食べた後に歩いて盛岡駅で見物しましたが、戻って精算時、ハンバーガー店の駐車割引が効いて200円で停められました。こういう時は一般のコインパーキングでなく、買い物をする店の駐車場を利用するべきですね。

 

キリストの墓(2006年9月24日)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ところで、テレビでちょうど青森県新郷村で行われた「キリスト祭」を放送していて、昔見学に行ったことを思い出し、写真を出して見てみました。エクセルでずっと農作業日誌を付けていますので、キリストの墓とかの用語で検索し、日時が特定でき、その日付の写真を辿って探し出せました。もっとも、子どもが小さい頃の写真なので、いまのこのMacに全写真を貯蔵することは容量的に無理でして、何千点とかになりますので外付けSSDに保存しています。SSDになってからMacのストレージも容量が少なめになってしまいましたよね。外付けSSDは昨年秋に買っておいたものに、先般の寒天から帰って割と時間がある時に、写真アプリからオリジナルに変換して外付けに整理収録していました。その 外付けSSDの価格がその春には購入時の昨年秋の2倍に跳ね上がっていてビックリです。中東情勢かレアアース不足なのか、はたまたAI関係の需要が高まっていて、ということか、いずれいま外付けディスクは手が出せない価格になっています。

ともあれ、キリストは生きてイスラエルから何らかの移動手段により青森県に移動し、確か弟とともに新郷村で余生を過ごしたらしいです。この辺に戸来(へらい)という地名がありますが、ヘブライから来てるとか。。資料館もそばにありましたが、全く記憶に残ってません。。。20年前の2006年9月24日、彼岸りんどうの出荷を終えて、そのお盆から彼岸までの繁忙期に3歳の長女を預かってもらっていた家内の実家に娘を引き取りに行った帰り道です。

 

2006年9月24日田子のニンニク植え付け風景
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

その後、にんにくで有名な田子町に寄って来ました。種にする用のにんにくの購入のため直接農家さんに伺ったと思います。9月の下旬はにんにくの植え付け真っ最中ですね。通りすがりに作業している光景に出会い、観察もできました。管理機が通路部分の土をマルチの上に飛ばし上げて、それを引き延ばして整地しています。左の方に見えるように、マルチの上は完全に土で覆われていますね。ここで初めて知った技術でした。右の方のようにまずりん片を植え付けしてから、ですね。マルチの穴に隙間ができるとそこが熱風状態になるので、それを防ぐためにマルチを密着させるということですね。

当園でもずっとこんな感じでやっていましたが、去年の晩秋にビニールマルチを剥がして米ぬか散布をし、この春には籾殻マルチとしました。そして来月初めのにんにく収穫後には植え付けていた畝の全体にソルガム等の緑肥を蒔き、それは緑肥すき込みするのでなくて、生育後に畝の上に刈り倒して敷き、リビングマルチとしてその隙間からりん片を植え付けていくという方式に切り替えます。不耕起になるので最初は土も硬いでしょうが、これをくり返すうちに重ねた緑肥体が積み重なって良い土づくりになってくれるのではと思っています。緑肥の種の覆土のために、上の写真で行っているように通路上の土を管理機で畝の上に飛ばし乗せてく作業は必要ですが、耕耘・畝立て・マルチ張りといった定植前の床作り作業からは解放されるし、すき込みではないため、植え付けの直前まで緑肥を生育させてから刈り倒し、さっと畝に並べてすぐ植え付けができます。9月は10日を過ぎると彼岸りんどう出荷、そして小麦畑耕耘と小麦播種、稲刈り、と1年で最も忙しい時期になり、そのためにんにくの植え付けは9月5日までに済ませるようにしています。雑草の具合がどんな感じになるのか、いろいろ読めない面もありますが。。

いまはもうあの頃のように種用のにんにくを他から買うことはありません。りん片がセンチュウに侵されている可能性がありうるからです。当園ではこれまでにもお知らせしておりますが、青森県のにんにく研究者である山下一夫氏によって生長点培養されてできたりん片のみを使用しています。八木にんにくや盛岡農業高校由来の八幡平系も、当園のりん片から生長点培養してもらってセンチュウ害のない優良化としてもらっています。一時、冬期間の水路からの畑への冠水により多くの優良にんにく種を失ってしまいましたが、その後増やし続けて、昨年秋定植分からは販売出荷用含め全にんにくが優良培養りん片からの栽培になっています。

また、新たに「最上赤」「富良野」「上海(太倉)」「南郷ピンク」など新手の品種も植え付けております。「上海」は暖地系になり、ここ北東北では無理かなというイメージもありますが、山下氏によれば、地理的に暖地と寒冷地にスパッと分かれるようなことではなくて、岩手や青森ににんにくが入って来たルーツを辿れば、暖地系も寒冷地系も結構混在しているようだ、とのことでした。上海と南郷は昨年のいまの時期に訪問させていただいた折に、山下氏が講師をされている東京の農大の学生に試食してもらって、この2種が「美味しい」と評価が高かったという話を聞き、試しに送っていただいて植えたもので、少量です。最上赤と富良野は割合多くなってきました。最上赤は味がややシャープでホワイト六片と似ており、また富良野の方はホクホク感がある、という感想です(知人による個人の感想ですが)。

ホワイト六片の系統では、紫波A,B、大野、苫米地、奥南ホワイト、そして福地ホワイト六片の元祖系混合、といった区分の品種構成となっています。紫波系は今回はあまり良くなく、元祖ホワイト系が良い生育でした。左に挙げた品種は食べた感じとして違いはわかりませんが、品種確保の意味でも絶やさず種子に回したいと思います。

にんにくはにんにくの芽のトウ摘みが始まっています。これを油炒めにして塩味で食べるのは格別です。

また時期が来ましたら紹介させていただきます。

 

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白神山地への旅

2024田植え(亀の尾)

5月はとにかく繁忙期で、好天の日は田畑から離れられず、特に今年のように作物の進みが早い年は、煽られるように作業を後手後手で進めているという感じです。連休の頃からあっという間に月末へ。。5月20日よりも以前に田植えをしたのは初めての経験です。急ぐ必要はないよと地元では平常心で田植えをやっていますが(もちろんみんな例年より早いです)、亀の尾やひとめぼれなどの晩生品種を作付けする者にとっては、早い田植えはめったにない千載一遇のチャンスと言えます。当園の稲にとっては、近年の夏の高温化の傾向はとてもありがたく、「高温注意情報」のようなニュースを聞くと嬉しくなります。しかし実際は大した高温でもなかったりするのが大半ですが。。とにかく低温は稲へのいもち病の警戒も伴いますし、暑い夏になってくれることを望んでいます。昨年の当地の最高記録が32℃で、もともと冷涼な土地であるからこそ言えることで、暖地に住まれる方には気が滅入る言い方だろうかとは思い恐縮です(18歳まで広島で過ごしたので、真夏のすさまじい暑さはわかります)。もっとも、8月のお盆に日中15℃の表示を見た三陸の海のやませのことを思えば、まだ恵まれているかもしれません。ふだんは三陸の方がずっと気温は高いですが。。

昨日25日で田植えから1週間経ち、除草機がけを開始しました。

 

鶏頭場の池

さて連休中は好天続きで農作業に勤しんだのですが、その直後から天気が悪く、そんなぐずついた5月8日ですが、白神山地へ旅をしてきました。東京で250のバイクに乗っていた時から、「白神山地」には神々しい憧れを感じていまして、その名前によるのでしょうが、1994年、5月の連休に新潟から日本海経由で青森まで走り、東北を一周して戻ってくるという4泊くらい?のツーリングをしました。全部テント泊でしたね。いまは軽トラであまり林道を激しく攻めることはできませんので、当時と同じルートではないのですが、当時は全く見過ごしていた「十二湖」に初めて向かいました。

去年田沢湖から阿仁森吉方面へ走行しましたが、このルートは秋田県内を北上する道として気に入っておりまして、今回も雫石・田沢湖・阿仁を経て能代市で海岸に出て、それから十二湖は割とすぐでした。

白神山地の山中にあるきれいな湖水群は魅力的でした。外国の旅行者もいまして、長野からの帰り道旅行の時でもよく見かけましたが、確かに車を持っていないだろうので、車道もひたすら歩いていて、バックパッカー風に見えます。いわゆる交通網の完備した有名観光地の大勢の外国客とは違った雰囲気で旅を楽しんでおり、私にはこうした人には好感を覚えます。

写真は駐車場(500円徴収されました)からすぐの「鶏頭場(ケトバ)の池」です。

 

青池

それからすぐに、一番有名な「青池」に着きました。いろんなアングルで写真は撮りましたが、どれも足元の木道が邪魔で全貌をきれいに撮ることはできませんでした。水の色はきれいです。

 

沸壺の池

そこから坂を登って「沸壺(ワキツボ)池」を見下ろしました。全貌が撮れまして、ここも美しく、良い感じです。左の方から沢が流れ込んでいました。十二湖全部は距離も離れていて歩きませんが、残りは車道で車から眺められます。ベンチがあった場所で昼を食べました。去年八幡平を歩いた時(ドラゴンアイの時期)にも感じましたが、なかなか弁当を広げる場所というのはありそうで難しいものでした。本当の登山なら悩むことはありませんが(臭いを撒き散らし熊を招かないことには注意です)、半分観光地のようなところでは人の往来もあるし、ためらいがあります。東屋のような場所があれば問題なく弁当を広げますがね。。

 

日本キャニオン

車に乗り少し下ったところで「日本キャニオン」という山肌が見える場所の展望台への道があり、10分くらい登って「日本キャニオン」を眺めてきました。十二湖そのものは観光名所であるものの、敢えてオプショナルでここを目指してくる人はこの時はいなかったようです。

 

千畳敷

そして日本海まで戻りましたが、能代から来る途中、やたら「千畳敷まであと○○キロ」という看板が多く、そんなに有名なポイントなら行ってみようかと、能代方面へ戻らず、鯵ヶ沢とかの方へ北上を続けました。この千畳敷というのは地震で隆起してできた現象だそうです。

 

ライオン岩とかぶと岩

左は「ライオン岩」で、右を向いて寝そべっている様子です。右は「かぶと岩」。

 

白神山地林道入り口

ここまで来れば弘前の方へぐるっと回って帰るしかなく、さらに北を目指しました。途中、白神山地を東西に巡る有名な「弘西林道」の入り口を見つけました。いまは「白神ライン」と名づけられているようですが、残念ながら通行止めでした。オフロードのライダーには聖地のような場所と思いました。

 

岩木山の菜の花畑

林道は通れず(これは事前に検索でわかっていたことです)、鯵ヶ沢から弘前へ向かい、途中に有名な菜の花畑へ立ち寄りました。バックに岩木山が聳えているはずなのですが、雲で見えません。この日はそれほど雨は降りませんでしたが、天気も悪かったのです。天気が悪いから出かけてきたわけで仕方ありませんが。。。

 

1994年白神山地付近

余談ですが、1994年5月3日に白神山地へ向かった時です。大館市の辺りから真北へ白神山地に攻め入ったのですが、左は雪で阻まれて撤退を余儀なくされた地点で、右はその後戻って今回と同じく能代の方へ一般道を走りながら、途中姿を現した白神山地の遠景に感動して撮影した写真です。5月の連休だから山道はまだ雪が残り通行止めなのは当たり前ですよね。当時はわからなかったんですね。

 

1994年追良瀬の林道と岩木山

また、この左の写真は直前に秋田県の森吉山の付近の林道を走った時です。ここからいったん大館へ出て、そしてそのまま白神山地へ突撃しようとしたのですが、結局能代へ遠回りになったという話です。右はその後に、翌日5月4日に岩木山を見ながらの1枚です。岩木山に至る前に「赤石川」に沿った道を走る写真がありましたので、今回と最終的には同じように北側から岩木山を対面した写真だと思います。ちょうど30年前の旅でしたが、この後に岩木山の麓の「嶽温泉」に入り、そこでタオルにものすごい温泉臭が付いて、バッグに入れずに荷台にゴム留めして走ったことをよく覚えています。そして、鹿角のストーンサークルを見て南下し岩手に入り、盛岡手づくり村の駐車場でテントを張ったことは、近所だけによく覚えています。そしてその後に仙台を目指し、名取川で最終テント泊をして、沿岸沿いにR6号を南下し常磐道で東京に戻ったと記憶しています。途中少し高台の道から福島第一原発を見た記憶もあります。初めて見た原発の姿は、原発だと理解はしましたが、初めての原発の光景で印象に残るものでした。

こういう昔を懐かしんでの追走の旅というのは歳をとった証拠かもしれませんね。ただ、あの時の記憶が深い層に沈着していて懐かしいイメージで浮かび上がってくるんですよね。6年前から冬に茅野市で寒天作りの出張をして、学生時代を過ごした松本に久々に訪れるようになってから、過去の訪問や滞在の地に焦点が当たるようになりました。もちろん、新しい初めての場所にもいろいろ出かけています。去年、不幸な骨折のあった岐阜・富山・佐渡の楽しい旅の思い出は、現在の月1度の軽トラ日帰り旅行のきっかけになってしまいましたし、去年は特に治療で北上の病院に通院する日はそのまま足を伸ばしてリフレッシュの旅に出る、という2次的な助長効果も招いてしまっていました。

今年は去年の骨折の招いた伸展腱の断裂縫合術を受けての通院がまだ時々あって、今度の予約はは31日です。今回紹介しました十二湖を巡る旅からまた繁忙期をやり過ごして、またドライブへ出たい気持ちが高まってきています。買い物もあり所用もすませますが、少し足を伸ばして釜石ラーメンを食べたり荒々しい岬を見たりしようかなどとGoogleマップを眺めてみたりしています。

 

 

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田植えが終わりました

田植え2023

真夏の暑さが来たかと思うと雪が降りそうな寒さで乱高下した気候の5月が終わりました。亀の尾とひとめぼれ、それに昨秋分けていただいた「ササシグレ」の苗などを植え、今年の田植えがまず終わりました。2回目の植え代かきをタプタプの水量にして回転を上げてトロトロ層を作る狙いのやり方をしてみましたが、部分的に凹凸になったりもし、そう簡単ではないなという感じもしました。今期は地域おこし協力隊による援農活動も加わっていて、例年以上に、よりきめ細かく稲作の諸作業をきっちりこなしていけたらと思っています。

何より、ササシグレがこちらの冷涼な気候でどうなのか、これが最大の関心事です。

 

チェーン除草2人版

そして苗の活着を待ち、チェーン除草をしました。写真はひとめぼれの田です。協力隊員の彼と2人で引っ張り合うことで、直接背中にたすき掛けロープで田の中を曳きずって歩かずにすみますね。田の短い幅の方を向かい合って往復でチェーンがけしておりますが、この後の動力除草機を使った作業は長い面を進行することになるので、90度逆の引き方をしてみました。うっすらと既に生えた雑草を取ることはできませんが、撹拌して泥水を作ることには効果があることと思います。あんまり田植え直後ですと苗に影響がいくし、遅れると田面が固くもなり、タイミングが非常に難しいです。

 

にんにく2023年5月

にんにくも旺盛に育っています。やはり雪解けが早かったのはありがたかったですね。春になって株元の草取りをし、次はトウ摘みですが、その前に気になっていた通路の雑草の草刈りも、今日完了できました。

 

2023年5月末の小麦とにんにく

にんにくと並んだ6月1日の南部小麦の生育状況です。いつもはこの6月になってからの出穂ですので、1週間程度前倒しで進んでいます。去年秋の播種は播種機を使用しました。均一に蒔けるというメリットもありますが、おそらく一番の効能は、覆土が深くならないで済むという点と思います。溝を掘って手で播種し鍬や長靴等で覆土するというやり方ではどうしても覆土が厚い深蒔きになってしまい、それが生育や、あるいは積雪地の難題「雪腐れ」菌に負けるという状態を招くと考えられ、播種機はそれを防いでくれるようです。

写真は南部小麦ですが、雪解けが早かったからか、その播種機使用が良かったか、これまでにない生育の良さです。一方のアリーナ小麦は、マメ科緑肥のクロタラリアの漉き込みの効果によってか、昨年の壊滅状態に比べるとそこそこに生育してはいますが、まだいくらか雪腐れの影響は受けているようです。アリーナは今度の秋は別の圃場で緑肥も行った上で作付けしてみようと思います。アリーナはヨーロッパの品種だけに、基本、雪には弱いのだと思います。それでもここ沢内でこれまで何年もしっかり育ってはくれました。畑を変えることで再び長稈の濃い葉色の姿を再現したく思います。

それにしても、南部小麦は雪腐れには非常に強いことは検証できました。とはいえ、ここは豪雪地です。雪腐れの原因となる連作を避けるためにも南部小麦圃場にもマメ科緑肥栽培を盛夏の休耕期間中に、全圃場とはいかなくても、順次行っていきたいと思います。緑肥の種代はかなり高価なので、そこが難点です。

 

自家製ルバーブのジャム

2021年晩秋に植え付けをしたルバーブが、昨年2022年の1作を収穫せずしっかり養成し充実させて、今年初めて収穫しました。当園とも共同で農産加工を手がける「味工房かたくり」の加工場でジャムになりました。第1号です。

 

ルバーブ園2023

「クリムゾン・チェリー」という品種になります。西日の強くない畑に籾殻や稲わらをたっぷり入れ、有機質(油粕)のみの栽培になります。近年は夏場の高温猛暑が特に西日本東日本では顕著なようです。ルバーブは暑さを嫌う作物でもあり、ここ沢内のような冷涼地で適度な雨により過乾燥にならない土地柄はかえってルバーブに向いているとも思われます。反面過湿にも弱いため、排水面の配慮は必要です。この場所は住宅の敷地と隣接した元々は田んぼでしたが、川のそばで石が多く、それはマイナスではありますが、水はけはとても良いのです。田としてはザルで不利でも、ルバーブにはきっと味方してくれる気がしております。

 

ルバーブ根塊

植え付けした時のルバーブの根塊です。今後数年間隔で、適宜株を掘り上げてはスコップや押し切りで4等分くらいにし、増やしていくという作業が晩秋または早春に必要になります。

 

タラノキ園2023

タラノキ園の管理も進めています。タラノキは根(種根)より発芽して増殖するのですが、いまこの雑草に覆われた通路部分で、地下に張り巡らされた種根から芽(ヒコバエと言ったりします)がにょきにょきと出て来ていて、それを見つけスコップで土が崩れないように掘り取って、別に作った畝の定位置に植えていくという作業をしています。たらの芽は受注が多く、生産が追いつかないので、できればしっかりと穂木が確保されるよう拡大努力をしたいし、それはいまのこの時期の作業になります。根を直接掘り取って育苗箱等で人工的に発芽させポット育苗して移植するというやり方もありますが、温度湿度管理は難しいですし、こうした切り取った根でなく土中の生きた根から発芽し地上に出現するヒコバエは質量ともに圧倒的に良好です。

逆に、家の敷地内に安易にタラノキを植えることは要注意です。定期的に草刈りで刈っていればいつか絶えてしまいますが、そうでなければあちこちにタラノキが出現し、いろいろ困ることもあるでしょう。庭木の方はご留意ください。

7月に入ると成木の畝は繁茂してもう畑に立ち入れなくなるし、いまのうちに草取り等の管理作業もしっかり進めておきたいものです。写真向こうの方はまだ植えたばかりの苗状態なので秋まで圃場に立ち入れますし、小さい苗のうちはしっかり8月まで草取り作業をしたいと思います。

 

早池峰神社

さて、現在左手首の治療をしているのですが、午前中で終わる診察の後に、病院のある北上市から遠野の早池峰神社に足を伸ばしてみました。雨の日ということもあり、農作業しなきゃと足早に帰るのでなく、やはり時々車を走らせていろんな土地を見ることで心と体のバランスが取れる気がしています。盛岡の知人から早池峰神社の由来についてなど聞く機会があり、関心を持っていました。附馬牛(つきもうし)という遠野の山間部にあり、なんか良い感じの景観でしたね。附馬牛、自分には心地よい土地柄でした。

 

早池峰神社山の神

阿仁でマタギ資料館や山の神を祀る神社に行ったりしましたが、この早池峰神社の中にも「山の神」の碑がありました。

 

早池峰神社馬の絵

遠野は馬産地ですよね。味わい深いです。時々ぼーっとこういう場で安らぎたいと感じます。

 

地早池峰神社地図

入り口付近にあったとてもわかりやすい案内図です。薬師岳がありその向こうはいったん谷間で幹線道路が走り、そしてその奥に早池峰山がそびえているんですね。静かな佇まい。月並みですが、心身の洗濯になった気がします。

 

稲荷穴

早池峰神社に向かう前に、いまは遠野市の宮守(ワサビの産地)でワサビラーメン定食を食べ(ラーメンと餃子にワサビが。。)、そして近くの「稲荷穴」という洞窟を見学しました。洞窟は好きなんですが、ここはちょっと中に入って探検という感じではなく狭い洞窟内に川が流れているというものでした。平日だし、ほぼ誰もいない山道のドライブです。長野県最南端天竜川沿いの誰もいない道路を走ったことを思い出しました。ここよりも天龍の方が秘境感があったかな。

 

宮守眼鏡橋

同じ宮守の「眼鏡橋」、昔子どもたちと来たはずですが、あまり記憶に残っておらず。。銀河鉄道が地上から空へ駆け上っていくシーンが彷彿されますね。

ちなみに、映画「銀河鉄道の父」を観て来ました。賢治の地元県というだけあり、平日でもかなりのお客さんでした。つくづく、妹トシが不憫ですよね。聡明で、賢治を励まし、最大の理解者でしたのに。。賢治の持つ迷いや心の弱い部分、内面の葛藤や自己批判的な傾向、現実を直視しようと力みながらも自分の慣れ親しんだイメージ世界にこもりたがる傾向。。こうした点はとてもわかり、自分も近いのかなと思います。役所広司が演じた父親像は、息子への愛と理解しようとする気持ちに満ち溢れていました。いままで何となく解釈していた賢治の父の印象とは異なっており、私には意外に思えました。

 

旧岩谷堂共立病院

かつて子どもたちを連れて訪ね、その断片的な記憶だけが頭に残って、あれはどこだったかな、と気になってGoogleマップで調べてみる、ということを夜に最近よくやっておりますが、この「旧岩谷堂病院」もその一つで、賢治の映画を観た後に、思い立って訪ねてみました。江刺の「えさし藤原の郷」の近くにあり、15年くらい前に「種山ケ原」へ行った帰りに見つけて立ち寄ったと思います。今回、管理人さんがいて(美しい人)、他に誰もいませんしとても丁寧に解説していただきました。

子どもたちが大きくなっていくにつれ、小さかった時の記憶が遠のいていって記憶が幻のように感じる時があります。そういう記憶の断片像をたどり直してみたい気持ちは後ろ向きであまり健全なことでもないのかもしれませんが、田畑で黙々と稼ぎながらも、時に田畑を飛び出して映画を観る、いろんな土地を訪ね歩く。。先にも述べましたが、そういうことを織り交ぜてくらしていくのが自然なことなのだと最近思います。

子どもたちが小さかった頃というのは農業面でも栽培技術的にまだ確立していないさまざまに不安定な面もあったし、そんな中でも子どもらにいろんな世界を見せたいという願望もあって、農業と外出スケジュールをこなすので精一杯でした。その出かけた先の中身などしっかり味わえていなかったかもしれませんね。前回同じように思って訪れた「マリア観音」について書きましたが、過去の不完全燃焼の部分をたどり直してみたい、そんな気持ちは誰しもあると思いますし、時々は田畑から出て何かしらの見聞を続けたいものです。

年齢的にも、人生の集大成をという年頃に達して来たのかもですね。。

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田植えも終わり暖かい初夏に

田植え後の早苗2020

いつも田植え前後は寒気が入り続け寒い日が多いのですが、今年は5月半ばにかなりの低温が1週間あった後に突然初夏らしい好天に恵まれました。そして6月に入り、南の方で梅雨入りの声が聞こえる頃のいま、こちらが梅雨入りするまでの6月前半の時期だけはいつも晴天が続きます。水はふんだんに来ているし、りんどうのように成長期に水を欲しがる作目は田の取水口から水を入れてやり、灌漑します。土も乾いていたので、昨日今年初めてのりんどう灌漑を行いました。

 

やまなし開花2020

代かきの頃に、やまなしの花が咲きました。去年はまるで実がならなかったのですが、今年はどうでしょうか。実の元のようなのはできてはいますが。

 

タラノキ6月初め

タラノキも芽吹き始めて1か月でずいぶん大きく育ちました。飲食店需要が減って販売に苦戦した今年のたらの芽出荷でしたが、来年はまた何事もなかったかのように例年通りに受注が戻ってくれたら良いのですが。。タラノキは本当に成長がすごいです。5月連休頃にぷくっと米粒くらいの緑の塊が現れて、ぐんぐんと枝葉を付けて成長します。目に見えない遺伝子の設計情報が展開されて造形が進いんでいく姿には圧倒するものがあります。

周囲の畦畔や農道の草刈りもしなければなのですが、りんどうの苗植えもあり、いろいろ優先事項が多くて、草刈りは後手後手に。。

 

 

鯨山山頂からの展望

さて、コロナ禍でお出かけもなくひたすら仕事のみの日々でしたが、5月の最終日の日曜日に、三陸に行って来ました。田植えも終わったし区切りをつける「さなぶり」ですね。「鯨山」の登山というかハイキングです。山田町にある陸中海岸青少年の家に車を泊めて(ここは息子は学校のスポーツ行事関連で宿泊したことがあるようでした)、登り2時間、下り1時間といったコースです。鯨山山頂付近は大槌町になりますか。山頂からその方面が見えています。

結構傾斜が急な鎖場もあって、上り下りともに難儀した箇所もありましたが、天気も良く、楽しい休日となりました。

 

 

鯨山山頂鳥居

山頂には、鯨山神社。立派な鳥居があります。去年の夏に「鯨と海の科学館」に行った記事も書きましたが、この地方では捕鯨の伝統があったのですね。それで漁から帰港する時に見える大槌辺りの山が鯨の形に見えたことから、くじらさんと呼ばれているようです。こうして神社があるということは、豊漁や海の安全を願ったことと察せられますね。

 

 

鯨山神社(山頂)

こちらは鳥居のそばの神社ですね。

帰路は途中から登りの稜線コースと違う沢コースで下山しようと思っていましたが、登りの時にこの沢コースへの分岐点がわからず、ちょうど山頂で行き会ったベテランハイカーの方に分岐地点について尋ねてみたところ、では分岐点や迷いそうな場所にピンクの標識を付けてあげると言ってくれて、到着した私たちとすれ違いに下山されていきました。カップのスープやほっか弁で昼食を終え、帰路につきましたが、そのわかりにくい分岐点も標識を付けていただいてわかり、道中そのピンクじるしを見つけては回収し、終点の青少年の家へ着くちょっと前にその方に合流することができて、標識を返したのでした。ありがたいお心遣いに感謝でした。

NHKラジオ土曜朝の「山カフェ」で、登山道のピンク標識について話題になっていたことがありました。林道の道作りとか植生調査とか、さまざまな目的で山に入る人がそれぞれの目的でしるしを付けているものなので、登山客が登山のための道しるべだと思い込んではいけないということでした。確かに鯨山にも登山とは関係なさそうな意味の標識が多数あって、あまり頼りにはしませんでしたし、私たちのために付けていただいた今回の標識も紛らわしくなってはいけないので回収してお返ししたという次第です。こんな回収の機会も初めての経験でしたね。

 

吉里吉里海岸で釣り

1日の旅に色々盛り込みすぎるのが私の悪い癖なのですが、今回もせっかく海に来たのだからと竿をちょっとだけ出してみました。釣り餌が買えるところを探したり、砂浜を探したりするのに時間を取られ、結局わずかな時間の竿出しでしたが、釣れませんでした。三陸の道はいま震災後に大きく変わっていて、カーナビはあまり役に立たず、また、砂浜自体が少なくて、釣りをしない次女の希望で砂浜を探すのには結構難儀しました。あちこちで工事もしていて、あまり釣りという感じではなく、ここ吉里吉里海岸(海水浴場)は貴重でした。ここも工事中ではあったようですが日曜日だったので稼働はしていませんでした。

砂浜からの投げ釣りは秋田の方が良いかもしれず、三陸では船を除けば堤防釣りがメインになりそうです。が、海遊びしたい者には堤防じゃつまらないんですよね。。

息子が、今度は川釣りに行こうと言い、確かに奥羽の山深く、和賀川源流域に住んでいるので、やはりわれわれは地元を中心に渓流釣りをやって行こうと内心決意した次第でした。釣り関係では何十年も前の知識しかありませんで(釣りキチ三平の時代)、アマゾンで安い入門書を2冊購入しました。現代はイワナやヤマメもルアー釣りが盛んなようで、こうした分野は全くわかりませんで、学びながらやってみたいものです。

 

南部小麦畑

南部小麦が出穂してきました。いつも6月1日が標準出穂期なので、3日程度遅れています。雪解け自体は早かったけど、4月5月は確かに寒かったです。早い雪解けの恩恵はありません。あるとしたら、それは私の農作業が早くから始められた点で、それは何よりのことでしたが。

 

南部小麦の穂

麦や稲の穂を撮ろうとすると、必ずピンボケになるんですよね。ちょうど開花期になるいまの時期、雨があまり降らないことを願います。

 

りんどう定植2020

りんどうの苗も配布され、植え付けを進めています。128個入りのプラグ苗1枚植えるのに約1時間ですかね。これだけに集中すれば1日に10枚は植えられるのですが、いろんな作業や用事があるので、遅れていきます。

 

チェーン除草2020

こちら、田の除草も待ったなしです。長女と田の向こうとこっちでチェーン除草器具を引っ張りあいこで進めました。3枚の田で約1時間。残りはロープを外して私が直に田に入り引きました。しゃがんでのりんどうの植え付け作業をしながら、疲れて来たらチェーンを引く、という感じで仕事の能率上メリハリをつけます。

このチェーン除草だけでは除草は難しく、次は除草下駄の出動です。田植え後少しでも早くチェーンを引くことが理想ですが、あまり早く始めると草への効果は高くても、苗を傷めてしまうので、判断が難しいのです。昨日6月6日の1回でチェーン除草は終わりになりますか。除草下駄は後半戦で大きくなった草を埋め込む作業ですが、これも今度は遅くなりすぎると(たとえば7月になったりとか)、田が固くなってうまく田の泥に埋め込めなくなります。

その前に、米ぬかの散布があります。これは風のある晴天時は撒いた米ぬかが偏って沈殿してしまうので、雨の日の散布が理想です。雨が強ければ強いほど、撒いたその場所で米ぬかが沈んでくれるのです。それでしばらくトロトロ層を形成してくれるのを待って、除草下駄の登場となりますね。

6月は田の除草月間です。7月に入って上旬に中干しをすると、もう除草は実質上できません。作業は次のはにんにくの収穫、小麦の刈り取りに移ります。

間髪を縫ってイワナ釣りができればいいのですが。。