奥羽の清らか な源流と豊かな大地の授けものです…
お   米
沢内三千石、お米の出どこ…この奥羽の山里の春 は米作りから始まり、脱穀・精米して秋を閉じる、稲作文化の農村です。積算気温の低いこの地域では、「コシヒカリ」や「ヒトメボレ」はできません。しか し、だからこそ、そうした銘柄米にはない素朴な味わいのお米、県外には一般には出回っていない品種、耐いもち性も高い「いわてっこ」を選定し、わが家では 栽培しています。

▼ 春一番の作業はボカシ作りから。冬期間地元で出た米ヌカをこまめに収集したものを作業場に並べ、水をかけながら丹念に切り返す。連休前に完成。すぐ田んぼ へ。堆肥も入れて耕うん。当初はいろんな資材も使っていましたが、近年はもっぱら米ヌカのみでボカシにしています。牛糞堆肥も当園のわらを畜産農家が引き 取って堆肥にしたものを再び届けてくれて田に返す形にしています。

昔の人たちは一日に4〜5合の米を食べた。1か 月で15キロ。1年で180キロ、つまり米3俵である。現代人の3倍の米を食べたのだ。ちなみに自分は120キロ、2俵食べる。パンや麺類をあまり食べな いから、3合をちょっと切るくらいを一日で食べるとそうなるようだ。日本人が少なくとも年間100キロ食べるようになれば、米作りの意味も意欲も大きく前 進すると思うのだが…。

▼田植えは機械(いまではめずらしい2条植 え田植機)でやりますが、四隅(すまっこ)と欠株部分は手作業です。

夏の暑い時期、除草機を押して歩くのは酷な作業 だ。田の中をぬかりながら重い除草機械を押し、向こうに着いたら今度はターン。特にターンが大変でズボンは泥だらけ、体はへとへと。有機農業の辛さという ものをまさに肌で体感するのはこの除草作業に他ならない。

▼米ヌカ除草も慣例化しました。田植え後の活着時期にまく(ことになっている)のだが、田の面にいかに均等に散布するかが難題。しかし、いくら本を読み勉強しても実際に体験してみ ないとモノにならないのが農業です。田植え後の幼苗にとって散布された米ヌカの付着は酷な布団ともなり生育の停滞にもなり得ますので、何回か除草に歩いた6月末に米ヌカ散 布する方式が定着しています。

温暖化といわれる現象の副作用でしょうか。低気圧の発生が増えてなのか降水(雪)量は増加し、春までの低温と夏場の高温に極端に二極化した傾向の昨今です。しかし、天候にかかわらず、収量はさほどではなくとも安定した量になるのが有機栽培米の特 徴ともえます。多少田植えが遅れても、遅く代かきし、またその分苗 を大きくして草に負けないようにする手法が無農薬栽培の基本。とはいえ、7月後半にはもう量は大体決まってしまうので、田植え後初期からの水と雑踏の管理は必須です。まずは 播種を早めに、田植えは適期とし、大きな苗を作って深水管理下に置くことが大切ですね。

▼稲刈り・稲上げは農繁期の最大のイベン ト。9月最終週にお手伝いしていただける岩手近郊の方、大募集!です(お礼にお米を差し上げています)。

沢内で米作りは当たり前の仕事。りんどうなど花き栽培が盛んな現在でもやはり 原点は米。自分たちの命の源である稲作への思いは常に熱く持ってい続けたいと思う。

苗を傷つけない手植えは理想の移植 方式。70年のキャリアのおばあさんは私の3倍のスピードで植えていく。右手にうまく3本の苗を送り出していく左手の操作が大切だという。機械の田植えと なった現在でも、機械のターンする四隅(すまっこ)は手で植えなければならない。そしてそこは稲刈りのときには機械が入る前に手刈りする。手植え・手刈り は永久になくなることはない…。

写真は平成9年に手植えをしたときの様子。全部手植えだけで田植 えしたのは後にも先にもこのときだけだ。古い「跡付け機」を押して歩き、植える場所を付けてから、あとはひたすら植えるのみ。もう一度やる気力はちょっ と、、。

■ わ が 家 の 米 作 り

(1)牛糞堆肥を毎年反当1トン投入しま す。堆肥は大量施用が良いのではなく、毎年適正量が永続的に入れられることが大事です。肥料は春、雪があるうちからボカシ肥料を作り、元肥としてのみ施用 します。味を落とすといわれる追肥はしません。

(2)種まき後の出芽の揃いをよくするため 機械で出芽させる方式が一般的ですが、これは高温多湿環境で殺菌剤を必要とすることとなりますので、わが家ではしていません(機械も持っていない)。種ま き後すぐにハウスに置き、自然にもみの力で出芽さています。雪国の4月はまだ寒い。里で消雪した後ももちろん山には残雪がまだあり、そこを渡ってくる風は やはり冷たい。この環境の中で揃いよく自然出芽させるのは、本当に勘どころ。「苗半作」とよく言われますが、良い苗を作る基本はまず土からの発芽。これを いかにバラツキなく行うかが、最も重要なポイントといえます。

(3)草退治は動力除草機や手取り除草とし、除草剤を使用しない。とにかく頑張って取っていますが、やはり残ってしまうもので、、。当園では「米ヌカ除草」 を続けていて、田植え後苗が活着した頃に米ヌカを田に投入し、米ヌカの膜で草を生えにくくするというもの。元肥も米ヌカオンリーですので、抑草施用分と合わせ100kg/10aの量となっています。

(4)無農薬栽培です。いもち、かび等に対 する殺菌剤(予防薬)、および殺虫剤、除草剤も使用しません。

(5)バインダーで刈り、ハセ掛けし天日で 乾燥させます。ただ、10月後半という雪シーズン前の時期は雨が続き、十分な乾燥ができない場合があり、不十分な乾燥で保存すると当然カビ等のおそれ があるので、2013年から一部ハウス内に稲架施設を設け、主に翌年夏の高温多湿期の出荷用に保存します。春までは籾のまま貯蔵し、注文の都度籾摺り精米しています。4月にはすべて籾摺りし、玄米の状態にて農協の雪室に貯蔵し、注文に応じ出庫し出荷しています。

ハサ柱作りには米 作りの魂を込めて

稲の天日自然乾燥を続けている農家にとって、稲の「ハセ」を確保 するのは必須だが、そのスタイルは地域によってさまざまである。岩手の内陸平場でよく見られるのが田に一本立てて、それに下から円形に掛け上げていくタイ プ。そして北上山系の小さい棚田などでよく目にするのが田の中に柱を組み横に棒(沢内では「ホケ」と言う)を通して横に稲を掛けていくタイプだ。どちらも 稲の乾燥が終わるとほぐしてしまっておく。

わが沢内ではどうかというと、田の畦と農道の接点のところに太い柱を2mおきに埋め、一生抜かない。稲刈りの時期が来ると、あらかじめ暇を見て横の棒(ホ ケ)を3段くらいに組み、支度しておく。稲刈りが始まれば即掛けていくことができる。頑丈な柱なので風に強い。

最近は簡素な金属の三脚を売っていて、これに横棒を掛けてハセにするケースが沢内でも増えているが、昔はみんな柱を埋めたのだ。おそらくこれは強烈な風に 対する対策、および忙しい稲刈り時に、稲刈りが終わってからハサ場をこさえるなどの悠長なことは言っていられない、の2点によると思われる。現にわが家も 稲刈り時は極晩のりんどうがゴッソリ咲いていて、唯一週のうちりんどうを収穫しない木曜日にあらかじめ横棒を組んでおき、稲刈り本番時には、りんどうの収 穫と並行して稲刈りするパターンになっていて、まさに一刻も無駄にできない正念場と言える。おまけにここは第一級の強風地帯。安易な仕組みでは風に太刀打 ちできないのである。

…というわけで、2007年12月初め、最後の農作業であるハサ柱20本を立てる作業に着手した。

ハサ柱は栗の木を使う。4mのもので、まず皮を剥くのが大変な作業だが、家内の父が全部まる一日かけて剥いてくれていた。もちろん手で。今回の作業はまず 1mの穴を掘ることから始まる。半分も掘ればスコップは使えなくなるので、後半は手掘り(文字通り手、または小さい熊手)だ。最初の8本は山に近い方で石 もなく15分くらいで掘れたのだが、残り12本は残念ながら瓦礫帯との格闘で、カナテコを使い石を叩いてから手で拾い上げる作業のくり返し。1m掘るのに 35〜40分。

ついにあと2本というところで、本格的に雪が降ってきた。岩手の県北部では数十センチなどとラジオが報じている。暗くなり作業はやめざるを得ず、大雪にな らねばと願いつつ就寝。そして翌日、何と沢内は積雪3cm。県内他地域では大雪で全国ニュースにもなっている。ラッキーな農仕舞い日。50cmも積もって しまえば穴掘り作業どころではなく、あと2本というところで来春まで持ち越しというのでは正月も気持ちよく過ごせないところだった。約2時間で無事残り2 本埋め終わり、午後から本格的な雪降りとなった。そして翌朝はごっそりと積雪。間一髪だった。

柱を埋めるときの注意点は、しっかり土を圧縮しながら空間を作らないようにすること。最後の10cmくらいは埋めないでおき、来春の好天の日に防腐剤クレ オソートを塗ってやる(土に埋まる部分と地上部分の10数cmだけ塗る)。

最後の8枚目の写真でわかるように、古い柱(右に写っているもの)
はやはり頼りなくなっている。これからは 20本一気に埋めることはないだろうが、毎年5本くらいずつ古いのを抜いて交換していかなくてはならないだろう。一応やり方は心得たので、気長に補修しつ つ、稲作を末永く続けていきたいものです。


小   麦


現在は岩手の食文化を築いてきた「南部小麦」とスイス由来の強力粉の「アリーナ」をメインに作付けしています。量は少なく例年100kg前後です。
自給自 足ということを少しでも考えたならば、必ず小麦を植えることに思いつく。わが農園でも10年前からいろいろ試行錯誤で小麦作りに取り組んできた。多雪地帯という土地柄、春蒔き品種がよいとのアドバイスで特別に春蒔き小麦を入手して栽培したこともあった。しかし何せ春まきだと雑 草と一緒に生育がスタートするわけで、全面蒔きでは完璧に草に負け、条蒔きで何とか少量の収穫に至っていたという状況。そして何年かのブランクの後、正攻法で秋蒔き品種、南部小麦とゆきちからで再挑戦する至った次第です。そしてゆきちからは多雪地に不向きであることがわかり、現在はパンに向くとされる「アリーナ」にバトンタッチしました。

小麦はあらゆる場面での需要があり、特にパンやクッキー等の菓子 類に生かせるわけで、それはわが家の農業のスタイルの次なるステップに大いに役立ってくれるはずと思っての挑戦である。写真は根雪前の、秋の最終生育段階 の様子ですが、このあと5か月の積雪期に耐えてくれなければならない。秋蒔きの宿命「雪腐れ病」になることなく、写真の勢いのまま春には無事生育を再開復活 してほしいもの…。

種として購入した「ゆきちから」。パンに向く品 種で、補が白いということで雪の名が。実際食べてみて、天ぷらやお好み焼きにもふっくらモチモチの食感が楽しめました。 9月25日、お風呂で温湯消毒した後、そのまま 種まきします。雪腐れで欠株になることを見越し、厚蒔きにしました。実際はそれほど腐りませんでしたが。 全面蒔きで草に負けた経験から、60cm幅で条 蒔きしました。時期は9月末。農繁期まっただ中、諸々の作業の合間を縫って。後ろに見えるのはアマランサスです。
10月3日。秋も深まり風景から緑色が消えてい く頃に、目に鮮やかな新芽の緑が眩しい。 4月16日。雪解けの下からべったり地面に張り 付いた葉が。まだ半ば眠り状態で、、。 5月30日。急速に伸びゆく姿にエールを贈りた くなる。暖地ではもう穂が出ている頃。
6月12日の小麦(ゆきちから)。開花期です。 7月10日、刈り取り時期を迎えたゆきちから。 7月15日に麦刈り。長雨を恐れ、すぐに脱穀し て今回は農協の乾燥機で乾燥しました。灯油代がばかにならず、、、。

「可能性」こそが人を動かし、仕事へ駆り立てていく原動力だとするならば、小麦の可能性は 加工まで視野に入れたときに測り知れないものがあるでしょう。将来の営農の姿はどうなっているかわからないが、ベーシックな食べ物から離れた暮らしはして いたくないですね。今年もまた麦の種を蒔きました。