さ わ う ち の 昔 話 〜  久兵 エ家の大蛇   



 

  日本の神話に描かれる「やまたのおろち」という大蛇のことは、みなさんよく知っていることで、またこの沢内の地にも、貝沢は大木原の山奥に大蛇が住んでい たなどという言い伝えがあります。しかし、これからお話しする大蛇の物語は、各地にある大蛇伝説とは違って、人の家に住んでいた、という少し変わった物語 であります。
 昔、泉沢に「久兵エ」という家がありました。この家が、その大蛇の住んでいた家だったのです。大蛇の体長は一丈六尺もありましたが、何という蛇かはわか らなかったといいます。その長い体の蛇が梁や桁などをのろのろとわたって歩くので、初めてこの家に来た人々は驚いて逃げ帰る始末でありましたが、家族に対 して少しも害を加えた試しもないので、女や子どもまで平気でその家に暮らしていました。
 あるときのこと、隣村から一人の若い者がこの家を訪ねて来ました。台所の上り場に腰をかけて話をしていたところが、厩の上の高梁に上げている茅が急にが さがさと音を立てるので、その方を見上げると、何事だろう。大きな蛇がのろのろと出て来るのです。客はすっかり肝をつぶしてしまって、用事もそこそこに、 腰をぬかさんばかりに驚いて隣の家に駆け込むや、
 「あの家の人たちは、蛇の一族だろうか」
と言ったということです。
 このことは人々に伝えられて、「久兵エの家の大蛇」という噂は、村はおろか遠くの藩まで聞こえたということであります。
 その後、久兵エの家では、宅地を移して家の建て替えをしました。旧宅地から三十間(約五十メートル)内外のところに新築家屋が出来上がりましたが、その 新宅祝いの夕方、大蛇は旧宅から鎌首を上げて新しい家を見ていました。そしてたちまちのうち、すうすうと急いで新宅に移ったのでした。そして、柱づたいに 梁に上がり、新しい家はどうだろうと見て回るように屋根の内側を一巡りするので、招待された親類や縁者たちは、あるいは珍しく、あるいは恐ろしい気持ちで 見上げていたといいます。
 「沢内年代記」にもこの伝説は描かれていますので、原文をご覧ください。
 「泉沢村の久兵エという者の宅地に巨蛇ありて住む。その長さ凡そ一丈六尺、未だ何蛇なるか詳かならず。然れども敢えて人に対し障碍あるにあらず。故を 以って家族婦人児子と雖もあえて恐れず。たまたま不意は之を見れば甚だ恐怖てん倒してのがれ逃ぐ。かつて旧宅地より近年地を替えて新に茅屋を造る、其の間 相距ること百余歩、遷徒の期にのぞみ彼の巨蛇首をあげて旧地より新地を見て、その日新宅に移る。或は桁と伝い梁に登り屈伸すること間々ありという後末量る べきからざるものあり」
 この文献から推測すると事実のようでありますが、日本の動物分布上、東北地方に一丈五尺以上の大蛇はいないという学者もあって、この点についてはその方 面の研究家にお任せすることにします。

〜高橋善二『沢内の民話』(沢内村教育委員会)より抄録