さ わ う ち の 昔 話 〜  猿が 架けた橋   



 沢内・湯田は遠く連なる奥羽連峰の裾野に満々と水をたたえた一大湖沼であったことは、よく語り伝えられている話であり、この水 はかつて湯田村の白木野の西に流れ、秋田の「鳥の海」といわれた大きな湖に注いでいたのだった。
 さて、いつの頃からか、山あいの静寂なここ沢内から、鳥の海に注ぐ沿岸に、見るも無惨な人間の死体がるいるいと漂着したことがあり、大騒ぎとなったの だった。
 「この山奥にきっと人間が住んでいて、何者かによって殺されたのに違いない」
 「きっとそこには怪物がいるに違いない」
などと言い合い、そして元気な若者たちは相談を始め、「奥山の怪物を退治して、人々の難儀を救ってやろうではないか」という話となり、結果、三人の勇士が 選び出され、怪物退治に向かうこととなったのだった。
 元気よく山奥へと登り始めた三人。峰伝いに、北へ北へと進み行き、葦の繁茂した湿地、毒蛇、猛獣の住みそうなジャングルが見えてくる。
 時間もたち、そこで、家らしきものを発見した若者たちは、夕べの宿にと足取りを速め、いざ着いてみたならば、家とは名ばかり、人の気配もない不気味な 掘っ建て小屋であった。日も暮れて、ここで三人はたき火を焚き、濁酒と握り飯で元気をつけ、そしてうとうとと眠ったのであった。
 夜も更け真夜中の頃。変な物音がするのに目を覚まし、じっと耳を澄ましていると、立木を倒すような音が聞こえてくる。こんな真夜中に大木が地響きを打っ て倒れる音に、
 「あれはムジナの仕業だ。山に泊まるとムジナが木を切る音を立てて人間を脅すものだと家の爺から聞いたもんだ」
 三人は外に出て手当たり次第付近の木を切って火を焚き、その得体の知れぬものに威嚇してみるものの、おさまる様子もなく、さらにはやっさやっさと大勢の かけ声までも聞こえてくる次第。
 「それにつけても、ムジナというのは人間の舌を取って食うそうだから、今夜はみな口を縛って寝るべ」ということになり、もともと度胸の据わった三勇士、 小屋に入ると、ぐうぐう高いびきを書きながら、深い眠りに入ったのだった。
 夜の騒ぎもあって、朝ぐっすり遅くまで寝て起きた三人は、良い気分で朝食の支度をしていたが、そこへ、突然、一匹の大きな猿が現れた。びっくりして三人 は猿を見ていると、身振り手真似で伝えようとしている。それは、「立派な橋を架けたから、ぜひ渡り初めをしてくれろ」という意味のようである。
 やがて、朝食をすませた三人は、昨夜の出来事はこの猿どもが夜通し橋架けをした騒ぎであったことを悟ったのだった。
 大猿の後に続いた三人は、果たしていま架けたばかりの長いオサゴ橋を見つけ、 「ほう、猿の架けた橋にしては大したものだなぁ」と感心したのも無理はな く、長さといい、高さといい人間にも容易でない難所にこんな橋を架けたことに、一種に驚きさえ感じられたのだった。橋の下を見下ろすと岩をかむ怒濤の急 流。そしてその下流は紺碧の湖へと続いている。そのあまりの絶景に若者は感嘆するばかりであった。
 「こんな山奥にこんな場所があるとは。これは全く天下の勝地だなぁ」
 大猿の促すような様子に、若者たちは早速橋のたもとまで歩み寄り、別段変わったことも見えないので、三人は打ち揃って渡り始めた。そして長い橋の中ほど まで進んだそのときのこと。
 にわかに前後の密林から、何百匹とも知れない小猿が躍り出て奇声を上げたのだ。このあまりのだしぬけに三人は橋の真ん中に立ち往生の体。そしてなんと小 猿どもは、いっせいに橋を落としにかかった。若者がそれに気がついたときはもはや後の祭り。あわてて向こう岸に走り渡ろうとするも、いま十数歩のところで 橋もろともに、怒濤の流れに落とされてしまったのだった。
 激流に飲まれた若者三人は、あっという間に深い深い底知れぬ湖まで押し流されて行った。
 「さてはあの猿どもの計画に、まんまと乗ぜられてしまった! くやしい、くやしい」
 彼らは夢中になってあちらに泳ぎ、こちらに泳ぎ、必死になって、なおも後を追ってくる猿どもと戦おうとするが、如何せん水中のこととて思うようになら ず、次第次第に疲れ果て、もはや力も尽き果てて、いまは死の寸前。
 南の方の水面から、紫雲がたなびいたと見るあいだに、突然、筏に乗った仙人が現れた。そして三人の前まで来ると筏をとめて、おもむろに申されるのだっ た。
 「若者たちよ。心静かに往生せられよ。われは、お前たちの冥福を末永く祈りましょう」
 そう言い終わると、仙人は煙のようにどこかへ消えてしまった。
 人々の期待を双肩に担って勇み怪物退治に出かけた三人の若者だったが、哀れな結末となったのだった。そして、その後まもなく、仙人の祈りのわざであろ う、湖から辰巳の方角に当たる高い山が急に崩れ、そしてその結果満々とたたえられた湖の水が南部領の方へと流れ出して、日高見川に合流し、三日のうちにこ の湖は干潟になっていったのだった。
 この干潟は私たちの沢内盆地で、お米三千国の沃野となり、そして三勇士の憤死した場所、すなわち猿が橋を架けたところが「猿橋」の地であり、また仙人に よって切り崩されたところは仙人鉱山のある付近であると言われている。

〜高橋善二『沢内の民話』(沢内村教育委員会)より抄録