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30年ぶりの大鳥池の山行

大鳥池

まだ農閑期だった頃に、東京にいた時にツーリングで訪れた東北地方の行程を記憶の中でたどり返しながらGoogleマップで確認したりしていました。当時訪れた朝日連峰の「大鳥池」が気になり始め、いろいろ検索していたところ、大鳥池からさらに進んだ「以東岳」の新しい避難小屋が何となく魅力的に思われて、そちらを利用しての1泊2日の山行を春先から計画して下調べ準備をし、そして先週6月20・21日に行って来ました。

梅雨入り前の最後の好天だなと分かっていましたし、週末になれば山も小屋も混むだろう。6月の山は基本的に盛夏よりは人も少ないし、残雪あり、新緑も鮮やかで登山のベストシーズンかと思っています。アブとかの虫もまだですしね。熊の危険性が高いのは繁殖期である6月だという心配はあるのですが。。また盛夏になればりんどうの出荷やら次の小麦やにんにくの畑準備で忙しくなりますし、ちょうど田植えや新しいりんどう苗の定植が終わり、りんどうの芽かき作業や草取り、そして草刈りとか田の除草といった、延々と際限なく続いていますが、とはいえ比較的待ってもらえる作業時期であるいまこそ、農家には登山のチャンスであります。

朝4時半に家を出て、途中朝食や歯磨きなどをしながら9時半に登山口である泡滝ダム駐車場に到着し、靴の履き替えや荷物の最終梱包を終えて10時前に大鳥池に向け出発しました。

当地西和賀町からだと、秋田県横手市を経由して国道13号を南下し、ほどなく山形県入りしますが、山形最北の町真室川町から斜めに酒田・鶴岡方面へ進み、最上川沿いに西へ進んで、酒田市の手前で南下して朝日連峰へ至ります(山形に入ると市街地を通らないし、コンビニが頼りです。時間帯的にも。。)。

 

大鳥小屋(タキタロウ山荘)

かつて30年前の時は東京からオフロードのバイクで関越道で新潟入りし、村上市の辺りから三面川を遡る朝日スーパー林道を走って、途中テントで1泊もしましたが、同じくこの泡滝ダム登山口にバイクを停めたのだろうと思います。そこは変わるはずはありません。が、全く記憶にはありませんでしたし、大鳥池までの3時間の登山も、全く憶えていませんでしたね。天気が悪くカッパを着てたことは覚えていますし、大鳥小屋(タキタロウ山荘)前で写真を撮った記録は残っております。

最初の写真のように大鳥池はとても美しく、岸辺からのぞくと小さい魚が泳いでいました。タキタロウの稚魚でしょうか。大鳥小屋に泊まって釣りをする客が多いという話でしたが、平日もあって行きは釣り人は見ませんでした。帰りに再び池まで降りて来た時にルアー竿を持った若いカップルと行き違いました。ここはどうやらルアー釣りがメインのようです。いずれ釣り目的でも登山口から3時間ですから、ちょっと釣りに、というわけにはいかなそうです。

午後2時頃、その池から以東岳を目指しましたが、これまた3時間、しかもかなりの急登で、しんどかったですね。今回、最近の傾向であるトレッキングポールを購入し、使用しました。2本組のもので、去年の月山登山でよく見かけ、気になっていたものです。30年前の登山をしていた頃はあまり使っている人はいなかったと思いますが、近年は半数以上の人が使っています。初めて使ってみて、やはり楽でした。大きな岩をよじ登って乗り越えていくような時は直接岩に手を付いて体を持ち上げるので、その時は邪魔になるわけですが、それは時間的にごく一部ですし、かなりの急な坂もポールで踏ん張れて、転ばぬ先の杖にもなり、使用して良かったと思いました。

 

以東岳避難小屋

登り始めが10時頃でしたし、結局夕方5時半の到着になってしまいました。2017年10月に新築されたとあり、とてもきれいで好感が持てる以東岳避難小屋です。屋根の形など、わが家に似てもいます。山小屋へ泊まるのも30年以上ぶりで、現在の事情はよくわかりませんが、確かどこも予約が必要で、宿泊費も食事があるものの1万円近くかかるのではと思います。なかなか手が届きませんし、それに比べて避難小屋はシュラフや食料・調理器具は必要ですが、自由だし、安価です。今年からは2,000円(去年までは1,500円だったようですが)の「協力費」を木箱に支払う形です。天気の良い日に思い立って山行を決める者にはありがたい存在です。

お一人、先客の利用者がいらっしゃいました。若いけれど山慣れた方で、30年ぶりの私にいろいろ教えてくださいました。飯豊・朝日連峰を好んで登られており、茨城のご自宅から何時間もかけて車で登山口に来るそうで、私の4時間半よりもずっと時間をかけていらしたようでした。小屋に電気はありませんし、その方のランタンを窓辺にぶら下げて、お話をしました。

翌日、以東岳山頂から大鳥池へ下山する途中に、昨晩大鳥池(タキタロウ山荘)へ宿泊されたという登山者から、以東岳小屋の明かりがキラキラしていて、満月(に近い月)と相まって美しかったよ、と聞きました。月の光が窓に反射しているのかと思ったそうで、いや宿泊者のランタンだと説明しました。

 

以東岳からの日没

西の日本海の方面を見ています。小屋の窓からの夕日です。宿泊した方は、佐渡が見えたと言っていましたが、この時はよくわかりませんでした。山形と新潟の県境付近、山がとても深いです。この深さはとても魅力です。私の住む西和賀町も奥羽の深奥部で山が深いです。ただ景観上周囲が山に囲まれてある、というのではなく山塊の面積が広いことに魅力を私は感じます。

毎年この時期に、多くある避難小屋を利用して朝日連峰へ来ようと思いました。娘も山形市におりますし。そうなると、今回30年ぶりに、破れたりチャックが壊れかけていた50Lザックを新調しなければ、で、検索だけはして楽しんでいます。シュラフがかさばるので大きめのになりますね。安く買えそうなワークマンでも登山関連用品を探してみましょうか。。

飯豊連峰も良いですが、さすがにうちからは遠いんですよね。まず米沢まで出るのも大変で、山形大学では2年目に米沢市の工学部に住所を変えることを「渡米する」と言うそうです。飯豊山麓の小国町は西和賀町と気候も似ていて、同様に地理的に深いです。基督教独立学園も独特ですね(冬の寒天帰りに来訪し、ブログ記事でも取り上げました)。

 

以東岳山頂

翌日に以東岳へ登り、大鳥池へ下山しますが、行きと違う「オツボ峰」縦走コースで降りて行きました。以東岳から見る大鳥池は熊の毛皮のような形です。西の日本海方面を見た写真です。

 

月山と雪渓

昨年お盆過ぎに月山に登りましたが、稜線から、雪渓の向こうに美しい姿を見せてくれています。月山の方が以東岳よりも高そうですね。

 

以東岳の花1

花もいろいろ咲いていました。左のピンクのゆりは東北に固有の花のようです。その「ヒメサユリ」と、右はチングルマでしょうか。高山植物の季節ですね。

 

以東岳の花2

シャクナゲと、色素のない花ギンリョウソウです。シャクナゲは全国的でしょうかね。岩手の五葉山にも多く群生していました。ギンリョウソウというのは銀竜草と表記され、初めて見ましたが、まるで宇宙の植物といった印象ですね。ちゃんと花も咲いているようですが、残念ながら花の中までは覗き込みませんでした。

 

以東岳のりんどう

なんと、りんどうがありました。早生系のエゾリンドウになりますね。背は低いです。1対か2対ほど8月頃に紫の花を咲かせると思います。ハヤチネウスユキソウも咲いてきたようですし、梅雨の合間を見て早池峰山にも登りたいです。ここは登山口まで2時間、山行は往復で6時間ですので十分日帰りで歩けます。

農園ではりんどうの「芽かき」作業を進めつつ、田の除草機かけに汗しています。まもなく除草機は5回目をかけて終了し、あとは手取りで株ぎわのヒエとコナギを他の作業の合間に除草します。また、にんにくの収穫時期になっていて、ホワイト六片から掘っているのですが、今年は冬の出張中に杉の枝で詰まった水路から水が溢れ出してにんにくと南部小麦の畑が冠水していて、大半が消失してしまいました。かろうじて種にするりん片は確保できそうですが、今年はホワイト六片と八木が少量ずつで、個別に毎年ご注文いただいている方のみに供給させていただいて、サイトを使っての出荷はできそうにありません。とても残念ですが、来年、どうかまた宜しくお願いいたします。

 

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たらの芽栽培を開始しています

たらの芽2023

晩秋に伐採して小屋に仕舞っておいたタラノキを切断し、芽出しして出荷する段取りを進めています。切断して使うのは8cmくらいで、それ以上長いとちゃんと立っていられないし、短いと水没したり、浮力でひっくり返ったりでまずいのです。が、穂木の先端部は芽の間隔が狭いので短くなり、いつもふかし棚での管理には難儀します。

 

たらの芽2023

切って用意した木(駒木)はすぐ加温水槽に並べるのではなく、24時間以上水に漬けます(浮かんでくるので重しをします)。これで催芽を促進しつつ、かつ樹液を出させる意味もあり、むしろ後者が大事な目的です。樹液でヌルヌルしているとカビの要因となるため、カゴを揺さぶったりもしますが、最終的にはトレイに並べた後に強めのシャワーで洗い流します。

 

たらの芽2023

こちらは畑から集めた状態の穂木と切断の電動鋸です。おが屑が飛び散ってくるためマスクしたりもしますが、エアコンプレッサーで鋸盤の下側周囲をまめに飛ばしてやることで、今年はさほど苦労せずに済みました。エアで掃除しないでいた時はメガネまでびっしり付着して、しかも呼吸で体内にも入り具合が悪くなったりしていましたが。。

 

たらの芽2023

切って、水に漬けて、トレイに並べて、シャワーで樹液を流して、それを棚に配置します。初回のこの伏せ込みは2月18日になります。水槽の構造は、骨組みは25mmのパイプで90cm幅長さ3.6mの3段ベッドを作り、コンパネ・保温マット(スタイロフォームというブルーの資材)・ハウス用のビニール・プラスチック段ボール(一番上)、の順に敷いてあります。

 

たらの芽栽培施設遮光中

栽培棚の外観です。3段ベッドの一番上は、きゅうり用の支柱の曲がり部分をカットして使用しています。中の空間に電熱ケーブルを張って、サーモで温度管理します(電気代を考慮し三相電源にしています)。ここは住宅の一部にコンクリで作った、籾摺り精米の器具や薪などを収納している土間の外側に、単管を組んでポリカの半透明外壁資材を張って作ったスペースで、ここに棚を設置しています。シャッターを隔てて繋がっている母屋のコンクリの土間は穂木を収納、そして切断したり、たらの芽の出荷の作業をするスペースになります。

豪雪地ですので、たらの芽栽培の時期にハウスにビニールを掛けてこの棚施設を設置し営農するという一般的な方式はかなり困難で、こうしたスタイルしか考えられませんでした。以前は屋根部分は単管の上に耐雪の意味でコンパネを敷き詰めて、そして波トタンで屋根にしていましたが、何せ暗かったし、コンパネも悪くなってきたので、光を通すポリカに変更し、しかも2枚重ねで強化しています。骨組みである屋根の単管も2本くらい増やして間隔を詰め、写真のような具合です。これで現状では雪で潰されることはないです。

ただ、栽培にある程度の明るさは必要なのですが、伏せ込みしてしばらくは写真の通り遮光が絶対必要です。最初から明るい環境にしておくと芽吹きの胴体の部分が十分に大きく育たないうちに展葉が始まり、小さくて見た目のバランスも悪い生産品になってしまいます。

 

芽吹き始め遮光中

芽が膨らんできています。本日2月28日です。伏せ込みから10日経ちました。ここでしっかり遮光することで、緑の塊が大きく育ちます。その上でタイミングを見て遮光を剥がして、2本の茎のツノが伸び先に葉が開き始める。ここで収穫になります。畑や天然のタラノキの芽吹きは自然に行われているわけで、ここは人工臭さが残る栽培ですね。。土に根を張った木である場合は木全体のパワーを受けて出芽するのでしょうから、遮光がどうのは関係ないのでしょう。水耕の出芽は小さな駒木の持つ力のみで頑張っており、われわれは水分と気温と光線を与えるのみです。が、その管理は難しいもので、手作り感のある農業スタイルではありますね。大きな外気温の変動に対しても換気とか温度調整に神経を使います。他の品目、稲や小麦、にんにくも自然まかせの露地栽培ですから、そこは大きく異なる点です。

 

5月末のタラノキ園

畑でのタラノキ園地の段階から農薬化学肥料不使用の栽培になり、技術的に結構大変です。タラノキには寿命があり、改植・新植は欠かせませんが、植えたての苗はすぐに草に覆われて見えなくなってしまい、初夏までは足繁く通って管理もきっちりやりますが、7月に入りにんにくの収穫の頃からりんどう出荷の始まる7月下旬より以降は畑に行く時間も減ってしまい、お盆過ぎて畑を訪ねると雑草に覆われてしまってるのですよね。。アスパラ畑なども同じ状況になりがちですが。

タラノキ畑は田植え頃の5月下旬頃に入ると、通路の部分に、地下で張り出した根から出芽したタラノキの若い苗がちらほら見えてきます。写真はその頃撮ったものですが、通路も既に雑草がはびこって、遠くからは苗は小さいしもちろん見えません。通路を歩いて出芽を見つけたら、これをスコップで根の土を崩さないように掘り上げて、黒マルチを張って畝作りした畝の所定位置に定植していく作業が早朝の日課になっていました。

 

タラノキ苗

本来、根を掘り上げて、タオルなどにくるんで保湿し芽出ししてそれをポットで育苗してから畑に定植する、というのがセオリーです。が、実際は出芽率が低く、芽出ししてポットに植えたものも以降はダメになったり難しいです。それよりも地面に出芽してきたものを園地で確保し、畝を作って定位置に定植する方がはるかに現実的と思います。昨年はこの作業で木を増やすことに割合成功しましたので、それが収穫株になる来年2025年春は、是非とも豊富な穂木が得られていますことを願っています。もちろん、この今度の6月も畑をしっかり見回り、芽を出したヒコバエをびっしりの雑草の合間から鋭く発見し、定植し、根付くまでは灌水も怠らず、管理していきたいと思います。慣れてくれば、タラノキのヒコバエの方から目に飛び込んで見つかります。大事なのはこの苗の掘り取り時に、ずっとつながる元株から伸びてきた根をいかに上手にスコップで切断し、その時に土がほぐれ落ちないように確保するか、ですし、問題は後の7、8月の除草なんですね。。生育した収穫株になると、7月以降は枝も張って、通路に入っては行けませんし草刈りなども無理です。こういう茂った株の通路は雑草ももちろん少ないので問題はないのですが、それでも5月6月は雑草だらけですがね。問題なのは生育した木でなくは1年生の苗エリアの夏場の除草(定植の植え穴と通路の両方です)。

 

タラノキ園6月下旬

当園のタラノキ栽培の特徴は、園地・促成栽培施設双方で通常はかなり多用される除草剤や殺虫剤、ジベレリンやカビ抑制殺菌剤などを一切使わずに(カビ対策として食用酢200倍を霧吹きで散布します)、園地も有機質肥料施用のみで生産している点と、赤みの少ない緑色の綺麗な品種を育てていること、そして、市場出荷から店頭に並んでお客さんが手に取るまでの待機期間がないことで、ある程度の展葉を進ませて、たらの芽胴体部分と先端の葉の部分のバランスが良い状態で収穫裁断し、美味しい食感を提供できることになるかと思います。市場出荷の基準で早採りすると、どうしても芽の胴体を食べているというもさっとした感じなので、切ってから即日直送し翌日には届いて冷蔵庫に入れてもらえる遅切り型の出荷スタイルの貴重さを感じます。子どもたちもむしろ葉が占める割合の大きいシャキシャキ感のある小さいたらの芽天ぷらの方が好みのようです。

ちなみに、邪道かもしれませんが、天ぷらの小麦粉をとく時に、同時に塩とカレー粉を混ぜてカレー風味に味付けした衣で揚げるのも美味しいです。

長野の寒天出張から帰宅すると、確定申告などの事務作業と並んで、たらの芽作業が始まり、そして雪が消え春作業へとバトンタッチします。伏せ込みも収穫も体力は要せず、楽な仕事ですし、長時間の拘束でもありません。タラノキがじゃんじゃんと増えていけば作業も多くなるでしょうが、一方で枯死する木もあり、そんなに園地が拡大することはありません。実際、最初に導入した時の圃場面積と変わっていないのです。むしろ第1期定植園地が寿命になって廃園とし、いまは畑が変わって改植を進めている途上で、最初の規模を復活するのが当面の目標です。市場へ大量出荷する営農の人は量が大事だし規模拡大を短期で進めたいかもしれませんが、ここは一人農業、園地の除草管理なども含め、身の丈に見合った生産規模を続けたいと思います。

いまは寒天作業が2月初めに終わってフリーになりますが、それ以前に盛岡で土壌分析の冬期パートに出ていた時は、3月末までの期間の勤務だったので、夜7時過ぎに帰宅して(盛岡からなので)、それから夜なべでたらの芽栽培をし、あとは土日にフル回転でやっていたので結構大変でした。寒天出張は短期で土壌分析より収入も高いですが、夜中から始まる長時間労働になり、ここでかなり消耗しますので、いまはたらの芽作業だけでなく、いろんな調べ物をしたりし、農閑期そのものも楽しめるようでありたく感じます。

昨年は長野からの帰路の旅路で手首の骨折という事態に遭って、その通院に引っ掛けて、北上市の病院から県内近郊へのドライブ旅をして気分転換にもなりました。そうした「軽トラ自由旅」は元々は寒天仕事のための長野への往復の旅路や、たまにある寒天煮込み休止(釜止め)という降って沸いた現地での休日の過ごし方で始まりました。ブログにも掲載している通りで、今年は兵庫までの遠征になりました。

いまもGoogleマップを開くと、いろんな構想が沸き起こります。去年は久々に登山をやってきました(月山)が、昔、出版社にいた時に、東京から同僚とオフロードバイクで同じ山形の朝日連峰の大鳥池(釣りキチ三平で有名になった伝説の岩魚「タキタロウ」伝説の湖)へキャンプに行ったことを思い出し、マップでルートを追跡してみたりしていくうちに、もう一度いまチャレンジしたくなっています。30年前のツーリングの時は関越道で新潟入りし、胎内川とか三面川を遡上した林道ツーリングで登山口まで走ったと思いますが。。

 

大鳥池1992年

こちら岩手から行く時はもう少し楽な4時間ちょっとでの走行で登山口まで到着できます。1992年の時は大鳥池までの往復でしたが、全行程は3泊くらいしたと思います。今度は以東岳まで登って、そこで割合新しくできた避難小屋に泊まってみようかと思っています。小さい避難小屋ですし、ハイシーズンでなく日の長い6月下旬くらいの平日の、天気の良い日を狙って。。先客がいるかも、ですが。。今年なら残雪も少ないでしょう。2日農場を空けるには、前準備も必要だし簡単じゃないですが、こうしたことが農への活力にもなりますから、ぜひ実現したいものです。その前にナメトコ山で練習してからでしょうか。。

癒しという言葉をミノにして歳を重ねて体力が落ちてくることの言い訳にするというのでなく、思いだけでがむしゃらに突き進むというのでもなく、仕事や生活感覚の全体像を見てベストな暮らし方をと、常に思いを巡らせていたいものです。