さ わ う ち の 昔 話 〜  主 (ぬし)になった八郎   



 沢内村と雫石町との境にある山伏峠に登って、その西北に見える沢を八郎沢といっている。主になった八郎の伝説の沢である。

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 昔、この地に八郎という若者があった。兄弟がたくさんあったが、ある夏の頃、兄弟三人が連れ立って、マダの木の皮はぎに山に登った。山に小屋をかけて、 その中に寝泊まりをするのであった。ある日のこと、炊事当番に当たった八郎は、小沢に下りて水を汲んでいたら、そこに、三匹のイワナが泳いでいた。八郎は 早速これを捕らえて、「よい魚がとれた。これで今夜三人で一杯やろう」と、独り言を言い、小屋に持ち帰ってすぐに焼いたのだった。
 ところが、あまりよいにおいが出たので八郎は我慢ができなくなり、「他の二匹を兄弟に残したら食べてもよかろう」と、まず、一匹を食べた。そうしたらそ の味がとてもよかったので、一匹で満足ができなくなり、さらに一匹、また一匹と、ついに思わず三匹を食べ尽くしてしまったのだった。
 食べるが早いか、たちまちのどが渇き始めたので、急ぎ小沢に下りて水を飲み始めたが、いくら飲んでも飲んでもまだ飲み足りない始末。ついに流れに伏して 飲み始めた。その様子はまるで馬のよう、小沢の水は下流に流れなくなり、それとともに八郎の体は見る見る腫れ上がって、全く人間の様相でなくなったのだっ た。
 夕方、兄弟が小屋に帰ったが、八郎の姿は見えず、呼べと叫べと返事がない。ふと水汲み場の方でうなり声が聞こえる。二人が近づいてみると、これはどうし たことか、八郎が物凄く大きな人間になって、うなっているではないか。兄弟はびっくり肝を潰して山を逃れ出た。ようやく山から下りた頃、山も崩れんばかり の恐ろしい音が鳴り響いたのだった。
 八郎は、身も心も人間ばなれした恐ろしい姿となって、山深くへと入って行った。山また山、谷また谷を越えて幾十日、秋田の西海岸まで出たところで行く先 がなくなった。そこでこの大きな湖の岸に立って、「おれは、永くこの湖に住んで主となろう」と、湖に飛び込み、影は見えなくなった。
 兄弟の話を聞き、八郎の妻タコは、夫の帰りがあまりに遅いので、松明にする薪を背負い、夜になるとそれを灯して山をたずね歩いた。いくら叫んでも夫の返 事はなく、山にこだまする自分の声ばかり。幾日か過ぎたある日の朝方、大きな沼の前に出た。そして、まだ赤々と燃える松明を沼に投げ込むと、「夫のないお れは、もはや生きる望みはない。死んで恋しい夫のもとに…」と、言い終わらないうちに投身したのだった。

 この八郎の入水した湖を八郎潟といい、タコの投身した沼をタコ潟と呼んでいます。現在の田沢湖は、当地の人にはいまも田子沼と呼ばれています。のちに田 沢湖からとれた鱒を、この地では木の尻鱒と言いました。木の尻とは薪の燃え残りのことです。また、八郎が登った沢を八郎沢といい、珍しいほどに小石で美し い流れがありましたが、毎年夏の頃になると、ここに一尺足らずの太い鰻が泳いでいて、これをとっても、またどこからか一匹現れるので、里人はこれを八郎の 魂だと言ってとらなかったと言い伝えています。
 およそ二十年前、沢内村大木原の八郎屋敷と言われているところから土器が発掘されました。八郎は実在の人であったろうと言われています。

 〜高橋善二『沢内の民話』(沢内村教育委員会)より抄録