さ わ う ち の 昔 話 〜  名犬 コハチ   



  貝沢の岩曽権現堂の建てられている峰を、通称コハチ森と言っています。
 コハチというのは、犬の名です。これからこの名犬コハチについての物語を書きましょう。
 バスに乗って盛岡方面へ行くとき、沢内の最北部貝沢部落を過ぎる頃、左側に小高い丘陵性の峰が見えます。その丘の上に現在は地蔵尊が祀られてあって、通 称地蔵森と呼ばれていますが、昔は館があったところであります。いまでもから掘りの跡がはっきり見えます。三河の国から落ち延びてきた、佐竹右京大夫のい た館でありました。
 頂上に登ってみると、貝沢、大木原、開拓地は眼下に見え、遠く南方の彼方まで一望のうちに眺められ、館としては実に地の利を得たところであったと思われ ます。
 佐竹氏は右京大夫の子、右京介の代を経て右京介孝の時代に土着して、岩井家の祖となりました。
 この佐竹氏の最盛期である右京介の頃であります。館から南方へ二三町離れたところに、こんもりとした森があって、その頂上に大きな松の木がありました。 いつもこの松の木に恐ろしく大きい、そして耳の立った犬が一匹つながれていました。この犬がコハチというのでした。
 コハチはいつもこの森の上から遠くまで見張りをしていて、大志田方面から来る人間の姿を見つけると、大きな声で吠えました。
 それを聞くとただちに館の侍たちは、物見の櫓に上って警戒にあたりました。
 コハチの吠える声は、地響きがしたと言われましたから、きっとオオカミでなかったかと思われます。犬は天を仰いで吠え、オオカミは地に向かって吠えると 言われていますから、そう考えられます。
 コハチは、雨のあした、風の夕べ、夜となく昼となく、番犬の役を忠実に務めたので、佐竹氏の館は常に安泰であったため、名犬コハチの名は、後世まで伝わ りました。
 後にコハチは、老衰のため死んだので、その松の根元に葬り、いつまでも館を守るように祈念したと言われています。里人はコハチの葬られた森をコハチ森と 呼んで、いまに至っています。

〜高橋善二『沢内の民話』(沢内村教育委員会)より抄録